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女神の世界とクソゲーマー  作者: やのひと
36/42

36 神はいない

 レストランから出た俺はギルドに向かって街をゆっくりと歩いていた。

 ゴウとショーコは帰る気が無い。

 話の途中から想像はしていたので驚きはしなかったが、これで帰りたいのはマリンとセイナの2人。

 勇者は分からない。

 そう言えばてらぽん先輩はどうなんだろう。

 たしか、夢の中ではそれっぽい事を聞いていなかった。

 本当に突っ込みどころ満載の夢だ。

 肝心な事を何も話さずに終わってしまっているとは。

 そんな事を考えながらふらふら歩いていると何処からか良いにおいがして来た。

 何となくそっちへ足を運ぶと広場にいくつもの食べ物の屋台が出ている。

 俺は腹は減らないが何かを食べればおいしいと感じるし、おいしそうとも思う。

 この街はセカイエと比べて大雑把な食べ物が多い。

 焼く、揚げるなどが多く、蒸す、煮るなどの料理が少ない。

 においの元は何かの肉を串に刺した物を焼いている屋台だ。

 1本50カナと中々の値段だが、肉の焼ける音と立ち上る煙が何とも食欲をそそられる。

 さっき食べたばかりだが俺は迷わず3本購入して広場の端にあるベンチに腰を下ろして食べる事にした。

 口に入れるとさっき食べたレストランの高級な料理とはまた違う方向でおいしい。

 どちらかと言えば俺はこっちの方が好みである。

 2本目を食べながら何ともなしに周りを見ると昼間だからか広場には沢山の人がいて、皆明るく楽しそうに過ごしている。

 だがその中で1人異彩を放っている人がいた。

 その人はベンチに座って寝ているわけではないが視線をずっと下に向けていてた。

 何か負のオーラの様なものを纏っていて誰も近づこうとせず、そこだけどんよりと嫌な空気が漂っていた。

 俺は三本目の肉を食べ終わると、そばにあるゴミ箱に串を捨ててそっちへ向かう事にした。

 俺が目の前に立ったにも気づかずに男はじっと地面を見てぶつぶつと何か呟いている。

 うわぁ、関わりたくない。

 だが俺は意を決して声をかけた。


「あの、どうしたんですか?」


 俺だって普通なら声をかけたりしない。

 服装が問題だったのだ。


「ああ、俺かい? 何、こうして時間を無駄にしているんだ。それがこんなに素晴らしいと思ってね。ははっ俺は自由だってね」

 

 その人は俺の声に反応して顔を上げた。

 年は30手前くらいか。

 どんよりと死んだ魚のような目をした男だった。 

 しかし時間を無駄にしているのが素晴らしいとはどういう事だ。


「あぅ、そ、そうですか、そうですか。あの、何時からここに? ここは日本じゃないんですが分かってます?」

「うん? ああ何かそうみたいだね。気がついたらここに居てね。俺死んだのかな? いや、死んでもおかしくないか。ははは・・・」


 そう言って男は乾いた笑いをこぼした。

 

「毎日毎日朝7時前に会社に行って、帰るのは日付が変わる頃か。5時半以降はサービス残業。土日祝日も出勤で休日出勤手当てなんか無い。ふふっ・・・」


 何やら恐ろしい事を言っているが、俺がこの人に声をかけたのは高そうなスーツを着ていたからだ。

 この世界にそんな物はないし、あったとしてもこんな所で座り込むような服装ではない。


「あの、大丈夫・・・ですか?」


 俺は何と声をかけたらいいのか分からなかった。

 

