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取材の日

 ――翌日、目覚めた私はまだ純一郎だった。


 目が覚めたら私の体に戻ってるかもしれないという微かな期待はあっさり裏切られた。

 でも今日は例の取材の日。深さんに会う日。

 そう思うと、自分の体でもないくせに服選びにも気合いが入る。

 ……のに…。


「マシな服が無い!!!」


 私は箪笥からつぎつぎに純一郎の服をひっぱりだしては、床に放っていった。

 

『なんで?いろいろあるじゃん。それとかかっこいいじゃん』

「前面にリアルライオンのドアップがプリントされてますけど?!」

『ライオンいいじゃん。なんなら背中に昇り竜もあるよ?』

「ヤクザか!!――絵が無いのは無いわけ?!」

『あるでしょ、そこの白いの』

「でっかく“達人”って書いてありますけど?!」

『なんの?って感じで面白くね?』

「服で笑いをとるなぁぁぁ!!!」


 吠える私を、純一郎は呑気に笑う。

 …この人、頭といい服といい、センスが残念すぎる…!!

 

 格闘の末一番無難な服をどうにか掘り出した私は、着替えを済ませて漸く栄大学へと出掛けたのだった。


 ◆


 栄大学の場所は知っていたけど、行くのは初めてだった。

 実際はあの日行っているはずなので、2度目になるわけだけど。

 自転車を停めれなさそうなのでちょっと遠いけど徒歩で向かった。

 大学の門が見えると、そこにはすでに坂宮さんと優さんが待っていた。2人とも今日は当然私服である。

 清純系の優さんに、活動系の坂宮さん。どちらもイメージ通りだと思った。案の定純一郎が『優さん、かわいー!!』と歓声を上て駆け寄る。

 …見慣れた光景だわ…。


 私は小走りに後に続くと、2人に対してぺこっと頭を下げた。


「すみません、お待たせしました…」


 謝った私を、坂宮さんが変な顔で見てくる。


『敬語つかわなくていいって!タメなんだから!』

「あ、ごめん待たせて」

『もーいーって!俺ふだん良子に謝ったりしないから気持ち悪がられてるだろ!』


 黙っているのが一番のようだ…。


「じゃぁ、まぁ…行きましょうか」


 優さんがなんだか気が進まなそうな様子でそう言うと、溜息まじりに動き出した。

 先に立って構内へと入って行く彼女に、私と坂宮さんも続く。キャンパスを歩きながら、広い中庭にさしかかった。


“中庭の大きな噴水のところで”


 深さんと決めた待ち合わせ場所。その噴水の側を通り過ぎる。

 それと同時に、ドキドキしながらそこで待っていたあの日の自分がよみがえった。


 あぁ、なんか…。ちょっとだけ思い出した。


 やはり来たのは正解だった。記憶が刺激されて、戻って来てる。

 ただ同時に得体の知れない胸の痛みも感じていた。




 テニスコートに向かうと、テニス部は練習中だった。

 でも今日は午前中で終わるはずで、その後取材を受けて貰える予定である。

 ボールの行きかういい音が響く。練習用コートは4面もあった。坂宮さんが「広~い!」と感嘆する。

 確かに広い。流石栄大学という感じ。

 歓声を上げる坂宮さんの隣で、私は忙しく視線を巡らす。やがてテニス部の人達の中で見付けた姿に、心臓が飛び出そうなほど跳ね上がった。

 

 深さん、居た…!!


 深さんはコートでサーブ練習中らしかった。ぽんっと一度跳ねさせたボールを手にとると、振りかぶって打つ。

 鋭いサーブが、綺麗に決まった。


 ――どわぁぁぁ!!かっこいーーー!!!


 辛うじて歓声は堪えたものの、目は釘付けだった。

 いつもの眼鏡を外した白いテニスウェア姿の深さんは、プリンスというあだ名もサムくないと思えるほど輝いて見える。


「日下部さーん!」


 不意に坂宮さんがコートに向かって呼び掛けた。

 金網の向こうに居た見知らぬ男の人が振り返って破顔する。


「おぉーっ、ほんとに来た!」


 笑うと目が無くなってしまう、優しい顔立ちの男の人だった。坂宮さんの知り合いらしく、こちらに来てくれる。そして私達をコートの中へ招いてくれた。


「こんにちはー。ほんとに来ちゃいました!」

「大歓迎だよ!どうもはじめまして。俺は日下部流(くさかべりゅう)。テニス部、部長です。――おーい!!坂本ぉ!!」


 呼ばれた深さんが振り返る。

 目が合った気がして、私の鼓動はまた元気に跳ねた。

 深さんはラケットを持ったまま、直ぐにこちらに駆け付けてくれる。


「――はい」

「ほら、後輩達が取材に来てくれたぞ」

「秀英高校新聞部部長、大川優です。今日は突然お邪魔して、申し訳ありません」


 優さんは丁寧に挨拶して、日下部さんと深さんに頭を下げる。

 そんな彼女を見て、深さんの表情には一瞬戸惑いが滲んだ。


「優…」


 ――え?


