8 盾
100階層は我が屋敷と同じくらいの大きさで普通に明かるい部屋だった。
そこには例によって中央に巨大な像が偉そうに鎮座していた。
それは3メーチルはあるずんぐりとした人型で生意気にも1つ指輪をしている。
だが武器の類は持っていない。
俺は背負っていた荷物を部屋の入り口に置いてからゆっくり近づいた。
「はいはい、ゴーレムですね、動くんですよね。はいはい、分かってますよ」
投げやりにつぶやきながら強化魔法をかけて両手の剣を構える。
ジンさんの話では魔法が効かないクリスタルのゴーレムだがこいつは金属製だ。
その目に光が宿ったかと思うとドンッと言う音と共に目の前に拳が迫っていた。
目を離したわけではないにも関わらず、一瞬でかなりの距離を詰められた。
とっさにしゃがみこんでそのまま右手の剣を横に薙ぎ払うがドンッと真横に避けられ空を切る。
悪くないタイミングのカウンターだったのに避けられた。
間髪置かずに横から来る腹を狙って来た拳をそのさらに下を掻い潜りながら斬りつけるとまたも後ろに避けられた。
でかいゴーレムのくせにとんでもない速さだ。
仕方なく俺は再び呪文を唱えて魔力を高め、身体能力をさらに強化する。
魔法の重ね掛けである。
直後、再びドンッと音を立ててゴーレムが迫るのが今度ははっきりと見えた。
ゴーレムの胸にある宝石っぽいのがここが弱点ですと主張していたので突き出される拳を搔い潜って逆に右の剣で突く。
だが当たる瞬間に見えない壁に阻まれた。
「は?」
硬い金属の壁を突いたと言うよりも硬くて弾力のある物を突いた感触だった。
間抜けな声がこぼれたが跳ね上がってきた蹴りに左手の剣を当てて体を流してかわしつつその足を右手の剣で斬りつけると簡単にゴロリと落ち、ゴーレムは倒れた。
すぐさま弱点を狙って左手の剣で突くがまたも何かに弾かれる。
飛びのくと切り落としたゴーレムの足が宙に浮かんで襲ってきた。
ゴーレムの質量はとんでもないので足一本でもまともに受けたら潰れたトマトになるだろう。
慌てて少し距離をとると足は元通りに引っ付いていた。
面倒なことにおそらく弱点を破壊しない限りバラバラになっても再生する。
その再生速度が信じられない程速い。
だが何より驚いたのは右の剣を防がれたからだ。
この不思議な剣はどんなものでも貫いたし斬り裂いてきた。
それが初めて、しかも見えない何かによって防がれた。
確かに魔法無効のゴーレムだからと言って物理攻撃を特殊な方法で防がないとは言っていない。
それでもこれは予想外だ。
どうしたものかと考えていると何やら暑くなって来た。
ゴーレムの色が赤くなりだした。
熱を帯びているのか。
これは不味いかもしれない。
よくあるパターンで第2形態とかパワーアップだ。
だがそれが終わるまで待ってやる義理は無い。
俺は変身中でも平気で攻撃する奴である。
それが嫌なら最初から変身しておけば良いだけのだ。
全力で殺しに来ない奴が悪い。
相手が生身でない以上、長期戦は不利。
一気に間合いに飛びこんで再び弱点に突きを放つがやはりと言うかこれは見えない壁に防がれる。
止まった俺に両手を振り下ろしてきたところを後ろに下がり、小さく呪文を唱えた。
やってはいけないと言われている3回目の身体能力強化魔法の重ねがけだ。
限界を超えて身体能力を強化すると体が悲鳴をあげ始めた。
こんな状態長くは持たない。
だが、おそらくどんなに強化しようともあの見えない壁を貫く事は不可能だろう。
なら壁のない所から攻撃するしかない。
右の剣を大きく振り上げてゴーレムに向けて投げつけ、直ぐにそれを追うように走りだす。
全てがゆっくりに見える中で俺は自分で投げた剣を追い抜き、ゴーレムの脇を抜けながら斬り付けると剣は見えない壁に弾かれるが、そのまま強引に防がれた剣を軸に体を回転させて背後に回り込む。
剣の軸が曲がった感触があったが折れてないならそれで良い。
そのまま左手の剣で回転の勢いをつけて剣を突き出すとゴーレムは反応しきれなかったため、後ろから弱点らしき部分をあっさりと貫く事が出来た。
すぐに強化魔法を解除すると前から投げた剣が弾かれた音が聞こえたがやはりそこが弱点だったのか宝石を砕かれたゴーレムはゆっくりと塵になり、後にはスイカ程の巨大な結晶と鈍い輝きを放つ指輪が残されていた。
俺は常々思っている事がある。
圧倒的なスピードとパワーの前には技とかは意味を持たないと。
この場合今の俺よりも圧倒的なパワーと右手の折れない剣があればゴーレムの見えない壁を貫けたかもしれない。
格闘ゲームでは強いパンチとキックがあれば半端な必殺技など不要と言うのが俺の考えだ。
つまりもっと物理的なレベルが高ければこんな苦戦もしなかったかもしれないという事だ。
もちろんそれはあの見えない壁が物理破壊不可能でなければの話。
目が熱くて痛いので拭って見るとヌルリとした嫌な手ごたえがして、手が血で赤く染まっていた。
血の涙が出ていたらしい。
慌てて回復魔法をかけて水で顔をよく洗うとすぐに痛みが治まったが、わずかな間だとは言え無理をしすぎたようだ。
さて、残された指輪だが指輪といっても俺からすれば腕輪の大きさはある。
拾ってみると見た目は鈍い銀色で予想に反して軽い。
それを結晶と同じく荷物に放り込もうとするといきなり紐状になり腕に巻きついてきた。
「うおっ! ちょっ!」
腕輪は右の手首辺りにがっちりとはまった。
継ぎ目が無くどうやっても外れないどころかびくともしない。
仕方が無いのでそれはいったん置いておき、部屋を調べるが部屋の奥に転移陣が光を放っている以外何もなかった。
あれに飛び込めば地上に出られるのだろうが、俺がこの迷宮を攻略する理由は後に来る聖女よりも先にここで女神の巫女が作ったと言われる魔道具を得るためだ。
その名は女神の盾。
盾なんか手にしても両手に剣の俺には無用の長物なのだが聖女にこれを渡さないことに意味がある。
しかしどこにも盾など無く、ゴーレムの謎の防御、そして腕に巻きついた腕輪。
つまりこれがそうなのだろう。
試しに念じてみると魔力と引き換えに目に見えない何かが展開されたのが分かる。
大きさは自由に変えられるし、魔力を多く注ぐとおそらく強度が増す。
試しに不思議な剣で斬ってみると弾かれた。
なるほどこれは良い物だ。
2年掛かったがついに最初の目的は果たしたわけだ。
ああ、長かった。
俺はパンパンになっているバックパックを背負って転移陣に飛び込んだ。