23 聖女の話
王都に来て二日目。
俺達は今日は朝から闘技大会を観戦していた。
今日で全ての試合が終わって優勝者が決まる。
俺達が着いたのは本当にギリギリだったようだ。
「赤のコーナーからニーロの探索者ツバキ!」
その名にもしやと思ったのだが、ツバキと呼ばれたのは40位でスキンヘッドのいかついおっさんだった。
そのおっさんに向けてやけに野太い声援が飛んでいる。
武器は大小の二本の剣。
「あの顔でツバキか。この世界の名前だからおかしくは無いのか?」
「そうですよ! おかしくないです!」
「そ、そうか」
マリンがやけに力強くおっさんを擁護した。
何か思うところがあるのだろうか。
「青のコーナーから期待の新人探索者タツヤ!」
闘技場に女性ファンの黄色い声援が響き渡る。
無性にイラッと来た。
あのスカした顔が気に入らない。
イケメンで聖剣持ちで勇者。
マリンにはああ言ったがどう考えても主人公だ。
しかも今日は特別席に王様と14.5才の金髪で可愛いお姫様がいるのだが、どうもそのお姫様が勇者様を見る視線が熱い気がする。
もはやお約束である。
しかしこの国には王子様もいるはずだが何故かこの場には来ていない。
興味が無いという事だろうか。
「試合開始!」
審判の合図と共にタツヤは剣を構えて慎重にじりじりと距離を詰めて行く。
対してツバキは両手に剣を構えてその場を動かない。
「あれ? あのツバキって人、ヒロ先輩と同じ構えしてませんか?」
「そうなんだよ。もしかしたらジンさんと同じ人に教えて貰ったんじゃないかと思う」
それは俺がジンさんに教えてもらった基本の構えで、左足を半歩引いて右手の剣は相手に突きつけるように構えて、左手の剣はだらりと下に向けている。
実は右手の剣が曲者で真っ直ぐ向けられると左手の剣が見えてる分距離を測りそこなう。
そしてこの試合はもう見ただけで2人の力の差が分かった。
「あ~あれは駄目ですね。勇者はまたずるをしないと勝てませんね」
「そうなんだろうけど、なんかツバキの顔色が悪くなって来たような」
最初は気のせいかと思ったがツバキの顔色が段々青くなって来た。
しかも汗をかき出して苦しそうな顔になっていく。
「何かおかしいですね。まさか聖剣の力ですか?」
それを隙と見たのかタツやが袈裟懸けに切り込むと、ツバキの左の剣が跳ね上がりタツヤの剣の腹を叩いてはじき上げた。
剣が跳ね上げられた状態ではソニックは撃てないから、がら空きになったタツヤの首に右の剣を突きつけて終わり。
当たると見えない何かに弾かれるから直前で止めれば問題はない。
今度こそこれは終わったと思った。
だがツバキは剣を突くどころか方膝を着いて参ったと言った。
「はあ? え? 何ですかそれ?」
当然会場も何事かとざわつき審判がツバキに近づいて何か話しだした。
ツバキは苦しそうに顔を歪めながらタツヤを睨みつけていた。
「ツバキは病をおして来ていましたが限界だという事です! よって勝者タツヤ!」
なんだそれは。
ツバキは青い顔で腹を押さえて本当につらそうにゆっくりと去って行く。
「え~ヒロ先輩」
「分からん。いくら聖剣でも相手の具合を悪くするとか出来ないと思うんだが、自信は無い」
相手の体調を崩すとなるとそれは呪いの類になるが仮にも聖剣と言う以上それは無いはず。
なら何なのかと聞かれれば、一服盛られたぐらいしか思い浮かばない。
あのイケメンには勝って欲しいと思う人達が大勢いるようだし可能性はあるがその辺は分からない。
その結果に納得できないと言った顔のタツヤが戻ろうとした時、突然闘技場の一角から悲鳴が上がった。
何事かとそっちを見ると皆上を向いている。
俺も釣られて上を見るとそこにはファンタジーの代名詞がいた。
「ドラゴンだと!」
それは赤いドラゴンだった。
王都の北の森に住んでいると言う話を聞いた事があるがそいつだろうか。
ドラゴンは翼をはためかせて闘技場ぎりぎりの高さを飛んでいく。
こっちには見向きもしないで行くのはありがたい。
正直ドラゴンの相手などしたくないし出来ない。
上から炎を吐かれるだけでこっちはどうしようもないからだ。
「あっちってお城の方ですね?」
マリンの言う通りドラゴンは真っ直ぐに王城に向かって行く。
「何か用事があるのか? いや待てよ」
頭の中でいくつかのピースが組み合わされる。
王城、ここにいない王子、行方不明の聖女、穢れを払う力、ドラゴン。
「分かった」
「え? 何が分かったんですか?」
「『私は聖女じゃありません』だ! ジンさんが言ってたあのクソ小説だ!」
私は如月静香。
朝起きたら別の世界にいました。
帰る方法とか分かんないけどとにかく頑張って生きて行こうと思います。
