2-3 光のお話し
だんだん追いついてしまう……どうしよう
屋上へ行くまでの間、俺は袋の中を確認した。
「って、アンパン二つに、ウグイスパン、あと何故かクリームパンが入ってやがる。おまけで入れてくれたのか?」
なんだか甘いものばかりだなと思いながら階段を上っていたら、上から声が聴こえた。
「あら一般。上に何か用ですの?」
その声の主を確認せずに、俺は言い返した。
「屋上だよ。そっちこそ、食堂で食べるならさっさと行け」
「本当に、いつも通り口が悪い一般ですこと」
「テメェに言われりゃ世話ねぇな」
「なんですって!?」
そう言って怒り出した篠宮姉だが、人が居る中では喧嘩などしたくないのか「……コホン。では、ごきげんよう」と言って階段を下りて行った。
俺はというと、それに合わせて階段を上り、なんだか階段近くに集まっている奴らを睨みだけで牽制して、また階段を上った。
そして屋上。この学園では屋上が自由に出入りできるらしい。俺はここに滅多に来ないし、サボるために来てもまずばれるから、これからも来ないだろう。
……こんなことが無い限り。
面倒だなぁと思いながらドアノブを回し、俺は屋上に出た。
見た感じ普通の屋上。何にもなく、ただ周りがフェンスで囲まれているってだけ。
ただ一つだけ挙げるなら、ベンチが四隅にあり、その奥の方に一人ポツンと座っている姿が見えるだけ。
ひょっとして待っていたのだろうかと思った俺は、足音を消してそのまま近づくことにした。
「くぅ、くぅ……」
「寝てるし」
取り敢えず近づいて確認して光だと分かったのだが、弁当を膝に置いて寝ていた。座ったまま、こっくり、こっくりと舟をこいでいた。
さすがにドラマとかの撮影で疲れてるのか?なんて思いながら、俺は隣に座って肩をゆすることにした。
「おい起きろ。待っている間に疲れて眠くなったのは分かったから、呼びだした用件を言ってからにしてくれ」
何回揺すったのか分からないが、起こすのに数分を要した気がした。
で、起きた時の反応は、両肩を掴んで俺が光と顔を見つめ合っている状態だったからか、あいつの方が急に赤くなり、「あ、あ、す、すみ! すみま!」と最後まで言えていなかった。
その時弁当を落としそうになったが、俺は二つとも拾った。
ん? 自分で言ってておかしい言葉があったような気が?
その弁当たちを、未だにワタワタしている光に落ち着かせて渡し、パンの袋を開けて食べながら訊いた。
「で? 何の用だよ」
光は何故か俺がパンを食べているのにショックを受けた様子だが、何とか答えてくれた。
「お話というのはですね、その、今週の土曜日に出演するバラエティに一緒に「断る」……分かっていましたけど」
昨日の爺さんと似たような事言いやがって。こんな事なら、白鷺の方だってきっと同じだろうな。
なんて思いながら二つ目のパンを食べ始めたら、今までの分なのか急に光が爆発した。
「前から思っていましたけど、どうしてそこまで毛嫌いするんですか!? ドラマや映画のどこがそんなに駄目なんですか!? どうしてそこまで現実にこだわるんですか!? つとむさん、言ったじゃないですか!
『役者とかになりたい奴なんか全国にいるんだぜ。そいつらの夢を壊すんじゃなくて、より一層『なりたい』と思わせることが大切なんじゃないか?』って! どうしてあんなことが言えたんですか! ああ言えるってことは、やっぱりつとむさん、タレントに―――――」
「黙ってくれ。そして、それ以上もう言うな。言ったら俺は、お前の事を突き落す」
ピシッ、と何かが凍った。俺の一言で。
今の俺は、もう色々と限界だった。というより、これまで我慢できた方がむしろすごいのではないのだろうか。
そんな事を思いながら、俺は言葉を吐き出していく。
「俺が毛嫌いする理由? バラエティなら許せるさ。幾分な。だけどな、実際に人が死にそうになった現場を目撃したことがある奴が、ドラマを見てどう思う?
