32 聖女の真実
「元気そうで何よりや。まさか君がこっちの世界に居るなんて驚いたわ」
少女は嬉しそうにしているが俺には全く覚えが無い。
年は俺と同じくらいだがそもそも俺に外人の知り合いなどいない。
こっちの世界と言うからには向こうでの知り合いになるが、こんな女の子は会ったら絶対に忘れない。
「もしかして私の事分からへん? 冷たいね~」
そんな事を言われても困る。
「一緒に格ゲーやりまくったやん。飛び道具マニアと呼ぼか?」
「え? ちょっと待って」
俺は格闘ゲームでは飛び道具があるキャラしか使わないし、とにかく撃ちまくるのでそんな風に呼ばれた。
問題はそんな事まで知っているという事。
関西弁。
俺の知り合い。
女の子。
格ゲーを一緒にやりまくった。
それらから考えられるのは1人だけだ。
「あの、もしかして、てらぽん先輩ですか?」
セイナがヨウコ・テラワキの名前を口にしていた。
見た目がまるで違うが条件に当てはまるのはこの人しかいなかった。
「正解! いや~苦労したで」
少女改め、てらぽん先輩は嬉しそうに笑った。
てらぽん先輩は電子計算研究部の三年生の1人で副部長である。
本名は寺脇洋子なので寺脇先輩と呼ぶのが普通なのだが部長がてらぽんさんと呼ぶので、いつの間にか一年はみんなてらぽん先輩と呼ぶようになっていた。
「どうしたんですかその姿? 別人ですけど」
完全に別人だった。
てらぽん先輩は眼鏡をかけた背の高い綺麗な人だが、いつも眠そうな目でゲームをしている人だ。
間違っても金髪で生き生きとした目の人ではない。
「それが気がついたらこうなってたんよ。何か聖女とか言われて訳わからんかった。家で修羅の行をやってただけやねんけどな。ほら君に攻略本を一緒に貸してもらったやつ」
「あ~、あれですか」
修羅の行とは、電研部員が度々行う馬鹿な所業で、ただひたすらゲームをやるために全てを費やす事である。
食事睡眠風呂など、後場合によっては学校さえも含めて一切を切り捨てて鬼となり、ただげームだけをやり続ける。
オンラインのものは邪道とされ、ひたすら1人でやる。
何がそこまで駆り立てるのかとか聞かれれば、ゲームをやるのに理由が要るのかと答える。
ゲームは遊びであり楽しむための物と言われれば、徹夜明けで死にそうな顔でもゲーム楽しいですと答えるのが電研部員。
正に変人の集まりである。
「4章でボスからレア装備を盗みたくて頑張ったんよ。攻略本には盗めるって書いてあったし。ただ小数点以下の確立だから難しいって。そんなん聞いたら絶対盗んだろって思うやろ?」
「あっそれは・・・」
てらぽん先輩に貸したゲームは結構難しいRPGで一緒に攻略本を貸した。
そこにはてらぽん先輩の言うように特定のボスの装備を盗めると書いてあるが、実は絶対に盗めないのである。
そもそもそのボスはアイテムを盗めないスキルを隠しステータスで持っていて、ゲーム中でも盗める確立は0と表記されているのに、攻略本には表記は0だがこれは小数点以下は切捨てで表示されるためであり、物凄い低確率で盗めると書かれていた。
数多くのプレイヤーがそれに騙されて挑み、そして公式で真実を知って攻略本の発売元に苦情を入れまくった。
俺もクリアしたのは随分前だったので、すっかりその存在を忘れていた。
いや、これはてらぽん先輩がゲームに関しては何故かネットに頼らないために起こった悲劇だ。
だから俺は悪くない。
「2日頑張ったとこでこうなってん。あとちょっとやったはずや。どうしてくれんねんほんま」
「そうですか、そうですか」
2日もやったのか。
いや、4章まで行くのにもかなりの時間がかかるし、まさかそこから2日と言う意味だろうか。
「あの、もしかして一気にやってたんですか?」
「そんなん当たり前やん。4章まで2日貫徹で行けたんやけど、そこから2日や」
これぞ正に修羅の行。
俺は悪くない、と思う。
多分。
