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番外編:はじめてのデート(前)

番外編、はじめてのデート。3話完結です!

 駅の改札を出た私は、くるりと辺りを見回した。

 待ち合わせ中であろう人達は沢山いるけど、その中にオレンジ色の頭はとりあえず見付からない。先に着いちゃったようだ。約束の5分前なんだけど。

なんだか張り切ってるみたいで恥ずかしいから隠れてようかな…。そんなことを考えた瞬間、背中をぽんっと叩かれた。


「ひぇ!!」

「おはよ!」


 そこには満面の笑みをうかべたオレンジ頭…もとい、加瀬純一郎が立っていた。


「あ、お、おはよ…」

「同じ電車だった?」

「…みたいだね」


 平静を装って応えるけど、心臓はばくばくとうるさい。

ただでさえ緊張してるんだから、不意打ちはやめて欲しい、ほんと。

 っていうか、どうしよう。顔が見れないんだけど…。

 目を逸らす私をまじまじと眺めて、純一郎は「可愛いぃ~」と嬉しそうに感嘆した。


「似合う、私服!デート用にお洒落した??」

「別にっ!普通の服だもんっ」


 ムキになって返したけど、顔が熱くなってるのが自分でも分かる。

 今日はデニム地のチュニックワンピにベージュのレギンスを合わせてきた。そんなに気合いを感じさせないよう気を付けながらも、ちゃんと女の子らしく見えるように髪留めや鞄を可愛いものにして……なんて色々考えて、必死で選んだんだのを見透かされたみたいで恥ずかしい!!

 我ながら信じられないんだからっ。こ、この男のために…。


「っていうかデートじゃないからっ!ちょっと2人で遊ぶってだけでしょっ」

「それをデートというでしょ、普通」

「いわないのっ!」


 叩き返した勢いで向き直ると、改めて純一郎が視界に入った。

 長袖TシャツとGパンというラフな格好だが、Tシャツの前面には見知らぬ外人の顔がでっかくプリントされている。


「…誰ですかこのひとは」


 指差して訊くと、純一郎が得意気に答える。


「かっこいーっしょ」

「この人が?」

「服がっ」

「…そう?」


 相変わらずよく分からないセンスだけど、一張羅なんだろうか。


「本人よりこの人に目がいっちゃうんだけど」

「だめだめ、こっち見てこっち」


 純一郎が自分を指差して言う。思わず吹き出してしまった私を見て、純一郎はまた嬉しそうに目を細めた。

 

「笑うとさらに可愛い」


 うっ…。

 なぜそういう台詞をぽんぽん口にできるんだろう。誰にでも言ってるの知ってるのに固まってしまう。

 なんか、悔しい…!


「さて、いこうか!」

「えっ!」


 突然手を取られ、私は目を見開いた。

 手…、手つなぐの??

 男の人と手をつなぐの、初めてなんですけどっ!!

 …フォークダンス以外では。

 どうしようか一瞬迷ったけど、なんとなくそのままにしてみた。別に嫌ではなかったから。

 鼓動が高鳴るのがほんと悔しい。

 だっておかしいよ。胸にもういっこ顔を付けてるような男に対して…。



 駅を出ると直ぐにデートのメッカとして有名なテーマパークの入場門が見えてくる。

 あそこへ行くという時点で、確かにこれはデートなのかもしれない。いつか深さんと一緒に来たいなぁなんて思ってたこともあったのに、結果として相手はこの男。

 ほんと世の中なにが起こるか分からない…。

 そんなことをしみじみと考えながら歩いていると、突然近くでカメラの撮影音が鳴った。

 思わず2人して足を止める。

 すぐ側でカメラを構えている人の姿を認識して、私はさっと青くなった。


「――スクープ、いただき!!」

「あ、良子」

「えぇぇぇーーー!!!」


 慌てて繋いでいた手を振り払った私の行動は完全に手遅れ。

 秀英高校新聞部、坂宮良子さんは、いつもの立派な一眼レフを手にガッツポーズした。


「やったね純一郎!おめでとう!」

「ありがとう、焼き増ししてね」

「えぇぇぇーーー!!!待って!待ってください!!」


 慌てて彼女のカメラに飛びつこうとした私をひょいっとよけて、坂宮さんは「じゃぁ、ごゆっくりぃ~」とその場を走り去った。


「待ってくださいーー!!!」


 追いかけようとしたけど、ぜんぜん無理。物凄い速さで遠ざかる背中を、見送るしかない。なんでそんな足速いの?!追い縋るように延ばした手が、虚しく空を掴む。


「あぁぁ…」

「ほんとに来たよ、あいつ」


 後ろから私に追いついた純一郎は、呑気に笑っていた。

 ”本当に来た”って…。


「……どういうこと?」


 ぎろりと睨むが、純一郎はケロッとして肩を竦める。

 

