10 助けるか否か
俺は今日も迷宮にもぐっている。
ここは32階層。
いつものように一人で通路を歩いていると、かなり高い天井に何かの気配を感じた。
パッと飛びのくと天井から何かが降って来たのでさらに1歩下がって下から上に左の剣を振り上げる。
大した手ごたえもなくそれは二つになってベチャッと床に落ちるとすぐに消えて結晶だけが残った。
所謂スライムである。
辺りにもういない事を確認してから結晶を拾い上げてバックパックに放り込んでまた歩き出す。
そんな事を繰り替えること数十回。
バックパックの中身は小さい結晶ばかりだがもう溢れそうだ。
面倒だが帰ろう。
そう思い踵を返したまさにその時、転移陣のある帰る方向から女の悲鳴が聞こえた。
切羽詰った感がひしひしと伝わってくる声だった。
だが俺としては正直言って関わりたくない。
しかし帰るための道に悲鳴の主がいたら関わらざるを得ない。
女の子のピンチに颯爽と現れて格好良く助けて、きゃ~素敵~!是非お礼を~。
もちろん助けた女の子は可愛い。
そんなのはマンガやゲームの中だけだ。
現実を見ろ。
夢見てんじゃねえと言いたい。
気配が近づいて来ると壁に張り付いて呪文を唱えて姿を隠す。
これは新しく憶えた姿隠しの魔法である。
文字通り姿が見えなくなる男の子なら使いたいと願うステキな魔法だ。
もはや使える魔法使いはあまりいないと言われる魔法だがジンさんは知っていた。
欠点は使っている間かなりの魔力を消費し続ける事と魔力感知に引っかかる事、それと重要な場所には無効結界があるため効果が消される所だ。
例えば大きな店、城、あとは大きな街の風呂屋など。
そう風呂屋。
俺は屋敷にあるため使わないがこの世界には日本と同じように風呂屋があり、結構な人が利用してている。
考える事はどこでも同じと言う事だろう。
魔法を教えてくれた時ジンさんはどこか遠くを見ていたのが何故か切なかった。
さて、俺がそこについた時には大体終わっていた。
小さな部屋には大きなスライム4匹。
その内3匹にそれぞれ探索者が3人飲み込まれてる。
2人はもう動いていないが1人はまだもがいていた。
しかしこれも時間の問題だろう。
俺がスライムと言われて最初に思い浮かべたのは青いたまねぎみたいな奴だった。
次は女の子を捕まえて何故か服を溶かすエロい奴。
この世界のスライムは半透明の泥の塊のような姿をしている。
大きさは様々だが大体横幅一メートル位で30センチ位の厚みがあり動きは物凄く遅い。
大抵天井に張り付いていることが多く、下を人が通ると落ちてきてそのまま人を取り込んで溶かして食べる。
見た目や動きに反して恐ろしく硬くここを潰せばよい核はあるがそれがまた硬い。
だから中に取り込まれてしまったら普通は終わりだ。
対処方法は近づかないで攻撃魔法を叩き込むのが一番良い。
次に落ちてきた所に油を撒いて火を着ける。
最後に一応生き物なので限界以上のダメージを与えると死ぬのでそれまで叩き続ける。
俺の場合は攻撃魔法を使えないが左右どちらの剣でも斬る事が出来る。
真っ二つしたら分裂したりはしないでそのまま死ぬので俺としてはありがたい。
そんなそこらにいるスライムの馬鹿でかい奴だが俺にはとっては問題ない。
あの程度なら斬れる。
例え我が家にあるベッドくらいの大きさだろうがだ。
だが問題はまだ息のある女を助けるべきか否か。
以前似た様な状況でとある男を助けたらその後しつこく付きまとわれた。
仲間にしてくれだの、そんなに稼いでいるんだから全部なくした自分に少しくれだの大迷惑だった。
最後はクシャラを怖がらせたのでジンさんが半殺しにして街の警備隊に突き出した。
盗みや脅しなどの証拠が大量に出てきて、最後までそんなの知らないとわめいたが誰も信じる事無く、そいつは鉱山に穴掘り要員として送られていった。
ジンさんはその様を見てニヤリと笑っていた。
何かしたのだろう。
あの人は本当に容赦がないし、俺と同じくクシャラに甘い。