今更本当の事など言えなかった。
だが何をもってあとちょっとと言えるのか。
その他言いたい事は沢山あった。
「まあええわ。それから色々あったんよ。魔法とか使えるようになったからそれで魔王の軍と戦ってんねん。10日くらい前に夢で女神が出て来て、このままやったらまずいから誰か強い奴呼べ言われてん。それ王様に言うたらグラスに勇者おるからそいつ呼ぶ事になってん。で、さっき探索者のおっちゃんが君の事言うててな。そんで君を呼び出したっちゅうわけよ」
てらぽん先輩は嬉しそうに笑った。
そのおっちゃんは何て言ったんだろうか。
いやそれよりもだ。
「あの、どうやってですか?」
俺を狙って呼ぶなんて出来るのか。
いや出来たんだけど、そんな簡単に出来るものだろうか。
「女神に穢れを払う力と翼の力もろてん。翼っちゅうのは一日に2回しか使われへんけど、良く知ってるもんやったら人でも物でも手元に呼べるし、行った事ある場所になら一瞬で行ける便利な力や。強い奴呼べ言われたから噂に聞いた君を呼んだんよ。君の事は良く知ってるから」
「あ~そうですか」
女神の翼。
今俺がもぐっているカダルの迷宮にある魔道具。
どんな力があるのか知らなかったのだが、てらぽん先輩の持っている翼の力はとんでもない代物だ。
もちろん盾の事を考えれば魔道具はオリジナルと比べてそこまでの力は無いと思うが、それでも十分な代物だろうとは思う。
「そんで本題なんやけど」
「はい」
やはり一緒に戦って欲しいだろう。
しかしジンさんの集めてきた聖女の話とてらぽん先輩とがどうしても結びつかない。
「一緒に技とレベルを極めようや。ついでに世界も救えるで」
「は?」
世界はついでと言ったか。
その辺を詳しく聞こうとした時、遠くから鐘の音が聞こえると同時に部屋の戸を誰かがノックした。
「聖女様。よろしいでしょうか?」
若い女の声だった。
「かまいません。お入りなさい」
その途端、てらぽん先輩の口調が急に変わった。
しかもさっきまでとは別人のように背筋を伸ばしてキリッとした顔で立っている。
「失礼します」
入ってきたのは二十歳過ぎくらいで赤い髪を肩で揃えたシスター服を着たやさしそうな人だった。
その人は俺に気づくと少し驚いた様子を見せたが、すぐに頭を下げた、
「お客様でしたか。申し訳ありません」
「かまいませんよ。この方はミヤマさん。私の頼れる友人です。この世界に来ていると聞いたので先程お呼びしました」
誰だこれは。
「ミヤマさんはセカイエの迷宮をたった一人で攻略されたのです。是非そのお力を貸していただけるようにお願いしていたのですよ。ミヤマさん、この人はアイリーン。私を色々助けてくれている人です」
なんかこうして見ると聖女っぽい。
言い回しや言葉遣いにこの外見を加えると誰がどう見ても聖女だ。
「お見知りおきを、ミヤマ様。御使い様とお会いできて光栄です。」
「いえ、こちらこそよろしく」
アイリーンさんは優雅に一礼した。
教会のシスターっぽいが、てらぽん先輩専用の侍女と言ったところか。
そして御使い様には突っ込まなかった。
大体分かるし。
「聖女様。ザダム様が準備が出来たと」
ザダムと言われるとほんの僅かだが、てらぽん先輩は嫌そうな顔をした。
「分かりました。私達はもう少し話す事があるので、終わり次第外壁へ向かいます」
「かしこまりました」
アイリーンさんはもう一度頭を下げると静かに部屋を出て行った。
部屋の扉が閉まるとてらぽん先輩は深いため息をついて肩の力を抜いてだるそうな顔になった。
「あ~しんど。さて、ミヤマ君。今ここは魔王配下の金のアニマのルーに攻撃されとる」
「ん? 金のアニマじゃなくて金のアニマのルーですか?」
金が称号じゃなくて金のアニマが称号かよ。
「そうや。穢れちゅう不思議パワーで強化された魔物とルーが作った砂のゴーレム連れて仕掛けてくんねん。私は街の外壁の上から聖女パワーで穢れを払って、魔法ぶっ放しとんや。あと直接戦って傷付いた人に回復魔法かけてんねん」
