6 さらに下へ
最初にギルドに所属しないと迷宮には入れない。
手続きをすると登録した街のギルドの指輪を渡される
これはギルドの管理システムで、着けたものが死ぬとそれが分かるようになっている。
足元に転がっていた4つの指輪は歪んでいるがここから西にあるノリンの街のシンボルが刻まれていた。
死体は無い。
おそらく食い殺された。
ここ91階は吐く息が白くなるどころか凍る程寒い。
出てくる魔物は凶悪の一言。
巨大な氷の塊が意思を持って突っ込んでくる。
80階辺りで出てきた狼かと思えば冷気と尖った氷を無数にを吐き出してきたり、氷の棘を持ったハリネズミのような奴は回転しながら突っ込んできた。
90階層までとは比較にならない難易度だ。
1階進むだけでいきなり敵のレベルが大きく跳ね上がるなど昔のRPGのようだ。
対冷気の魔法を憶えておいて正解だった。
無ければ満足に動くどころか凍り付いていた。
極所に対応できるようにとジンさんに叩き込まれたのが活きた。
だが魔法で寒さを防ぐといっても完全に防げるわけではない。
長時間同じ姿勢でいると寒さで体が動かなくなってしまうため満足に眠ることが出来ない。
そんな寒さに耐えながら魔物を斬り続けて探索することおそらく7日。
ようやく下への階段を見つけた。
今まで俺は迷宮にもぐるペースを決めてきた。
魔物を倒してレベルを上げながら下への階段を探し、結晶がある程度貯まるか決めた日数が過ぎたらギルドで売っている脱出用の転移アイテムを使って地上に戻るを繰り返してきた。
それが50階層まで。
それ以降は何故か転移アイテムが働かないため行く時は一気に10階層を降りてガーディアンを倒して転送陣を使って地上へ戻るしかない。
転移陣は使った事がある所へしか移動出来ないため、誰かについていきなり下層に行くことは出来ない。
ギルドで出る魔物と特性を調べ、出来るだけ魔物を倒してレベルを上げて、入念に準備して10階層を駆け抜ける。
俺はそうやって来たし他の連中もそうだろう。
迷宮は恐ろしく広い。
81階から90階まで一気に行った時、30日以上かかった。
果たしてどのくらいで100階に着けるのかと考えながら、やけに長い階段を下りていると寒さが和らいできた。
迷宮では何故か階段は安全地帯である。
荷物から魔法のパンと呼ばれる豆粒のような小さな物を取り出して水をかけて少し待つ。
1分程待つとそれは膨れ上がり握り拳大ほどのパンになった。
便利な非常食である。
ふんわりとやわらかく、塩が効いていておいしい。
それをもくもくと食べ、そのまま階段で横になるとあっという間に意識が落ちた。
安全に眠れるというのはありがたい。
目が覚めた時、ある程度体に活力が戻っていた。
ようやく1階層抜けたわけだが予想より遥かにきつい。
だが進むしかない。
ため息と共に立ち上がり、階段を下りていると今度は暑くなってきた。
すごく嫌な予感がした。
この迷宮作った奴はアホだな。
ん? ああ、そうだった。
うん、そうだった
そうだ。
忘れていたが俺はこの迷宮を作った奴はアホだと知っていた。
いまさらだった。
92階層。
そこはマグマの川が流れるクソ暑く通路そのものが無く端が見えない広い場所だった。
つまり俺が降りてきた階段があるのは92階層という巨大な四角い部屋の角だ。
対冷気から対熱の防御魔法へと切り替えてもなお暑い
マグマがどこから流れてくるのかとか、どこへ流れるのかとか言いたい事は色々ある。
進みたくないと心の底から思うが、ぐっと堪えて重い一歩を踏み出す。
この迷宮の本当の意味での詳しい内容は知らない。
だがある程度は知っている。
それは聖女と呼ばれる凄まじい防御と癒し特化の魔法使いであり、尚且つ魔法では出来ない穢れと呼ばれるモノを浄化出来る女の子が一緒にいる事がこの迷宮クリアの前提らしい。
