仲間
目を開けると、あまりの異臭に気を失いそうになる。
「目を覚ましたみたいよ」
はっきりと聞こえた。
ハスキーボイスだが、女の声だ。
何人かが、俺に近づいてくる。
俺は緊張で体が動かなかった。
「まだ寝てるじゃないか」
「たぬき寝入りよ。見て分からない?」
「おい、そのまま寝たふりをするんなら、水をぶっかけるぞ」
「ヒイッ」
水をかけると予告しておいて、犬をよこしてきた。
しかもこいつめ、舐めやがったな、くそ!
不機嫌モード全開で起き上がる。
俺に麻酔銃を打ち込んだ男の子が一人、そいつによく似た女が一人、三十くらいの男が一人、合わせて三人と一匹がいた。俺を美味しそうなハンバーグを見るような目をして見ている。
「お前たちはいったい誰だ?」
「我々は君と同じ事情で人目を避けて生きてる人間だよ。右からレン、ミー、そして俺はジン。ああ、ちなみにこの犬はダン」
「俺と同じ事情? お前たちも、福男と福女なのか?」
目を点にしたかと思えば、三人が一斉に吹き出した。
「福男? そりゃいいや」
「お前、何も知らないんだな」
自分よりかなり年下のレンに言われ、ムッとする。
「お前こそ、その口の利き方どうにかしろよ」
「お前の気持ちはわかるけど、年齢的には俺が年下みたいだけど、この世界では俺のが先輩だからな」
「あ?」
「とりあえず、あったかいスープでもどうぞ」
ミーがコーンスープを差し出してくれた。
「私たちは、長いのよ。記憶喪失になってから、もう五年はたつかな」
記憶喪失、と言われ、スープを持つ手が震えた。目の前の連中は、本当に同士らしい。
レンとミーは、姉弟だということが分かった。記憶喪失から目覚めてからの体験は、俺と同じようなものだった。二人で隠れて小屋で暮らすようになって一年後ぐらいに、ジンも一緒に暮らすようになったらしい。ジンは、ミーがナンパをしたというので、俺との対応の差にジレンマを感じずにはいられなかった。
「何で俺は獲物のように捕まえられて、ジンはナンパなのさ」
スネると、スープのおかわりをくれた。
昨日焼いたというアップルパイまでついてきた。
「でも、何で俺やジンが、仲間だと分かったんだよ」
「噂になるからすぐに分かるのよ。林の中の小屋に住んでるといっても、暗くなると町に出ることもあるから」
「ふうん。まさか同じ境遇の人間がいるなんてな。信じらんねえぜ」
俺は孤独から解放され、指が煙草の在りかを探しだす。
この歳でヘビースモーカーな俺。いやいや、そんなはずはない。
「はい」
煙草を求めて自分の体をまさぐる手を見て何を思ったのか、ミーがチョークをくれた。
「それで、名前をかきな」
不思議に思った俺が何か言う前に、レンが壁を指差した。
そこには、レン、ミー、ジンと名前が書かれてあった。
「いいのか?」
つまり、ここに名前を書くということは、そういうことだ。
「俺たちの仲間に入るだろう?」
俺は、返事の代わりに、ジンの横に名前を書いた。名前を書く手が震えて、サブローを、セブ口と書いてしまった。
婚姻届けにサインをする感じに似ている。俺はたぶん、知っている。
だが、俺の疲れた顔から察するに、離婚届けかもしれない。
「また記憶がなくなったとしても、ここにいる仲間が自分のことを知っている。だから名前を書いておくんだ。仲間が必ず探しに行く」
借金の保証人と一緒だな。俺は自分なりに咀嚼して落としこんでいった。
「寝てもいいか?」
「ああ」
皆、これまで俺が浅い眠りを繰り返してきたのが分かっているようだった。
俺は、仲間のもとで深いねむりについた。