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手掛かりは思わぬところに

 ……朝からひどい目にあった。


 純一郎のお母さんは兼業主婦らしく、朝食だけ用意して私より先に慌しく出掛けて行った。

 あっちは息子として接して来るけどこっちにしてみたら赤の他人だし、あまり一緒に居る時間が長くならなかったのは救いだった。

 でもとりあえず分かったことは、純一郎の姿は私にしか見えてないし、声も聞こえていないのだということ。

 本来だったら私がそうやって漂ってる予定だったのかもなんて怖い事を考えてしまったら、急激に不安になる。

 私の覚えていない時間に一体何があったんだろう…。

 

『自転車出して』


 玄関を出たところで、純一郎に声を掛けられた私はハッと我に返った。

 無理矢理思考を切り替えて、見慣れた古いママチャリをひっぱり出す。跨ると、純一郎が私の頭上から『俺の言うとおり走って』と指示を出してきた。

 ふわふわと浮いている姿は見るからに異様なのに、本人は戸惑う様子も無い。

 もしかしたら幽体離脱も初めてじゃないのかもと思ったけど、訊く気にはならなかった。

 とりあえず、指示された通り、自転車を進める。

 その道はやっぱり秀英とは反対方向に行く道で、やがて見慣れた栄大付属への通学路が見えてきた。

 

 あぁまさかこの道を純一郎の姿で通ることになるなんて…。

 滅入る私の頭上で、純一郎が『今日はいないなぁ~』と小さく独りごちる。その一言に、私は思わず反応してしまった。


「…いないって?」

『…ん?いや、栄大付属のかわいこちゃんがね』

「かわいこちゃん?」

『毎朝会う子がいるんだよ。でも今日はいないや』


 ……私のことらしい。

 可愛いと言われても、全然嬉しくないけど。

 会うっていうか、そっちが会いに来てるだけだし。

 友達みたいに言わないで欲しい。

 

「居ないから…どうするの?」


 探るように訊いてみると、純一郎は意外にも『いや別に。そのまま走って』と答えた。


 …どこ行く気だろ。

 

 やがて自分の高校の前を通り過ぎる。

 校門をくぐって入って行く栄大付属の生徒達。いつもと変わらぬ光景に、私だけ居ない。

 本当の私は、今頃どこでどうしているんだろう。

 知りたいけど、知るのも怖い気がした。


 ◆


 純一郎の指示通り走っていくと、やがて栄大付属高校の通学路を反れて右に曲がった。

 そしてとある2階建てのアパートの前で止まるようにと指示を出された。

 

「…誰の家?」

『俺の姉ちゃんち。おいで。2階行くよ』


 お姉ちゃんの家??

 何の用かと訝しみながらも自転車を停めて、階段を上がる。

 インターフォンを押そうとしたけど、『誰も出ないよ。合い鍵あるから開けて入って』と言われて更に混乱した。

 

「誰もいないとこに上がり込むの??何のために?!」

『甥っ子が居るんだよ。誰か来ても開けるなって言ってあるから』

 

 甥っ子??

 躊躇いながらも鍵を外してドアを開くと、中から駆けてくる足音が聞こえた。

 

「はーい!」


 可愛らしい応答の声に、私は思わず目を見張る。


「じゅんびできてるよー」


 5,6歳だろうか。利発そうな顔をした男の子が、幼稚園の制服らしきものを身にまとい、鞄をたすきかけにした状態でやって来た。


(かなめ)っていうんだ。5歳だよ。俺のねーちゃんの子供』


 純一郎が耳元で説明する。


「か、要くん、…おはよう」

『要でいいんだって!』

「要、おはよう!」

「おはよ!」


 片手をびっと上げた私に、要くんは万歳で応えてくれた。

 やだちょっと……よく分かんないけど、カワイイ!!!


『こいつ幼稚園に連れてかないといけないから。自転車の荷台に乗せてやって』


 純一郎が早口で説明する。

 な、なるほど。そういうことか。

 私は頷きで応えると「要、幼稚園いこうかっ」と坊やを誘った。


「うんっ」


 要くんが靴を履いて家を出ると、私はまたしっかりと家に施錠した。

 足元で待つ要くんはとても小さくて、今までたった1人で家に居たのかと思うと、なんだか胸が痛んでしまう。

 こんな可愛い子をひとりにしておくなんて、お姉さんどういうつもりなんだろう。

 危なくないんだろうか…。

 

 握った手は、とても小さくて柔らかかった。

 

 ◆


「姉ちゃんの旦那さ、死んだんだよ」


 幼稚園に向けて自転車を走らせる道すがら、純一郎は唐突にそう告げた。

 要くんが居るのも忘れて声を上げそうになり、慌てて呑みこむ。

  

「去年の暮れに、ほんと突然でさ。姉ちゃんは昔のツテで仕事に戻れたけど、職場が遠いんだよ。要は幼稚園だったし、延長保育サービスを使っても8時から5時が限界で、出勤時間に間に合わないからね。うちは両親共働きだし、とりあえず一番暇な俺が送り迎えを担当することになってるってわけ」

 

 そういうわけでこの道はまた来るから覚えておいてねと、純一郎は話を締める。

 その口調は淡々としてて、感傷に浸るような様子は微塵も無い。

 それでも私には充分に衝撃的で、胸が苦しくなるのを止められなかった。

 

 純一郎が、毎朝秀英高校とは正反対の道へ自転車を走らせているのはそういう理由だったんだ。

 納得すると同時に、申し訳なくもなる。

 私に会うために来てるとか……、とんでもないし…。

 ストーカーだなんて言って、…悪かったかな…。

 

 

 やがて幼稚園につくと、私は要くんを連れて教室へ向かった。

 「おはようございまーす」と先生らしき人が出迎えてくれる。

 優しい笑顔の、ふんわりとした雰囲気の若い先生。女の自分から見ても、とっても可愛らしい。

 思わず目を奪われていると、突如、横から純一郎が嬉々として飛び出した。

 

「みうせんせい、おはよーございまーす!!!」


 ――は?

