28 良い人悪い人
カダルの街はこの国の南に位置してる。
俺は本来この町の迷宮にもぐる予定は無かった。
聖女が仲間と共に迷宮に挑んで魔道具を取ってくる事になっていたからだ。
しかしセイナがあんな事になった以上俺が行くしかなくなった。
迷宮の難易度はある意味高いため探索者連中の人気は低い。
だが聖女がいれば難易度は一気に下がる。
「つまりそう言う事だ」
「えっと、セイナさんが居れば楽になるって事は、幽霊とかが出るんですか?」
「そうだ。ある程度の階層からは幽霊とか火の塊とか実体の無い物が多いからパーティーに魔法使いがいるか、魔法のかかった武器でもないと話にならん」
「あの、私駄目じゃないですか?」
「ああ、だから俺1人で行く。お前はセカイエの迷宮もぐってろ」
「え~」
そんなやり取りをしてから1ヶ月半くらい。
俺は今日も1人で迷宮にもぐっていた。
ここはカダルの迷宮の39階層。
後ろから忍び寄ってきた白いもやの塊のような物を振り向きざまに斬るとそれは霧散し、カランと結晶が落ちた。
大きさはビー玉より小さいが拾ってバックパックに放り込む。
それにしても弱い。
30階層以降は特に魔物が幽霊などに偏っているがセカイエの99階層で戦い続けた事に比べれば温すぎる。
あそこは本当に地獄だったからな。
だからと言って油断はしない。
半日ほど歩き続けるとたまに他の探索者と出会う事もあるが、やはり魔法使いが多い。
軽く挨拶を交わしてただ下を目指して歩き続けた。
ここに限らず迷宮の地図などと言うものは売っていない。
作ろうとする人もいるのだが、基本的に1階層毎に地上へ帰れるので買ったところであまり役に立たないので売れない。
結構歩き、かなりの幽霊を斬り続け、多分夕方頃に下への階段を発見した。
下りるかそれとも今日は帰るか。
40階層は所謂ボス部屋だ。
この迷宮のガーディアンはセカイエに比べて倒されてからの復活が速い。
40階層のガーディアンは動く鎧リビングアーマー。
しかも魔法の耐性がガッチガチで、この辺で戦っている魔法使いの魔法では倒せないレベルらしい。
そのため挑む連中も少なく、誰かが倒したら復活するまでの期間に下の階層へ下りるのが普通だとギルドで言われた。
最近倒されたと言う話がないから下りれば戦う事になる。
明日にするかどうか少し悩んだが結局下りる事にした。
俺は今日出来る事は今日やる事にしている。
階段を下りながらガーディアンとの戦い方を考えているとあっと言う間に40階層に到達。
すぐ目の前にはいつものように光の壁があったのですり抜けると大きな扉があり、軽く押すときしんだ音をたててゆっくりと奥へと開いていく。
扉をくぐると後ろで扉が自動で閉まり光の壁に包まれた。
そこはかなり広い部屋で四隅にはそれぞれ羽の生えた悪魔の像が4体あり、中央には噂のリビングアーマー。
聞いた話にはないがあの悪魔の像は絶対に動くと思う。
リビングアーマーに集中している探索者を後ろからやるつもりなのだろう。
だがこんなものに引っかかるアホはいないと思う。
問題は部屋の奥で血を流して倒れている探索者が2人いる事。
ここからでは死んでいるかどうか分からない。
敵が初期位置に戻っているのはあの2人が死んでいるか死にかけの状況で俺が光の壁をくぐったためだ。
さて、どうするか。
この場合、ガーディアンと戦っている最中にあの2人が生きていてなおかつ巻き込まれそうになったらどうするかどうかだ。
マリンを助けたのは本当に偶然が重なったに過ぎない。
少し考えたが最近の俺の結論はいつも一つである。
まあ、成るように成るだろ。
「買い取りお願いします」
いつものようにトリーさんの窓口である。
俺は取ってきた結晶をカウンターの上にぶちまけた。
小さいがそこそこの数はある。
「Eクラスの結晶58個で11万カナです。はい、どうぞ」
「はい、どうも」
