41 先輩
俺の脇を馬車が通り過ぎていく。
馬車なんて物を見たのは初めてだった。
改めて言うがここは日本じゃないな。
街道などと言うが実際は少し人が通りやすい道と言う程度。
当然舗装なんてされていない。
目的地のセカイエの街は割りと大きな街らしく、行き来する人はかなり多い。
「ジンさん。あの、魔物ってこういった場所では出ないんですか?」
俺は隣を歩いているジンさんに声をかけた。
森を出るまでそこそこ角うさぎに襲われたのに街道に出てから一度も襲われていない。
古いRPGでは場所によって魔物との遭遇率が大きく違う物がある。
この世界もそういった事があるのだろうか。
俺の問いにジンさんは少し考えるそぶりを見せた。
「魔物には生息エリアがある。角ウサギはさっきの森からは出てこない。この辺は何にも無い平原が続いている。こんなとこには何もでないから安心しろ」
「そうですか。なら街まで退屈ですね」
「普通は」
「露骨な遭遇フラグはやめてください」
お約束は大事だと思うがそれが行き過ぎると冷める。
この世界はゲームっぽいのでそう言うこともあるかと思うが俺はわざとらしいのは大嫌いだ。
だが結局魔物に遭遇する事はなかった。
よくあるパターンはよくあるからそうであるのだが今回はそうはならなかったらしい。
俺達は日が落ちる頃に野営の準備をして焚き火で角ウサギの肉を焼き夕食をとった。
もっとも俺はそんなサバイバルの技能など無いのでジンさんに教わりながらだったので時間が掛かってしまった。
そして一息ついた時、不意にジンさんは剣を取って立ち上がった。
「ヒロ、探索者になると言ったな」
「え? はい、剣と魔法の世界なら是非やってみたいので」
冒険をしてみたい。
日本の生活では決して出来ない事をやってみたい。
魔法を使ってみたい。
剣を使って魔物と戦って勝ちたい。
そんな事を考えた事は何度もあったが所詮夢物語だった。
だがそれが現実に出来るなら迷う事なんて無い。
そんな俺をジンさんはどこか懐かしむように見た。
「なら剣を取れ。少し戦い方を教えてやる」
「え? ああ、お願いします」
俺もそばに置いていた剣を手に取り立ちがあった。
背負いなおした剣を鞘に押し込みながら右に捻るとガチャっと小気味良い音と手ごたえがして剣が抜けた。
このロマンを感じるギミックは癖になりそうだ。
俺はこういった物が大好きで意味もなくガチャガチャしてしまう。
そんな俺に対峙したジンさんも同じように剣を抜いた。
「あれ? ジンさんの剣俺の剣と同じですよね? 音しないんですか?」
ジンさんが剣を抜いた時ギミックの音がしなかった。
まさか普通に抜いたわけじゃないと思うがどうやったのだろうか。
「剣を左に捻るんだ。そうすれば消音の魔法・・・サイレントの力で音が消されて静かに抜ける。不意打ちをする時はそっちにした方が良い」
「逆にすると音が出ないと。そんな便利な魔法があるんですね。それって鞘に魔法が掛かってるって事ですか?」
「そうだ。剣じゃ無い」
「それって呪文の類がいらいない効果が永続する魔法の鞘って事ですか?」
「ちょっと違うな。こいつは魔力を流して発動する魔道具の一種で予め魔力を込めておくと使う事が出来る。そいつにはまだ魔力が残っているみたいだからやって見ろ」
言われた通りに一度剣を鞘に収めてやって見るとガチャリと鞘が外れた感触はあったのに音がしなかった。
なるほど、これは便利だがそれこそ不意打ちでもしない限り使わないだろう。
時に性能とか効率とかよりも遊び心と言うかロマンとも言うべきものが俺は大好きだ。
俺が剣を構えると薄暗い中で炎の明かりを前にジンさんはゆっくりと剣を両手で構えて俺に向けた。
途端に息が詰まった。
俺も剣を構えているが剣道なんてやった事は無いのでそれっぽく構えてるだけだ。
ジンさんは気だるそうに見えるのに俺はどうしても斬りかかる事が出来ない。
向けられてる剣をかいくぐらなければならないのにどうすれば良いのか分からない。
いや、それは向こうも同じのはずと思った瞬間ジンさんはゆっくりと俺に向かって動いた。
それに対して俺は剣を真っ直ぐに突き出した。
理由は簡単で斬りつけるよりも真っ直ぐに突かれたら盾でも無い限り防ぐのは難しいし、ジンさんは両手で剣を持っているので盾などないからだ。
だがジンさんは俺の突きを事も無く横に弾き、そのまま剣を俺の喉元に突きつけた。
「ま、参りました」
真っ直ぐ自分に向かってくる刃物に向かいながら避けずに払いのけた。
それも自分で言うのもなんだがかなり速いと思うそれを簡単に。
斬りつけられた剣を剣で受けるのとは訳が違う。
