34 夢か現実か
ノックの音でハッと目が覚めた。
俺は、確かシオンの店を出た所で。
所でどうなったのだろうか。
俺は慣れ親しんだ部屋のベッドで寝ていた。
大した物も無い、広いだけの俺の部屋だ。
いつ帰って来たのか、いつ寝たのか全く思い出せない。
「失礼します」
混乱している俺を他所に入ってきたのはやはり慣れ親しんだメイド服を着たクシャラだった。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
クシャラがカーテンと窓を開くと入ってくる外の空気が気持ち良く、ぼんやりしていた頭が少し回ってきた。
回ってきたのだが何がどうなったのか分からない。
「クシャラ。今日は何曜日だ?」
「はい、今日は水曜日ですよ」
「そうか」
さっきまで金曜日だったはずだ。
この世界は7日で1週間で曜日も同じ。
この辺は姉さんがそこまで考えるのが面倒だと言っていた。
さっきまでのは夢だったようだが妙に現実味があり、ただの夢とどうしても思えない。
もちろん夢だと断じてしまえば良いのだろうが気になる。
クシャラが出て行き着替え終わるといつものように食堂へ向かうが、頭が二日酔いの時のように霞がかった感じがして考えが纏まらない。
食堂にはすでにマリンが席について本を読んでいた。
我が屋敷の食堂はそこそこ広く、パーティーを開ける程だが使うのは隅っこの方だけだ。
「ヒロ先輩おはようござまいす」
「ああ、おはよう」
本のタイトルは魔法の使い方初級。
マリンは今魔法を勉強中である。
どうも一緒にカダルの迷宮にもぐれないのが不満だったらしくてジンさんに素質を調べてもらった結果、自分に魔力があると分かるや否や使い方を教えてもらいだした。
しかし魔力はあるが火属性のためジンさんもある程度しか教えられないらしいが、何はともかく基礎が大事と本である程度勉強していると言う訳だ。
しばらく本のページをめくる音だけが聞こえる中、俺はずっと今朝の夢の事を考えていた。
「ヒロ」
「はい?」
「どうした。具合でも悪いのか?」
かなり深く考えていたらしく、いつジンさんが座ったのか気づかなかった。
それどころか朝食が準備されている事にさえ気づかなかった。
「いや、どうも変な夢だと思うんですが。それが気になって」
「どんな夢だ?」
「それが、何と言うか」
憶えている事は憶えている。
しかしどこから話せば良いのか迷うが全部話す事にしよう。
とりあえずカダルの迷宮で日本人を助けた所から話す事にした。
「私と同い年くらいの女の子でお互い知っていて名前がショーコですか。う~ん苗字分からないと何とも」
「まあ、そうだよな」
苗字は何だったか。
細かい所が抜け落ちている。
漫画やアニメ等では誰かに名前を言われてあ~アイツとか言うが、普通よっぽど親しい相手でもない限り下の名前では呼ばないので、クラスメイトの大半の下の名前など知っているはずがない。
「と言いたい所なんですが、クラスメイトで1人います」
意外にもマリンは知っていた。
だがいつもは豊かなマリンの表情が能面のようになり、声もとてつもなく冷たくなっていく。
普通は知らないがもし例外があるとすれば、それは相手の事を余程好きか嫌いかのどちらかだ。
「今泉翔子」
「ああそれだ。ショーコ・イマイズミだ」
「そんな名前の底辺です」
「底辺?」
底辺と来た。
つまり最低の位置にいるという事か。
「成績は下の下でテストは当然一桁で授業中は寝てるか携帯いじってるます。体育の授業はさぼって出ない事も多いです。気の弱そうな子をいじめてる所を動画にとって自分でツブヤイタッターに投稿して叩かれまくって有名になった馬鹿です。そんな事をしたらどうなるか想像すら出来ない馬鹿です。将来どころか目先の事さえ考えられない馬鹿です。私に絡んできたんで兄さんにその事言ったらしばらく学校来なくなって、来たと思ったら私を避けるようになった馬鹿です。どうせ名前さえ書けば行けるような最低の高校行って3年間無駄に過ごして卒業しても働きもせずにブラブラする社会の底辺になる馬鹿です」
「お、おう」
馬鹿を連呼するあたりマリンは余程その子が嫌いと見える。
