37 聖女再び
「それで、そのカイさんはどうしたんだ?」
「一緒に来ないかって誘ったんですけど、自分の力でやって行きたいと言われたので、とりあえず50万カナ渡してギルドで登録して必要な事を話して別れました」
「自分の力、ねえ」
「はい。誰にも頼らないし誰にも何も強要されないで好きに生きるんだ。でもお金貸してくださいって」
「はあ、そうですか」
「そうなんです」
俺は自由に生きるんだ。
カイさんは素晴らしい笑顔でそう言った。
「無属性魔法か。あったなそんな話も」
「『無属性魔法使いの成り上がり』とか『無属性極めたら最強でした』とかですね。チートって言葉程じゃありませんけど成り上がりとか最強とか多いですね。ヒロ先輩のお姉さんってとにかくパターン決まってますよね。その上度々出てくるあの『ひょんな事から』とか見ると何か腹立つようになってきたんですけど。『ひょんな事』って」
「ああ、うん、そうだな」
全くもってその通りである。
ひょんな事から異世界にとかひょんな事から関わったとか。
どうやらあれが嫌いなのは俺だけではないらしい。
「はいはい成り上がり成り上がり。はいはい最強最強。みんなが当たり前に持っているものを持っていなくて馬鹿にされた主人公がそれを武器にして見返すんですね分かります」
「おいヒロ」
「はい」
いつの間にかマリンの目が死んでいたので俺はマインドクリアをかけた。
「あれ? 私今何か」
どうやらこの魔法はかなり使う機会が多くなりそうだ。
最近マリンが姉さんの小説に毒されてきた。
読む事でこれからの事に対応出来るようになるのは良いが不安の種でもある。
「まあちらっと見たけどカイさんの魔法は相当なもんだった。知らないはずなのに呪文とか使い方が分かるんだと。あれなら大丈夫だと思うし、そんなもんなくてもあの人なら大丈夫な気がするけどな」
「え? あっはい。そうですか?」
カイさんが言うにはあの仕事を経験すればどんな仕事でも耐えられるらしい。
体は辛いけどそれよりも精神が辛いと。
何でも人の心の弱い所を突く最低な仕事で、成績が出る事すなわち取引相手が不幸になる事らしい。
だが仕事として成績は出さないといけないから働く。
すると客が不幸になる。
もうすぐ子供が生まれると嬉しそうに話した客が最後には借金までしてしまい、カイさんがその金を取りに相手の家に行った時の事。
「詐欺師! 詐欺師!!!」
客の嫁さんは泣きながらカイさんを指差してそう罵ったそうだ。
返す言葉もなかったよとカイさんはどんよりと言った。
そんなカイさんの事を話すとジンさんはタイヘンだと乾いた笑いを浮かべ、マリンはいまいち分からないと言った顔をした。
「しかし恐るべきブラック企業だな。仕事内容もそうだが上司が終わってるな」
「上司の人達は揃いも揃って最低ですね。でもその分お給料良いんじゃないんですか?」
「受け取る金は血を吸って赤いんだろうな。けどそれなら給料とか余裕で立つんじゃないか?」
「え? 立つって何ですか?」
「まあ・・・大金って意味さ」
ジンさんが言う立つとは、金額が多いと紙幣が分厚くなり縦においても倒れずに立つと言う意味である。
銀行でお金を下ろす時100万ごとに帯で包まれているのを想像すると分かりやすい。
それだけの大金が給料として出るとだろう言う事で俺も最初はそれだけ働くのなら当然そうなんだろうと思った。
「いやそれがそうでもないみたいで」
話を聞いた時、そこは本当に日本なのかと思った。
それはあまりにも馬鹿馬鹿しい話だった。
「1ヶ月の残業時間150時間超えで残業代無し。しかも土日祝日は出勤しても出勤扱いにならないらしい。カイさんの話では基本給は17万程度って言ってたな」
