42 クソゲーの特徴
歩く事3日。
その日、俺の真上に日が昇る頃にようやく街が見えてきた。
俺の予想していた物よりもずっと大きい。
何よりも町全体を囲っている高い壁がその大きさを物語っている。
入り口は東西南北4か所に大きな門があるらしく、そこには沢山の人が出入りしていて俺達も街の北に位置する門をくぐった。
「あの、ジンさん。こんなに簡単に入れるんですか? その、出入りのチェックとか無いんですか?」
門には門番らしき人達が槍を持って立っており近くには詰め所らしき建物もあったが特に通行人に何をするわけでもなかった。
よくあるパターンでは門番の人達に止められて目的とか証明書とか通行証を見せろとか言われると思っていたので拍子抜けだ。
「フム、お前は入ってくる人をチェックして通行証とかギルド証を見せろとか言われると思ったか?」
「違うんですか?」
そんな風に言われて持ってないと言ったらギルドで作れるとか言われたり、通行料要求されたりとか。
門番とやたら仲良くなったり、門番のステータスを見たりとか・・・いやちょっと待て。
今、俺は何を考えた。
何故そんな事を思った。
「出入りは自由だ。どれだけの人がここを通ると思っている。門番ってのは魔物が出た時のための存在だ」
「出るんですか?」
ここ3日程全く出会わなかったが出るだろうか。
「たまに出る。デカイねずみとか犬とかな。そのための門番と街を囲っている高い壁だ」
「犬ですか。そうですか」
魔物の犬と言われて何を思うだろうか。
RPGでは序盤から中盤辺りに出現する雑魚と思う人が多い。
だが俺はそうは思わない。
何故ならとあるゲームで最強の敵は何かと聞かれたら犬と答える事があるからだ。
まず素早いので攻撃が避けられる。
次に噛み付きは場所によって大きなダメージになる。
最後にこれが一番問題だが、群れで来る。
1体だけなら慣れれば割と簡単に倒せるが複数で来られると脅威となる。
昔のゲームでは攻撃を受けてもそのまま攻撃出来たりするが最近のはその辺がしっかりしていて、俺も良く犬にやられたので犬が大嫌いになった。
群れで来る犬とは本当にやっかいな相手だと思う。
ここは現実なので当然人は噛み付かれたら痛みで怯むからそこから畳み掛けられたら終わるだろう。
門番の人達はそんな相手と戦うのか。
「なるほど、門番って優秀な人達なんですね」
「うん? ああ、まあ、大体あってる」
俺は今後門番の人達を尊敬の目で見るだろう。
そんな事を話しながら歩く町並みは正に思い描いていたRPGそのものだった。
中世のヨーロッパを思わせる建物に歩いている人の格好。
嫌でもテンションが上がる。
「ところで何処に行くんですか? やっぱりお約束のギルドですか?」
異世界に来たらやはり最初はギルドだろう。
そこでたむろしている先輩面した連中に絡まれて逆にぶちのめして俺ツエエエとお約束の出来事があると。
「何を言っている。お前の格好を何とかせんといかんだろ。だからまず俺の家だ。ギルドとかそんなもん後だ」
ジンさんは何かあきれた様な声を出した。
「え? ああ、そうですよね・・・」
良く考えなくてもその通りなのに俺は何を考えてたんだろう。
大体お約束って何だ馬鹿馬鹿しい。
何が絡まれてぶちのめして俺ツエエだ。
我ながら馬鹿じゃなかろうか。
そんな馬鹿の一つ覚えの展開なんてあってたまるか。
どうも何か考えがおかしな方向へ行ってしまう気がする。
頭を振って馬鹿な考えを振り払ってジンさんの後を歩いていくとやがて人通りの多い大通りを抜け、さらに歩くと大きな屋敷が見えて来た。
高い塀に囲まれて大きな門がある。
漫画なんかで出てくる金持ちの屋敷だ。
屋敷の周りは普通の家が建っていて明らかに浮いていた。
「カーナとロー」
ジンさんがそう言うと門がキイキイと嫌な音を立てて勝手に内側へ開いた。
魔法式の自動ドアの類だろうか。
「今のは合言葉とかですか?」
ファンタジーの世界でセキュリティーと言えばやはり魔法の鍵。
つまりマジックアイテムか魔法を使った鍵だ。
門をくぐると後ろで勝手に門が閉まった。
「ああ、憶えておけよ。それからこいつも持っておけ」
ポイと投げられた物をつかんで見ると銀色に輝く親指程の大きさのコインだった。
それには翼を持った女性の肖像が刻まれていて反対側には同じく翼を持った別の女性が刻まれていた。
「そいつが鍵だ。それを持って合言葉を言えば門が開く。そいつを持たずに塀を乗り越えようとすると楽しい事になるから気を付けろ」
「楽しい事ですか?」
「そうだ。やりたければやってもかまわん。死にはしない。死にはな」
「やめときます」
「賢明だ」
庭を抜けてジンさんが屋敷の入り口の扉を開くと埃っぽいすえた匂いがした。
廊下のあちこちに埃が落ちていて、生活感が無い。