それはジンさんが見た聖女そのものだった。
「この世界は敵を倒せば具体的な数字は分からんけどレベルが上がるし、魔法は使えば使うほど威力が上がる。最初の頃は魔力が切れてぶっ倒れとったけど段々魔力が増えて来たし、威力も比べもんにならんようになって来た」
俺もそうだがはっきりと強くなったと実感できるのは良いものだ。
レベル上げは楽しいと感じる人とそうでない人がいるが俺とてらぽん先輩は前者だ。
以前こんな事があった。
「深山君。ついに900階突破したで」
「何がですか?」
てらぽん先輩がいきなりそんな事を言って来たが俺には分からなかった。
しかし、てらぽん先輩はやれやれと言った感じで肩をすくめると、座っている俺を馬鹿にするように見下ろした。
何かイラッと来た。
「ほら、地獄の迷宮。君らもやってたやろ?」
地獄の迷宮とは電研部員の皆がやったゲームで、地下迷宮を攻略する3DダンジョンのRPGである。
10階奥にいるボスを倒せばクリアとなるが、かなりの難易度のゲームで誰が最初にクリアするかを競いあった。
その争いは結局部長が勝ったのだが、てらぽん先輩が言っているのはクリアした後に開放される11階以降で何のためなのか1000階まである所謂おまけの迷宮だ。
しかもそこにボスはいないと言う無意味なダンジョン。
「まだやってたんですか?!」
本当に驚いた。
何故なら、てらぽん先輩がクリアしたと言ったのは3ヶ月も前だからだ。
「100階クリアでレベル制限が外れるから後はいくらでも強出来るねん。だったら強するやろ?」
「いや、言いたい事は分かりますけど」
自分の操るキャラを強く出来るなら強くしたい。
だがそれはクリアする前の事ではないだろうか。
そこに倒すべきボスキャラがいるから強くしたいなら分かる。
そんな事を思っていると部長が嬉しそうに口を挟んで来た。
「てらぽんさんは単純作業が好きだからな」
単純作業が好き。
俺は部長のこの一言がどうしても忘れられなかった。
「極めるんや。ほら、魔王とかおるやん。極限まで行って魔王を倒すんや! 攻撃魔法を撃ちまくって、回復魔法を使いまくって熟練度を稼いでレベルを上げる! 魔力は回復させる薬があって聖女特権で無料で貰えるねん。で、疲れを癒す魔法がある。後は分かるやろ?」
「マラソンですか。そうですか」
マラソンとはゲームで同じ作業をひたすら繰り返す事を言う。
人を助けるのもあるんだろうが、本人はそれ以上にただレベルを上げたい。
これが自分の身を惜しまずに人のために戦う聖女の真実だった。
これは酷い。
間違っても人には言えない。
だがこのまま行けばそのうちにてらぽん先輩の魔法がとんでもない事になって、攻めて来ている魔王軍を蹴散らす未来が来るのではなかろうか。
しかし、てらぽん先輩は表情を曇らせた。
「今では怪我した人はかなりの大怪我でも治せるし熟練度もどんどん上がって来てる。ただ私の攻撃魔法は単体攻撃しかないんよ。兵隊さんや探索者の人達が頑張ってるんやけど数が多いし特に強い魔物が来たら対処仕切れんのや。だからこのままやったらいずれ押し切られると思う」
「なるほど。だから女神は強い奴を呼べと。でもてらぽん先輩はその、死ぬかもしれないのに平気なんですか?」
平和な日本からこんな命のやり取りをする場所にいきなり放り込まれているのに悲壮感がない。
セイナのように絶対の守りがあるわけではないのにだ。
「う~ん。そうやね。死にたくはないけど、それ以上に自分のやってる事に意味を感じるんや。だからやるんや」
この言葉だけなら実に聖女っぽかった。
「だから一緒にレベル上げまくって、魔王をワンターンキルしに行こうや、アホみたいに強よなって全部蹴散らして、魔王に良くここまで来たな(震え声)とかやらせようや」
やっぱり台無しだった。