18 一点特化
ここは36階層。
上から落ちてきたスライムは紫色で毒を持ってますと自己主張していた。
しかし直接触れなければ問題ないらしい。
そんなスライムが出てくるがスライムはスライムである。
つまり出てきてはマリンにパァンとされるか俺に真っ二つにされるだけ。
完全に作業になっていた。
あれから二週間経つがまだ目的は果たせていない。
これはもしかしたら39階層にあるんじゃなかろうか。
そんな風に思ってしまうくらい進展がなかった。
「ヒロ先輩、食べないんですか?」
「いや、食うけど」
今俺達はこの辺のスライムを皆殺しにして休憩中。
マリンはクシャラの作ってくれたサンドイッチを一つ食べて満足していた。
一つだけである。
もちろん理由はある。
事の発端はジンさんが魔道具をよく買いに行く王都にある資格を持った者にしか入れない魔法の道具屋で売っていた魔道書。
魔道書のタイトルは魔法のパンの作り方極み
魔法のパンは焼きあがったパンに魔法をかけて豆くらいの大きさに変えて、それに水をかけると元の大きさに戻ると言う物だ。
しかも水をかけなければ10年は問題ないと言う優れ物。
魔法使い自体が少ない上にその魔法は相当な魔力を使うし、何よりその魔法が秘密になっているために値段が高い。
しかし迷宮の深層をもぐる探索者なら買って行かないと不便な代物だ。
だが魔力が多くて無駄に行動力のある人間、つまりジンさんと俺が作り方を覚えた。
しかも極み。
俺達は早速庭にパンを焼く竈を作った。
パンの作り方はクシャラが知っていたので材料を大量に買って巨大なパンを焼いた。
それに普通の魔法のパンの魔法をかけたらスイカ位の大きさになった。
だが極みの魔法をかけたら爪くらいの大きさになったのでそれをいくつか作っている時、マリンがそれをを普通の魔法のパンと思って食べてしまった。
以前から迷宮では魔法のパンをそのまま飲み込んで水を飲んでいたらしい。
しかし今回は大きさが違うため焦る俺達を尻目に平気な顔で水を大量に飲んでからわりとお腹が一杯になったと言った。
以降、マリンは魔法のパン極みを飲んでから普通の量の携帯食を食べて満足出来るようになった。
パンはクシャラが生活していた施設の子供をアルバイトに雇って焼いてもらっている。
「流石クシャラちゃんですね。おいしいです」
「そうだな。クシャラ無しの生活はもう無理かも知れんな」
同じ食べなるならおいしいものが食べたい。
俺が食べなくても平気だとマリンには以前に言ってある。
だがマリンに言わせればそれは何かの代償、つまりマイナス要素だそうだ。
お腹が減らないと人は物を食べ無くなる。
つまり食べ物に興味が無くなる。
人生においておいしいものを食べたくないなどありえないと。
だからこれは呪いであると。
確かに言われてみればそうかもしれない。
「行くか。いい加減見つけたい。そろそろ聖女が動き出しそうだしな」
「そうですね。ジンさんの話では面倒そうですからね」
ジンさんの確認した聖女は2人。
1人はグラスに。
つまりこの国の王都にどこからか現れたらしい。
もう1人はカキハに召喚された。
悪魔召喚をジンさんに妨害されて別の方向で行く事にしたらしい。
だが話を聞いてどちらも関わりたくないと思った。
特にカキガハラの方はまずい。
昼食後も2人でしばらく歩き続けた。
すでにバックパックは一杯になっているが気にせず探索を続けている。
もう結晶は拾わずに放置である。
壁や部屋の隅などを重点的に調べながらひたすら進むがみつからない。
「隠し部屋なんですよね?」
「いや、そうとは限らない。目的は隠し部屋だけどそれは隠し通路からとか落とし穴から入るかもしれない」
「えっとつまり?」
「怪しいところを探せ、以上だ」
「う~ん、難しいです」
「俺もそう思う」
マップを埋めていけば自然に空白が出来るはずだ。
しかし見つからない。
36階層も殆どマップが埋まってしまった頃、下への階段がある場所に到達した。
側には地上への転移陣。
マップには怪しい空間はなかった。
「どうします? 降りますか?」
頭の中で描いたマップには自信がある。
3Dダンジョンの空間把握に関しては友人には変態扱いされた程だ。
「降りよう。この階層も外れだったって事だ」
「次こそは、ですね!」
元気が余っているマリンを見ていると気持ちが少し楽になる。
俺達は37階層へと階段を下りていった。
しかし半分くらい降りた頃、突然マリンが立ち止まった。
「ヒロ先輩」
「何だ」
マリンは階段の横の壁を見つめていた。
「この壁何か違います」
「壁?」
マリンの言う壁を触ってみるが普通の壁で、よくある幻の壁ではない。
叩いてみても他と同じ音がする。
「何も無いぞ」
「少し離れてください」
「うん?」
俺が言われた通りに壁から離れるとマリンは少し腰を落として構えた。
そしてマリンがふっと短く息を吐いたその瞬間、右足がぶれて見えた。
同時に迷宮に響き渡る轟音。
マリンに蹴られた壁には人の頭ほどの穴が開いていた。
どうやら向こう側があるらしい。
「ん~、もうちょっとかな」
マリンはそこから前蹴り、通称やくざキックを連発し穴を広げていく。
程なく人が通れるくらいの穴が開いていた。