ドラマや映画がダメな理由? 娯楽だというの分かるが、脚色のし過ぎだ。ドキュメントと言っても、所詮は作り物。事実と違う事が多々あるだろうが。
どうして現実にこだわるのか? 夢を見て何が変わる? 目標か? 努力のし方か? そんなたかが知れてるもので、本当に現実は変わるのか?」
そう言って言葉を一旦区切り、ため息をついてからもう一度言った。
「俺は徹底した現実主義者なんだよ。今ある物がすべて。いくらドラマや映画が現実に近いと言っても、俺はそれを認めない。単純なことだ。俺とお前達とじゃ住む世界、方向性が違うんだよ。ドラマを現実と認めず受け入れない俺と、現実ではなくとも受け入れるお前たち。それだけだ。ただそれだけなんだ。あの言葉だって、現実にそう思っていそうな奴らを応援するために言っただけだしな」
まだ言いたいことはあるが、俺はこれ以上何も言わず三つ目のパンを食べ始めた。……甘い。
時間にしてみれば数分。ただそれだけで、俺がどうしてここまでドラマなどを毛嫌いしているのか理解できてしまったのだろう。いや、この場合は理解させたという方が正しいのか。
俺とは対照的に、光は弁当にほとんど手を付けていなかった。最初に用件を話すときくらいしか、食べていなかったようだ。
もうこれで終わりだな。そう思った俺は、残ったアンパンを持ってそのまま教室へ戻ろうとした。
これでもう俺にこの学園での居場所はなくなった。あとは一人で適当に遊んでいるか、不登校になってどこかへ旅するか。
いくらこの学園が退学不可だからと言って、不登校になった挙句家にいないのではどうしようもないだろうしなぁと思いながらドアノブに手をかけたら、
「待ってください!!!」
凄い声量で光の制止する声が響いた。それにより、反射的に俺は手を止めてしまった。
驚いた時の悲鳴もそうだったが、相変わらず凄い声量だな。普通の女のはずなのに。
と、そこで感心してしまったのがまずかった。
光がそのままこちらまで歩いてきて、俺に近づいたと思ったら「まだ話を終わっていません!!」と言って俺の事を引っ張って、再びベンチへ戻ってきた。
「な、何しやがる!!」
その途中で俺はそう言って振りほどこうと思ったが、必死になっている光を見て、止めた。
俺は、どうも女子には甘いようだ。こんな奴にここまで必死になられたら、否が応でも抵抗する気がなくなる。
ま、レディースと喧嘩するときは顔を殴ったことなんて一回もないからなぁと思いながら引きずられ、先程のベンチに戻ってきた俺達。
って、ん? 良く考えたら光って女優だよな? そしたらあれが演技だって可能性も………
「何か良からぬことを考えていませんか?」
どうしてだろうか。俺の考えが読まれている?
なんて思いながら、俺はため息をついてベンチに座り、本題に入ってもらう事にした。
「で? 今週の土曜日に撮影するバラエティ番組って、どんなやつなんだ?」
ただそれだけなのに、
「えぇ! ど、どうしたんですか!? さっきの言葉と全く逆な事を言っていますよ!?」
光に驚かれた。
ヒドクね? まぁいつも感心も興味もないって言ってるからな。周知の事実だし。
そう思った俺は、だったら戻ろうかと思ったが、仕方がないのでこのまま進めることにした。
「うるせぇ。出るかどうかなんて決めてねぇ。ただどんな番組か気になっただけだ。それと、どうして俺に頼むのかも説明してもらいたい」
たったそれだけのこと。少しだけ興味を持った瞬間。
ただそれだけなのに、光は今にも泣きそうになりながら自分の事のように喜んでいた。
「はいっ! 色々説明します!!」
……ま、光の必至そうな顔に負けたというのは、内緒の方向で。
今更ですが、四幕、五幕までの構想はあるのですが書いていった方がいいんですかね。




