25 人事部長
人の口に戸は建てられない。
どんなに頑張っても何処からともなく話は漏れる。
ドラゴンの襲撃から3日後には聖女が帰って来たと言う話と、王子がドラゴンに大怪我を負わされたと言う話が聞こえるようになった。
「死ななかったんですね」
「聖女次第と言っただろ。つまりそんなになっても王子が殺されるのは止めたって事だ」
止めるだけの理性が残っていた。
きっと酷い目にあっただろうにそれでも止めた。
「何考えてんでしょうね? 私なら絶対止めません。それに大怪我負ったって聖女なら治せるでしょ?」
「普通なら。けど食いちぎられたとか叩き潰されたら治せない。どことは言わんがな」
王子が王女になったかもしれない。
いかに聖女とはいえ治せる傷にも限度があるはず。
「予定と違いますけど聖女に会いに行きますか? それとも、もう帰りますか?」
予定では聖女とは関わらないはずだ。
しかし聖女がどんな感じなのかは知りたい。
「気が進まんが会いに行くか。俺の話に適当に合わせてくれ」
「はい」
聖女の住んでいる家はすぐに見つかった。
場所はジンさんに聞いていたので大体知っていた。
近寄らないようにしていたが、実は俺達が泊まっている宿の近くだった。
まだ時間は昼前くらいだが果たして居るだろうか。
小さな二階建ての家に1人で住んでいるらしいが、例の連中が出入りしているのでそいつらと鉢合わせしない事を祈ってドアをノックしてしばらく待つ。
「返事がありませんけど、いないんですかね?」
「いや、人の気配はする」
中に誰かいるのは分かる。
ノックが聞こえていないとは思えないから居留守だ。
「マリン。適当に呼んでくれ」
「適当ですか。よし、任せてください!」
マリンは頷いて扉から少し離れると大きく息を吸い込んで叫んだ。
「すいません! クレイ・マリンと言います。日本から来ました。セイナさん、お話いいですか!」
マリンは適当と言ったのに真っ向から行った。
すると今度は中から物音がして、しばらくしてから扉が少し開いた。
「日本人? 本当に?」
「はい、本当ですよ。私は東京から来ました。後ろの人は高校の先輩です。」
話し声からこちらをかなり警戒しているのが感じられた。
扉の隙間からこっちを覗いているらしいが俺からは見えない。
その隙間に爪先突っ込んで扉をこじ開けたい。
「俺はミヤマ・ヒロ。東京の代産高校の学生だ。アンタの噂を聞いて来た。まあ聖女なんて呼ばれてる事と名前くらいしか知らんがな」
本当は色々知っているが黙っていよう。
だが予想外の反応があった。
「代産高校のミヤマ、クレイ? ねえ、貴方達、高校でクラブに入ってたりした?」
何故そんな話になるのだろうか。
「まあ、一応」
「何部?」
「電子計算研究部」
俺が答えた瞬間扉が開いた。
中に居たのは二十歳前くらいの女性で肩より少し長めの綺麗な黒い髪をした、少したれ目の美人とはこういう人を言うのだろうと思える人だった。
その人は俺達を見て、すぐに辺りをキョロキョロと見回した。
どうやら他に誰か居ない事を確認しているようだ。
「とにかく中に」
「はい」
彼女は俺達を家に招き入れると直ぐに扉に鍵をかけてホッとため息をついた。
これは相当色々警戒しているな。
「そこに座って。今お茶を入れるから」
「ああ、お構いなく」
俺達は1階のリビングらしきところに通されて聖女と思われる女性と向かい合って座った。
テーブルに置かれたコップから湯気が立ち昇ってお茶のいい香りがする。
さて、何から話せばいいものか。
とりあえずこちらから適当に話してみよう。
「では改めて、俺はヒロ・ミヤマ。2年半程前にこっちに来た。普段はセカイエの街を拠点にして迷宮探索者をやっている。4日前に王様に呼ばれて王都に来た」
「私はマリン・クレイです。半年程前にこっちに来ました。スリアーノで迷宮探索者をしてたんですけど危ない所をヒロ先輩に助けてもらって、それからは一緒に居ます」
俺達の話を聞くと聖女は少し驚いた様子を見せた。
「そう、私はセイナ・アカイ。半年くらい前にこっちに来たの。貴方達とは違って地上の探索者をしているわ」
マリンと同じで半年前か。
俺とマリンが向こうで過ごした最後の日は同じだったがこっちに来た日は2年程違う。
何か理由があるのかどうかは分からないがありそうな気がする。
聖女改めセイナは俺に何か思うところがあるのか俺をじっと見ていた。
「俺に何か? そう言えばクラブがどうとか言ってたけど」
「そう、それよ人事部長」
「その名で呼ぶな、と言いたい所だが何で知ってんだアンタ」
俺の反応を見てセイナはフッと口元を緩めた。
「電子計算研究部、アカイ、どう?」
電子計算研究部。
