番外編:はじめてのデート(中)
遊園地に入ってしまうと、私のテンションはあっという間に上がってしまった。
大好きな夢の国。とりあえず細かいことは置いといて、今日は楽しもう!
そう決めると私はアトラクションマップを開いて、「ここ行きたい!」と純一郎に示して見せた。
純一郎は「いーよ」と笑顔で応じる。
辿り着いたアトラクションはお休みの日だからさすがにすごい列になっていた。待ち時間を確認したら…、う、90分…。
「一時間半か」
看板を見ながら呟く純一郎に、私は未練を残しつつも「他のにしよっか…」と提案した。
乗りたいけど、付き合わせるのも悪い気がする長さだ。
「ダメ。これは外せないから。2回は乗るから」
力強く返されて、私は思わず笑ってしまった。どうやら純一郎にとってもお気に入りアトラクションらしい。そういうのって、ちょっと嬉しい。
「それだけで3時間経過するよ?!」
「望むところだ。いくぞっ!」
「おぅ!」
純一郎の気合いに、私も拳を握って呼応する。笑いながら最後尾につくと、ふと右手に温もりが触れた。気付けば、また当たり前のように純一郎が手を握ってくる。しかも今度は指を絡めて…。
こ、これは世に言うカップル繋ぎじゃないですか!?
とっさに振り払おうとしたけど、目が合うとにっこり微笑みかけられて硬直する。
動揺してるのは私だけみたいで、なんだか恥ずかしくて目を伏せた。
純一郎って……こういうの、慣れてんのかな…。
そんな考えが過ったら、胸にもやっと嫌なものが湧く。
「風花ちゃんって栄大付属だよね」
「え、あ、…うん」
余計なことを考えていたせいで、反応がちょっと遅れてしまった。純一郎はいつも通りに話を続けてる。
「大学はそのまま栄大?」
「うん…。そのために入ったから…」
栄大学を狙ってというより、深さんを追ってという方が正しいんだけど…。なんて余計なことは勿論言わないけど、その頃の自分を思い出してちょっと懐かしい気持ちになる。なんだか凄く昔のことみたいだ。
深さんにお願いしていた家庭教師は、今はもう続いていない。
私が入院している間に親に連絡が入って、彼の方から辞めさせて欲しいと言ってきたという。大学の方が忙しくなってしまったと深さんは説明したそうだけど、それが嘘なのは勿論分かってる。でも私のことが嫌になったとか逃げたくなったとか、そんなことでもないって思う。
だって深さんは優しい人だから。
それがきっと、”中途半端なことをしないで”なんて言った私への、深さんなりの答えなんだよね…。
「そっか。風花ちゃんが栄大なら、俺も栄にしよ」
「えっ!」
ちょっとだけ感傷に浸っていた私は、純一郎の発言に驚いて顔を上げた。
「なにその軽いノリ!レストランでメニュー選んでるんじゃないんだよ!ちゃんと将来考えてる?!」
「うん、風花ちゃんとの将来を考えるとやっぱ栄しか…」
「――自分の将来だっつーの!!」
即座に突っ込んだ私を、純一郎はからからと笑う。
「大丈夫、大丈夫。もともと候補には入ってたし」
「…そうなの?」
「うん。要のこともあるからあんま遠く通えないしね。近場なら栄が順当でしょ。まぁ、あいつ来年から小学生だから、だいぶ手がかからなくなるけど」
「あぁ…そっか」
納得して、私は頷いた。
秀英から栄大の進路は確かに順当だ。未だにどうしても純一郎に秀英のイメージが重ならなくて意外に思えてしまうんだけど。……そっか、大学は同じになるかもしれないんだ…。
「風花ちゃんは文系?」
「うん」
「じゃぁ学部まで同じにはならないか。俺たぶん理学部だし」
「えーー!!純一郎って理系なの?!新聞部なのに??」
更に意外で素っ頓狂な声をあげると、純一郎はなにやら嬉しそうな顔で呟く。
「うわぁ~、“純一郎”だって…」
――うっ…。
いちいちへんなとこに反応しないで欲しい。そんなこと言われると改めて恥ずかしくなるじゃん!っていうか、私ずっと“純一郎”って呼んでなかった??
そう思って改めて考えると、風花に戻ってからは初めてかもしれない、けど…。
「………“加瀬くん”は理系なの?」
言い直すと、純一郎はすかさず「“純一郎”がいい!」とか言ってくる。
だったら余計なこと言うなぁー!!
その後私は純一郎が「ほんとごめんなさい。名前で呼んでください」と両手を合わせて拝むまで“加瀬君”を貫き通した。
◆
遊園地デートというのはこういう待ち時間に話が続かなくて失敗することが多いと聞いたことがある。でも意外に純一郎とはそういう心配はなく、気付くと延々しゃべって1時間半が過ぎていた。思えばお互いのことはよく知らないんだよね。特に純一郎は私のことなんて全然知らないはず。なんせ見た目だけで寄ってきていたわけで。
基本的知識として一人っ子だとか、親の仕事とか、最寄りの駅とかを話すと、純一郎も改めて自分のことを話してくれた。
「俺は姉ちゃんがいるけど、12歳離れてるからね。あんまり一緒に遊んだ記憶ないんだよな」
「え!お姉さんそんなに上なの??全然見えなかった!若いよね」
「あ、そうか。風花ちゃん会ったことあるんだった」
「…一応。あちらには認識されてないけど」
「今度改めて紹介するよ。またチャーハン作りに来てくんない?そうしたら平日も会えるし」
純一郎はいい考えだと言うようにそう提案した。
平日も会う気なんだ…。そういう風に言われると反応に困ってしまう。相変わらず手は繋ぎっぱなしだし。なんだか傍から見れば、カップルだよねこの図は…。
というか、純一郎がそう思っちゃってるような。
私としては、そんな関係になった覚えはないんだけど。
だいたい付き合うっていうのは、「つきあってください」とかいう申込みがあって、「はい」って言って初めて成立するものだよね?