「風花ちゃんとデートするって言っても信じないからさ。うそだと思うなら確かめに来ればって言ったんだけど、まさかほんとに来るとは。相当暇だなアイツ」

「やめてよぉぉぉ!!!記事にされちゃうでしょぉぉ!」

「いいじゃん、べつに。実際デートだし。――俺、チケット買ってくるわ!」


 唖然とする私を置いて、純一郎はチケット売り場へと走って行った。

 つ、ついていけない…。

 もしかして私は重大な間違いを犯しているのでは…。

 ショックを引き摺る私のもとへ、やがてチケットを2枚持った純一郎が戻ってくる。

 そして片方を「はい」と私に差し出した。


「あ、有難う…、いくらだっけ」


 お金を出そうと財布を開けると「いいよいいよ」と押し戻される。


「え??」

「俺の奢り」

「だ、だめだよ!」


 私は慌ててお札を出して純一郎につきつけた。

 

「こういうのは割り勘じゃないとヤダ!奢りとかやってたら長続きしないんだから!」


 純一郎が目を丸くする。

 その顔を見て、私はハッと我に返った。


 …なんか言い方を間違えたような…?


「――そっか。そうだね。分かった!」


 純一郎は心底嬉しそうに、私の手からお金を受け取った。


「長続きさせよう!」

「え、いや、そういう意味じゃ…」

「よし、れっつごー!」


 ご機嫌の純一郎に再び手をひかれ、私は真っ赤になりつつ遊園地へ連れられて行ったのだった。


 ◆

 

 なぜこんなことになったのか。

 それは当然あの日がきっかけだ。

 要くんの幼稚園に思いつきで行ってしまったあの日。


 私の姿をみつけた純一郎は暫く放心してたけど、我に返ると保護者達の中から抜け出してこちらへ走って来た。

 わぁ、来ちゃった!!なんて慌てる私の目の前にあっという間に辿り着いて、柵の向こうから開口一番――。


「なんで???望月風花ちゃんだよね??え、なんで??なんで居るの??」


 久しぶりに聞いた生の声に、私の胸はどくんと鳴った。

 何も考えずに来てしまったから、とっさに答えられない。

 純一郎は一瞬要くんのほうを気にしたけど、「待ってて!」と言うと門のほうへ走っていった。

 どうやらこちらへ出てくるらしい。

 どうしよう。

 参観中だったのに邪魔しちゃった…。


「どうしたの??なにしてんの??」


 柵を廻ってやってきた純一郎は、まだ驚きをひきずった顔で問いかける。

 わぁ、透けてない…!当たり前だけど実体の純一郎は幽体の時とは全然違って、しっかりと生身の男の人で、条件反射で身が竦む。

 テンパった私はとっさに「いいの?要くん…」と訊いてしまった。

 その言葉に純一郎が固まる。

 私も釣られて硬直すると、しばしお互い動きを止めてのお見合いになった。


「え…」


 ――しまった。要君の名前出しちゃった…!


「あ、あのっ…」


 わーどうしよう、ただの怪しい人になっちゃう!!…なんて今更だ。もうここに居る時点で、偶然なわけないんだから。

こんな予定なかったけど、…仕方がない。

 私は意を決して、当惑顔の純一郎に告げる。


「あの、実は私2日間ほど体をお借りした張本人です!その節はどうも…お世話になりました…」


 ぺこっなんて頭を下げて見せると、純一郎はさらに大きく目を見張る。

 反応を待っていられず、私は畳み掛けるように言った。


「なんか事故にあって意識不明になってただけだったみたいで。死んでなかったの。だから無事生還というか…、このとおり、元気になりました!幽霊じゃないよ!」


 アハッと笑ってみせると、純一郎が驚愕を顔に張り付けたまま一歩後退した。


 ――あ、退かれた…。

 

 失敗したかも。

 そんな後悔が湧くと同時に、純一郎が小さく声を洩らす。

 

「…うそ」


 真実を知った彼の口から漏れたのは、そんな一言だった。


「いや、嘘じゃなくて…」


 頭に手を当てた純一郎が、一瞬ふらりと傾いだ。が、片手で幼稚園の柵に縋り、なんとか持ちこたえたらしい。

 

「……うそ」


 どうしよう。目が死んでる。

 