「あのクソ主任が! 死ねよ! 会社の鍵を俺に渡して正月3日目の朝に寝てたら電話してきやがって!何が、休んでんじゃねえよ。入れないから速く来いとかふざけんな! 正月だけは休みだろうが! お前が成績悪いからって俺を巻き込むな! この道20年のベテランとか言われて偉そうにしやがって! 成績ゴミじゃねえか! お前20年何して来たんだよ! 駐禁切られたけど点が無いから変わりに行って来てくれとかふざけんな! 俺は一度も警察の世話になったことの無いゴールド免許だったんだぞ! それなのに支店長も主任が車乗れなかったら困るだろ。速く行って来いとか死ね! お前は毎日仕事なんか何にもしないで定時に帰りやがるくせに偉そうにすんな! たまに来る常務にゴマすりばっかりしてるクソ支店長が!」 

「えっと・・・あの・・・」  


 突然立ち上がり、空を仰いで喉の奥から振り絞るようにその人は叫んでいた。

 分かる。

 これは魂の叫びだ。

 

「だが何より課長だ! 日曜に出勤してたら昼過ぎに出て来て仕事もせずにネット麻雀やって、何が俺は遊びに来たんじゃない。お前らがしっかりやってるか監視に来たんだとか死ねクソ課長!営業に行って会社に帰る時に電話掛かってきたから何かと思ったら、今日は飲みに行くって行っただろ! どこに居るんだ! とかそんな何時言ったよ! 昨日の昼? 俺は昨日朝から夕方まで客先回ってただろうが!帰る途中の電車って言ったら、飲みに行くのが嫌だから逃げたんだろ! とか死ね! どんだけ違うって言っても嘘言うなばっかり! 死ねクソ課長が! 夜中に酔っ払って電話で訳のわからん事怒鳴ってきたり! 漫画読んで麻雀にはまったからやるぞって無理やりくっそ高いレートで打たされるし、弱いくせに掛け金を倍プッシュとか言ってくるし! 千点2千円とか怖すぎるわ! 勝つまでいつまでも止めないから振り込まないといけないし、次の日日曜日でも仕事しないといけないから速く終わりたいのにクッソ弱くて中々上がらないから負けるためにイカサマ憶えたわ! そのせいで殆ど寝ないで仕事行ってたのに自分は昼から出て来て漫画読んでネット麻雀して帰るだけ。クソがああああ!!」


 周りの視線が突き刺さっているが、その人は全く気にしてないと言うか何も見えていないし聞こえていない。

 マリンが俺は小説の内容を思い出すと偶におかしくなると言っていたがこんな感じなんだろうか。


「何言っても無駄。俺は正しくてお前が悪い。営業で神戸から岡山まで車で行くのに3時間とか時間掛かりすぎてるから遊んでるんだろ! 1時間もあったら行けるだろ主任? とか馬鹿じゃねえの! クソ主任も何が行けますよだ! それ聞いた課長はほら嘘つくな! とか偉そうに言いやがって! 車が空でも飛ぶんかボケ! やれるもんならやって見ろクソが! 映画に出てきたタイムマシンの車じゃねえんだよ! 隣の課の係長がそれは無理ですと突っ込んだ時は神かと思ったわ。そしたら疑われるお前が悪いとか死ねクソ課長があああ!!」


 俺は小さく呪文を唱えて叫んでいる人に魔法をかけた。

 以前にジンさんから教えてもらったマインドクリアと呼ばれる精神を落ち着かせる魔法である。

 使いどころが無いと思っていたがまさかこんな場所で使う事になるとは世の中何が起こるか分からないものだ。


「あれ? 俺は、何か叫んだような気がする。えっと君は?」

「どうも、初めまして。ヒロ・ミヤマです」

「どうも、ミヤマさん。初めましてオスヤ・カイです」


 何故かニンジャっぽい挨拶をかわした。

 どっちが苗字か計りかねる所だ。

 その人が内ポケットから名刺を出したので受け取ると、勝尾株式会社神戸支店営業一課雄矢甲斐と書かれていた。

 何の会社だろう。

 

