4 そこには何かある
トリーさんに連れられた店は明るく広かった。
女性に人気の店と看板に書いてあり、確かに女性客の多い店である。
「ここの魚料理はとってもおいしいと評判なのよ」
つまりトリーさんもこの店には来た事が無いと言う事か。
トリーさんはうれしそうにメニューを見ているが、一体どれくらい食べていないのだろうか。
ギルドでは受付嬢として丁寧に話すが、プライベートでは普通に話してくれるのは少し嬉しかったりする。
俺もメニューを見てみると確かに魚料理が多く、どんな物なのか分かり易く丁寧な絵が描かれていた。
だが俺にはそれよりも気になる事があった。
「トリーさん。あの、この店の名前なんですが」
嫌な予感はしていた。
「ん? 女性に人気の店よ?」
「そうですか、そうですよね。うん、分かってました」
つまり女性に人気の店、と言う名前の店だ。
ふざけているのかと言いたくなるが、この世界にはこう言った名前の店がたまに存在する。
そう言った店は他と比べて圧倒的にレベルが高い。
それどころか世界に1店だけの専門店などの場合もある。
昼に行った武器屋もこれにあたる。
「トリーさん、適当に好きなの頼んでください。俺はこのお勧めを頼むので」
「じゃあ私はこの店長の挑戦を1つ」
「は?」
「かしこまりました。本日のお勧めと店長の挑戦1つですね」
いつのまにかいたウエイトレスは注文を聞くとすぐに去っていく。
メニューをめくっていくと最後のページにそれはあった。
店長の挑戦と書かれていたそれはパスタの絵が描かれていたが全体が赤い。
見るからに辛そうでさらに上には唐辛子に似た物が乗っている。
「超激辛。制限時間内に食べきれば無料かつ賞金5000カナ。トリーさん、アンタって人は」
「こんな物を見たらやるしかないじゃない。大丈夫、辛いのは好きだし美味しいって評判だし、これだってきっとね」
「そうですか、そうですか。けど時間内に食べ切れなければ800カナなんですが」
普通の店でパスタを頼めば100カナでおつりがくる。
俺の頼んだ本日のお勧めも400カナだ。
「いい、ヒロ君? 無理って言うのはね、卑怯者の言葉なの」
「あっ、それもう良いです」
馬鹿な話をしているうちに運ばれてきたものは予想以上に赤く、熱そうだった。
トリーさんの体型は胸が結構自己主張してるが細身だ。
よくある話では信じられない量やありえない味の物を平然と食べるキャラがいる。
トリーさんとは何度も食事をしてきたが今までそういった場面が無かっただけなんだろうか。
「ううぅ」
「まあ、そうなるわけですが。俺のはおいしいから別にいいですけど」
残念ながらトリーさんは半分も食べられずにギブアップ。
試しに一口もらって後悔した。
口の中が辛いでは無く痛いのだ。
こんな物作る奴は馬鹿じゃなかろうか。
「すいません。本日のお勧めもう1つください。それとこの辛いの下げてください」
「かしこまりました。こちらでお口直ししてお待ちください」
ウエイトレスはアイスクリームをトリーさんの前に置いて店の奥に戻っていった。
どうやら店長の挑戦のサービスらしい。
「ところで無理って言うのは何でしたっけ?」
「うん、ごめんなさい」
すぐに運ばれてきたお勧め品をトリーさんはおいしそうに食べていた。
確かにお勧めと言うだけ魚のムニエルっぽいものがおいしい。
「ふう、美味しかった。お腹いっぱいで幸せだわ」
「そうですね。美味しかったですね。激辛料理なんていりませんが」
「うっ、ごめんね。つい」
「まあいいいですよ。ああ、そうだトリーさんに聞きたいことがあったんです」
店長の挑戦のせいですっかり忘れていた。
あんな物を食べきれるの人間ではない。
トリーさんも湯気でむせていた。
それでも半分近く食べたのは金への執念か。
「なにかしら?なんでも聞いてちょうだい」