「言ったと思うが魔物を倒せば経験値っぽいものが入ってレベルが上がる。そうすれば身体能力が上昇するんだが・・・だからと言ってチャンバラ剣法じゃあ勝てるもんも勝てん」
これがゲームならこっちが斬る、相手が攻撃、またこっちが斬るでそのうち決着が着くがゲームのようなくせに現実だから当然攻撃は避けなければならない。
「お前の言いたい事は分かる」
「そうですか?」
「ああ、よくあるパターンで迷宮にもぐって実践で身に着けていくもんだと思ってるだろ?」
「はい、そうです。ジンさんは違うんですか?」
ジンさんはフムと少し考えるそぶりを見せた。
と言うかそれ以外にあるのだろうか。
「俺も初めはそうだった。迷宮で魔物を倒してレベルを上げてお金を貯めて、それで武器や道具を買ってまた魔物を倒してってな。それでもある程度までは良かったんだ。力なんかは確かに強くなって行ったし剣の振り方も少しずつ身に成って行ったのは自分でも分かったしな」
「典型的なダンジョンRPGですね」
「だがよくあるパターンでそれだけじゃ駄目なんだよ。当たり前だが同じレベル同士なら素人よりも剣術を学んだ方が勝つ。逆に言えば少しくらいの能力差なら埋められるって事だ」
「ああ、よくある異世界転生して調子こいている奴が現地の奴等に力は強いし動きも速いけど弱いとか言われる奴ですね」
「・・・そうだな」
何故か姉さんが書いていた小説を思い出した。
ただし、そのパターンにおちるのは主人公ではなくてやられ役の場合が多かった。
そしてジンさんが苦虫を噛み潰したような声を出したのが気になった。
「あの、もしかして・・・」
「そうだ、俺もそのくちでな。絶対に勝たなきゃ成らんところで負けたんだ。レベルも上がってかなり強くなってたし、魔剣の類も持ってたのにな」
「負けたんですか」
「ああ、情け無い話だが相手の動きは見えているのに当てられないし、迫ってくる攻撃は避けれなかった」
ジンさんは剣を片手で軽く一振りして見せた。
剣はかなり長くて俺のと同じく相当に重いにも関わらずヒュッと風を切る鋭い音がする。
俺も同じように振ろうとするが剣は重く両手でも逆に振り回された。
「レベルが上がって行けばその剣も重く感じなくなっていくだろう。けど絶対に油断や慢心なんてするな。自分はゲームや小説の主人公だなんて思うな。現実は甘くは無い」
「え? いやそれはもちろんですけど」
主人公じゃない。
RPGの主人公は基本的に強くなるしご都合主義な展開で道が開けていく。
小説の主人公なら最初から強かったり、特殊な力を持っていたりする。
しかし俺はそんな物都合の良い物は持って無い。
ジンさんは剣を鞘に納めるとどっかりと腰を降ろして大きな鞄から瓶を取り出して中の物を一息に飲んだ。
酒だろうか。
「俺がこの世界に来た時は1人だった。右も左も分からないまま街に辿り着いたけど金が無くてな。持っていた物を売って金にして探索者になった。それからはひたすら迷宮にもぐった。最初は楽しかったけどある時死にかけてな。その時初めて死にたく無いって思ったよ。それまではゲームやってる感覚だったのさ。知らなければならない事も沢山あったのに色々重なってそんな事を全部すっ飛ばす事が出来ちまって、大事なもんを失くして、ここは現実って事を思い知ってからは後悔しかなかった」
「現実、ですか」
知らずに息をのんだ。
今後の生活が楽しみだった。
角うさぎにやられそうになった時は怖かったし探索者は命がけと言われた。
だが何処かで軽く考えていたのも事実だった。
「そうだ。お前は付いているよ。馬鹿をやらからして死ぬほど後悔してる先輩に会えたんだからな。別に楽しむなって言うわけじゃない。けどゲームでも説明書は読まないと損をしたり詰む場合があるだろ? だから必要な事は俺が教えてやる。俺みたいに馬鹿をやって後悔せんようにな」
ジンさんに出会わなければ俺もジンさんと同じように右も左も分からずにうろついて、何とか街に着いても何をしたらいいのか分からなかっただろう。
この世界の金なんて持っていないし、冒険どころか生活するのに必要な物さえそろえられなかっただろうしこの世界で何が必要なのかさえ分からない。
金を得るためには剣を売るわけにはいかないから姉さんのノートパソコンを売るしかなかった。
それだって買い取ってくれるか分からないし、足元見られる可能性だってあった。
「ジンさん。その、ありがとうございます」
俺はジンさんに深く頭を下げた。
俺にとってジンさんは文字通り恩人だ。
けどずっと後になってこの時にジンさんが言っていた事の意味を知った時、自分の鈍さにたまらなく腹が立った。