22 序盤の勇者
闘技場では中々白熱した戦いが繰り広げられていた。
参加者は皆、自分は負けないと思って挑み、その半分が現実を突きつけられて消えていく。
そして夕方になる頃に今日最後の試合が始まった。
俺達が注目する勇者タツヤとガイアスの戦いだ。
さて、実際の所、一対一の戦いはすぐに決着がつく場合が多い。
武器を使って戦う以上、当たるべき所に当たればそれで終わるからだ。
剣で斬られたのに立ち上がって戦い続けるのは回復魔法があっても難しい。
まず痛みで魔法を使う集中力が失われるし、相手が魔法を使うのを待ってはくれないからだ。
だから戦いで魔法が必要な程の傷を負ったら大抵はそこで終わりだ。
漫画とかではバッサリやられても気力でどうの言うが物理的に無理。
ではタツヤとガイアスの戦いはどうか。
開始の声と共にタツヤがガイアスに向けて駆け出したのに対して、ガイアスは左手の大盾を構えて右手の槍を引いて構えた。
ガイアスは見た通りの敵の攻撃を盾で受けた後に反撃する防御重視の姿勢だ。
俺にはこの瞬間、オチが見えた。
ガイアスの持っている盾は黒鉄と呼ばれる鉄よりも硬い金属を使っており、さらに結構な防御魔法がかかっているのが特徴らしい。
だが相手が悪かった。
タツヤが剣を横に凪ぐとガイアスの自慢の盾がバターに熱したナイフを突っ込んだように斬れた。
「うん、知ってた」
「盾が真っ二つに! あの剣やっぱり伝説の剣ですよ!」
「ああ、聖剣らしいぞ」
これまでの話を総合するとあれは聖剣だ。
「聖剣ですかって事はあいつが主人公ですね。がんばって魔王を倒してもらいましょう!」
「どうかな。聖剣って何本もあるらしいんだ。あいつが主人公とは限らないんだよ」
ガイアスは驚いたがすぐに大きく飛びのきつつ残った盾を捨てて両手で槍を構えた。
対応が速くて構えもしっかりとしている。
それに対してタツヤは走って追撃を仕掛けようとするが、ガイアスの槍を前に少し後ろに下がって剣を構えた。
「ん? ん~? ヒロ先輩、あいつ何で攻めないんですか? 聖剣持ちの勇者なんですよね? 剣道三倍段とは言え相手の動きは遅いし何かあるんでしょうか」
武器を使った戦いでは長さが物を言う。
懐に入れば剣が有利だが離れていては圧倒的に槍が有利。
「あれは、多分単純に攻められないんじゃないかと思うが」
勇者が召喚されたのは半年程前。
それから剣術や魔法を憶えていったとしても達人にはなれないので積み重ねた技量の差は大きい。
いくら身体能力が高くなっていてもだ。
「え? でもこれまでの試合、全部一撃で決めて来たった聞きましたよ?」
「最初の一撃で相手の武器斬り飛ばして剣を突きつけて終わってたんだろう多分。要するに流石聖剣という事だ。それにお前のように何か突き抜けてるようにも見えないし」
何でも斬れるから敵はいなかった。
だが俺がジンさんに勝てないように、技量に大きな差があると攻めきれない。
召喚されて城で戦いの手ほどきを受けて探索者として迷宮にもぐってるのだろう。
ただし安全に。
それに対してガイアスは熟練の探索者。
自慢の盾で防げると考えていたのは甘かったが、すぐに切り替えて自分の距離をとり相手の技量を計った。
そして槍を前に攻めて来れないタツヤに対して戦い方を考えている。
「えっと、つまりあいつ勇者なのに弱いんですか?」
「そう言ってやるな。RPGでも勇者だからって最初から強くはない。序盤は雑魚を狩ってこつこつレベルを上げるもんだ」
大抵ははした金を渡されて魔王を倒して来いと無茶を言われるが、最初から最強武器を持っているだけで難易度は一気に下がる。
それでも時間をかけてレベルを上げないと強くはなれない。
ガイアスがフェイントを混ぜで槍を突き出すと、タツヤはなんとか避けながら槍を狙って剣を振るうが全て空を切る。
そしてタツヤが大きく剣を振った瞬間にガイアスが一歩踏み込んでタツヤの足に突きを放った。
俺はそれで終わったと思った。
だが倒れたのはガイアスだった。
「え? 何で? ヒロ先輩どうなってんですか?」
俺は嫌なものを見た。
槍が当たる瞬間、見えない何かに槍が止められて、タツヤの剣が届かない距離から振るわれたのにガイアスの太ももの辺りを切り裂いた。
呪文を唱えていないので魔法ではない。
「聖剣の力って所か」
「つまり今のは剣の力ですか? それっていくらなんでもずるくないですか?」
「本当の殺し合いならずるくないけど、こういった試合ではちょっとな」
似たような事なら俺も出来る。
しかし斬撃を飛ばすには剣に魔力を溜める必要がある。
今のは溜め無しであの金属の鎧を斬った。
「しかも先輩の持ってる女神の盾みたいな力もあるとか。小足見てから昇龍なら兎も角、無敵状態で溜め無しソニック。しかも威力が超必でガード不能とかずるいですよ」
「まあ、お前の言いたい事はなんとなく分かるけどさ」
負けそうになったから使ったんだろうが、マリンの言う通りかなりずるい。
ガイアスが受けた溜め無しソニックが当たった所はパックリと切れて血を噴出して皮一枚でつながっている様だ。
あれではまともに立てない。
「勝者タツヤ!」
会場を揺るがす程の大歓声が響いた。
「聖剣を知らない人からすれば何かの魔法としか思えないんだろうけど」
「でも、そんなのばっかり使ってたら強くなれないですよ」
「いや、そうでも無いだろ。魔物を殺しまくれば基礎の能力が上がるから、馬鹿みたいに狩り続ければ強くなる。後は圧倒的な力と速さで押し切れば良い。そうなれば技なんかいらんだろ」
「いやいや、ほら、カウンター技とか当て身技とかの餌食ですよ」
当て身技とは相手の攻撃を受ける事で発動する返し技の事。
例えば相手の蹴りなどを受け止めて投げる物や、力を溜めておいて相手の攻撃を受けて攻撃の瞬間に無防備になった相手に必殺の一撃を叩き込むなどがある。
しかしそれはあくまで通常の場合。
「だから圧倒的な力と速さで押し切るんだよ。こっちに来る前のお前に今のお前がこれからここを攻撃するって言った所で止められるか?」
「無理ですね。消し飛びます」
パアンとなって終わりだ。
レベルを上げて物理で殴る。
単純だが強力だ。
「帰るか。今日はもう試合はないし」
「そうですね。けどあんなんで魔王とか大丈夫でしょうか?」
「さあ、どうだろうな」
未だ歓声が響いている闘技場を背に俺達は宿へ向かってい歩き出した。
俺には勇者に対して期待ではなく不安が残った。