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穴の中の福男  作者: つぼっち
15/18

方針

 長い夢を見た。橋の上で、きれいな瞳をした青年が、絵を描いていた。

 俺は、その歳で絵画に没頭する珍しさに興味を惹かれ、気づかれないように盗み見た。

 流れる小川は、実物よりも透き通り、スマートな魚たちが不格好ながら、必死に泳いでいる。

 今時の女の子たちがあえてすっぴんで写真を撮るように、小川が実像を誇らしくハリを出して青年に魅せている。

 青年の横顔を眺めていたい乙女な心情に駆られながら、その絵がどう動いていくのか見守っていた。


 この夢が、俺に何かを教えてくれているのだろうか。記憶を失う前のものなのか、目覚めてからミーに聞こうとすると、ミーは眠っていた。


 あたりは暗く、夜であることが分かった。

 俺はミーのカバンを探り、懐中電灯をつける。

 とうもろこし畑にいることが分かり、ミーの機転の利かなさに、少し絶望した。


 あの状況なら、普通どこかに移動してくれてるだろう。

 俺はまた背中に悪寒が走り、ミーをお姫様抱っこして、逃げた。

 足音が聞こえてくるわけではないが、第六感で、誰かが追ってくるのを感じるのだ。

 それは、とうもろこしがオバケに見えるというようなファンタジーではなかった。


 この女、俺のお荷物になりやがって。


 そう思っていたはずなのに、俺はミーに恋をした。


 俺もミーも、レンとジンのもとに帰ろうと言い出さなかった。

 ミーも、二人より俺を選んだのだなと解釈していた。


 俺たちは、二人で身を寄せ合って巡るめく季節を過ごした。

 レンとジンの話は出さなかった。

 だが、一度だけ俺から話を切りだしたことがある。


「心配してるだろうね、君のこと。今頃血眼になって探してるんじゃない?」


「それはないわ」


「どうして? 弟と元カレだぜ?」


「そんな余裕はないわ。私たちは殺されたと踏んで二人で逃げているはずよ」


「そんな経験があるのか?」


 ミーは顔色を変えて、この話はおしまいにしましょうと言った。


 ほとんど人目を避けて生きていたが、たまに調子がいい時は、町中でデート気分を味わった。

 いつでも逃げられるように、クレープやパンケーキなど、胃もたれの危険がある店には入らなかった。

 雑貨屋に入り、心に留まったアクセサリーをなんとなく手首にはめてみると、店員からにこやかに、よかったらどうぞと言ってもらえた。


 デート中でも、気配を感じた時は、自転車に乗ったり、信号待ちの車をノックして譲ってもらったりして逃げた。車の運転はできた。俺は免許取得者らしい。


 俺とミーは、喧嘩をすることはなかったが、一度だけ喧嘩をしてしまったことがある。

 手を繋いで町中を歩いているとき、ミーからかけられた言葉が発端だった。


「サブローって、左手でしか手を繋がないよね」


 それは、自分では全く意識をしていないことだった。


「そうか?」


 だが、それからどちらの手で手を繋ぐのか、意識するようになった。

 確かに俺は、左手でしか手を繋がなかった。

 カレーのルーを手で掴もうとするくらい、右手で手を繋ぐのは難しかった。


 俺にとってはどうでもいいことだったが、ミーは気にしていた。

 何か大きな意味があるんじゃないかと言われても、覚えてないのだから仕方がない。

 そんなことがあってからは、些細なことでも喧嘩をするようになってきた。


「これ以上女の子のことを見たら、あのとうもろこし畑に連れて行くよ?」

 

 俺にとっては許せない脅し文句だった。

 ミーといて、一番大きく感情が揺さぶられた。


「もう、別々に生きて行こう。お前はもう、あの林の中に帰れ」


「もうきっと二人はあそこにはいないわ。それに、もうあんな田舎に帰るのは嫌」


 俺たちは神戸市内で一室のマンションを借りて住んでいた。


「それに、経験値の高い私といた方がいいはずよ」


「逃げる経験値なんて勝手に身に付いてだろ。俺はお前たちみたいに逃げてばかりじゃなく、いつかは解放されたいんだよ」


 それは、ずっと胸にしまってきた本心だった。


 それと対峙し、全てのことから解放される。ミーたちがやってこなかったことを、俺はするのだ。


 それを言うと、


「無理よそんなの」


 恐ろしく冷静にミーが言った。


「そうして私たちの仲間は殺されたんだから」


 

 

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