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オレンジ頭のストーカー

 私の名前は、望月風花。高校二年生だ。

 真っ黒なストレートロングヘアに白い肌。母親譲りの大きな二重の目。つるつるの足にはすね毛なんてもちろん無い、正真正銘の女の子。青春まっさかりの16歳――の筈である。

 …なのに…。

 

 ちょっと待って。ちょっと待ってね。整理しよう。


 私にとって今日は決戦の日だったのだ。

 ずっと憧れていた彼との、初デートの日だったから。


 彼――坂本深(さかもとしん)さんは、中学3年の時からお世話になっている家庭教師で、超名門栄(さかえ)大学の、現在3年生。

 スラリと高い背、銀縁の細い眼鏡がすっごくお洒落に似合っていて、サラサラの髪は少し栗色がかってて。すっごくすっごく、かっこいいんだ。同じ歳の男子なんて、目に入らなくなるくらい。

 初めて会ったあの日の衝撃。今も忘れらない。

 ”家庭教師頼んだから”なんて突然親に言われたときには”勝手に決めたりしてひどい!”なんて怒っていた癖に。深さんとの初対面、――胸の真ん中を、見事に撃ち抜かれてしまった…!


 知的ハンサムな深さんは、話してみてもイメージ通りだった。

 大人で穏やかで優しくて頭がよくて、とても物知りで。

 特に歴史の話は好きみたいで、大学も史学科に在籍しているとのこと。

 私は主に数学と英語を力を入れて教わっていたんだけど、合間合間に話してくれる歴史の裏話はとっても面白かった!

 いつしか私は深さんの通う大学に憧れるようになって、大学に付属高校があるって知った瞬間、志望校は自然とそこに決定した。

 すっごく勉強して、ほんとに頑張って、去年の春。難関といわれる栄大学付属高校に合格出来たのは、愛の力だと思う。

 その後契約終了になるはずだった深さんを引き止めるべく、私がママに頼み込んだのは言うまでも無く。

 今も週に一度だけ、深さんは私の家庭教師を続けてくれている。

 

 でも好きになればなるほど、臆病になるもの。

 大学生でうんと年上で、あんなにかっこよくて。モテないわけがないし。

 私なんか深さんにとって対象外かなぁ……なんて弱気になったりもしていたある日、私は思い切って深さんに訊いたんだ。

 

「深さんは、大学に彼女さんとかいるんですか…?」


 なるべくさり気ない風を装ったけど、心臓は物凄い勢いで暴れていた。

 深さんは少しだけ照れ臭そうに笑うと、「いないよ」との返事。

 

「え、嘘!」


 驚きと喜びで、私はとっさに声を上げてしまった!

 

「ほんとだよ。哀しいけど、モテなくてね…」


 そんな信じられない台詞を溜息とともに吐くと、深さんは極上の微笑みを浮かべる。

 

「風花ちゃんはモテそうだよね」


 ……う、嘘ぉ…!!

 

 凄く、凄く嬉しかった。

 その一言は、私にとってうんと遠い存在だった深さんとの距離が、いつの間にか縮まっていたかもしれないと感じさせてくれるもので。

 もしかしたらいつか……って、思っていいのかな。

 そんな希望の芽生える出来事だった。

 それでもお互いに一歩踏み出すきっかけは無いまま時を過ごしていたある日…。


 ――ヤツに会った。


 ◆


「おはよーっ!」


 黙々といつもの通学路を歩いていた私は、突然声をかけられて足を止めた。

 古そうなママチャリにまたがった男子が、隣にキッと並んで止まる。

 ニヤニヤと笑みを浮かべつつこちらを見ているその男に、私は全く見覚えがなかった。

 一番先に目に入ったのは原色オレンジに染められた髪。…有り得ない。

 制服を着ているところを見るとどっかの高校生のはずなんだけど、その頭は許されるのか??と疑問に思う。

 物凄く人懐っこい笑みを浮かべてるけど、どっかで会ったことがあっただろうか。

 どうしたものかと一瞬迷ったけど、私はとりあえず無難に挨拶を返すことにした。


「おはようございます…」


 男はにっこり、嬉しそうに笑う。

 

「栄大付属の子だよねー。その制服!俺、秀英の加瀬純一郎っていうんだけど、名前なんていうの?」


 ――秀英?!


 すごい意外な高校名が出てきた。

 秀英は私も知ってるけど、うちと同じくらい有名な進学校だ。

 こっちは私立であっちは公立だけど…。なにを隠そう、私の憧れの深さんの出身校でもある。

 ほんとに秀英??すごい頭悪そうですけど?なんて思っていたら、男は続けてこう言った。


「朝よく見掛けてさ。可愛いなって思ってたんだ」


 朝っぱらからナンパかい!!