上機嫌なトリーさんはまたしてもアイスクリームを食べている。
俺は酒を軽く飲みながら話しを聞いてみた。
「最近80階層を越えている探索者がいないと聞きました。あの辺に何かあるんですか?」
「ああ、その事ね」
陽気だったトリーさんは少しトーンを落とした。
「2年程前にね、アカプリシ様のお抱えの探索者の人達がその辺りの階層、詳しくは分からないけどたぶん90階のガ-ディアン辺りで全滅したの。その人達はかなりの強さだったし、何より魔法使いの女の子は私の見てきた中で間違いなく1番の実力を持っていたわ」
「へえ、何故だか、ねえ。それにアカプリシ。どっかで聞いたような。まあそれは良いとして。けど全滅って別に珍しい事じゃないでしょ?」
10階層ごとに強力な、所謂中ボスがいてそれを倒すと地上への転移陣がある部屋への扉が開き、その先には奥へと続く階段がありさらに下層へもぐれるようになる。
そしてその転移陣を使う事により次はその階層からスタート出来る。
ただし、それは1度使った者しか使えない。
例えば俺は60階層を突破しているから転移陣でそこから始められるが、トリーさんと一緒に転移陣を使う事は出来ない。
トリーさんは60階層の転移陣を使った事が無いからだ。
そして迷宮で全滅するのは別段珍しいことではない。
「そうね。けどその後90階層を超えようとしたパーティーは誰も帰って来なくなった。この街だけじゃない。他の街から来た有名な探索者だって結構いたけど結局同じ。そんな事もあって80階層を探索出来る実力のある人達も少なくなっていって、今はもうこの街ではヒロ君かエグレスさんのパーティーぐらいしかいないのよ。それに実力のある人達は皆王都の迷宮に行くしね、ジンさんには話してあるんだけど、聞いてない?」
「ジンさんに? 聞いてませんね」
聞いていないがあのジンさんの事だ。
あえて黙っている可能性も十分にある。
とにかく戦いに関しては一切の妥協を許さずスパルタで、何があっても自力で何とかしろと言ってもおかしくない。
「私も明日にでも直接話そうって思ってたんだけどね」
実力のある探索者達がこぞって全滅となると考えられる事は2つ。
1つは凶悪な罠がある。
もう1つは初見殺しかアホみたいに強い敵がいる。
どちらにしろ嫌な予感しかしない。
迷宮の中では全て自己責任。
どんなに強かろうが偉かろうが、死ぬときはあっさりと死ぬ。
「アカプリシ。ああ、思い出した。たしか、嫌われ者の貴族で殺されたとか何とか」
嫌われ者の貴族と聞けばろくな想像しか出来ない。
アホみないな税金とって贅沢したり、権力に物を言わせて一般人を踏みつけたり、嫌がる女の子にあんな事やこんな事をしたりなどだ。
「そう、アカプリシ様お抱えの探索者達が帰ってこなくなった後にお屋敷の人達は何者かに皆殺しにされたわ。お屋敷にはかなりの護衛だっていたはずなのに。犯人は結局分からずじまい。その血まみれのお屋敷をジンさんが買ったってわけ」
どうやら俺は知らなかったが我が屋敷は事故物件だったらしい。
幽霊と呼ばれるモノはこの世界では珍しくない。
迷宮で遭遇することもあるので化けて出られても何とかなるのである。
嫌われ者だっただけにどんな程度か知らないが恨みをかっていたのだろう。
「それにしてもトリーさんがそんなに褒める程の魔法使い。相性でやられたってわけでもなさそうだけどどうなんですか?」
「ええ、ヒロ君はこの街に来て信じられないけど2年で十分に1流と呼ばれるくらいになった。けどあの娘もあっと言う間に凄腕の魔法使いになったの。以前はこの迷宮は50階で終わりだと思われてたんだけど、その子は50階層へ行った時、奥への道を見つけたの。その後はどんどん誰も行った事もない新しい階層を進んで凄い勢いで力をつけていったわ。だから分からないの。一体なにがあったのか」
凄い勢いで力をつけたとはどれくらいだろうか。