全然無いよ…?そういうの。
◆
次に向かったアトラクションはお化け屋敷風なものだった。
お化け屋敷といっても全然怖い感じはなくて、ユーレイが歌ったり踊ったりしてる中を乗り物にのって進んでいく楽しいアトラクションだ。
「ここって、ほんとにユーレイが出るなんて噂あるんだよ」
私が言うと、純一郎は「いないいない」と首を振る。
もちろん私だってそんなの信じてない。でも即座に否定する純一郎がおかしくて、ちょっと笑ってしまった。
「怖いんだっ」
「いや居たら怖いけど、ほんとに居ないもん。分かるから、俺」
背筋が冷たくなる。…さらっと怖いこと言わないで欲しい。
そういえば純一郎って、見えるとかなんとか…言ってたような…。
「こんなとこより普通の人ゴミとか行列とかに紛れてるほうが多いよ?さっきも後ろの方に」
「あーーーーっ!!!!列が動いたよ、ほら!」
私は列の後方を指差そうとして上げた純一郎の腕を掴んで引き下ろすと、足早に前方へと逃げ出した。
やがて私達の番がきて、流れてきた車に乗り込んだ。
「行ってらっしゃいませ」と従業員が送り出してくれる。
私と純一郎を乗せた車は、暗闇の中へゴトゴトと進んでいった。
両側にユーレイのホログラフィが出てくる。暗闇の中ふわふわ浮いて、歌っている。相変わらず楽しい~!しばしそれに見入っていると、ふと肩に触れる感触で我に返った。隣の純一郎が私の肩に腕を回してくる。抱き寄せられそうになって、私は慌ててその力に抗った。
「ちょ、ちょっと!!やめてよっ」
「風花ちゃん…」
暗闇の中囁く声に心臓が激しく跳ねる。っていうか、今アトラクション中だよ!
不意打ちだよ!!
「すとっぷ!!たいむ!!」
至近距離に居る純一郎の体を両手で押し留めつつ、私は顔を背けて必死で叫んだ。さすがに純一郎の動きは止まる。でも離れる気配もなく、すぐ側で囁く声が聞こえた。
「なんでストップ?」
「――いや、なんで突然??」
思わず聞き返す。
純一郎は少し間を置いて、「暗いし、2人きりだし…」とじつに間抜けな答えを返してきた。
もっと他に言いようはないわけ?!?!
「お化け屋敷の中だから暗いの当たり前でしょ!お化け見る時間でしょ!」
「他のカップルもお化けは見てないと思うよ」
そーいう問題じゃないのーーー!!!
私は改めて純一郎を押し戻すと、元通り距離を開けた。
純一郎は流石に一旦諦めて身を退いたものの、こっちに体を向けたままで未練たっぷりなのが伝わって来る。
「…カ、カップルになった覚えないからっ」
一息ついて私が言うと、純一郎は「えぇ~?」と納得いかなそうな声を洩らした。
「じゃ、なんでデートしてんの?」
「それは…」
そう問われるとちょっと困る。私は少し考えると、「友達として?」と言って逃げてみた。
「友達ぃ??」
あ、物凄い不満顔。
でもでも、だって、とりあえずまだ友達でしかなくない??
お付き合いは、してないよね??
「無理!」
「…え」
「俺、風花ちゃんと“友達”はムリ」
ドクンとまた心臓が音を立てた。外に音が漏れそうなくらい、鼓動が高鳴る。
もうユーレイ達の陽気な歌も耳にはいらない。まっすぐ私を見る純一郎の視線に耐え切れず、私は顔を伏せて逃げてしまった。
「みう先生でも優さんでもいいくせに…」
そして可愛くないことを呟く。純一郎はその言葉に、一拍置いて応えた。
「…それは置いといて」
――置いとくんかい!!
心の中で思い切り突っ込んだ私に、純一郎は「風花ちゃんはどうなの?」と問いかけてきた。
「…え?」
「俺とオトモダチ以上になる気ないの?」
またまた直球な質問に心臓がこれでもかというほど早鐘を打つ。
だからどうして私に聞くのぉ~~~???
ずるくない??ずるくない??
なんて答えたらいいのか分からなくて、私は黙り込む。
やがて辺りに明るさを感じて顔を上げると、私達の乗った車がアトラクションを終えて出口へと辿り着いたところだった。
「お疲れさまでしたぁ~」
また従業員に笑顔で迎えられる。
「終っちゃった…」
純一郎が独り言のように呟くと立ち上がり、先に車から降りた。
私もその後に続く。少し前を歩く背中を見ながら、私はどうしていいのか分からず困り果てていた。
建物を出ると日の光が純一郎のオレンジ色の髪を光らせる。
初めて見た時にはバカみたいな頭だと思ったのに、不思議なもので今は綺麗に見える。
…ほんと不思議だと思う。
不意に純一郎が足を止めて振り返った。私も釣られて足を止める。
「そろそろなんか食おっか」
「あ…」
怒ってるかと思ったけど、純一郎は笑顔だった。私はちょっとホッとして大きく頷いた。