「すみません。急ぐんでっ」


 そうと分かれば用は無い。街角アンケートの断り文句みたいなことを言って、私はさっさと歩きだした。

 その隣を私の歩調に合わせて自転車を並走させつつ、加瀬純一郎はついてくる。


「乗んなよー。送ってあげるからさー」

「大丈夫ですっ」

「遠慮いらないよ?自転車ならあっという間だよ??」

「大丈夫ですからっ!」


 目を合わせないようにしながら、私は必死で早歩きした。


「俺、怪しいもんじゃないよ?普通の高校生だよ??」


 充分怪しいよ!!鏡見ろ、鏡!!

 完全無視を決め込むと、しばらくして流石に加瀬純一郎は付いてくるのを止めた。

 けれども後ろから「またね~!」と声をかけられる。

 ゾッとして、私は逃げるように駆け出していた。


 男の人って基本苦手だ。

 小さい頃にちょっと危ない目に遭いかけて、そのトラウマもあると思うけど…。

 人目をひく外見というのもいいことばかりじゃない。

 痴漢とか変出者とかも呼び寄せてしまうんだもん。

 そういう下心満載な男は、大大大大っきらい!!

 

 なのに…。


 その後、私は毎朝のように通学途中加瀬純一郎と会ってしまい、変に話しかけられるようになってしまった。

 そもそも毎朝会うって時点でおかしい。秀英高校は駅の反対側で、こっち側には無いんだから。私が知らないとでも思ってるのかもしれないけど、学歴詐称(?)がバレバレだ。

 深さんの秀英を汚されてる気すらして、ひらすら腹立たしかった。

 …しかも、怖いくらいしぶとい。

 一生懸命そっけなくしてるつもりなのに、全然応えない。

 

「何年生?」

「…さぁ?」

「それも秘密なんだ。当ててみようかな?この春入学したにしては鞄が真新しくもないから…、2年生?」

「……」

「当たった!」

「あ、当たってません!」

「やったー、タメだね!名前なんていうの?」


 キィー!!むかつくー!!!


 時間をずらして逃げれたら良かったけど、電車通学の私はそうもいかない。各停の穴にハマってる時間帯だから次の電車にしたら遅刻しちゃう。

 どうしたものかと頭を悩ませていたある日…。

 

「おはよ、風花ちゃん!」


 名前を呼ばれ、私は思わず足を止めた。

 とっさに振り返ってしまった私に、予想通りの加瀬純一郎が笑い掛ける。

 

「びっくりした??名前アタリでしょ!」

「――ち、違いますっ!!」


 嘘をついたけど手遅れだった。

 

「またまた~。望月風花ちゃんでしょ?よろしくねっ。2年生っていうの、当たってたね!」


 ひえぇぇぇ!!!

 よろしくする気はないし、どうやって名前を調べたのぉ~?!

 怖すぎる!!!


 その後友達から聞いた話では、あの特徴的なオレンジ頭はちょいちょい目撃されているらしい。

 秀英っぽい制服を着ていながら、毎朝駅のほうから現れて、秀英からは真逆である私の通学路を私と一緒に歩いてる。…みたいな。

 目立つ頭のせいで、みんなの印象に残っている様子。

 私に会うために寄り道してるんだろうと皆は理解していて「変なのと付き合ってるんだね」なんて言われる始末。


 ちっがーーーーう!!!


 でも傍から見たら毎朝一緒に通学してるみたいに見えるのかもしれない。

 深さんの大学はうちの高校の近くだから、見られて誤解されたら嫌だ。

 これは早く勇気を出して告白しろという神様のお告げに違いない!

 そんな思いに衝き動かされ、私はある日、緊張に震える手で深さんにメールを送った。


『深さん、こんばんは。

 実は折入って相談したいことがあってメールしました。

 家では話せないことなので、深さんの都合が良い時に会って貰えませんか?』


 何度も何度も読み返して、迷いながら送ったメール。お返事が来るのを、落ち着かない想いで待った。

 そして届いたお返事には…。


『風花ちゃん、こんばんは。

 どうしたの?

 俺でよかったらもちろん相談に乗るよ。

 大学は融通がきくから、風花ちゃんの都合に合わせられると思うよ。

 いつがいいかな?』


 その優しいお返事に跳びあがって喜んだのが一昨日のこと。


 神様、どうか勇気が出せますように。

 この気持ちが届きますように。

 そう祈りながら、待ち合わせ場所に向かった。


 ――のは、覚えてるんだけど…。


 ◆


『うわー!!マジかよ!乗っ取られてんの?!コレ!

――なんで俺ばっかいつもこんな目に遭うんだよー!』


 目の前で頭を抱える半透明の加瀬純一郎。

 そして見知らぬ体になってしまった私。


 神様、これは一体どういうことですか???

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