団体行動
一日の流れとしては、朝に食料を確保し、昼に調理、それから食事を採って、自由時間となるらしい。
基本的に、自由時間以外は、団体行動が掟となっているらしい。
「なるべくはぐれない方がいい。俺たちは追われている身だからな」
「俺たちは何から追われているんですか?」
「知らねえよ。でもお前も感じてるはずだ」
俺は黙りこんだ。
「奴らに見つかりそうになったら、すぐに住処を変えるから、そのつもりでいろ。俺たちは一つの場所に留まることはない」
「ここは何か所目何ですか?」
「俺は二か所目だ」
ジンは言った。
「あいつらはもっとだろう」
二人並んで歯磨きをしているレンとミーに目をやる。
「他に仲間は?」
今度はジンが黙りこむ番だった。
「今は俺たちだけだ」
「今は?」
「俺が来るまでのことは知らねえよ」
「サブロー、これ食べな」
振り向くと、レンが何かを投げてきた。
考えるより先に、手がそれをキャッチしていた。
赤々としたリンゴだ。見ているだけで、唾液が出てくる。
「失礼よ、レン。貸して? 皮剥いてあげる」
右手に持った歯ブラシを、ナイフに変えたミーの元に手渡しをする。
「投げていいのに、お坊っちゃんだね」
俺は恥ずかしくなった。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「記憶喪失になってから、何か記憶を取り戻したことはありますか?」
答えは、俺が期待したものではなかった。
「ないね。他に聞きたいことは?」
「今はないです」
「よし、じゃあ出るぞ」
ジンは、レンとミーにも召集をかけ、鶴の一声で出かけることになった。
リンゴを食べそびれたとも言えず、胃が空っぽのまま、ついていく。
木になっているリンゴや桃を採り、川で魚を捕る。
人影を感じると、木の陰に隠れて様子を伺う。
その気配がなくなるまで、その場で耐え忍ぶ。
それが治まると、ジンの合図で、表に出てきて活動を再開する。
その繰り返しだった。
ミーと二人で木の陰に隠れる。
近くで見ると、陶器のような肌で、目は光り輝いていた。
ミーの腕が触れて、トキめいた。
「緊張してるね」
「別に」
声が上ずる。
「皆がいるから大丈夫だよ」
俺は内心とは裏腹に、無視した。
「ねえ、いいところに連れてってあげる」
手を繋ぎ、その場を離れる。
ジンとレンは気づいていないようだ。
「勝手なことしていいの?」
なんとなく、ジンの目をすり抜けると罰則のようなものが与えられるのではないかという気がする。
そのことを言うと、手を離そうとしないミーは笑った。
「そうかもね。ジンとは前に色々あったから」
含みを持たせた言い方に、俺は思わず手を離した。
ミーは林から抜け、町に出てバスに乗った。他人が顔パスされるのを見て、不思議な気分になる。
やはり俺たちは同士なんだな。
三十分程バスに揺られながら、何度も確認を取った。
「やっぱり戻ろうよ。恋人と弟が君のこと心配してるよ」
団体行動が鉄則と聞いたばかりなのに、俺の信用度はガタ落ちだろう。
「恋人じゃなくて、元恋人」
悪寒がし始めた。
「ちょっとぐらい、大丈夫よ。あなたに見せたい景色があるの」
「君、天真爛漫なタイプだね」
「ありがとう」
ミーは誉め言葉として受け取ったようだが、俺の貧乏ゆすりは止まらない。
ジンを裏切る行為に対する恐ろしさに加え、あの恐怖が出てきた。
「感じるの?」
ミーが気づいてくれて、手をにぎってくれた。
今度は心配かけまいという思いで、問いかけに無視を決め込む。
バスの中から外の町並みを堪能する余裕もなく、バスから降りる。
濡れた草木が巻き付いているような感覚をぬぐおうと、背中をクネクネさせながら、走り出す。
隣にいるのが女じゃなければ、しがみついている。
「着いたよ」
体力がついているのか、息を切らさず、爽やかにミーが言った。
目の前にはとうもろこし畑が広がっていた。
動機、眩暈、頭痛が襲ってきた。
ここから離れなければ。そう脳裏が訴えるのにも関わらず、足の力が抜けていく。磁石で引き寄せられるように、とうもろこしは畑に引きずり込まれていく。
「様子がおかしいわ」
ミーのマイペースな台詞に、意識が遠のく。卵を割ったこともない我が子が、ロールキャベツに挑戦するのを目の当たりにするような感じに。
「助けて」
気を失う前に、ミーにエスオーエスの信号を出す。
ミーの背中におぶさった後、記憶がなくなった。