「………嘘、ではなくて…」


 純一郎はもう片方の手も柵に縋ると、そこに額までつけて動かなくなった。

 なにやら分かりやすくショックを受けているらしい。

 そっと近寄り、隣からその顔を覗き込んでみる。


「どうしました…?」

「……………終わった」


 長い沈黙の後、彼は漸く一言そう呟いた。

 

「終わった?」


 純一郎が顔を上げ、私を見る。直後、絶望感いっぱいの溜息とともに、また柵に額を預けた。


「さいあくだ…。あんまりだよ…。風花ちゃんだって知ってれば俺だって…」


 語尾は小さく消え入る。

 あぁ、なるほど。

 納得して、私は笑い出しそうになってしまった。

 どうやら自分で分かっているらしい。あの2日間で何度となく私を幻滅させたということを。

 楽しくなって、私は純一郎に言った。


「嘘じゃないよ。ちゃんと覚えてるもん。愛読書は”イケナイ課外授業”だっけ?」


 かなり効いたらしい。

 純一郎は柵をつかんだまま、ずるずるとその場に崩れ落ちた。

 お、面白い…笑ってしまう…。

 私も隣にしゃがむと「どうしたの?」と恍けて訊いてみる。


「…返す言葉もございません」


 流石に我慢できずに吹き出してしまった。

 私の笑い声に、純一郎がやっと顔を上げる。

 すぐ傍で声を立てて笑う私を、じっと見つめた。


「…学校は?」


 不意に問いかけられて、私は笑いをおさめた。

 自分が制服姿なのを思い出す。そりゃそうだ。今日は普通に平日だもん。


「えっと…早退」

「早退…?」


 純一郎が驚いたように訊き返す。そしてちょっと間をおくと、「ここに来るために?」と続けて訊いた。

 うっ…。

 そのとおりですけど…。

 頷くのもためらわれてしまい、思わず目を逸らす。

 それでも純一郎の真っ直ぐな視線が頬に当たり、どんどん顔が熱を帯びる。

 そ、そんなガン見しなくても…。


「――俺に会いにきた?」


 うわぁ、直球!!!


 何も言えずに固まってしまう。

 そういえば私はなにをしに来たのか。

 いや完全に会いに来たでしょう?

 で、でもなんのためにかは…自分でもよく分からないんだけど…。


「え、え、そうなん??俺に会いにきた??」


 やーめーてーーー!!!

 なんでそこ追求するかな!!


 さっき絶望していたはずの純一郎がなんか元気を取り戻している。

 そしてさっきまで優位に立っていたはずの私が追い詰められている。

 躊躇いつつ視線を向けると自分を凝視する純一郎と目が合ってしまう。

 期待を込めて返事を待つその目に、私は心の中で叫んだ。


 ――誰かたすけてぇーーー!!!



「じゅんいちろぉーっ!」


 不意にかわいらしい声が割って入り、私達は同時にそちらに目を向けた。

 要君が柵の向こうから純一郎を呼んでいた。


「なにしてんのー??せんせいが、みなさん中にはいってくださいだってー」

「あ、そっか…」


 純一郎が現状を思い出して立ち上がる。私も一緒に腰を上げると「それじゃ…」と別れを告げようとした。どう考えても今、私は邪魔者だ。


「番号おしえて!」


 とっさに純一郎が自分の携帯を取り出しながら言った。


「あ、う、うん…」


 勢いに呑まれ、私も鞄から携帯を取り出す。


「赤外線受信にして」

「あ、はい」


 そして言われるがままに赤外線受信モードにすると、あっという間に純一郎データが流れ込んできた。

 ”加瀬純一郎”という表示にわけもなくドキンとしてしまう。


「じゅんいちろぉー!」


 要くんがじれったそうに呼んでいる。純一郎は「行くから!」と要くんに返すと、また私に向き直った。


「俺、行かないとだから…。夜、電話くれる??」

「え!やだ!かけてきて!」


 私は慌てて純一郎の番号に発信した。自分から電話するなんて、そんなの無理!

 目を丸くする純一郎の手の中で携帯がバイブ音を鳴らす。純一郎はそれに目を落とすと「いーよ」と応えた。


「…よろしく」


 純一郎が手早く携帯を操作する。私の番号を登録しているのだろう。

 なにやらひとり、ニヤニヤ笑みを浮かべつつ…。


「”かけてきてっ”だって…可愛いぃ~」


 その声はしっかりと私の耳に届き、絶句した私はひとりゆでだこのように真っ赤になったのだった。

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