3 斬る斬られる
手加減とかそんな物は全く考えなかった。
両手で握った剣を袈裟懸けに振り下ろしたが体を半歩踏み込んでかわされる。
そして逆に凄まじい速さで斜めに切り上げが来た。
とっさに半歩下がって剣を盾にして受け、左手で腰から剣を抜きながら真横に胴を凪ぐ。
だがジンさんも同じように左手で剣を抜き、俺の左の剣を跳ね上げてそのまま真っ直ぐに剣を突き出した。
剣が自分に迫ってくるのが見えるのに避けられない。
そして剣は俺の喉元にピタリと止められた。
ジンさんはそのまま真っ直ぐに俺を見ている。
一体どれ程の技量なのか突きつけられた剣はピクリとも動いていない。
ジンさんは見た目は20代半ばくらいだが、ここに来て10年と言っていた。
ならどれだけ剣を振るい続けて来たのか。
「何かを斬るのがまだ怖いか?」
「それはありません」
生き物を斬るのが怖いかと聞かれれば怖くないと答えられる。
最初は確かに怖かったがもう慣れてしまった。
「斬られるのが怖いか?」
「それは、怖いです」
ジンさんから再びの問い。
痛いのは誰だって嫌だろうし俺も嫌だ。
斬られれば死ぬだろう。
漫画やゲームみたいに剣で斬りあって両方が無事で済むなど有り得ない。
どちらかが死ぬし俺は死にたく無い。
「ある程度なら斬られても何とかなりますけど。それでも無事では済まない方が多いでしょう?」
この世界には魔法が存在する。
中には傷を治す魔法もあるし俺も使える。
しかし切り傷を治す事は出来ても、切り落とされて無くなった物などはどうしようもない。
ファンタジー世界ではあるがゲームのように瀕死から魔法1発で全回復などは出来ないのだ。
「なら簡単だ。いいか、剣で斬り合うなら負ける事はすなわち斬られる事だ。では負けないためにはどうすればいい?」
ジンさんからの3度目の問い。
答えはいくつか考え付くが簡単かと言われれば首を傾げる物ばかりだ。
しかしそんな物しか思いつかないので、その中から1番これと思うものを答えてみる。
「先に相手を斬ればいいです」
すなわち、やられる前にやれ。
単純だがこれは真理だと思う。
その答えにジンさんはうなずいて剣を引いた。
「その通り。だがもう1つある。割と簡単な方法だ」
「もう1つ?」
そう言われても思いつかない。
絶対に斬れない鎧でも用意するのだろうか。
「斬られない事だ。当たれば斬られる。なら当たらなければ斬られない。簡単だろ?」
「いや、それはまあ、そうなんですけど」
それが出来れば苦労しない。
出来ないから斬られるわけで。
だが俺の言いたい事は分かっているとばかりにジンさんはニヤリと笑った。
「無理ってか? いいか、無理って言うのは卑怯者の言葉だ。無理だと諦めて斬られるから無理になるのであって。無理でも何でもとにかく避けろ。そして避ける事が出来たなら、それは無理じゃなかったって事だろ?」
「いや、あの」
ひどい教えを聞かされた。
どこのブラック企業だ。
そこで今度はまじめな顔になった。
「避けに徹するのと斬りに行くのでは斬られる危険が大きく違う。お前は斬られるのが怖いから、大きく避け過ぎている。だからそこから続けて攻撃されやすいしお前も攻撃しにくい。チョン避けでいいだよ。ようは当たるか当たらないか2つに1つ。100で避けようが1で避けようが、当たらずに避けた事は同じだ」
チョン避けとはシューティングゲームで使うテクニックの1つで、文字通り僅かにチョンと動かして避ける技だ。
前から思っていたがジンさんは結構なゲーマーだ。
「相手の攻撃が来たら避けるだけじゃなくて自分から避けに行く事も必要だ。それにより次の攻撃を予測して先に動く事が出来る様になる」
「自分から、ですか」
言われてみればさっきの訓練の最後、ジンさんは俺の剣を踏み込んで避けた。
