罠
次の日の昼に、俺はようやく倒れるようにして眠りについた。
身と心を休ませることで、俺の中の機能は回復していった。
走っていた俺にぶつかり、俺の体調を気遣い温もりまでくれた女に礼を言って、女のマンションを出た。
他人とは深く関わるまい。
それが、俺の生きる道だ。
公園の池に、エサをやっていると、切れ目なく誰かが話しかけてきた。気づくと俺の前には行列が出来ていた。わざわざ足を止めて俺に話しかけてくるとは、以前より状況に拍車がかかっているような気がする。
写真の地に行ってから、濃厚な親切を受けているようになった。
「俺って何かご利益があるんですかね?」
バカにしたように薄ら笑いをしながら、カップルに聞いてみた。
カップルは、いやあ、どうなんでしょうねと顔を見合わせながらそそくさと退散していった。
カップルの後ろに並んでいた青年が、
「靴を磨いてもいいでしょうか?」
と聞いてきた。
俺は黙って足を差し出した。
「俺の髪を散髪したい人いますー?」
ついでに、並んでる人の中から髪を切りたいやつがいるかどうかも聞いてみた。
金髪メッシュの女がスタスタとごぼう抜きしてきた。
「俺に演奏を聴かせたい人も、今やってー」
フルートとバイオリンを持った二人組を見ながら声をかける。
こうして効率よく親切を受けていく。
毎日が誕生日のような感覚だ。
俺はニートでホームレスなのに、何一つ生活に困らなかった。
自分のことが分からない不安、他人を信用できない心、何かが迫りくる得体の知れない恐怖は、常に俺にまとわりついていた。
様々な手ほどきを受けている間も、貧乏ゆすりをしてしまうほどに、焦っていた。
早くここから逃げなくては。長居をしては危険だ。
あたりをキョロキョロ見回す。何かから監視されているような気がする。
額にじんわりと脂汗がにじみ出てくる。
「もういい!」
いつの間にか演奏がタップダンスに代わり、頭は坊主にされていた。
それらすべてを振り払い、靴磨きの青年を蹴飛ばして、走って逃げた。
人目を避けるべく、林の中に入り込んだ。
走っても走っても、何かが追いかけてくる。正体を探ろうとも、煙を掴むような話で、視覚以外の感覚でしかそいつがいるかどうかが分からなかった。
俺は、常に気が休まることがなかった。
水が欲しい。
川を求めてさまよい歩いていると、上から何かが降ってきた。
「ヒイッ」
どうやら俺は、檻の中に入れられたようだ。
麦わら帽子をかぶった小さな少年が、槍のようなものを持ってやってきた。
「お前、どういうつもりだ」
少年は俺の言葉を無視して、様々な角度から俺をじっくりと、するめの味がしなくなるまで噛めるほど時間をかけて観察していた。
少年は腰にかけていた銃を俺に向けた。
「バカッなにするつもりだ貴様!」
次第に目の前が暗くなった。