1-3 今更な紹介
先週は忙しかったりしたので忘れていました。
放課後。俺は普通に自転車置き場へ行き、普通にバイト先へ向かった。その間、光や白鷺と会わなかったことには、何かしらの不安を感じた。
そのまま自転車を走らせていた。
今日もギリギリ。ま、閉店までずっとあそこだから楽か。と走らせながら思った。
ここまではいい。問題はこの後だ。
そのまま自転車をこいでいたら突如として人が飛び出し、それを見た俺はブレーキを掛けながら車のドリフトに似た感じで自転車を止めた。
思わず怒鳴り散らそうかと思ったが、そうもいかなかった。
なぜなら、そいつの服はところどころ破け、殴られたのか顔がところどころ腫れ、唇を切ってへたり込んでいた。
制服を見た感じ俺と同じ学校なんだと思った俺は、「立てるか?」と訊いたが、怯えて声が出ないのか「あ、ああ……」と言った後そのままだった。
それから、こいつが逃げてきた方から追手の声がしたので、俺は面倒だと思いながら「さっさと逃げろよ。じゃねぇとまた殴られるぞ?」と言ってそいつを立たせて飛び出してきた方と反対側の方へ移動させた。
よろよろと動くそいつに背を向けながら、俺は追手を待つことにした。たくっ。バイトに遅刻確定だな。
待つこと一分。あいつの事を追っていたと思われる奴らが来た。しかし、誰もこの町では見た事が無い顔ぶれだった。ひょっとすると他のところからやって来た不良の集まり(うごうのしゅう)だろうか。
やる事が無くそいつらを観察していたら、一人が俺に話しかけてきた。
「なぁそこのあんちゃん。俺達たかあき町に遠征しに来たチーム弩良群って言うんだけどよ。さっきめちゃくちゃ弱い兄ちゃんがここを通らなかったか?」
至極どうでも良く、大変ありがた迷惑な紹介をされた挙句、さっきのやつをボコったのかという怒りにかられながらも、俺はこいつらを観察した。
数は六十人と多い方か。だが腕は全くだな。こいつらが何人いようが、所詮ただのバカの集まり。うちの町の奴らを相手にするなら百年修行して出直して来い、が、こいつらを観察した感想だった。つまり、ただの雑魚。うちの不良グループの最弱でも相手にならないくらいの弱さ。
ま、うちの町は不良グループが横にも縦にもつながっているし、なにより反旗を翻そうと躍起になっている奴らが多い(俺に対して、ではなく、自分たちが負けたグループに)。その上、うちの町の特色として喧嘩が日常と化していることにより、こいつらより喧嘩慣れ、もしくは戦闘力が高い。しかもこいつらはタバコを吸っているので(たかあき町周辺の不良はグループによって異なる)弱いことは明らかだった。
さておとなしく帰ってもらおうかと思い、俺は言った。
「やめときな。あんた達じゃ、あの町で最弱のグループでさえ勝てねぇよ。さっさと尻尾撒いて帰れ」
その言葉に当然そいつらは怒り、
「何舐めてんじゃボケ――!!」「俺たちゃチーム最強メンバーなんだよ!!」「何ならテメェで試してやろうか! あぁ!?」と口々に喚きだした。
はぁ。どうなっても知らん。
頭をかかえたくなった俺は、未だに喚いている馬鹿どもを無視して自転車に乗ってバイト先へ向かった。
馬鹿どもは、俺が逃げると分かるやすぐさま追いかけようとしたが、こっちがチャリであっちが徒歩。どう考えても自力が違う。すぐに距離は開き、そのまま適当に走っていたら後ろにあいつらの姿はなかった。
帰りに遭遇したらまずお礼参りだな。自転車をこぎながらもはや浪費としか言えないやりとりを思い出した俺は、そうかたく心に誓った。
「すまねぇ。遅れた」
「遅いっ! 客を待たせるんじゃねぇ!! 俺には賄飯以外は作らせてくれないんだから!」
「分かったよ!」
店に着いた俺は裏口から入ってマスターに怒鳴られ、いそいそと更衣室へ行って着替え、溜まっていた料理の注文を古い順から作っていった。結構多いな。
作っては出し、作っては出しを繰り返しながら新たな注文をつくっていくこと、二時間と五十分。(来たのが四時くらいなので、もうすぐ七時)
くたくたになった俺とマスターは、夜の常連の相手を軽く(決して軽視している訳ではない)していった。
「そういえば、さっきここら辺では見ない奴らがたかあき町に行ったのを見たな」
「おいつとむ。たかあき町って、お前の地元だろ? 大丈夫なのか?」
その一人がここに来る前に俺が会ったやつらの話をしたので、マスターが俺に訊いてきた。
「なにがだ? 遠征しに来たっていう奴らの容態をか?」
「どうしてそうなるんだ?」
「マスターも意外と知らないな。たかあき町って、日本全国の中で一ヶ所しかない無法地帯なんだぜ。しかも、警察は喧嘩の現場を見ても逮捕はしないし注意もしない。喧嘩が犯罪という概念が無い町なんだ。だからなのか、あの町で逮捕される奴のたいていは、スリや強盗、強盗未遂や殺人未遂、引ったくりなどしかない」
マスターが不思議そうにしていたから、話題を出した常連のやつが街について説明しだした。
それが一区切りついたようなので、今度は俺が受け継いだ。
「あの町、無法地帯なのに逮捕率が低いから、割と街の雰囲気は穏やかなんだぜ。で、どうして逮捕率が低いかというと、警察とヤクザが提携して町一体の監視をしていたり、不良グループ同士の上下関係が大抵決まっていたりするから、諍いを起こそうにもすぐに鎮圧される。だからあの町の住人の中で逮捕される奴はいない。それでも逮捕率があるのは、他の町から来た奴らが犯罪を起こすからだな。
あ。あそこの町は何故か国に放置されてるし、自治体もない。それでもそれなりにまとまっているのは、あの町で最強のやつが居るからなんだとよ」
皿を洗い終わった時に説明が終わったので、俺は調理室からカウンターの方へ来た。
俺達の話を聴いたマスターは、「あの町はあの町で凄い所だな。俺だったら絶対に住みたくねぇ」と言ってその常連にビール(小ジョッキ)を渡した。渡された奴は、「最強の奴って誰だろうなぁ?」と意地悪いことに俺のことを見ながら言ってきたので、俺はその視線を受け流して注文された料理を作りに調理室に戻った。




