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穴の中の福男  作者: つぼっち
3/18

目的地

 俺は空腹で限界に近付いていた。足を止め、その場にしゃがみ込む。

 三輪車で走る子どもを呼び止め、公園の場所を問いただした。

 三歳くらいの利発そうな男の子は、東の方向を指さした。


「ありがとう、あばよ」


 俺がはにかむと、表情を強張らせたまま、クールに三輪車で走り去っていった。


 少年を信じ、歩いていくと、望み通り、公園があった。

 今夜はここで一晩明かすとしよう。

 ここには、水道もあるし、トイレもある。


 今が夏なのか冬なのか分からないが、過ごしやすい気候だった。


 ついでにさっきの男の子に今の季節も聞いておけばよかった。

 大人に聞くと、怪訝な顔をされるのがオチだろう。


 俺は贅沢にも公園のベンチを占領し、寝転びながら、今後の予定の計画を立てた。

 翌朝目が覚めると、背中に痛みが走った。やはり、ホタルの家のふとんと同じ寝心地とは言えない。


 俺は、朝のションベンと水分補給をすませ、歩きだした。

 目的地に着く前、パン屋さんにふらっと立ち寄った。素通りしようとしたが、あの匂いは俺を思うがままにしてくれなかった。


 お金など持っていないが、不安はなかった。

 どうせ、ここも顔パスだろう。


 俺は目ぼしいパンを欲張ってトレイの中に敷き詰めた。

 俺、オリジナルのパン弁当。

 記憶喪失にSNSでもやっていれば、これを写真に撮って載せたいくらいだ。

 年齢的には、二十代前半といったところだろう。SNSをしている可能性は十分にある。


 何で俺はスマホを持っていなかったのだろうか。持っていたのが写真だけとはな。

 そんなことを考えながら、レジに並び、レジを忙しく打ち込む店員の手つきを、ぼーっと見ていた。


「三千六百円になります」


 店員の声で、ハッと我に返った。

 後ろに並ぶ客を気にしつつ、俺は店員の顔を、俺だ、俺なんだよ、と訴える目でじっと見つめた。

 しかし、顔を顰めるばかりで、顔パスが通用しない。

 俺は焦った。このままだと通報されかねない。

 

 後ろの客からの苛立ちが伝わってくる。


 すると、隣のレジで会計をしていた客が、俺に気が付いたようだ。

 口をあんぐりと開けて、固まっている。

 それを見て、隣のレジの店員も、俺に気づいたようで、俺のレジをしている店員を押しのけて、


「お代金は頂かなくて結構です」


 と言ってくれた。俺のレジを打った店員は、どうして? と困惑しながら、袋に詰めていく。名札を見ると、チェンと書いてあった。日本語が流暢なので分からなかったが、中国人のようだ。


 俺の顔パスには国境があるのか。

 俺はアンパンにかじりつきながら、目的地であるネットカフェに行った。

 店員の名札を見て、日本人であることを確認し、安どの表情で己の顔を突き出した。


 どうぞご自由にと言われ、パンを片手にパソコン操作を始めた。


 俺は、行方不明情報を閲覧した。

 俺が載っていないか、確かめるのだ。

 どこからか俺が消えたということは、もしかすると、探している人がいるかもしれないと思ったのだ。

 俺にも親くらいいるだろう。


 だが、どこにも俺に該当するような情報は載っていなかった。

 アテが外れたか。


 そう思いながらも諦めきれず、何度も何度も同じ文字を見返した。

 やっぱり、ないか。

 パソコンを閉じようとして、思いついたことがあった。

 ポケットの中から写真を取り出し、写真の中の情報を、打ち出してみる。

 検索すると、無数にヒットした。


 手掛かりが多すぎる。

 それに、この中にこの写真が該当する場所があるとは限らない。


 俺は、目を凝らして写真を見た。

 何か、手掛かりになるものはないか。


 すると、黒い点が見えた。

 フロントから虫眼鏡を借りて、その点を凝視する。

 すると、それは鳥だった。スズメに見えるが、なんのスズメかまでは分からない。

 すぐにスズメを検索し、このスズメと同じスズメを探し出す。


 だが、それは干し草の中から針を探すようなもので、俺はすぐに己の力の限界を知った。

 作業を切り上げてネカフェを出る。目薬をもらいに薬局に出向き、しょぼしょぼした目をスッキリさせたところで、小学校の敷地に入る。視点を変えることにしたのだ。

 近頃の小学校は防犯にうるさく、すんなり入れるとは思わなかったが、正門には鍵がかかっておらず、堂々と入ることができた。あまりの堂々さに、車から出てきた教師らしき人物も、俺を見て頭を下げていた。


 グラウンドに直行すると、子どもたちが遊んでいた。グッドタイミングだったようだ。

 虫かごを持っている男の子に、話しかけてみた。


「ねえ君、この鳥なんの鳥か知ってる?」


 虫かごを預かり、写真と虫眼鏡を持たせる。


「うーん、スズメじゃない?」


 それは分かってる。何のスズメかが重要なのだ。

 この少年にはここまでが限界か。


「ありがとう。もういいよ」


 少年を解放し、次の少年の確保に向かう。

 俺は、小学校には一人くらい、鳥博士と呼びたくなるほどに馬鹿詳しい子どもがいるだろうと踏んだのだ。子どもは生き物好きが多く、生き物図鑑を読み込んでいる子も珍しくない。


 だが、スズメ止まりの子が多く、アテが外れたかに思えた。


「やっちゃんならわかるかも」


 この子で最後だ、と決めていた子が、俺に希望をもたらしてくれた。


「ほんまか? そいつなら分かりそうか?」


「うん、クラスで一番詳しいと思うよ!」


 俺は、少年の言葉に満足し、呼んでくれと頼んだ。


「でも、もうチャイムが鳴ったから、授業が終わった後でもいい?」


「いや、今すぐ呼んでもらいたい。先生に何か言われても、俺を一目見たら何も文句は言ってこないはずだ」


「何で?」


「何でかは、分からんが」


 気まずい空気が流れたが、俺は早く呼んでくるよう少年を急かした。

 十分後、約束通り、少年は、眼鏡をかけた、目鼻立ちがクッキリとして顔の余白の少ない少年を連れてきてくれた。


「これはおそらく、ミソサザイですね」


「ミソサザイ?」


 その少年曰く、ミソサザイという種類のスズメらしい。

 日本だと鹿児島のK町に繁殖しているとされていると少年は言った。


「でかしたぞ」


 俺はようやく欲しかった情報を入手でき、少年二人を気持ちよく授業に送り出した。

 

 とりあえず、行ってみるか。

 ついでに少年たちに現在地を聞いてみると、ここは石川県だと言われた。

 

 観光したい気もするが、今すぐ旅立とう。

 なぜだかそうせねばならない気がした。

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