「さっきも言いましたがここは日本じゃありません。現状をどのくらい分かってますか?」

「え? ああ、そうらしいね。女神様って女の子に異世界に行って見ないかって言われてね。丁度いいから行く事にしたんだよ」

「女神、ですか」

「うん。可愛い女の子だったよ」


 また女神だ。

 今の所女神に会った者はみんな死んだ人間だ。

 そして何らかの能力を貰っている。

 ならこの人もそうなんだろうか。


「貴方は何時こっちに?」

「ついさっきだね。ちょっと一息つこうと座ったんだよ。で、気がついたら君が居た」

「そうですか。何かめっちゃ叫んでましたよ。死ねクソ課長とか」

「え? そっか。溜まってたんだよ。君も大人になれば分かるさ」


 絶対に分かりたくない。


「家畜に神はいない。そんなのを何処かで聞いたけど、社蓄にも神はいないんだよ」

「そ、そうですか」


 社蓄とは意思と良心を失った会社という飼い主の家畜と言う意味である。

 会社に飼いならされ倫理観を無くし、ただ働き続ける奴隷。

 死んだ目でやりがいがある仕事だから続けているとか言うのだろうか。


「ここは剣と魔法の世界なんだろ? クソな上司もいない。女神様から自由に生きなさいって言われたんだ。だから俺は自由に生きるんだ! 幸い女神様から魔法の力を貰ったからこれで稼いで俺は平穏を手に入れる!」

「そうですか・・・そうですか。あの、こっちでは皆苗字じゃなくて名前で呼びますからカイさんって呼ばせてもらいます。カイさんは魔法の力を貰ったって言いましたけど、どんな物ですか?」


 やはりショーコと似た様なものだろうか。

 それともマリンの魔法版だろうか。


「俺はどんな相手にでも効く奴が欲しいって言ったんだ。そしたら無属性魔法の力をくれたよ」

「無属性、ですか」

「うん? 駄目なのかい?」


 出た。

 出ましたよ無属性。

 無属性魔法は純粋な魔力の攻撃のためどんな相手でも良い相性も悪い相性も無く効果を発揮する。

 だが他の属性魔法に比べて攻撃魔法として一撃の攻撃力に欠けるため、使うとすれば無属性魔法の中には回復魔法があるので俺のようにそれを使う程度の物だ。

 だがそれも神聖魔法には劣る。

 何より同じ程度の魔法の効果でも魔力の消費が多い。

 だから使う者があんまりいないのが無属性魔法。

 しかし姉さんの小説にはやっぱり出てくるわけで、馬鹿にされているけど使い方でアホみたいに強かったというパターンである。

 そのパターンは特にVR物では良く出てくる。

 



「はいはい、地雷職地雷職。面白そうで選んだら地雷職と呼ばれてた、だったんですか? 地雷スキルに使えないスキル、死にスキル。主人公が使い方を考えたらメチャ強かったんですね分かります。ワンパターンですから。無属性魔法とか馬鹿にされてたけど主人公がそれの使い方を思いついたら誰も勝てなくなったとか本当に毎回毎回・・・」

「先輩しっかりしてください」 


 先日そんな事があった。




「う~ん。無属性魔法だけってあんまり歓迎されないんですよ。けど女神から貰ったんなら強いと思います」

「そうなのかい?」

「はい、ところでカイさんはもしかして向こうで死んだんですか?」


 この人もやっぱり女神に会っていた。

 そして魔法の力を貰ったと。

 カイさんはぴたっと動きを止めると、ふぅと深い深いため息をついた。 


「自覚は無いけど死んだらしいよ」

 

 やっぱり過労死だろうか。


「過労死じゃないよ」


 偶に思うが俺はそんなにも考えている事が分かりやすいのだろうか。

 

