31 帰る方法
「駄目って言われたわ」
「そりゃそうだわな」
こっちの世界で生き返って元の世界に戻れるなら、向こうはとっくに大騒ぎになる事件が起こっている。
そもそも一度死んだのに生き返っている時点で十分過ぎる。
「でもね、もし魔王を誰かが倒せば力が増すからその願いを叶えられるって言われたのよ」
「力が増すから叶えられる? どういう事だ?」
元の世界に戻るのためにはこっちの世界に生き返らして呼ぶよりも力がいると言うのか。
そんな訳あるか。
一応この世界で信仰されている女神が嘘を言うとは思えないし、そもそもそんな必要が無い。
無理と言えば済む話だ。
ならセイナが嘘をついていると言う事になる。
「信仰心が問題なんだって。人の信じる心が力になるから魔王が倒されれば信仰心が増すから力が増えるんだって。だから勇者が魔王を倒すのが一番良いって」
「ああ、なるほど。魔王は女神の勇者に倒されました。ありがとう女神様ってか」
「ええ、私を死ぬ前に戻すためにはそれだけの力が必要になるらしいの」
「なんだと? 戻す? ちょっと待ってくれ」
単純に向こうに帰るのではくセイナが死ぬ前の時間に戻す。
そんな事が出来ると言うのか。
いや死んだ人間を生き返らせている時点で不可能とは言えない。
つまりセイナが向こうに帰るための条件が特別に厳しいのか。
「ちょっと前にたっちゃんが家に訪ねて来たの。何があったのか知らないけど、以前と様子が変わっていたわ。たっちゃんは隠してるつもりだろうけど帰る気が無いなって感じた。だから真剣に魔王と戦う気は無いと思う」
「魔王退治のために呼んだ勇者が魔王退治する気があんまりないとはね。まあ呼ぶ方の期待に答えないといけない決まりは無いけど」
勇者は死ぬ気で訓練をしたり魔物を倒してりしていない。
つまり困っている人を助けたいと思って助けるが、自分の全てをかけてまで魔王退治をする気は無いという事だ。
まあ、魔王がどんな力を持っているのか分からない。
どの程度の強さかも分からない、
何をしてくるのかも分からない。
下手したら死人を生き返らせる女神に匹敵する力を持っている。
そんな相手と戦うのは確かに嫌ではある。
この世界で死んでまた生き返れるとは思えないし。
「貴方達は帰るつもりなのよね? だから言いに来たの。魔王を倒さないと戻れないって。でも勇者はその、あんまり当てにしないで」
「そう言うことか」
つまりセイナは勇者が当てにならないから何処かで聞いた俺の所に来たわけだ。
帰りたかったら魔王を倒せと。
だがそれは間違いだ。
「話は分かった。まあ俺も魔王と戦う気は無いけどな」
「え? で、でも帰るためには魔王を倒す必要があるのよ」
「違うな」
「え?」
「帰るだけなら魔王を倒す必要は無い」
俺にとって魔王と戦うという選択肢は最後の最後。
どんなに強くなったとしても勝てない可能性の方が高いからだ。
ゲームのように倒せる調整がされているわけではない。
それどころか姉さんの考えた設定ならアホみたいなイベントをクリアしないと戦えないとかも十分にある。
魔王と戦うためには無敵の結界を剥がさないといけないから、そのためには闇の玉が必要で、そのためには竜の加護が必要で、そのためには云々とお使いイベントとボス戦が延々と続くとか。
俺は未だに帰るかどうか決めかねているがマリンは帰りたがっている。
だから帰る手段は手にしておいて損はない。
俺はそのために戦って来た。
「どういう、事?」
「帰るだけなら魔王を倒す必要は無い。女神を呼び出して頼めば良い。アンタは嘘をついた」
セイナの顔が強張った。
これは最初から知っていた事だ。
なにせ『私は聖女じゃありません』の中盤くらいに出て来たからだ。
「嘘なんて」