「2階の奥の部屋を使え。靴と服は俺のを貸してやるから着替えろ。買い物に行くぞ。金の心配なんかするなよ。すぐにその程度は余裕で稼げるようになるからな」
「お世話なります」
「それからノートパソコンなんだが、少し借りていいか? 中身を調べたい」
「アレをですか? あまりお勧めしませんよ。姉さんの書いたその、ゴミって言うかクズって言うか、そんなどうにもならない小説が大量に入ってるだけですよ」
ノートパソコンは邪魔になるからとジンさんの鞄に入れてもらっていた。
小型のソーラーパネルが付いていて太陽光だけではなく普通に照明でも充電可能の代物で、部屋で使うなら電源が不要なレベルの最新モデルだ。
だが中身は姉さんが趣味で書いている紙媒体なら破り捨てる、データなら即刻デリートしたくなるレベルの小説。
ノートやルーズリーフに手書きで書いていた時は感想を求められたら高確率で破り捨てていた。
そんなノートパソコンを調べても不愉快に成るだけだと思う。
「そうか。だがお前がそれと一緒に来たってんなら何かあるかもしれん」
「そうですか? 俺は構わないんですけど。どんなにイラついたり殺意を覚えても壊すのは止めて下さいね」
「そんなにか?」
「はい、それはもう」
「そ、そうか」
ジンさんが少しひるんだ。
だが甘い。
本当に酷いのだ。
「一番上のフォルダからしてもう・・・」
タイトルは『闇を操りし墜ちた者』。
あれ? 『闇を使いし墜ちし者』だったか。
『なんとかの者』だったのは憶えているが、最後が『~の者』で終わるのが多すぎてどれだったか。
まあどれもかっこいいと思ってタイトルにつけただけで内容は似たような物だった。
「こんな夜に何処行くの?」
「チッ・・・蒼月か」
いやと言うほど聞きなれた声だった。
面倒な奴に見つかった。
「それで何処行くの刀也君?」
「・・・お前には関係ない」
「昔みたいに瑞穂って呼んでよ。小さい頃からずっと一緒だったじゃない」
蒼月瑞穂。
俺とこいつは家が隣で小さい頃は良く一緒に遊んでいた。
俺と違って明るくて可愛いからクラスでも人気者だ。
こんな状況になっても明るく振舞って他の女子連中を元気付けていた。
「ハァ・・・いいか。俺はこの国の連中が信用出来ない」
「え? その、刀也君は何も力を貰えなかったみたいだけど、大丈夫! 私がちゃんと守ってあげるよ。子供の頃いじめられてた私をかばってくれたのは刀也君だけだった。私が絶対助けるから部屋に戻ろう?」
召喚されたクラスの連中はみんな何らかの能力を使えるようになった。
確かこいつは回復魔法だったはずだ。
クラスの連中は俺が何も使えないと言ったのを信じたみたいだがそうじゃない。
俺が使える様になったのは闇魔法だ。
けどどうも属性的にやばい感じがしたし、ここの連中の俺達を見る目がまるで道具を見るかのようだったのが気になったからあえてそう言っただけだ。
闇魔法ってのは便利なもので影の中に入ったり物を入れたり出来るしはっきり言ってチートだ。
だからこの魔法を使って王様連中の話を聞いたら俺達を利用して戦争する気だったと言うわけだ。
あいつらに俺達を日本に返す気なんか最初から無い。
しかしクラスの連中にその事を話す気も全く無い。
俺を苛めてくれてる奴等なんか知った事じゃないからな。
それに蒼月の奴に悪気はないんだろうが俺をかばうから余計にいじめが酷くなった。
こっちではタガが外れた馬鹿な奴等が何をしてくるか分からないし、そうなったらこっちも反撃する事になる。
すると闇属性がばれる。
俺の予想通り闇属性は魔族しか使えないらしいのでばれたら国から追われる事になるのでそれは避けたい。
何より与えられた力を嬉しそうに使ってる馬鹿共が俺の言う事を信じるとは思えないし。
「はいはい、クラスごと召喚されるんですね。はいはい、主人公は苛められっこで闇属性。はいはい、王様が信用できないから逃げるんですね」
「おいどうした?」
「他の連中が凄い能力持ってて、中には光属性とか勇者とかいると。そのくせ主人公は無属性、闇属性、死にスキル、戦闘用の能力無し。ただしうまく使うとアホ見たいに強いと。そんなパターンばっかりじゃねえか! いい加減にしろ!」
「ああん? 神薙じゃねえか。何だよお前生きてたのかよ?」
「如月か。何してんだよ」
「見てわかんないのかよ? こいつが言う事きかねえから罰を与えてんだよ。ギャハハハ!」
首輪を付けたまだ小さい女の子が蹴られている。
奴隷か。
「ああん? なんだよその目は? 何の能力も無い雑魚が文句あんのか?」
「チックズが」
「何だと? 偉そうな口きくじゃねえか雑魚が。丁度いいや。お前死んどけよ。ギャハハハ!」
こいつは俺をいじめてた奴の1人でいつもリーダーの秋月に引っ付いてた取り巻きだ。
「俺の能力は火魔法だ。死ねよオラ! ファイアーボール!」
ボン!