通称電研。
俺や暮井の他とんでもない連中が所属するカオスなクラブ。
だがそこでアカイと来た。
「あの、もしかして、赤衣さんの?」
「ええ、姉よ。あの子しばらく引きこもっちゃってね。何があったのか言わなかったし」
それは俺達が電研に入って半年程した頃だ。
クラブメンバーは三年が4人、二年が1人、そして俺達一年が何故か10人で赤衣さんは二年生だった。
俺達は帰りの電車内でいつものように馬鹿な話をしていたが、俺は前からの疑問を口に出してしまった。
「赤衣さんってさ、たまに食堂で見かけるんだけどいつも1人なんだ」
「そうなん? 見た事ないけど」
思えば気づいていなかったのは俺だけで皆は何とかフォローしようとしていた。
「帰りとか電車で見ても1人だし、友達いないのかな?」
「いや、そんな事ないだろ」
「あれだ。体育で2人組み作ってとか言われたら1人だけ残って先生と組むかとか言われたり、休み時間は1人でラノベ読んでんだろうな」
「お前ちょっと」
「二年で教室に友達がいない上にクラブでも他に二年いないからボッチか。これからは少しやさしく接しようぜ」
俺と向かい合っていた連中はやっちまったと言った顔をして俺の後ろを指差していた。
俺が何かと振り向くと少し離れた場所に赤衣さんがいたのである。
距離的に聞こえているか微妙な距離だった。
赤衣さんは何も言わずに次の駅で降りていった。
それから三日後。
いつものように部室で適当に過ごしていると、部長が何やら楽しそうに入って来たのを見て嫌な予感がした。
「え~、皆さんに悲しいお知らせがあります。赤衣君がクラブを辞めてしまいました」
一年全員の視線が俺に集中した。
「昨日俺の所に来て辞めますと言われまして、理由については苛められたからだそうです」
「いや、待ってくださいよ。本当にそう言ったんですか?」
「おや、深山君は何か心当たりがあるんですか?」
部長は本当に嬉しそうに言いやがった。
「いえ、何というか」
「そうですか、この部は皆仲がいいのでそんな事は無いと思います」
この人は絶対知っていると思った。
部長は無駄に有能な人だ。
聞く所ではテストではいつも90点以上、運動神経も良くてイケメン。
しかし彼女とかいないのかとの質問対しての答えは今も忘れられない。
「いやあ、三次元の女の子はちょっと、ゲヘゲヘ」
色々と凄い人である。
「まあそれは置いといて、今この部は部長と副部長と会計がいますが、新しく役職を増やそうと思います」
凄く嫌な予感がした。
「新しい役職は人事部長で深山君にお願いします。先輩を辞めさせた実績を考えた結果です。皆、拍手」
「おいふざけんな!」
それ以来俺は人事部長やらクラッシャーやら嫌な後輩Mとか呼ばれるようになった。
「えっと何と言って良いやら」
「話を聞いて笑っちゃったわ。漫画みたいね貴方」
文句の一つでも言うかと思ったが、セイナは楽しそうに笑っていた。
今まで見た感じ、警戒はしていたが考えていたような再起不能な感じはない。
もちろんそう振舞っているだけかもしれないが。
「あの、私聞きたい事あるんですけど良いですか?」
「ええ構わないわ」
少し強引にマリンが話を切り出した。
これは予定していた事で、俺よりも同姓のマリンの方が向こうも話しやすいと思ったからだ。
「セイナさんは向こうに帰る方法って知ってますか?」
「いいえ、知らないわ。たっちゃん、えっと知ってるかしら召喚された勇者の話」
「ええ闘技大会見てましたから」
「そう、須藤達也って言って家がお隣さんでね。小さい頃良く一緒に遊んだ子なんだけど、その子が言うには王様に元の世界に帰る方法は無いって言われたんだって」
王様が勇者に帰る方法が無い言うのは当たり前だ。
折角召喚した勇者に帰ってもらったら困るだろう。
よくある話では魔王を倒したら帰れるとか適当な事を言う王様もいるがそんな話を信じる馬鹿はいない。
「あの、セイナさんは帰りたくないんですか?」
これが重要だ。
帰りたいと言えば今の聖女なら仲間に出来る。
やっかいな相手が味方になれば今後がぐっと楽になる。
「無理なのよ私は」
マリンの問いにセイナは寂しそうな顔をした。
「無理ってどう言う事ですか?」
帰りたい帰りたくないではなく無理とはどういう意味だ。
「私ね、向こうで刺されたの。知らない女の人がいきなり包丁でアンタのせいで! って痛かったわ」
「え? それはまた、でも無事だったんですよね?」
「いえ滅多刺しで死んだの。幽霊になって1年くらい彷徨っていたら女神様に会ってね。別の世界でなら生き返らせることが出来るって言われたのよ。だから帰れない。もう向こうでは私は死んだ人間だから」
これは予想外だ。