「嘘じゃない? ああ、肝心な事を言ってないだけか。女神は召喚された時、一つだけ力の及ぶ範囲で願いを叶えてくれる。そう、力の及ぶ範囲でなおかつ一つだけだ」
自分の声が冷たくなっていくのが分かる。
今の女神に出来る事しか出来ないし、セイナの場合死んだ事を無かった事にしないといけない。
セイナは死んだ人間。
しかも殺されて、殺した犯人も逮捕されてるだろうし、葬式も終わって火葬も終わってるはずの人間が生き返ったなど大騒ぎどころの話ではない。
だから向こうに帰る事でまず一つ。
それに加えて死んだ事を無かった事にするために二つ目の願いが必要になるし、何より二つ目の願い事は女神の力が足りない。
「でも女神様を呼ぶなんてどうやって」
「簡単じゃないけど出来る。その方法も知っている、アンタだって知ってるだろ?」
「え?」
セイナの言う事を全て潰すように話しているが、これはセイナはかなり性質が悪いのが分かって来たからだ。
以前とは違う意味で関わりたくない。
「今回の事だけじゃない。アンタ自分に都合の良い様に肝心な事を話さない。俺な、アンタが王子に監禁されて何日も酷い目にあったって思ってた」
「え? 違うんですか?」
マリンが驚いて声を上げた。
違うんだよこれが。
「ああ。そもそも聖女には穢れを払う力の他にも特殊な力が与えられる。闘技大会で勇者を見たのにそいつと関係があるって気づかないとか我ながら間抜けとしか言いようが無い」
俺は『私は聖女じゃありません』はあまりの酷さに耐え切れず途中で読むのを止めた。
あんなもん読めるか。
気持ち悪くて吐くわ。
だがら中盤以降の話はジンさんから搔い摘んで聞かせてもらった。
「勇者って、たっちゃんは関係ないよ」
セイナが勇者をかばった。
つまりセイナは勇者の事を知らないという事だ。
「ある」
「え?」
「あるんだよ。大いにな」
それどころかセイナの現状は勇者のせいだ。
順を追って説明しよう。
結果どうなるか知らんが。
「いいか、従魔は主人の危機を感じると助けようとする。アンタが王城に行って10日。それまでアンタは危機を感じなかったって事だ。俺様王子に無理やり誘拐されたならその瞬間にドラゴンが飛んで来るはずなのに来なかったって事を考えるべきだった。つまりアンタは自分の意思で城に居た。力を失った原因を調べるとか言われたか? それとも慣れるまで安全な城に居たほうが良いとでも言われたか? とうとう王子が我慢できずに襲い掛かって来て初めて身の危険を感じたか?」
セイナの顔色が見る見る悪くなっていく。
図星のようだ。
「どうして?」
「どうしてドラゴンがアンタの従魔だって知ってるってか? ドラゴンが王城に飛んでいくのを見てそうだろうなって思ったさ。大体は姉さんのワンパターンのせいだがな。まあそれは置いといて、どうして力を失ったのを知ってるか? 言っただろう勇者を見たって」
「たっちゃん? だからどうしてたっちゃんが関係あるの!」
勇者とは仲が良かったと言っていたが俺には良く分からない。
もしかしたらセイナが一方的にそう思っているだけなのではなかろうか。
「アンタは女神から穢れを払う力の他に盾の力を貰ったんだ」
「え? 盾ですか? それって先輩が使ってる女神の盾ですか?」
マリンの目は俺の腕輪に向いていた。
苦労しただけの価値がこれにはある。
「そうだ。こいつのオリジナルの力でずっと強力だ。あらゆる攻撃を跳ね返す凄まじい防御の力。見えないし、しかもこいつと違って危険な攻撃にはある程度自動で発動する。知らないとでも思ったか? 聖女はこの世界に現れる時には決められた強力な四つ力の内の一つを必ず持っている。かつて女神の巫女は聖女の持つ力をまねて女神の力を込めてそれぞれ四つの魔道具を作った。この国にあるのは女神の名を冠する盾、笛、翼、冠。そしてアンタは盾の力を持っていたがそれを失ったんだ」
