13 ノートパソコン
俺はお茶を飲みながらマリンが宿から荷物を纏めて来るの待った。
特に何をするわけでもなく二杯目のお茶を飲み終わる頃大きな鞄を三つ抱えてマリンが現れた。
しかし中身は少ないのか軽々と持って歩いている。
そのままマリンを連れて転移門を使い、俺の事、ジンさんの事を話しながら少し歩いて屋敷へと到着。
門を開けてしばらくすると入り口の扉が開いていつものようにクシャラが出迎えてくれた。
「お帰りなさいヒロ様。お客様ですね。すぐにお茶をお持ちします」
「ただいま。紹介しよう。こいつはマリン。俺の友達の妹だ。今日からここの住人になる」
クシャラはマリンを見て少し驚いた顔をした。
次に俺とマリンを交互に見て何か考えるそぶりを見せた。
「初めましてマリン様。クシャラと申します」
しかし直ぐに笑顔を浮かべて対応する。
小さいが本当に良く出来たメイドさんだ。
ペコリと頭を下げるクシャラをマリンは黙ってじっと見つめていたが、すっと音も無く近づくと有無もいわずにクシャラに抱きついた。
しかも手が怪しく動いている。
「ひゃっ!」
「ちょっと先輩、何ですかこの子。超可愛いんですけど! しかもメイドさん姿がめっちゃ似合って最高ですよ! 何ですか? 先輩ってメイド好きだったんですか? 兄さんはメイド喫茶に通いまくってお客様ランクがマックスの将軍になったって、アホな自慢してたんんでこいつもう駄目だなって思ってたんですけど、先輩も将軍ですか!」
「ど、何処触ってるんですか! やめください!」
「そう言われるとますます触りたくなる! なんて事! 兄さんの気持ちが分かってしまうなんて!」
「うん、そのくらいにしような」
これ以上は可愛そうなのでマリンをクシャラから引っぺがした。
とたんにクシャラはマリンから距離を取った。
「ジンさんは?」
「は、はい、ジン様は朝からずっとお部屋に」
「そうか。ほら行くぞ。全く、まともに見えたがやっぱりクレイの妹だな。あいつは本当にいつかやるいつかやるって思ってたんだが、まさか妹の方が先だったとはな」
「いや違うんですよ! 今のは何て言うか。そう、体が勝手に動いたんですよ。わざとじゃないんですよ。だからクシャラちゃん、微妙な距離を取るのやめてくれない?」
マリンが一歩詰めればクシャラが一歩下がる。
しかしこいつは一体何を言っているのだろうか。
俺と出会ってからしばらく泣いていたはずなのにもうこれか。
さすがあいつの妹だ。
あいつは色々やらかしているからな。
そう、例えばあいつから正月に電話がかかってきた時の事だ。
「おお、あけましておめでとう」
「よう、おめでとう」
「ところで秋葉のパソコンショップって明日から開いてっかな?」
「多分あいてると思うけど、何か用事か?」
「いやそれが、『妹がエロすぎるのでネチョネチョにする』をインストールしたらパソコンが壊れてさ」
「正月早々なんて物インストールしてやがる!」
奴はどこから手に入れてくるのかそんなゲームばかりやっていた。
マリンもそんな奴の影響を受けているのだろうか。
うん? 妹がエロすぎる?
「2階の奥の部屋を使うと良い。クシャラ案内してやってくれ」
クシャラの肩がピクリと震えた。
これは相当警戒しているな。
「かしこまりました」
「違うの! 引かないで! 魔が差したの!」
「そうか。クシャラ、荷物置いたらジンさんの部屋に案内頼む。それからもうその辺で許してやってくれ」
「はい」
「許してくれるの? ありがとう!」
「はい、ですからそれ以上近づかないでください」
俺はそんな2人を見送り、3階にある自分の部屋に入るとマントと新調した皮の鎧を外して剣をいつのもように壁に立て掛けた。
改めて見ると自分の部屋ながら大した物は何もない。
あるのはベッドと本棚に詰め込まれた本。
中身は魔法の使い方が書かれた物やこの世界についての本だ。
ジンさんが教えてくれる魔法は実践向きの物が殆どなので、ちょっとした物は自分で買って憶えている。
そろそろ新しい魔道書が欲しいが買いにいくのはまた今度にしよう。
一息つくのは後にして、とにかく今はジンさんに報告しなくては。
部屋を出て隣の部屋をノックすると中からどこか疲れた声で入れと声がしたので遠慮なく部屋に入るとジンさんはこちらに背を向けて机を前に座っていた。
「どうした? やけに早かったが見つけたわけじゃないだろ?」
ジンさんの視線の先は俺がこの世界に持って来たノートパソコンの画面だ。
太陽光で充電出来るそれはあれから2年以上たっても問題なく動いている。
「それが向こうの知り合いの妹に会いまして」
「何? 向こうのだと?」
驚いた様子でこちらを向いたジンさんはやはり酷く疲れているようだった。
詳しく説明しようとしたその時、ノックが聞こえたので扉を開けるとクシャラに連れられてマリンが入って来た。
マリンは部屋に入って直ぐに入り口辺りで立ち止まった。
少し緊張しているようだ。
「えっと初めまして。マリン・クレイです。私の兄さんがヒロ先輩と同じクラブで、3日前に迷宮で死に掛けたところを助けてもらいました。先輩とちゃんと話をしたのは今日が初めてです」
「そうか。俺はジン・マミヤだ。譲ちゃん達の先輩だ。こっちに来てもう10年以上になる」
「10年? そんなに?」
ジンさんの言葉にマリンは驚き、悲しそうな顔になる。
そんなに経っても帰れないのだと思っているようだ。
それはある意味正しくてある意味間違いだ。
ジンさんは何が何でも帰ろうとは考えていない。
そして俺はどうか自分でも分からない。
「ヒロ、何処まで話した?」
「いえ全く。あとこっちに来て半年くらいだそうです」
「そうか。とにかく二人とも座れ。ゆっくり話そう。クシャラ、お茶を頼む」
「はい。よいお茶がありますのでしばらくお待ちください」
クシャラが出て行き扉がバタンと閉められのを確認するとジンさんは大きなため息をついた。
見れば分かる程の疲れれきった顔をしているので徹夜明けだろう。
「あの、クシャラちゃんって知ってるんですか? 私達が違う世界から来たって」
「俺達は凄く遠くから魔法で飛ばされて来て、帰り方が分からないって事だけ言ってある。だからある程度は大丈夫だ。けど直接的な事は言うなよ」
別に信用してない訳では無いが全部は話せない。
クシャラとは屋敷での事は他言無用と言う契約を交わしている。
「説明するのは後にして、マリンと言ったな。まずはこいつを読め。どんなに嫌でも最後までな」
ジンさんは有無も言わさずにズイッとノートパソコンをマリンの前に突き出した。
「え? これってノートパソコンですか? なんでこんな物が?」
「このファイルから繋がっているテキストファイルを全部読め。話はそれからだ」
マリンの質問を無視してジンさんはノートパソコンをマリンに押し付けた。
それを受け取ったマリンは戸惑いながらも言われるままにファイルを開いていく。
中身を知っている俺はマリンに激しく同情する。
果たしてどこまで耐えられるか。
「ヒロ。とりあえずそっちの窓も開けておけ」
「はい。ジンさん閉めたままで良く平気でしたね」
「慣れだ。人間大抵の事に慣れる」
ジンさんの答えは流石としか言い様が無い。
俺には無理だ。
とにかく窓を開けておくとしよう。
臭くて堪らないからな。