いつものやり取りをして改めて状況を考えると、やはりカダルの迷宮は普通の探索者では割に合わない。
パーティーに神聖魔法の使い手がいれば浄化の魔法で一掃出来るのでこれ以上ないほどのおいしい場所だろうが、生憎俺は適正は兎も角、女神をこれっぽちも信仰していないので使えない。
この世界の人間は基本的に程度の違いはあれど女神を信仰しているので適正があれば神聖魔法が使えるのため、俺は適正が無い事になっている。
「最近はまた1人で探索しているらしいですが大丈夫ですか?」
「まあ、アイツは魔法が使えないのからあそこは無理なんで」
「そうですか。カダルの迷宮はいかがですか? もう2ヶ月近くになりますね」
「そうですね。かなり俺とは相性が悪いです。正直止めたいです」
俺の何気ない一言を聞くとトリーさんは立ち上がってバンッとカウンターに手を叩き付けた。
怒っているらしい。
「じゃあ何でそんなとこ行ってるの!」
ごもっとも。
トリーさんの声が大きかったためギルドの視線が集まった。
それを感じたのかトリーさんはコホンと小さく咳払いをして少し恥ずかしそうに椅子に戻った。
「ヒロ君」
「はい」
「以前君は適当に稼ぐためにスリアーノの迷宮に移ったんだよ?」
「そうですね」
確か以前にそんな適当な事を言った。
もちろん嘘であった。
「ならどうして相性が悪いって自分で言うカダルに移ったのかな?」
面倒な事になるから本当の事を言うわけにはいかない。
だからと言ってお世話になっているトリーさんを無下にする事も出来ないので、それっぽい事を考えていると後ろから聞きなれた声がした。
「別にいいじゃないですか。貴女には関係の無い事でしょ?」
「え?」
それはマリンであった。
迷宮からの帰りらしく、いつもの装備に空になったバックパックを背負っている。
「ヒロ先輩が何処の迷宮にもぐろうと貴女には関係ないじゃないですか。何処の迷宮でもヒロ先輩なら問題はないし結晶も半分売りに来てる。そんな探索者のプライベートに踏み込むのはギルドの職員の仕事じゃないと思いますけど?」
「おいマリン」
マリンの声は冷たく、隠し切れない嫌悪感がにじみ出ていた。
一体どうしたのか。
マリンがここまで誰かを嫌う所なんてはじめて見た。
まして相手は俺も良く知っているトリーさんだ。
「いえ、そうですね。失礼しました」
さっきまでのに雰囲気は消えてなくなり、トリーさんは表情を消して頭を下げた。
「ヒロ先輩帰りましょう」
「すみませんトリーさん。今日はこれで」
俺はマリンに腕を捕まれて引きずられるようにギルドを出た。
腕を振り払おうとするがガッチリ捕まれていて外れない。
かなり痛い。
「おいマリン。どう言うつもりだ。トリーさんは俺がこっちに来てからずっとお世話になってる人だぞ。お前あの人と何かあったのか? それから腕が痛いから離してくれ」
俺達がスリアーノの迷宮にもぐった後に換金する時は、俺1人でギルドに行っていたのでマリンがトリーさんと会ったのは1人でセカイエの迷宮にもぐりだしてからのはずだ。
その間マリンからそれっぽい事を聞いた事はない。
「あっ」
マリンはようやく気がついて手を離したが俺の腕にはマリンの手の痕がしっかりと残っていた。
危うく潰れる所だった。
とにかく道の真ん中では何なので近くの酒場の個室に入り適当に注文を済ませた。
「それで、どういう事だ?」
事と次第によってはかなり怒る事になる。
例えマリンでもトリーさんを訳も無く傷つけるのなら許さない。
マリンは俯いて黙っていたが顔を上げると勢い良く話し出した。
「トリーさんの事、クシャラちゃんから聞きました」
何をどう話せばこうなるのか。
クシャラがトリーさんを悪く言うとも思えない。
「私は・・・私は! 賭け事をする人が嫌いです! まして必要なお金まで使って、そのくせヒロ先輩にたかるなんて最低じゃないですか!」
なるほどと納得してしまった。
