15 酷い話
「おいしい! ううっ、こっちで食べた中で一番おいしい!」
「ありがとうございます」
結局マリンの体調が回復したのは夜だった。
俺の予想よりダメージが大きかったようだ。
「しっかしお前よく食えるな。あんなに死にそうな顔で吐いてたのに」
介抱していたクシャラが回復魔法を頼んでくるくらい酷い有様だったのに今はこの通り。
つやつやと良い顔色して夕食を頬張っている。
「何言ってるんですか先輩。吐いたからお腹が減ったんじゃないですか」
「え? あ、うん、そうか」
「だから言っただろ。このお嬢ちゃんはかなりの猛者だって」
「ああ、なるほど。まあ、あいつの妹ですからね」
あいつの妹。
なんと言う説得力。
だが本人は不満のようだ。
「先輩。兄さんと比べて納得するの止めてください」
こいつどの口がそれを言うのか。
そう言いながらもマリンは食べるのを止めない。
見た感じそんなに食べないように見えるのだがどこにそんなに入るのだろうか。
「クシャラちゃんおかわり」
「はい、おかわりどうぞ」
「はい、おかわりどうも」
今夜はクシャラの特製シチューだ。
少し寒い今日は特においしく感じる。
「クシャラちゃんおかわり」
まだ食うのかこいつ。
「申し訳ありませんが、作った分はもう」
クシャラはシチューを作る時は家にある中で一番大きな鍋で作る。
それを数日に分けて色んな料理に使っていく。
なのにそれが一回の食事で無くなった
「クシャラ、簡単な物で良いから作ってやってくれ」
「はい、えっとどれくらい作りましょうか?」
ジンさんはマリンを見て何か考えるそぶりを見せた後、クシャラに追加注文をした。
だがクシャラは流石にどのくらい作れば良いのか量りかねているようだ。
俺もマリンがこんなに食べるとは思っていなかった。
「冷蔵庫の掃除だ」
冷蔵庫がこの世界にはある。
電気の代わりに結晶を使ってはいるが一般に普及している。
家の冷蔵庫はかなり大きいし、今日はクシャラが買い物に行った日なので沢山の食材があるはずだ。
掃除とはそれを全て使えと言う事だ。
「結構ありますが」
「かまわん」
その後、クシャラは本当に冷蔵庫にある食材を全て使った。
しかしその全てをマリンは食べた。
明らかにこれはおかしい。
見ている方が気分が悪くなる量だ。
食後のお茶を飲んでマリンが落ち着いたのでクシャラにもう休むように言って下がらせた。
ここからはクシャラに聞かせられない話をするからだ。
「マリン嬢ちゃん。お前何が出来るようになった?」
ジンさんがいきなりそんな事を言った。
「こっちに来てお前の身の何が変わった?」
その言葉にマリンは顔を曇らせた。
これはもしかしてよくあるあれだろうか。
マリンは少し俯いて黙っていたがしばらくして重い口を開いた。
「その、物凄く力が強くなりました」
「そうなのか? 力なら俺もかなり強くなってるぞ。それに魔物を倒していけばもっと強くなる」
力が強くなった。
それは俺も同じだ。
それを聞いてマリンが顔を上げた。
「そ、そうですよね! 私、武器屋さんで鉄の盾を掴んだらグニャって」
「鉄の盾?」
「はい、盾ってこう、攻撃を受け止める面があるじゃないですか。あの部分を掴んでみたら粘土みたいに」
「それは何時頃だ?」
「探索者になる前に武器買いに行った時です」
「え?」
それはない。
「え? って何ですかヒロ先輩?」
「いや、そうか。盾をなあ」
つまりレベル上げを始める前だ。
俺はレベルが上がる前はオリンピックは楽勝くらいだったし、それでも十分だと思う。
だが今でも強化魔法を使わないで盾を軽くグニャは無理だ。
「はい、それから、そのお腹が凄く減るようになっちゃって」
「ああ、よく食ったな」
腹が減るからといっていくらでも食べれるわけではない。
クシャラが作ったあれだけの料理。
細身のマリンの一体何処へ消えたのだろうか。
質量とか物理的に無理だ。
「それは代償だ」
ジンさんは静かにそんな事を言った。
その言葉には聞き覚えがあった。
あのクソみたいな物の何処かにそんな設定を持ったキャラが出てきたはずだ。
「つまり力が強くなった代わりに食うわけか」
「食べないと力が出ないんです。でも力加減が難しくて、槍とか握ったらそこが曲がっちゃって。結局武器は持たない方が良いかなって」
