30 神託
剣と剣が激しくぶつかり火花を散らす。
2人とも速いと言うか動きが小さく細かい。
傍から見れば俺との違いが良く分かる。
距離が離れたかと思いきや、ジンさんは一息に5メートルはある距離を詰めてツバキさんの鳩尾に右の突きを放つ。
それに対してツバキさんは左足を一歩程引いて左の剣で迫ってくる剣を軽く横にそらしながら逆に右の剣でジンさんに斜め下から切り上げる。
しかしジンさんはそれが分かっていたように突きの勢いを殺さないどころか加速してそのままツバキさんの横を抜けて剣をかわし、振り向きながら左の剣でツバキさんの膝の辺りを横に凪ぐ。
ツバキさんはそれを後ろに下がってよけたと思ったらすぐに踏み込んで右の剣でジンさんの首に突きを放った。
それをジンさんは左の剣で跳ね上げようとした。
俺と同じように。
だから俺はその瞬間を見た。
ツバキさんの右手首が僅かにくるりと回り、ジンさんの剣を絡めとって逆に跳ね上げた。
俺が以前やられた技だ。
あの時は何をされたのか分からなかった。
やり方を教えてもらったがとても難しい技だ。
剣を跳ね上げられたジンさんにツバキさんが突きを放つ。
良く見るとツバキさんの剣の持ち手が鍔ギリギリの所から反対の所になっていて僅かにリーチが伸びている。
前に感じた違和感はこれか。
だがジンさんはそのまま体を仰け反らしてバク宙をしながら左足で蹴りを出し、ツバキさんの剣の鍔の部分をけり上げた。
サマーソルトキックだ。
「なんと!」
サマーソルトキックとは宙返りをしながらの蹴り技で昔俺がやっていた格闘ゲームでCPUが対戦相手の時は下に溜めが必要な技のくせに歩きながらうって来た思い出の技である。
俺もそうだがジンさんもソールレットと呼ばれる特殊な安全靴のようなものを身につけている。
当然それも特注品のため生半可な物ではびくともしないので、もし今の蹴りが鍔ではなくて柄に当たれば剣を握っているツバキさんの指が折れたかもしれない。
だが当たったのは鍔でジンさんが着地した時にはツバキさんも体勢を立て直していた。
「帰ったか」
「はい」
俺達に気づいたジンさんが構えを解いた。
どうやら終わりにするらしい。
しかし何で2人でチャンバラやってるんだろう。
「いや驚いたござる。まさかあのような返し技を受けるとは」
俺も驚いたでござる。
「では拙者はこれにてごめん。ヒロ殿もまた」
「あっはい」
ツバキさんはあっさりと帰ってしまった。
何だったのだろうか。
「見ていたな。柄を握る手は鍔のギリギリで小さく細かく振れ。ここぞの時に逆にして僅かに伸ばして間合いをずらせ」
ジンさんは俺にそんな事を言った。
それはジンさんに教えてもらった事にはなくツバキさんの技だ。
ジンさん自身はそれに対処していたが俺には対処方法ではなく、ツバキさんの技の方を身につけろと言うのか。
「言いたい事は分かるが俺のは基本に過ぎん。あれがその先だ。俺は基本の後は我流で来たからな。最後のサマーなんか技とも言えん」
それでも十分凄いと思うが。
何にしろ良いものが見れた。
俺はゲームでは新しい技を憶えたらステータスの一覧にマスターランクで並べないと気が済まない。
まあこれは現実だが身につければきっと強くなれる。
なら練習あるのみ。
「あと剣の心得を忘れるなよ」
「はい」
心得とは十か条の教えである。
ジンさんもお世話になった人に教わったらしく、生きたいなら必ず守るように言われていた。
「あの~セイナさんは良いんですか?」
マリンの一言で何で自分が戻ってきたのかを思い出した。
「ああ、聖女のお嬢ちゃんならクシャラが相手をしている。俺は相手をしたくないからな。とっとと行って来い」
普通ジンさんが相手をするものではなかろうか。
そんなに嫌か。
「お前らコロッと騙されたみたいだな。チョロすぎるぞ。いや、つられたと言うべきか」
「え?」
騙されたとかつられたとか。
もしかしてあの態度が嘘だったと言うのだろうか。
「良く考えろ。従魔は主の危機を感じるって事を。勇者の使ったと言う見えない防御の事を」
「えっと、だからセイナさんが俺様王子に襲われたんですよね?」