おそらくはそうだろうと言う割にはと思ってもいたが、91階層から本番だったらしい。
マグマの川の傍を歩いているマグマから魚の形をした魔物が飛び出して来た。
「うん、知ってた」
絶対に来ると思っていたのでそれに合わせて右手の剣を一閃。
マグマを泳ぐなどとんでもない魚であっても綺麗に二つに斬れた。
結晶が下に落ちるが拾っている暇は無い。
今度は俺を簡単に丸呑み出来るくらい巨大なワニが群れで襲ってくる。
当然だが90階層以降の魔物の情報はギルドに無かった。
どんな奴がどんな事をしてくるのか分からない。
本当に初見殺しは勘弁してもらいたい。
襲ってくるワニに走って近づき、そのまま上に飛び乗って右の剣を突き刺して駆け抜ける。
背中から開かれた形になってワニが結晶になる。
しかし仲間の事など全く気にせずに迫ってくるワニの群れ。
ジンさんとの訓練を思い出しながら、俺はただ剣を振るった。
ようやくワニの群れを片付けたかと思ったら音も無く迫ってくるゆらゆらと陽炎のような姿のくせに意思を持った炎の塊。
それを切り捨てたら後ろからの気配に振り向くと駆け寄ってくる狼の群れ。
そいつらが当然のように吐き出してくる炎の波。
こう言った場面に遭遇すると盾が欲しいといつも思う。
しかし無いものは無いので魔力をこめて左の剣を振るうと炎が左右に分かれる。
その間を走り抜けて狼達に肉薄して左右の剣を振り続けた。
気持ちが折れそうになるが何とか踏みとどまり、襲ってくる全てを斬り捨てる。
実体の無い物、鉄よりも硬いであろう物、金属を溶かすマグマ、そんなものでもこの右手にある不思議な剣は斬れる。
普段は出来るだけ頼らないようにしているがそうも言っていられない。
氷の魔法が使えたらどれだけ楽だろうか。
だが悲しいかな、俺には攻撃魔法の才能は無かった。
故に俺に出来る攻撃手段は斬る事だけ。
この世界に来て2年。
俺はクソゲーをこよなく愛する以外、特に何か出来るわけでもないただの高校生だった。
どこかの誰かのように家は昔から武術を伝えてましたとかは無い。
実は死んだ祖父から古武術を習ってきたとかふざけんなと言いたい。
現代日本にそんなものがほいほいあってたまるか。
あるいは家は剣道ではなく剣術を伝えてまして、居合い切りが出来るとか都合の良すぎる設定。
そんなものがあれば俺もどれだけ楽だっただろう。
俺は不思議な剣を拾ったが、玩具の木刀でさえ握ったことも無い。
だが、金を稼ぐため、生きて帰るため、それらのためにはどうしても剣を振るうしかなかった。
ジンさんの指導の下、基本を叩き込まれて毎日かかさず剣を振り続けた。
上から襲ってきた火の鳥を半身になってかわしながら斬り捨てて、背中のバックパックから水筒を取り出してそのまま頭から水をかぶった。
これは見た目は金属性の細長い小さな水筒だが、小さな結晶を放り込むと混じりけなしの綺麗な水をいくらでも生み出す魔法の水瓶と呼ばれる魔道具を水筒に改造した物。
そしてこれこそがトリーさんがカジノに通う理由。
トリーさんやクシャラが育った孤児院がある辺りは井戸水の質が悪い。
井戸水に院長が魔法をかけて綺麗にして使っているが、院長もいい年になって毎日魔法を使うのが辛くなってきているらしい。
魔法の水瓶を買おうと思えば1000万カナはする上になかなか市場に出回らない。
それがカジノの景品にあるのだ。
トリーさんはそのためにせっせと通っている、はずだ。
いつの間にか目的と手段が逆になってきている気もするが、きっと気のせいだろう。
ボンヤリしていた頭が少し冷えてまともになったので水筒をしまい、ただ歩く。
見通しが良すぎるため休むこともままならない。
俺は下への階段がある場所はこの迷宮を考えたアホなら恐らく、と考えながらただ真っ直ぐに歩いた。