「は? え? あの、時給1000円で1日8時間で8000円で。1カ月25日働いて・・・20万ですよ?」
「まあそこに営業成績が加算されるらしいけど、何時使うんだって言ってたな。そんな社蓄生活を抜け出して、朝起きて着なくてもいいのに自然にスーツを着たところまで憶えていて、気がついたら目の前に女神がいたって事だ」
本人も良く分からないと言っていた。
仕事を辞めたのに自然にスーツを着て仕事に行かなきゃと思った所で女神に会ったと。
カイさんは何で俺はスーツを着たんだろねと乾いた笑いを浮かべていた。
「女神に会ったって事はやっぱり死んだんですかね? あの底辺と同じで」
「底辺ってお前」
俺はゴウやショーコ、そしてセイナの事を全て話した。
人間1度嫌いになった物はそう変わらないのでマリンとショーコに関してはもうどうしようもないだろう。
そっちは誰が悪いってゴウが悪い。
ショーコもセイナも巻き込まれた形だ。
「まあそのカイさんは今は置いておくとしよう。だがこれでお前の見た夢は本当だって事が証明された。明後日に聖女サマがやって来てお前はキタカキザキに召喚される」
ジンさんが嫌そうに聖女と口にした。
聖女が嫌いと言うより苦手と言うか関わりあいたくないようだ。
「召喚って魔法みたいに抵抗出来ないんですか?」
「あ~、あれな」
魔法には抗魔法と言われるものがある。
例えば眠りの魔法などは目を覚まさせる魔法がそれに当たる。
それ以外で眠りの魔法に抵抗しようと思えば魔力を高めて相手の魔法に耐える方法が一般的である。
抗魔法の究極は某ゲームのように魔法を反射して相手に返す事であり、姉さんの事だからこの世界にもきっとあるはず。
マリンの言いたいのはそういう類の物だろう。
「あれは無理なんだよ」
残念ながら俺が召喚されるのは魔法どころかそのずっと上の女神の力。
夢で俺は何とかしようと移動したり魔法に対抗しようとしていたが無駄だった。
「女神の翼か。こうなると先に手に入れておきたかったな」
「そうですね。反則ですよあれ」
遥か遠くから問答無用で呼び寄せる。
ある程度の制限があるとは言え反則だろう。
「何とかならないんですか?」
「何とかって言われてもな」
さっきも言ったが魔法に抵抗するには魔力を高めるの一般的である。
だが恐らくあれには意味が無いと思う。
「いや、方法が無いわけでもない」
「え? あるんですか?」
是非知りたい。
いや、行かなかったらてらぽん先輩がやばいらしいから駄目か。
しかしそんな方法は知りたい。
「同じレベルの物をぶつける」
「あ~なるほど。けどそれって」
「私知ってますよ。それアニメでありました!」
「アニメ? アレか」
「はいアレです」
それは主人公が今よりもずっと文明が進んでいたのに滅びた時代に作られた強力な銃で戦う話。
終盤で出てくる敵にその銃を撃ったらバリアの様な物で防がれて驚く主人公に相手はこう言うのだ。
同じ文明の物なら防ぐ手段があるのは当然だと。
そして相手も同じ銃を撃って来るが主人公にはバリアなどない。
だから主人公は向かってくる銃弾に対してこちらも銃を撃ち、銃弾同士をぶつけて防ぐと言うシーンがあった。
「アレは格好良かったです。なら女神の盾か翼なら防げるって事ですか?」
「多分。翼はわからんが、盾はオリジナルなら」
「なら無理ですね。俺のは魔道具ですし。とにかく準備はしておきます。今度はフル装備で行きます」
でもあの剣専門店は気になるので行くと思う。
他の道具の類も用意しておこう。
「あの、どうしてそんな格好してるの?」
俺はいつもの鎧を身に着け剣を側に置いて座っていた。
横に座っているマリンは軽い感じの普段着である。
テーブルにはクシャラの用意してくれたお茶とお菓子が並んでいて、そんな俺はセイナから見ればさぞ可笑しく見えるだろう。