マリンは難しい顔で考えているが俺にはもう分かってしまった。
「ああ、そういう」
「え? え? 何ですか?」
何かおかしい気がしていたが納得の答えだった。
セイナの態度の理由は絶対の物をなくしたからか。
「分かったらとっとと言って来い。ろくな用事じゃないと思うけどな」
俺もそう思う。
屋敷には一応応接室がある。
俺達がそこに着いた時セイナとクシャラは楽しそうに話をしていた。
クシャラは誰とでも仲良くなれるなど対人技能がとても高い。
「あっお帰りなさいませ」
「うん、ただいま」
「お邪魔してるわ」
俺達の姿を見たセイナが少し嬉しそうな顔をした。
以前の死にそうな顔ではない。
「ああ、態々こんなとこまで来たんだ。よっぽどの用事なんだろ?」
俺は前置きを飛ばして本題に入る事にした。
ネタが分かってしまった以上は気遣いとか不要だろう。
「クシャラ。悪いが外してくれ」
「はい」
おそらく聞かせる話ではない。
クシャラが出て行き扉が閉まるとマリンが心配そうにセイナを見ているのに気づいた。
どうやら例の件を気にしているらしい。
だが甘い。
まあ俺もそうだったのでどうとは言えんが。
「私が来たのはね、夢で女神様からお告げがあったからなの」
「お告げね。神託ってやつか」
RPGではお約束のやつで神様がこいつが勇者だとか言ってくる奴だ。
大抵そういう神は役に立たないくせに試練とか言って主人公を困らせて来る。
「それで内容なんだけど」
そこでセイナは言いよどんだ。
態々ここまで来るほどだから俺に関係があって、しかも良くない事なんだろう。
「いいから言ってくれ。気になる」
セイナは俺をじっと見つめていたがしばらくして小さく頷いた。
話す気になったようだ。
「カキガハラにいる聖女の事知ってる?」
「話程度には」
人が理想と願う聖女。
困っている、苦しんでる人のために身を惜しまずに魔王の軍と戦い続けている聖女。
強力な魔法と穢れを払う力でカキガハラの人々を守っている、らしいので関わったらきっと苦しんでいる人のために力を貸して欲しいと言われる。
別にそれは悪い事ではないのだろうが、不特定多数のために命をかける事は俺には出来ない。
「その聖女、ヨーコ・テラワキって子らしいんだけど」
「待て、寺脇洋子だと?」
「知ってるの?」
「いや、同姓同名なだけだと思う」
知っている名前だが、いくらなんでもこんな世界にいるとは思えないし、何より性格が違いすぎる。
俺の知っている寺脇洋子は何と言えばいいのか言葉に困るが、面白おかしい人で聖女などではない。
「それで女神は何て?」
「ええ、このままではヨーコが死んでしまうので力を持った者を向かわせて欲しいって言われたわ」
「向かわせろ? 呼び出すんじゃなくて?」
「そう」
「つまり勇者か」
「そうって言いたんだけどあの子はまだそんなに強くないわ。けど女神様からの言葉だから伝えないといけなかった」
「レベル一桁の序盤の勇者が橋を渡って違う地方に行って敵が強くてフルボッコにされると」
昔のRPGでは橋を渡ると敵の配置が変わるものが多い。
時に進む順番を分からずに行ってしまい、いきなり終盤の敵に遭遇して一撃でやられる事もあった。
「うん? 良く分からないけど、今カキガハラを魔王の配下の1人が先頭に立って攻めてるの」
「四天王とかですか?」
何故かマリンが少し嬉しそうに言った。
魔王配下の四天王はお約束だ。
「いいえ、七人いるらしくてカキガハラを攻めているのは金のアニマと呼ばれてる魔族ね」
「七人? 七人衆か?」
七人とは中途半端な。
こう言うのは四天王じゃなければ八部衆とか八傑衆とかだろう。
しかしアニマか。
よくゲームで出てくる名前だが具体的に何かは知らない。
何処と無く中二心をくすぐるので姉さんの設定ではなかろうか。
「それでここまで来た理由なんだけど。前に会った時言ってたけど、貴方は帰る方法を探しているのよね?」
「そうだな」
正確には帰るための方法に必要なものを探しているだ。
「その、私ね、夢で女神様に会った時に頼んでみたの。日本に帰りたいって。向こうで死んじゃったけど何とか成りませんかって」
それは予想外だ。