壁はかなりぶ厚い。
それを発砲スチロールのように蹴り飛ばすとは俺には強化魔法をかけても無理だ。
やはり一点突出の方が強いのか。
俺は器用貧乏なのか。
いや、俺もレベルを上げれば大抵何とか成るはずだ。
「隠し通路ですよ! きっとこの奥ですよヒロ先輩!」
「そうなのか? 隠し通路ってこんな感じか?」
嬉しそうにマリンが言ってくるが俺の想像している隠し通路と違う。
隠し通路と言えば、入り口は幻の壁とか隠しボタンとか特定の場所の謎解きとかじゃないだろうか。
何か納得出来ないがそれでも何かあるのは間違いない。
俺達は油断無く身構えて進む事にした。
曲がり角も無い一本道をただ進むとやがて大きな扉に到着。
「これってやっぱりボス部屋ですよね。でもこれってどうなんでしょう? 隠しボスだから強いんでしょうか? それともこの辺の階層に合ったボスなんでしょうか?」
「分からんが行くしかない。おそらく目的はここだ。こいつに関しては情報が殆ど無い。一文で出てきただけだ。スライムを相手にしてたら見つけた隠し部屋で手に入れたってな」
「いつもの奴ですね。2人でやっつけましょう!」
「そうだな。一応強化魔法とかけて置こう。じっとしてろ」
俺はマリンの手をとり、強化魔法をかける。
これは自分だけではなく人にもかけることが出来る。
ただし一段階だけで重ねがけは制御が必要なため無理にやると相手が耐えられない。
ずっと1人だった俺には関係の無い話だった。
「おお? 何か力が湧き上がってきましたよ」
「じゃあ行くぞ」
「はい!」
扉は軽く押すと鈍い音を立ててゆっくりと奥へと開いていった。
中へ入ると後ろで扉が閉まったのが分かる。
後ろを確認するとやはり光の壁が出口を塞いでいた。
後はもうガーディアンを倒すしかない。
部屋はかなりの広さで今まで戦ってきたガーディアンの部屋の中で一番広い。
野球場くらいある。
しかし問題はそれではない。
「何もいませんね」
「ああ」
見える範囲に何もいないのだ。
だがそんなはずは無い。
必ずいるはずだ。
「ヒロ先輩。真ん中辺りに何かあります」
マリンに言われて目を凝らすが良くわからない。
強化魔法を自分にかけて見てみると、何か丸い物がある。
両手の剣を構えてゆっくりとある程度近づいた時、床から何かが染み出してきた。
「先輩!」
「後ろにさがるぞ!」
「はい!」
2人で大きく飛びのくと、染み出してきたそれは部屋の中心に集まっていく。
水のように見えたそれは水では無く、形を作っていく。
部屋の真ん中にあった物は集まった物の中心で浮かんでいた。
俺達はそれが何か良く知っていた。
「スライムだな」
「スライムですね」
それは巨大なスライムだった。
見上げるそれは高さは5メートルくらいで幅も同じくらいはある。
でかい。
昔こんな事を言われた。
5フィートの男と6フィートの男が戦えば6フィートの男が勝つ。
6フィートの男と7フィートの男が戦えば7フィートの男が勝つ。
何が言いたいかと言うと大きいという事はそれだけで強いと言う事だ。
何はともあれ2人して体当たりを警戒して様子をうかがっていると風が吹く音がした。
「マリン!」
俺がマリンの前に飛び出して女神の盾を展開するとほぼ同時に目に見えない何かを弾いた感触。
「先輩?」
「何か見えない奴が飛んで来た。お前見えないか?」
「ええっと空気の揺らぎみたいなのなら」
「たぶんそれだ」
再び風のような音がした。
「来るぞ!」
「はい!」
俺はもう一度自分に強化魔法をかけて目を凝らす。
するとほんの僅かだが空間が揺らいで見えた。
そしてまた盾が何かを弾いた感触。
「何かが飛んできてるは分かるが、多分カマイタチと言うか真空の刃だとか見えない奴だ。やっかいな」
「スライムのくせに攻撃魔法とか生意気ですよ!」
おそらく風の魔法の類だろう。
RPGでの風は攻撃魔法としてはいまいちな扱いが多い。
だが現実では風は当然だが見えない。
そして盾に受けた感じから結構な威力で当たり所によればまずい。
見えない必殺の攻撃が飛んで来るとか酷い話だ。
どうしたものかと考えているとまた風の音が聞こえたので盾を構えるがその横からマリンが飛び出した。
「止せマリン!」
「大丈夫見えます!」
マリンがすっと半身になると盾に何かを弾いた感触があった。
つまり避けたのだ。
そのままマリンは殆ど見えない速さで一気に距離を詰めながら右腕を大きく振りかぶり、スライムに右の掌をたたき付けた。
その時の音はいつもと違っていた。
ドンと体の芯に響く音。
マリンの足元の床は蜘蛛の巣状にひび割れてへこんでいた。
そして一呼吸遅れてスライムは一瞬震えるとベチャッと形を失った。
核は砕けていた。
「え? いや、え?」
「やりましたよヒロ先輩! この強化魔法って凄いです!」
「ああ、うん、そうだな」
かの有名なRPGの二作目では必要なのは物理特化と魔法特化で半端な奴は壁とか薬草の代わり。
それはレベルを最大に上げても変わらなかった。
序盤は使えるが後半は役立たず。
その半端で使えない様はゲーマーに色々な場面で例えられる程だ。
自分の嫌な未来が見えた気がした。
よし、これからもっと魔物殺して剣の練習をしよう。