 

 空を飛んで一直線、先生のもとへ向かったが、抱きつこうとして空を切る。

 それでも接近できたのが嬉しいのか、あちらこちらから眺めながら『今日も可愛いー!』とご満悦だ。

 …えーっと…。

 なんだ、あれは?

 

「かなめくん、お変わりないですか?」

 

 先生に問い掛けられ、呆気にとられていた私は我に返る。

 

『“みう先生、今日も可愛いですねー”って言って!』


 ――はぁ?


 固まる私に、笑顔で首を傾げる先生。そしてその先生に寄り添うバカ面の純一郎………。


「変わり無いんで、よろしくおねがいします!」

「はぁい」

『おいこら!!』


 にっこり笑ったみう先生に軽く頭を下げると、私はその場をダッシュで走り去った。



『なんだよ!俺の言うとおり動けよー!!』

「信じらんない!バカじゃないの?!

先生に対して“可愛いですね”とか言えるか!!ドン退きされるに決まってるでしょ!」


 自転車をかっ飛ばしながら、私は周りに聞こえないのをいいことに文句を言いまくった。

 さっきちょっと反省しかけた気持ちは、あさっての方向へ吹っ飛んだ。

 だってこいつ、幼稚園の送り迎えも完全に下心でやってんじゃん!!

 ちょっと可愛いければ誰でもいいんだよ!!

 無駄に悩んで損したっっ!!

 

『いつも普通に喜んでくれるよ?可愛いって言われて嬉しくない子居ないでしょ』

「私はぜんっぜん嬉しくない!!むしろ気持ち悪い!!」


 後半を強調すると、純一郎のとぼけた声が返る。

 

『…言われたことあんの?』

 

 うっ…。

 

 返事に窮すると、含み笑いが聞こえた。

 

『ごめんごめん。聞いちゃいけなかったね』

 

 ――違うわ!!!

 

 もうやだ、もうやだ、消えてなくなれ!!


 祈りながら振り切るように自転車を走らせたけど、当然のことながら純一郎の笑い声はぴったりとくっついたまま離れなかった。


 ◆


 秀英に到着した私は、なんだがゲッソリ疲れていた。

 思えばずいぶんな距離を走った。

 自転車置き場に自転車をおいて、時計を見る。

 遅刻じゃないかと焦ったが、純一郎曰く、一時間目が始まる前に着けばいいとのこと。

 

「それで許されるの??」

『うん、俺成績いいから。内申悪くても別に大丈夫』


 さらりと言われて、思わず眉根が寄った。


「…あっそ」


 あえてそっけなく応えて、背を向けた。

 だってなんか…、頭に来るんだもん…。

 見上げる視界に聳え立つ、白い校舎。

 5教科偏差値が足りなくて、私には狙う事すらできなかった深さんの母校が、確かにそこにある。

 思わずため息が零れた。

 凄く凄く認めたくないのに…、否定も出来ないのが悔しい。

 

 こいつほんとに、秀英なんだ……。

 

 

「――純一郎!」


 導かれるまま教室を目指していた私の耳に、ふとそんな声が聞こえて来た。

 でも私の脳はその音を自分に関係の無いものとして聞き流す。


「じゅーんいーちろう!」


 全く反応できない私の耳に『呼ばれてる!』と純一郎が慌てて言った。

 …そっか、私は今“純一郎”だったっけ。

 思い出して振り返ると、そこには女子生徒が1人。日に焼けた長い手足に、勝気そうな釣り目。真っ黒なボブカットが似合う、快活な印象の子。


「やっほー!丁度良かった!今教室行こうと思ってたんだー。凄いスクープゲットしたんだけど見るー?」


 どうやら知り合いらしい。戸惑う私に、純一郎が横から説明した。


坂宮良子(さかみやりょうこ)だよ。俺と同じ新聞部。適当に相手してやって』


 隣ですかさず純一郎が説明を添えた。

 純一郎が新聞部??

 え、その頭で??

 と、内心で突っ込みつつも口には出せない。差し出されるままに一眼レフのデジカメを受け取ると、なんとなくディスプレイを確認した。

 ――瞬間、私の全身は凍りついたように固まった。


「秀英のプリンス、ついに恋のお相手発覚!」

『あー!風花ちゃんだぁ!』


 坂宮さんの言葉に続くように純一郎が声をあげる。

 どちらにも反応できず、私はただその写真を穴が開きそうなほど凝視していた。 

 だって…。

 そこに映っていたのは紛れも無く、私…!


 私と…!!!


 ――深さんではないですか!!!

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