「必要になるからだ。気にしないでくれ」
「そ、そう?」
やはりセイナはやって来た。
そうなると目的も同じ。
「単刀直入に聞くぞ。ここに来た理由は?」
知ってはいたが一応聞く。
「えっと。貴方は日本に帰りたいのよね?」
「そうだな」
俺がそう言うとセイナは何か考えるそぶりを見せた。
だが俺は知っている。
「その、夢に女神様が出てきてお告げをもらったの」
「神託ってやつですね」
「そうそれ。それでその、内容なんだけど」
セイナが言いにくそうに口を濁した。
「カキガハラの聖女が危ないから何とかしろってか?」
俺がそう言うとセイナが大きく目を見開いた。
当たりだ。
「どうして知ってるの? 貴方も女神様に言われたの?」
セイナは驚いているが問題はここからだ。
夢では言わなければならない事も言わず、聞きたいことも聞けずに終わっている。
だが今は結構時間があるはず。
「日本に帰るためには魔王を倒して女神が力を取り戻す必要がある。けど勇者は当てに出来ないからお前行って来いってか?」
「ど、どうして?!」
セイナの言い分を纏めるとこうなる。
改めて言うと酷い内容だな。
夢ではこの辺りで終わっていたがさらに突っ込むことにしよう。
「あのセイナさん。私は帰りたいって思ってますし帰る方法は知ってますよ。女神の名を持つ4つの魔道具と聖女の血があれば女神を呼び出せる。それで女神に頼めば良いんですよね。私達は死んでませんから多分それで行けると思います」
マリンが言った事こそ女神の召喚方法。
だから俺達は女神の名を冠する魔道具を集めている。
血に関しては何とか出来る自信があるのでまずそっちを優先していた。
「死んでない?」
あれ?
何か予想と違う反応。
「アンタもしかして俺達も死んで女神にこの世界に送られたって思ってたのか?」
「最初は死んでないんだって思ってたけど、この前聞いたらたっちゃんもそうだったし貴方達違うの?」
「うん。ちょっと待ってくれ」
これは予想外だ。
いや待て。
言ってなかったか。
良く思い出してみよう。
「ヒロ先輩」
「うん、言ってなかった」
確かに言ってなかった。
セイナは自分は死んでるから向こうには戻れないと言っていたが俺達は何も言って無い。
「あ~うん、そうなんだ。俺達は死んで無い。だから帰るために女神が力を取り戻す必要はないんだ。日本から呼べるならこっちから戻せるだろ?」
「そう、そうんだ。でも魔王を倒すためには女神様の力が必要になるよ? 元の世界に返りたいってお願いしたら、もう魔王を倒せないわ。そうなったらこの世界は」
それを聞いて俺は飲んでいたお茶を噴出しそうになり、マリンは何ともいえないと言う顔をした。
これはよくある設定で魔王を倒すためにはその力を弱めなければならない。
そしてそのためには女神の力が必要。
だから女神の魔道具を集めて女神を呼び出して1つだけ叶えてもらえる願いで魔王の力を弱めてから戦うのが正攻法である。
「ヒロ先輩ヒロ先輩。たしか『私は聖女じゃありません』の2章で俺様王子と貴族のイケメンが不治の病に倒れた時、聖女が呼び出した女神に2人を助けてってお願いしてた気がしますよ。魔王とかガン無視で」
「そうなんだよ。力を合わせれば魔王だってきっと倒せるとか寝言言ってたよな」
これが俺達が魔道具を聖女より先に手に入れなければならない理由だった。
そんな頭の中がピンクの奴等のために使われては困る。
その後誰かが魔王を倒したかどうかはネタに詰まった姉さんが『私は聖女じゃありません』を投げたので不明である。
『女神の旅路』と言う魔王が倒された後の話があるから大丈夫かと言えばそうでも無い。
良く似た別世界と言う設定も平気でぶち込んでくるからだ。
「何の事?」
「いやこっちの事だ」
「はい、お気になさらずに」