「君は思っただろう。そんな会社何で辞めないんだろうと」


 その通り。

 ニュースでブラック企業とかやっているのを見ると辞めればいいのにと思う。

 何故辞めないで文句を言っているのかと。


「簡単な事だ。勤めている時は辞めると言う事が頭に浮かばないんだよ」

「え? 浮かばない?」

「そう。辞めると言う選択肢が頭に浮かばないんだ。どんなに辛くても仕事に行かないといけないと思うのさ。俺なんか夜寝るのが嫌だったんだ。どんなに疲れてて眠くても。何でか分かるかい?」

「そうですね・・・嫌な夢でも見るんですか? 仕事の夢とか」


 夢の中でまで仕事とか嫌過ぎる。

 寝た気にならないだろう。


「そいつは悪夢だな。だが違う」


 カイさんは自嘲する様に笑った。

 この人の話は重すぎる気がする。


「寝れば一瞬で朝になるだろ? 朝になったら仕事に行かないといけない。だから寝たくないんだ。一分一秒でも仕事に行きたくないんだよ。いつも会社に飛行機でも落ちないかとか地震で会社潰れないかとか思っていたよ」

「うわぁ・・・」


 そこまで嫌なのか。

 嫌なんだろうな。


「うわぁだろ? たとえ40度の熱があって休もうと会社に電話したら、クソ課長は、ふざけんなとにかく来い! だ。で、死にそうになりながら行ったら。ほら来れるだろ! 嘘つくな! だ」

「その課長って死んだほうが良いんじゃないですか?」


 人間のクズと言う言葉が頭に浮かんだ。

 そしてそんなのを放置している支店長とかも終わっている。


「俺もそう思う。たまたま営業で外に行った時に昔の友達に会ってね。そいつはフィリピンに期間不明の出張に行かされそうになったから仕事を辞めた直後で、俺の話を聞いたら真顔になってそんな仕事は辞めろって言ったんだ。辞めた後の事は後で考えろってね。その時初めて辞めるって選択肢を思いついた。社蓄ってこうなんだなって自覚した」


 一種の催眠状態なんだろうと思う。  

 宗教とかそう言うのと同じ。


「で、だ。辞めるにしても普通に言ったってクソ課長は自分を正当化して俺を責める。だからどうすれば最大のダメージを与えられるか考えてね。何せ何を言おうがお前が悪い、俺が正しいしか言わない正真正銘のクズだったからね」


 そこでカイさんはニヤリと嬉しそうに笑った。

 そんな相手に何をしても無駄だと思うが何をしたんだろう。


「会社には寮があって俺もそこに住んでたんだ。仕事の合間になんとか部屋を新しく借りて、夜中に荷物をそこに運び出してね。そのまま会社に行って自分の机とか持ち物を全て片付けて、俺の持ってた客とアプローチかけてる人の連絡先とか全部捨てて退職届と寮の鍵を置いて来たのさ」

「夜逃げですか?」

「いや、逃げたわけじゃない。自由な明日への出発さ。それでクソ課長は俺を懲戒解雇にしてやるとか寝ぼけた事叫んで怒りくるったらしいぞ。そんでから辞めるために必要な書類なんか送るってやるかって言ってたから支店と本社に今までの事を全部書いて、それから退職のための書類をすぐに実家に送れって内容証明送ってやったんだ。あっ内容証明ってのは、こういう書類を送りましたよって正式に郵便局が保障してくれる物で後でそんなもの知らないって言わせないための物さ。そしたらクソ課長と支店長は社長からどういう事だって呼び出されたらしいんだ。何で知ってるかって? 同じ課にいた仲のいい先輩が教えてくれたのさ。その人にはやるぞって言っておいたし、新しい携帯の連絡先も教えておいたからね」


 カイさんは本当にその課長が嫌いだったようだ。

 まあ話を聞けば当然と思うが、

 

「ざまああああああ!!!! クソ課長ざまあああああ!!!!」 


 カイさんはそれはもう良い笑顔で叫んだ。

 そして俺はもう一度マインドクリアをかけた。


「あああああ・・・ふぅ。」




 これがいろんな意味で凄いカイさんとの出会いだった。



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