おかしいとは思っていた。
聞けば勇者のように国にバックアップをしてもらった訳でもないし、マリンのように強力な異能がある訳でもない。
もちろん俺のように先駆者がそばに居たわけでもない。
現代日本で生きた人間がそう簡単に魔物がいる場所で活動出来るわけが無い。
半年で有名になるには相当な実績が必要になる。
森の奥のドラゴンを従魔にするためにはそこまで行かなければならないが、当然そこまでには強力な魔物だって出るだろう。
セイナには絶対の守りがあっから出来た。
「そうよ。ある日いきなり使えなくかなったの」
セイナはゆっくりと諦めたかのように話し出した。
どんよりとした雰囲気で死にそうな顔になっている。
「指の感覚が無くなった様な、当たり前の事が出来なくなったような感じがしてね。こんな世界で身を守る事が出来ないって思ったら、外に出るのが怖くてたまらなくなった。笑っちゃうわよね。それまで何を言われても気にせず好き勝手にあっちこっち行ってたのに。可哀想だから見逃してあげようとか思ってた小さな魔物も怖くて近寄れなくなった」
セイナ絶対の守りに頼り切っていた。
相手の攻撃を無効にしてこっちは一方的に攻撃。
まさにイージス理論。
「そう言えば神聖魔法は使えないとか言ってたな。そんな事は絶対に無いはずだ。アンタが聖女なら適正はあるし女神に対して信仰が無いはずが無いから必ず使える」
「それは」
セイナが言いよどんでいるが実はそれも分かっている。
使えないのでなく使うわけにはいかないが正しい。
「まあいいや。アンタは身を守る術を失った直後に信じてた俺様王子に襲われそうになって怖い。だからもう帰りたい。そのためにお前には必要ないけど魔王を倒して来いとかなめてんのか?」
確かに魔王を倒せば俺達は帰れるため嘘ではない。
しかし女神を召喚すれば俺達は帰れる。
その召喚に何が必要かもセイナは全て知っている上で魔王退治しか帰る方法がないように言ってきた。
自分が帰るためには誰かが魔王が倒す必要があるから都合の悪い事を黙っていた。
「そ、そんなつもりは!」
「無いとは言わさんぞ」
「セイナさん酷いです」
こいつは本当に性質が悪い。
俺達に姉さんのノートパソコンが無ければセイナの話を信じていた。
「恨むなら勇者を恨んで責任を取らせろ。アンタがそんなに成ったのは勇者のせいだ。アイツは『混沌の勇者』だ」
「『混沌の勇者』? どういう事?」
この際一切合財ぶちまけて勇者の株を大暴落させてやろう。
セイナが城で騒げばきっと楽しい事になる。
これくらいはやっても良いだろう。
「あれ? ヒロ先輩光ってますよ?」
「ん?」
何を言っているのかと思いきや俺の体が白い光を放ちだした。
しかも光は段々強くなっていく。
「何だこれ? アンタか?」
「違うわよ!」
セイナも驚いているので違うらしいが、なら何だこれは。
その場から飛びのくが光は強くなるだけ。
つまり俺を基点にしたものらしい。
「ヒロ先輩!」
「来るな!」
マリンが俺に手を伸ばしてくるがさらに飛びのいた。
攻撃魔法の類ではないし、呪いのような感じもしないが巻き込むわけにはいかない。
視界が全て光に覆われ一瞬の浮遊感。
そして今度は徐々に光が収まって行くと聞き覚えの無い明るい声がした。
「お~成功だね」
視界が晴れると目の前には見覚えの無い少女が嬉しそうに俺を見ていた。
綺麗な金髪は天使の輪が出来ている程で、澄んだ青い瞳は俺を映している。
精巧な人形かと思う程美しい少女だった。
シスターが着るような白い服に色々と金の装飾が施されてもはや別物の豪華な服を着ており、少女の高い身分を思わせた。
「久しぶりだね。ミヤマ君」
「はい?」
どこかで会っただろうか。
世の中には理不尽な事が多々ある。
他人の都合に巻き込まれるなどその最も足るものだ。