ツブヤイタッターと言うのは画像や動画を投稿できる共有サイトで不特定多数の人間が使用出来る。
そこに馬鹿がこんな凄い事をやったと馬鹿な事を自慢げに投稿するのが流行っていた。
結果、それが犯罪行為にあたるので訴えられたりして莫大な賠償をする事になるがそれでも同じ事をする奴が後を絶たない。
だから俺に言わせれば高性能の馬鹿発見器だ。
そして暮井の奴はその子に一体何をしたのか。
「兄さんは女子中学生とか萌えるものがある。でもそんな汚れは趣味じゃないが妹のために一肌脱ごうじゃないか。そう妹のために! とか言いながら嬉しそうにニヤニヤして気持ち悪かったです。兄さんが何したのか知りませんがまだましな結果だったと思いますよ。だってそうじゃなきゃ多分闇討ちしてましたね」
「おい」
「もちろん怪我させるような事はしませんよ。ただちょっと社会的に完全に死ぬだけです。あんなのどうせ生きてたって社会の塵と書いてしゃかいじんになるだけです。去年同じクラスだった私の友達を周りに気づかれないように苛めてた事もどうせ何年かしたら、そんな事もあったねギャハハとか笑って言うんです。どうしようもない人間だっているってヒロ先輩も言ってましたよね? あれはそう言う類です」
「そ、そうか」
名前の事を抜きにして余程じゃなくて本当に心の底から嫌いらしい。
ならやっぱり一緒に行動は無理だな。
夢の中でもそうだったがマリンの話の通りならやはり俺とも合わないだろう。
そういうのと合うのはやはり同じ連中だけだ。
つまりあの2人はお似合いなんだろう。
「そっちはいいがヒロの話の通りなら放って置けばその2人は今日死ぬ事になる。性格はともかく異能の力は強力だ。コピー能力なんてあふれてる物だがな」
「姉さんお得意の馬鹿の一つ覚えですね」
コピー能力は姉さんの小説に大量に出て来るがいくつかのパターンに分類される。
初期は無限にコピー出来る奴が多かった。
だがこれは強くなりすぎてあっという間にネタに詰まって投げられた。
次にコピー出来る数に制限がある奴。
これは制限がある故に次々と新しく強力な能力を出していかなければならないが、結局安直な能力で落ち着いてしまうか、レベルが上がってコピー出来る数が増えるパターンになって初期と同じに陥ってしまって投げられた。
最後はコピー出来る数を一つだけにして、コピーした能力はオリジナルに比べて少し落ちるようにしたパターンで姉さんは結局これに行き着いた。
ゴウと名乗った男の能力はこれだった。
「夢にしては出来すぎているような気がするんですが、俺に予知夢の力なんて無いと思いますよ」
あったら少しくらい楽が出来たんじゃなかろうか。
「お前はこの世界がファンタジーだって事を忘れたのか? 試してみれば分かるだろ。行って来い。別に助ける必要は無いが確認するにはそれが一番速い」
「あ~そうですね。どうすっかな。男の方は気に入らん奴だったんですよ。チャラいし頭悪そうな話し方だし、何よりチートチート煩いんですよ」
俺はもうチートなんて言葉聞きたくも無い。
「チートって聞くと思い出すんですよ。『異世界行ったらチートでハーレム』とか『チートで無双』とか『チートとか言われても困ります』とか『チートですけど関係ありません』とかもうタイトルだけで中身が想像出来て、実際その通りでなおかついつものようなゴミだった奴を」
「うわあ・・・タイトルだけでもう・・・。あっ、でも私最近分かって来たんですよ。前の2つが男で後の2つが女主人公ですよね」
「正解。マリン嬢ちゃんも染まってきたな」
タイトルを見ただけで中身を想像出来ると言うのはある意味大事だ。
それだけ人目を引くので読んでもらいやすくなる。
しかし内容が酷すぎてタイトルだけでもういいから見る価値無しとするようになった。
実はマリンもこの世界に対応出来るように少しずつアレらを読んでいる。
朝会った時に顔色が悪い日があったらその時は小説の話題をしてはならない。
もしやってしまうとマリンは内容を鮮明に思い出してトイレに駆け込む事になる。
少しずつ耐性が出来ているらしいがそれでも限界を超えると吐いてしまう。
本当に気持ち悪い物が多数あって困る。