他にも助けた女性探索者が礼を言いに屋敷に来た時、隙を見て金や魔道具を盗もうとした。
だがジンさんに遭遇してしまい、止せばいいのにナイフで刺そうとして返り討ちに合い警備隊に突き出された。
するとまたしても余罪が出てきてその女性は牢屋に叩き込まれた。
探索者にろくな奴がいないと言われる訳だ。
思い出したら腹が立ってきた。
二度あることはきっと三度以上ある。
そうだ、迷宮では全て自己責任だ。
だから見なかった事にしよう。
そう思い立ち去ろうとした時、もがいている女と何故か目が合った。
「買取りをお願いします」
俺はいつものように持ってきた結晶を買い取りカウンターに置いた。
当然いつもの様にトリーさんの窓口である。
「Eクラスの結晶53個で10万6千カナです。はい、どうぞ」
「はい、どうも」
分かってはいるが稼ぎが少ない。
以前80階層にいた頃に比べて雲泥の差。
別に生活に困っているわけではないし、これでも十分な金額だが何か物足りない気がする。
「ねえ、ヒロさん。どうして迷宮変えたんですか? 確かに以前に比べたら安全ですけど」
俺はここではなく東にあるスリアーノの街にある迷宮にもぐっている。
トリーさんの言う事は当然で、探索者は金を稼ぐためにもぐっているので別に怪我をしたわけでもないのに戦う場所を変える事は珍しい。
迷宮で成り立っている街は王都を中心にして東西南北に4つある。
そしてそれぞれが行き来出来るように転移門が存在している。
もちろん誰でも使える訳ではないが、俺はこの街のギルドの所長から使用許可を貰った。
100階層を突破して帰ってきたかららしい。
しかし結晶の半分をスリアーノのギルドで換金する事が条件に付いている。
別に買い取り金額に差があるわけではないがギルド同士にも色々あるのだ。
こちらからすればどうでもいい事で非常に面倒くさい。
あっちの街に引っ越すことも考えたのだがジンさんが反対した。
この街でやらなければならない事があると。
そんな訳で俺はこうして態々転移門を使って通っているのである。
そして迷宮が違うため現れる魔物も違う。
だが階層が浅いため、今の所それほど脅威な魔物は出て来ていない。
安全ではあるがその分結晶が小さいものしかない。
トリーさんからすれば本当に意味が分からないのだろう。
「あ~そうですね。ここのはもう踏破したんでいいかなって」
「は?」
「金もある程度稼いだから探索者とか辞めたかったんですが、もうちょっと稼ごうと思って」
「え?」
「で、スリアーノの迷宮の方が戦いやすい魔物が多いと言う話なのである程度の階層で荒稼ぎようと」
「ある程度?」
「はい、ある程度。そんで探索者とかやめて贅沢して暮らそうとか思ってます」
「この前、ヒロさんが持ってきた結晶全部を8000万カナで買い取って一時期ギルドの貯蓄金が大変な事になったんですけど」
「重かったけど持って帰って来たかいがありましたね」
迷宮を踏破して苦労して持って帰ってきた結晶は次の日トリーさんの所に換金をお願いしたらとんでもない騒ぎになってしまった。
90階層以降の魔物の結晶は全てAランクの物で最後のゴーレムの物など6000万カナで買い取られた。
この世界なら3000万あれば一生遊んで暮らしてお釣りが来る。
もちろん探索者を辞めて等は嘘である。
辞める訳にはいかないし本当の事を言う訳にもいかないので適当に言ったのだ。
「まだ稼ぎ足りない。しかも安全に稼ぎたい、と」
「まぁ、そんな感じですね」
既に前回の稼ぎの半額以上をジンさんが魔道具の購入に使ってしまった。
それらは確かに値段に値する反則と思われる程の力がある。
特に魔法無効結界無効の姿隠しのマントなどは是非貸してほしい。
きっとあれを使って風呂屋とかに忍び込んでいるに違いない。
「ヒロ君」
「はい」
トリーさんがいつのも口調に戻って俺の手を握った。
上目遣いで俺を見ている。
少しドキッとした。
トリーさんは俺にとって少し年上の可愛い駄目なお姉さんだ。
「結婚して」
「賭け事に嵌ってる人はちょっと」
けどこれは無いと思う。