理由はどうあれ傍から見れば確かにその通りだ。
「あ~うん。まあ、何と言うかな。ほら、飯奢るけどその時に色々情報教えてくれるし、それくい良いんじゃないか? 別に悪い人じゃないし」
どうして俺がトリーさんのカジノ通いを擁護しているのだろうか。
しかし考えてみるとマリンの剣幕に押されたが俺は別にそこまで悪い事ではないと思う。
「別に借金してるわけでもないし、俺に金貸してくれって言ってくるわけでもない。月末になると食うに困ってるだけだ。何をそんなに怒る事があるんだ?」
精々月末に食うに困って飯を奢ってくれと言って来る程度だ。
しかしマリンは真っ赤な顔で俺に詰め寄った。
怒っている。
これは相当怒っている。
「違います! その一点! 賭け事をして人に迷惑をかけているって言う一点があるから悪い人なんです! それが悪いって分かってるのにやってるんですよ! だからあの人は他の良い所を全部打ち消して悪い人です!」
いや、全くもって返す言葉無い。
たまにアレさえなければ良い人などと寝言を言う奴がいる。
マリンの言ったようにその一点があるから悪い人だという事が理解出来ないらしい。
よくドラマで酒飲んで暴れる男と別れられない女の話でその女がよく口にする言葉だ。
何故それが分からないのかが理解出来ない。
それを俺が言われる事になるとは。
確かにマリンの言う通りなのだが、程度があると思う。
「マリン、お前」
以前暮井に離婚した父親がどうしようもないクズだったと聞いた事がある。
世間知らずのお嬢様だった母親がコロっと騙されたように結婚した相手がギャンブルに嵌った結果色々あったと。
「確かにお前の言う通りギャンブルに嵌ってるってのは褒められる事じゃない」
「はい」
「お前がギャンブルする人が嫌いっては分かった。だがな、トリーさんも最低限の所はわきまえてる。だから俺も笑って相手を出来る。別にお前に好きなれなんて言わんがそこまで嫌わないでくれよ。あの人にはずっと世話になってるからな」
この世界に来て3年近くになる。
その間ギルドでの俺の担当はずっとトリーさんだった。
色々アドバイスをくれたり、心配してくれたりした。
「ヒロ先輩はあの人の事が好きなんですか?」
「そうだな」
「そう、ですか」
「飯を奢る程度には」
「は?」
「好きかと聞かれれば好きと答える。クシャラを好きかと聞かれれば好きと答えるレベルより低いけどな」
つまり俺とトリーさんは仲の良い友人程度の付き合いである。
俺の中では何気にクシャラの方が好感度が高い。
「う~~、分かりました。 でもあの人とご飯に行くくらいは良いですけど、その、そう言う付き合いだけはやめてください。賭け事を止められない人は絶対に不幸になります。周りの人も巻き込んでです。絶対です」
納得出来たのか出来ないのか微妙なラインでマリンは妥協した。
しかし前にジンさんにも言ったがトリーさんとそう言う関係にはならないと思う。
兎に角その話はそこで終わり、いつものようにそこで話を割り切ってマリンは迷宮での出来事を話し出した。
「あっそうだ。聞きましたよヒロ先輩。迷宮で死に掛けてた人助けたんですか?」
「何で知ってんだお前?」
誰かに言った憶えはない。
「ギルドで担当のリーシャさんが教えてくれました。カダルのギルドに荷物を受け取りに言った時に聞いたそうですよ」
「あ~、あの人な。そう言えば向こうで見たな」
確か以前にトリーさんに裏切られて所長に怒られた人だ。
「それで助けたのはどんな人なんですか?」
結局ガーディアンの部屋で倒れていた連中は死んでおらず、戦いに巻き込まれる事もなかった。
運の良い奴等だ。
仕方ないので怪我の治療をしてギルドに渡しておいた。
普通はそれで終わりなのだが気になる事があった。
「向こうで聞いたんだがそいつらな、ゴウ・タケダとショーコ・イマイズミって名前で結構有名な奴等らしい」
厄介ごとの予感がした。