「以前ヒロ先輩が発作を起こした『私は聖女じゃありません』を読んだんです。ヒロ先輩が言ってた意味がよ~く分かりました。偉い人とは関わると面倒になるから関わりたくないとか言いながら俺様王とか貴族のイケメンを拒まない。本気ならなら引っ越せば良いのに口でそういいながら相手の様子をチラチラ窺ってるんですよね。それが本当に腹が立ちます。そのくせイケメン以外が迫ってくると怖がるとか。やってる事は俺様王子と対して変わらないのにですよ。近所の子供の病気のために薬草取りに森の奥に行ってドラゴンと出会って気に入られて後日人間に変身して現れて俺様王子と喧嘩してるのを見て、どうして仲が悪いんだろうとか頭沸いてるとしか言いようが無いです。間違いなく精神疾患ですね。つまりアレをセイナさんがやってたんですよね? そりゃあんなのとは関わりたくないですよ。俺様王子に監禁されたって言われても文句言えません」
「お前、随分読んだな。平気なのか?」
少なくとも俺が読んだ所は読んでいる。
「あんまり平気じゃないです。私は乙女ゲームって言うのを嫌々ながらもやりましたから。そっちにはある程度の耐性があるかなって思ってた私が馬鹿でした。気持ち悪くて4章は無理です。恐ろしくてクリック出来ませんでした」
不味い。
マリンはジンさんの前で言ってはいけない事を言ってしまった。
「マリン嬢ちゃん」
「はい」
いつもの奴が来る。
「良く頑張ったな」
「はい!」
「あれ?」
おかしい。
いつのもブラック企業の社訓みたいなのが来ない。
「ヒロ、お前が何を考えているか大体分かるが『私は聖女じゃありません』の4章以降は別格なんだ」
「別格、ですか」
ごくりと喉がなった。
様々なクソ小説を読んだジンさんを持って別格とは果たしてどれほどの物か。
見たら目が潰れるとかだろうか。
「えっとこの話は終わりです! ヒロ先輩の話をしましょう!」
マリンが話を断ち切った。
「そ、そうか。え~問題は夢で俺ならそんな事は言わないしやったりしない事をやる事なんですよ。夢だからでしょうけど。とにかく確かめて来ます。予知夢なんて便利かどうか微妙ですけどね」
「どうしてですか? 先が分かるのは良い事じゃないですか?」
「そうでもない。夢って言うのが問題だ。そうだな、もし2人が本当にいるのならあの夢は予知夢と言う事になる。カダルのギルドで存在するのか確認すればそれで分かるだろう」
「はい」
ここまでは良い。
「けど2人がガーディアンに挑む前に止めるか助けないで放って置けば予知は外れた事にならないか?」
「え? あれ? でもそれはヒロ先輩が夢で知ったから二人を助けられるって事なんじゃ」
「そうだ。けどそれ以外はわからんだろ? 迷宮にもぐる前の2人に会って止める様に言ったらどうなる?」
「もぐるのを止めるんじゃないですか?」
「そうかもしれんな。ならなんでそれを夢に見ないで連中が死に掛けた所を助ける夢なんだ?」
「え? え?」
俺に言わせれば予知夢なんて中途半端な能力だ。
自分の見たい物が見えないなら、あれば便利な事もあるかと言う程度。
「あの、2人がいたとして助けるんですか?」
マリンは複雑そうな顔をしていた。
死ぬほど嫌いだが死ぬのはどうかと言う事か。
「警告はする。タイミング的に助けられるなら助ける。以上だ、その後自分で地雷原に突っ込んで行く奴なんざ知らん」
残念ながら俺は助けなければならないとは思わないし2人が探索者である以上生きるも死ぬも自己責任だ。
「そう、ですか」
マリンはそれだけ言うとじっと黙り込んだ。
「あとツバキさんとジンさんが明後日チャンバラしてましたけど」
「そんな予定は無いが何か得るものがあるかもしれんな。声をかけて見るか」
夢でのツバキさんの返し技もジンさんのサマーも何故かはっきり憶えている。
ツバキさんがこのセカイエに拠点を置いてから俺はたまに技を教えてもらいに行っている。
おかげでいくつかの技を身につけたし、未だに使いこなせない技もある。
しかし剣の持ち手の事は知らなかった。
ツバキさんはたぶん俺に自分で気づいて欲しくて黙ってるんだと思う。
「考えたって分からんもんは分からん。とにかく行って来い」
「はい」
まあ、なるようになるだろ。
何よりの問題はあの2人よりもてらぽん先輩の方だからな。