ファンタジー小説とかでよく出てくる冒険者、この世界では探索者って言うのになってなんとかやってます。
「今日の分の傷薬10個です」
「確かに。はい、4000カナです。いつもありがとうございます」
私は街の周辺にある薬草を摘んでは、教えてもらった錬金術で傷薬を作ってギルドで買ってもらってます。
最近になってようやく収入が安定して来ました。
「グルル・・・」
「ご飯はちょっと待ってね」
この子はシグマ。
もふもふの狼で、怪我してるところを手当てしたら懐いたので私の従魔になった。
その時この子の体から何か黒い煙みたいなのが出て行ったけどなんだったのかな。
「だから! 狼のうなり声はセリフじゃねえっつってんだろうが! それに街のすぐそばに薬になる草なんか生えててたまるか!」
「ヒロ先輩?!」
「それは瘴気と呼ばれる物です」
「瘴気ですか?」
「はい。それに犯されると魔物は凶暴になるだけではなくさらに力を増します。そして魔王は存在するだけで瘴気を放ち続けていると言われています」
クィッと眼鏡の位置をなおして説明してくれたのは、この世界に来て右も左も分からない私を助けてくれたサイアスさん。
私より少し年上で貴族なんだけど偉そうにしない親切な人。
「瘴気を浄化出来るなんて貴女は・・・いえ何でもありません」
何だろう。
「それより森の奥に行ったそうですね? 森の奥は危険だとあれ程言ったのに貴女は」
「ご、ごめんなさい。でもどうしてもミノリ草が欲しくて」
あれが無いと解毒剤が作れなかった。
解毒剤が無いとシアセスさんを助けられなかった。
「はいはい、主人公大好きの貴族のイケメン。はいはい、誰かの薬のために無茶しますよ」
「ヒロ先輩しっかりしてください!」
「瘴気を浄化出来るのは異世界から来た聖女だけなんだよ。だからお前は聖女ってわけさ」
「私は聖女じゃありません! ただの薬を売ってる探索者です!」
金髪でかっこいいけど偉そうな人だった。
「どうして貴方がここにいるんですか」
「噂の聖女っての見に来たのさ。お前こそ何でこんな所にいるんだよ」
「私は彼女に錬金術を教えているんです。貴方こそ城から抜け出して良いと思っているのですか」
「城の中は退屈なんだよ。たまには外の空気を吸わなきゃやってらんねえ」
「はいはい、俺様王子様ですね。主人公が女の子の時に出る王子は俺様じゃないと駄目な決まりでもあるんですかね」
「えっと確かもしもの時にはと精神を落ち着かせる薬をジンさんから」
「お代わりくれ」
「まだ食べるの?」
「全く、少しは遠慮をしたらどうですか」
来ないでって言ったのにどうして夕食食べに来るんだろう。
なんか王子様らしいし、偉い人とは関わりたくないんだけどな。
「城の食事は味気ないんだよ。こっちの方がうまいんだ」
しょうがない王子様だよ。
「関わりたくないんですぅ。静かに暮らしたいんですぅチラッチラッってうぜえ!」
「さあこれを飲んでください!」
聖女ってのを見に行ったら面白い奴だった。
俺の周りにいる女共と違って言いたい事言ってくるし媚を売ったりしても来ない。
何度か会う内にこいつが欲しくなっていた。
まさかサイアスがいるとは思わなかったが、どうやらこいつもシズカを狙ってるらしいな。
けど俺は欲しいものは絶対に手に入れる。
シズカは俺の物だ! 絶対に逃がさねえぜ!
全く馬鹿はこれだから困ります。
無理やり迫るなんて嫌われるだけだというのに。
シズカは最初どこの田舎者かと思ったのですか、礼儀を弁えているし術の才能もある。
聖女とは驚きましたがそれはかえって好都合です。
聖女となれば地位としてある意味貴族以上ですからね。
大体彼女は私の物です。 誰にも渡しませんよ!
「気持ち悪! 本当に気持ち悪い! 何だこれ!」
「水です。さあ飲んで!」
何か飲み込んだ感覚があって俺は悪夢から覚めた。
目の前には心配そうなマリンが俺を覗き込んでいた。
「俺は、何か酷い夢を見ていた気がするが」
「よかった~。正気に戻った。本当にもう、どうしようかと思いましたよ」
そうだ俺はアレを思い出して・・・いかんこれ以上思い出したらまた悪夢に魘される。
「それでこれからどうしますか? その、『私は聖女じゃありません』でしたっけ? それと関係あるんですよね?」
「あ~大会はもう中止だし宿に帰ろう。そっちで教えてやるよ。城の方はまあ、王子が死ぬかも知れんが知ったこっちゃねえや」
「え? 王子様死んじゃうんですか?」
「聖女様次第だな」
思い出したせいが吐き気がするのでとにかく休みたい。
姉さんの書いた物はどれも酷いが特にアレは酷かった。
本当に酷すぎる。