バシュウウ・・・
「は? 何だ? 何で俺のファイアーボールが消えたんだ?」
「誰が何だって? お前なんが秋月がいなかったら何にも出来ない下っ端じゃねか偉そうに」
「ふざけんなテメエ! ぶっ殺してやるよ! ファイアーストーム!!」
ボオオオ!!
「こんな所でそんな魔法使うなんてな。食らい尽くせ奈落」
バシュウウ・・・
「な、なんだよそれ!」
「はいはい、女の子の奴隷、はいはい、主人公を苛めてた奴を俺ツエエで返り討ちですね」
「おい、しっかりしろ」
ジンさんにガクガクと揺さぶられてハッとした。
何だ今のは。
脳裏を駆けた悪夢。
「おい大丈夫か。何があった?」
「あ~ちょっと姉さんの小説を急に思い出しまして」
いつも同じパターンの主人公。
同じパターンで話が進んで同じパターンの戦闘。
それが急に頭に思い浮かんで流れていった。
今までそんな事なかったのに疲れているのだろうか。
「ジンさん。ノートパソコンは危険かもしれません。何故か読んではいけない。そんな気がします」
「そうか奇遇だな、俺もそんな気がして来た」
俺達の視線がジンさんの持っているノートパソコンに集中した。
クトゥルフ神話に出てくる魔道書のような。
読んだらSANチェックに成功しても正気を失うような。
そんな気がした。
「あ~とにかく着替えたら街に行くぞ。こいつは夜にでも調べる」
「あっはい」
「大丈夫だ。俺も若い頃は表紙とかタイトルで小説買ってたからな。苦痛を感じながらも全部読んだものさ」
「そうですか、そうですか。俺もそうですよ。中にはゲームの公式小説とかありましたけど、ネットで素人が書いた方が面白かったとかもありました。けど・・・」
「けど?」
「ゲームであるんですよね。特にクソゲーをやってると感じるんですよ。このゲーム会社は何を考えてこんなゲームを作ったのかって。グラフィックが酷い、ストーリーが破綻してる、キャラクターに魅力が無い、BGMがチープ、操作性が悪い、何よりも面白くない、クソゲーだって事を作りながら思わないのかって」
「それは、お前、アレだ。作ってる奴等には分からないんだよきっと」
綺麗なグラフィックとか何処がだよとか豪華声優とか書いておきながら顔ぶれ見ても誰だよとか。
戦略的な戦いとか言いながら、ゲームバランスなんて考えられて無いから戦闘はワンパターン。
ストーリーも滅茶苦茶で敵の親玉が何をしたいのか分からないし主人公達も何がしたいのか分からない。
目的が明らかになってもこうしたら終わりだろとか、じゃあなんであの時あんな事したのかと言う突っ込みを何度も入れたくなる。
ゲーム開発の人達は何を考えてそんなゴミが売れると思って世に出したのかと。
「とにかく姉さんが書くのはそんな感じの小説なんですよ。ほら臭って来ませんか? クソゲー臭に似た臭いが」
散々クソゲーをやりこんでいる俺は何となく感じるようになった。
タイトル画面が表示された段階でこれは駄目だと感じる感覚。
クソゲーにある独特の臭いとも言うべきもの。
それに似た何かをこっちに来てからずっとノートパソコンに感じていた。
ジンさんが読みたいのら止めはしない。
死にはしないだろう、死には。