「ああ、そう言えばお前、手甲見たいなの着けてただけで武器持ってなかったな」
いくら護身術を習っていて強いといっても魔物を相手にして武器を持たずに迷宮にいるのは何故なのか。
スライムを相手にしていたようだからてっきり魔法使いかと思っていたが正反対だったようだ。
「はい、もの凄くお腹が減るようになって、戦いにはあんまり苦労してないんですけど、最初のうちは稼いだお金は殆ど食費になってました。最近になってやっと余裕が出てきたんです」
沢山食べるからといって安くてもまずいものは食べたくはないだろう。
当然食費は高くなる。
「なるほどな。そっちは何とか考えよう。じゃあそろそろ本題に入ろう。ヒロ説明してやれ」
「俺ですか? まあいいですけ。マリンよく聞くように」
「あっはい」
マリンが背筋を伸ばして聞く体勢になった。
この辺りは真面目な子だ
これから話す事は荒唐無稽にして馬鹿馬鹿しい話だ。
だが事実。
「昼間に読んだ奴。何か気づかないか?」
とたんにマリンの顔色がサッと変わった。
思い出したのだろう。
「ぼくのかんがえたさいきょうでかっこいいしゅじんこう。名前には神とか夜とか蒼、凶、闇 黒、その辺入れとけばいいや的なやつ。現代日本でお祖父さんから剣術を教えてもらっていて武器は異世界だけど当たり前のように手に入れた日本刀。折れる?刃こぼれ?何ですかそれ? とにかく良く斬れる。盗賊に襲われている馬車を助けたら奴隷の女の子がいてご主人様になってもちろん女の子は可愛い。あれ?奴隷の女の子は店で買ったっけ? ギルドに行ったらどうでもいいのに長々とランクとかについての説明があって、クエストこなしていったらギルド長にお前何者だとか言われて他の街に行こうとしたらめったにいない強い魔物に襲われている貴族の馬車があって助けたら貴族の女の子が、それからそれから」
マリンが感情が抜け落ちた顔でぶつぶつと呟き出した。
もう立ち直ったと思ったがそうでもなかったようだ。
「落ち着け」
肩を持ってガクガクと揺さぶるとマリンの瞳に光が戻った。
一度読んだだけでこの有様とは酷いものである。
「えっと、色々酷いの一言で。ゴミって言うか、屑って言うか。クトゥルフ神話の魔道書みたいに読んだら正気を失うと言うか」
「いや、そうなんだけど、そうじゃなくて、いくつか読んだ中に共通している事があっただろ」
いくら何でも読んだら発狂するとかは無い、と思う。
だが今のマリンを見ると自信がなくなった。
それに問題はそこじゃない。
「あっ、特に戦いが酷かったです! キンキンとザシュとか。擬音だけじゃないですか」
「うん、そうなんだけどな。あ~、マリン、あの世界の名前を憶えてるか?」
「世界ですか? 確か、ミーヤだったような」
「そうだ。あの最強でカッコ良くて女の子にモテて家は剣術道場で特技が居合い斬りで神様から力を貰った主人公が最初に着いた街の名は?」
「改めて並べると笑っちゃいますね。確か、王都、カキハだったような」
今現在、魔王の軍勢と戦っている国、カキガハラの王都カキハ。
「あの世界の女神の名は?」
「カーナです」
段々マリンの顔が強張ってきた。
俺の言わんとすることが分かってきたのだろう。
それに気づかないくらい消耗しながら読んでいたと言う事か。
「金の単位は?」
「カナ、でした。あの、あれってまさか先輩が書いたんですか?」
「ああん? 俺があんなゴミを書いたと?」
「い、いえ違いますよね! 先輩があんなの書くわけ無いですよね!」
当たり前だ。
俺があんな物を書いてたまるか。
ステータスとか書いて誰が見るんだあんなもの。
しつこくこまめに出てくるし仲間が出来たら仲間のステータスまで書いてあった。
書く意味がまったくない。
他にも内容を思い出すだけで気分が悪くなる。
深呼吸をして気分を落ち着けよう。
「荒神凶夜なんて奴はいない。けど同じような奴はいたんだ。カキハに話が残っている」
名前は違うがぼくのかんがえたさいきょうのしゅじんこうは実在したのだ。
間違っても関わりたくないが遠くで見る分は笑えるかもしれない。
「あ、あんなのが本当にいたんですか? それならそいつをモデルに書いたって事ですよね?」
俺は大きなため息をついた。
そうだったらどれだけ良かったか。
現実はいつだって理不尽だ。
笑えないクソゲーだ。
「あのノートパソコンな、俺の姉さんの物なんだ」
