忍び足
ピーナッツバターがたっぷりと入った壺が、割れる音がした。
実際には、彼らはそんなものは持っていなかったのだが、不吉な音が聞こえた気がして、俺は階段を下りる足音を殺した。俺が彼女ら、ではなく彼らはと断言できるのは、微かに聞こえる話し声がオッサンのものだったからだ。
彼らが階段を上る音が聞こえてきたので、俺は足音を消したまま、忍び足で屋根裏部屋まで戻ることにした。
俺は福男だとはいえ、泥棒の身だ。無条件に親切を受けてきたとはいえ、罪人だとしても同じだといえるだろうか。
近づいてくる足音が、俺の頭をクリアにしていく。
屋根裏部屋に続く二階の子ども部屋のドアに手をかけようとしたとき、勢いよくドアが開いた。
「ようやく帰ってきたか」
俺は間一髪、ドアに体が触れることなく、開いたドアに身を隠すことができた。
心臓が口から飛び出る、という表現を体で示すところだった。
男が開いたドアを閉めると同時に、床に這いつくばった。
男は俺に気づくことなく、階段を下りていく。急いで子ども部屋に入り、ドアに耳を当てて様子を伺おうとした。
しかし、男は急に引き返してきた。俺はベッドの下に潜むことにした。
男はドアを開け、仲間にまだ着替えていないことを指摘されないようにするか、パジャマを脱ぎ始め、Tシャツとジーンズに着替え始めた。
俺が気づかなかっただけで、この男はずっとここで寝ていたのだろうか。
自分の行動の危なっかしさに、今更ながら背中に冷や汗が浮き出てくる。
そんな俺の心境をよそに、着替えを終えた男は鼻歌まじりに部屋を出て行った。
俺は体中の硬直した筋肉を緩和し、ふっと息を吐いた。
ドアに耳を当てる。
自分の腹の虫にも、ドキリとする。
天気もよさそうなので、皆でピクニックにでも行ってくれないだろうか。
出かけてくれないと、この家からは脱出できない。
一人でも留守番していたらダメだ。
いや、一人ぐらいならなんとかなるか?
俺の脳内では、脱出計画がコミカルに立てられていた。
ごちゃごちゃした会話が、玄関の戸が閉まった後、途切れた。
今だ。ドアを開けた瞬間、何者かに後ろから口をタオルで覆われた。
格闘した武道を駆使して、俺はそいつを投げとばす。
あの女に感謝をしなきゃな。
投げ飛ばしたやつを確認すると、着替えたばかりのあの男だった。
油断大敵だな。回りを警戒しながら逃げようとしたそのとき、足の力が入らなくなった。
倒れている男に、薬を嗅がされたらしい。
またこの展開か。
俺が目を覚ましたとき、デジャブな展開が待ちかまえているだろう。