 日下部さんはそんな深さんの呟きを拾って、思い出したようにぽんと手を打った。


「おぉ、優ちゃんね!きみが坂本のよく言ってる子か!」

「え?」


 日下部さんの言葉に、私と坂宮さんは同時に声を洩らした。

 2人の視線を受け止め、優さんは困ったような顔になる。

 

「え?え??」

「あれ?知らないの?深の幼馴染なんだよね?――ね?優ちゃん??」

「えぇぇぇ?!」

『うそ!!!』


 坂宮さんと純一郎の驚きの声が、私の耳の中で重なった。


 ◆


「なんでそんな大事なこと、黙ってるんですかーー!!」


 練習が終わった後、取材のためと行ってやってきたファミレスで、坂宮さんは優さんに詰め寄った。

 優さんは額に手を当て、沈痛な面持ちで呟く。


「坂宮さんにだけは知られたくなかったんだけど」

「どういう意味ですかっ!」

『そういう意味だろ』


 純一郎が納得したように頷く。

 そんな会話に入ることも出来ず、私はただ放心していた。


 新聞部3人は並んで座っている。日下部さんと深さんと差し向かいになる格好で。それでも肝心の取材を始めるどころではなく、坂宮さんは大興奮だった。

 

「え、つまりはどういう関係なんですか???」

「関係って…」

『まさかプリンスと優さんが繋がってるとはなぁー』


 純一郎の呟きが、鼓動と混ざって聞こえる。

 心臓が嫌な音をずっと立てつづけていて、…なんだか、苦しくなってくる。


「なんだ、秘密にしてたの?」


 優さんに対する日下部さんの問い掛けに、坂宮さんが横から「秘密にされました!」と答えた。


「ちゃっちゃと吐いてください!どういう関係なんですか?!」

「なんでもないわよ!別にただ家が隣同士ってだけだもの!それ以上は何もありません!」


 優さんの主張に、深さんの表情は目に見えて翳った。

 日下部さんはそれに気付く様子もなく、不思議そうに言う。


「えー、そうなの?坂本の話にはよく出てくるんだけどなー。仲がいいんだと思ってたけど」


 ズキンと胸が痛みを覚える。

 

「坂本が決まった子つくらないのは、その子がいるからかーなんて皆と言ってたんだ」

「ちょっと、日下部さん…!」


 深さんが咎めるように日下部さんを遮る。優さんは「全然、関係ないです」ときっぱり否定する。深さんはまた、痛みを堪えるような顔になった。

 もうやだ、やめて。

 どうして誰も気付かないの?

 心からそう思うのに、坂宮さんはここぞとばかりに食らいつく。


「あれ、坂本先輩は彼女居ないんですか??でも私見ちゃいましたよ?おとといデートしてるの!」

『出たー。良子の真骨頂』


 純一郎の揶揄に反応も出来ない。

 胸の内ではやめてと叫んでいるのに、口に出すことも出来ない。


「お、なんだ。そうなのか??」

「――違いますよ!!」


 振り返った日下部さんに、深さんは驚くほどムキになって否定した。


「一昨日はただ、家庭教師してる子が悩みがあるって言うから聞いただけで…。栄大付属の子だから、ちょっと大学を案内したりもしたけど、ただそれだけです!全然、そんなんじゃないから…」


 “全然、そんなんじゃないから”


 明らかに、優さんに向けた訴えだった。


 ――瞬間、胸の奥深くで蓋をされていた何かが溢れだす。

 

 

 “ずっと、好きでした…!”



 封印していた、あの日の記憶。

 私の言葉に、深さんは心底困ったような顔をして、目を伏せた。



 “ごめん…”

 


 無意識に、私は席を立っていた。

 全員の視線が、私に集中する。でももうそれ以上、耐え切れなかった。


「ごめん、用事、思い出したから帰る…!」

「えっ」

『…おいっ』


 それ以上何も言えず、私は逃げるようにファミレスを駆け出していた。


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