俺はこの世界に来て2年。
ジンさんのおかげでここまでやってこれた。
その娘も才能を買われて貴族の支援を受けていた言う事か。
「随分酷い目にあってたみたいだけど、可愛そうだけど運がなかったって事よ」
「酷い目っていうのは?」
「え? えっと。その、ね」
トリーさんが口ごもった。
どういう事だ。
この世界に魔法使いは少ない。
だから魔法使いなら仕事などいくらでもあるし、給料も良い。
まして1流と呼ばれるほどになれば引く手数多でいくらでも稼げるはずだ。
嫌われ者のゴミ貴族でも魔法使いなら優遇するだろう。
それが酷い目と言った。
トリーさんはしまったと言う顔をしている。
ここは是非続きを話してもらいたい。
「こう言ってはなんですが、もう死んだんでしょ? なら良いじゃないですか。俺もその辺に行ってるんですから関係ありそうな事なら教えてください」
「でも、こういう事は」
「店長の挑戦800カナ」
「他所の国から来てすぐに大きな借金を抱えてしまったらしくて、実質アカプシリ様に買われたの」
このように金の力は偉大である。
特に貧している人間には絶大だ。
「強制の魔法で縛られて、だから、その、逆らえなくて、泣いてたわ。 魔法は後から偶々身に付けたら迷宮に潜らされてるって言ってた」
借金の形で逆らえない女の子が泣いていた。
つまりそう言う事だろう。
「なるほど。嫌な話ですね。けど結局その辺の階層に何があるかは分からないんですね?」
「う~ん、そうなのよ。何かあるのは間違いないしわ。けど本当に90階層に挑んで帰ってきた人が1人もいないの。だからどんな魔物がいるのか。どんな罠があるのかギルドでも全く分からないわ」
このセカイエの街の迷宮の探索記録は89階層までとなっている。
それより奥は未だ誰も行った事がない。
実際70階層以降は魔物がかなり手強くなり油断せずとも運が悪いとやられてしまう事もある。
聞くところによると王都の迷宮はあまり強い魔物が出て来ないし、結晶もそこそこ大きいのが出るのでてだれの探索者達はこの街で危険を冒す必要がない。
浅い階層ならたいした違いはないためある程度の実力になったら皆王都に流れていってしまうのだ。
「ヒロ君。私はこれ以上は進まない方が良いと思うわ。貴方は探索者として十分に稼いでいるでいるし何より強い。いい加減に信頼できる仲間を集めて今より少し上辺りでやっていけばずっと安全にすぐに一生遊んで暮らせえるだけのお金だって得られるわ」
トリーさんが心配そうに俺を見ている。
言いたい事は分かる。
「ん? あれ? 良く考えたら」
「どうしたの?」
「いえ、よく考えたら俺も別に今以上奥に潜らなければいいだけだなって」
「え? 奥、目指さないの?」
何故そこでトリーさんが驚くのか。
「え? 何で目指さなくちゃいけないんですか?」
「でも以前ヒロ君必ず踏破するって言ってたじゃない」
「あれ? 俺そんな事言いました?」
そんな事言っただろうか。
命は惜しいがゲーマーの習性とも言うべきか。
ひたすら迷宮にもぐっては奥を目指してきたが、そこまで危険なら行かなければいいのだ。
強くなるため金のため、元の世界へ帰るために迷宮へもぐってきただけだ。
そこでふと思う。
何か大事なことを忘れている気がすると。
「あ、思い出した」
そうだ。
元の世界に戻るためだ。
それともう一つ。
「どうしたの?」
「いえ、まあのんびりやりますよ。それからこれをクシャラから渡してくれと頼まれてました」
クシャラから渡された赤い紙袋の事を思い出したのでトリーさんに手渡した。
いや、すっかり忘れていた。
「クシャラが? 何かしら?」
「さあ? 俺は絶対に見るなって言われたんで」
何か思うものかあったのか、俺に見えないように中を確認するトリーさん。
「あ、あの子はもう!」
中を覗いたトリーさんは何故か真っ赤になった。