だから俺は剣を両手から片手に変えてジンさんの剣を受けて左手で剣を抜いたし、その姿勢からは横に凪ぐしかなかった。
「なまじその剣の力があるからそうなっちまってんだ。もし斬り合う相手が剣術を学んでいたら、速さでお前が少し上を行っていてもは負けるのはお前だろう」
ぐぅの音も出なかった。
俺はこの世界に来た直後に不思議な剣を拾った時から身体能力が大きく上がった。
りんごくらい握りつぶせるし、走ればオリンピックなんて鼻歌交じりで金メダルを取れる。
剣を手放したら元に戻るとかそんな事も無い。
そして迷宮で魔物と戦っているうちにさらに強くなっているのを感じていた。
間違いなくゲームのようにレベルアップしている。
だがジンさんに全く歯が立たない。
今もジンさんは別段速い動きをしたわけでもないのに負けた。
「それを何とかする方法は2つ。魔物を殺しまくってレベルを上げて力と速さで圧倒するか、剣術を学んで技を身に着けるか」
俺はゲームが好きだ。
RPGなどは意味も無くレベルを最大まで上げてボスを1ターンキルなどした事もある。
この世界の人も魔物を倒せば強くなるが、俺と比べると大したことは無いらしい。
ならそこから導き出される結論は1つ。
「つまり両方やれば最強ですね?」
「その通り。だが今日はここまでだ。もういい時間だろう」
俺の答えにジンさんは満足したのか大きくうなずいた。
言われて気がついたがもう日は暮れ始めていたので、使っていた刃の潰した剣は軽く手入れして庭の物置に戻した。
ここは街の少し外れた場所にある小さい、と言っても日本では十分に豪邸と呼べる我が屋敷。
ギルドまで歩いていけば丁度良い時間になるだろう。
「そうですね。では行ってきます」
「ああ、今日は帰ってこなくても良いぞ」
「それはない。では行ってきます」
そう、それはない。
たしかにトリーさんは可愛いと思うが何か違う。
そんな事を考えながら外に向かっていると後ろから声をかけられた。
「お出かけですか? 夕食はいかがしましょう?」
振り向くと見慣れたメイドさんが立っていた。
「夕食は外で済ますからいらない」
「かしこまりました。お泊りですね。お相手はどなたですか? ああ、クランベリー通りに新しく出来た夜のお店の方ですか」
「待てクシャラ」
この馬鹿な事を言った女の子はこの屋敷でメイドとして住みこみで働いているクシャラである。
年は14で身寄りは無い。
背は175の俺よりも頭1つ低いので見下ろす形になる。
濃い茶色の髪を腰の辺りまでの三つ編みにして瞳は同じく茶色。
とても整った顔立ちをしていて明るく元気で仕事もこなす優れものである。
ジンさんがトリーさんに掃除や料理が出来る人がいないかと聞いた時に、ならば雇ってほしい娘がいると言われたのがクシャラで、それ以来我が屋敷のメイドになった。
そんなメイドさんもお年頃らしく目が好奇心でキラキラしていた。
「何でもすごい事をしてくれると魚屋のコルドさんがおっしゃってました。それを聞いて隣のパン屋のマルトーさんも最高だったとおっしゃって、女性客からそれはもう冷たい目で見られてました」
「ああそう。あの人達結婚してた気がするけど、まあいいや。俺はトリーさんと夕食だ。夜のお店なんかには行かない」
「トリーさんとですか? あっ、ではこれをお願いします」
クシャラはポケットから小さな薄くて赤い紙の袋を取り出した。
受け取ってみると、中に何かが入っているのは分かるがそれが何かは分からない。
「これは?」
「夕食が終わったらトリーさんにお渡しください。ヒロ様は見ちゃダメです。絶対ですよ」
「うん? まあ、なんか知らんが分かった」
これは見ろと言っているのだろうか。
俺は受け取った物をポケットに詰め込むと、クシャラに見送られギルドへと足を運んだ。