「先輩の、お姉さんのですか?」
「姉さんの趣味は小説を書く事。殆どがゴミ以下で、ノートパソコンを買う前は自分でノートに手書きで書いていたんだ。で、俺に感想を求めて来てな。箸にも棒にもかからない本当にどうしようもない物ばっかりだった。ちょっと読んだらもうお腹いっぱいになってその場で破り捨ててシュレッダーに放り込んでた。お前が読んだのはまだましになってきた方だ」
「あれでですか!」
「あれでだ。だがたまに誰かに書いてもらったとしか思えない出来の物もあった。まあそれは極々稀だ」
本当にたまに代筆としか思えない物があった。
それ以外はどうしようない物だ。
「ノートパソコンには大量のゴミが入っている。お前が読んだ『チートで異世界旅行』と言う名のゴミ屑は肥溜めの中の一個のうんこにすぎん」
「あ、あんな物が他にも?」
マリンに戦慄が走っている。
そりゃ驚くか。
あれには10や20ではきかない数の小説が入っている。
一体何時そんなに書いたのか。
思えばよく徹夜して死にそうな顔をしていた。
、俺が言うのも何だが他にやる事あるだろう。
そしてここからが本題だ。
「そのクソ小説の舞台が今俺達がいる世界だ。大量の小説の中にはこの世界を共有している物が多々ある。そしてどれもが完結していない」
「え? え? ここ、先輩のお姉さんが書いた小説の世界って事ですか? そんな」
「小説の世界か良く似た世界なのかははっきりとは分からない。けどこれが事実だ」
現実は非情である。
沢山書かれている小説。
その中に出てくる街や人。
「このセカイエの街はさっきの『チートで異世界旅行』の中にも名前だけ出てくるし『漆黒を纏いし復習者』にもちょっとだけ出てくる。こいつはタイトルだけでもうわって感じだけど誤字なのがさらに酷い。内容は当然言うに及ばずだ。ひょんな事から異世界にとか書いてあってな。何だよひょんて! ひょんて何だよ! ひょんとか言えば全て済むと思ってんのか!」
「落ち着けヒロ」
「あっはい」
俺も思い出したらこれである。
内容は世界に絶望した主人公とか書いてあるくせにただの中二病だし、絶対に殺すとか言うくせに女の子にお願いされたら勘違いするなよとか言いながら助ける。
主人公に追われている奴が「漆黒の鎧を着た奴に」とか平気で言う。
黒い鎧ではなく漆黒だ。
会話の中で黒ではなく漆黒とか言わないと思う。
それがカッコいいと本気で思って書いていたらしい。
これは酷い。
「そんな中に出てくるんだ。現代日本から召喚された勇者や聖女。あと俺達みたいに気がついたらこの世界にいたって連中がな」
そいつらはみんな何らかの能力を与えられてくる。
あれ?
俺は特にこれってのが無い気がするがどうなんだろうか。
「あの、どうして私なんですか? 私は先輩のお姉さんなんて知らないですけど」
「分からん。多分他にも同じ境遇の奴等もいると思う。けどそもそもぼっちの姉さんに知り合いなんてそんなにいないしな」
その辺はよく分からない。
マリンにしても俺と知り合いだったわけでもない。
単なる偶然か何かあるのか。
「で、帰る方法なんだけど」
「あるんですよね! あるんですよね先輩!」
マリンの必死な姿を見るによほど帰りたいんだろう。
まあ、死に掛けたんだから当然か。
「『女神の旅路』って奴に出てくるんだよ女神がな。そいつはいい気になってる日本人を力を奪ってもとの世界に戻すんだ。つまり女神に頼めば帰れるって事だ」
「おお、なるほど!」
「でもそれは魔王が倒された後の話なんだ。そして今現在魔王はずっと北の地に拠点を構えてる。半年くらい前から南に侵略中でカキガハラと戦ってるが魔王の方が優勢らしい」
魔王と呼ばれる存在は迷宮の外にいる魔物や知性を持つ魔族と呼ばれる存在を従えている。
地上にいる魔物は倒しても結晶になったりはしないし、消える事もないが素材に使えるモノも多く、かなりの金になる上にギルドで報奨金も出るので地上で魔物を狩る探索者もいる。
そっちは弱い魔物でも素材が高かったり、迷宮の深層にいるような奴でも素材にならないとか様々で、地上専用のやり方が必要になるが詳しくは知らない。
「それってつまり魔王を倒せば帰れるって事ですか?」
「まあ、そういう事になる」
「なんか、本当にゲームみたいですね」
「難易度はアホみたいに高いけどな」