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アイドルッ!  作者: 末吉
閑話2
83/205

或る少女の昔話その2

まだ本編は始まりません。

 小学三年生のある日の休日。

 目が覚めたらつとむが出て行った後だと玲子に聞かされ、安堵にも似た感情を抱きながら過ごしていたところ、インターホンが鳴った。


 手が離せなさそうな玲子の代わりに出てみたところ、いつきが「やぁ」と片手を上げて笑顔で言ってきた。


 いつきとは家族になった次の日から知り合い、聞き上手な上につとむと一緒にいることが多いのも相まって相談相手になっていた。


 今日はいったいどうしたんだろうと思いながら「お兄……は居ませんよ」と答えると、「あ、やっぱりそうなんだ」とあっさり返ってきた。


「僕との約束昨日断りの電話入れてきたから何か用事ができたと思ったんだけど……もうすでに出発した後だったとはね」


 そう言うと彼は溜め息をつく。そこに込められている感情はどこか残念そう……ではなく、『ああまたか』といった諦観の念のため息だったのだが、彼女はそれに気づいていなかった。


 きっと何か大事な用事だったんだろうと推測しながら立っていると、何かを思いついたのかいつきがこう提案した。


「ねぇ茜ちゃん。よかったら町の案内するけれど、今日暇?」

「え?」




 と、いうわけで。


「入学してそれなりに日が経ったけど、友達出来てる?」

「え、えっと……まだ、です」

「あー……やっぱり?」


 いつきに連れられて茜はつとむを探すために外に出ていた。

 その際に学校生活について聞いてみたところ案の定な答えが返ってきたので苦笑する。

 彼が苦笑したのに対し茜は「え?」と聞き返すと、「君は悪くないよ」と意味ありげな答えのみでそれ以上語ることはしなかった。

 煙に撒かれたような感じでもやもやしだした茜が問い詰めようとしたところ、彼が誰かを見つけたのか呼びかけてしまったので機会を失った。


「やっほー井更木さん」

「こ、これは本宮のご子息じゃありゃせんか。一体どうしやした?」

「つとむどこ行ったか知らない?」

「さぁ知りやせんねぇ……矢木のオジキなら知ってるんじゃありませんか? 昨日相談されたらしいですし」

「え、本当?」

「らしいっす。それじゃ、隣にいる彼女の事は黙っておきやすので」

「え、彼女じゃないよ。つとむの妹だよ」

「えぇ!? アイツの妹すっか!? 祝いの品送ってないんすけど!」

「養子だけどね」

「はーそうなんすか。まぁ送らせていただきますね」

「え、あの……え?」


 茜が介入する余地もなく話は淡々と進められ、終わってしまった。

 そのまま分かれる流れになったようなので笑顔で歩き出したいつきの後を追いかけた茜は、隣に並んでから「あの、いつきさん」と質問する。


「なに?」

「さっきの人……雰囲気がどことなく……お兄……ちゃんに、似てる気がするんですけど。どういうことですか?」


 さっきの井更木さんは人相こそどこにでもいる普通の中年なのに、どこか雰囲気がつとむが纏っているそれと似てる気がした。

 その質問に対しいつきは「ん~~」と悩んでから答えた。


「つとむと井更木さんは違うよ。あの人は本物のヤクザだけど、つとむはただの一般人だからね」

「え!? さっきの人ヤ、ヤクザだったんですか!?」

「まぁこの町、まともな経歴を背景に持つ人って割といないんだよね」

「えぇ!?」

「あ、子供の方じゃないよ? あくまで大人の方」

「……」


 茜はその話を聞いて急に怖くなった。

 なぜなら、自分が住んでいる町がどれほど危険地帯かを初めて聞かされたからだ。

 すすむ達は話しておらず、またクラスメイト達とほとんど会話していなかったためこの町がどういった街なのかいまだ知らないでいた。

 なんてむちゃくちゃな町なんだろうという感想とともに自分の身を案じていると、「まぁ大丈夫。今は喧嘩する人間は限定されてるし、女の子はそんなにやらないから」といつきが補足する。


 女の子でもやる人いるってことなんですね……と思った茜は、それを飲み込んで「どうやって探すんですか?」と話題を戻すことにした。

 するといつきは真顔で返した。


「え、それは頭に電話すればわかるじゃん」

「え」


 あまりにもあっさりとした答えに聞き返す茜。彼女はいつきがお金持ちであるということは知っていた。なぜなら家が隣にあり、自己紹介でも聞いていたからである。

 だがヤクザと知り合いだなんてことは聞いてない。

 それが顔に出ていたからだろうか、いつきは説明した。


「知ってるのは僕だから家は関係ないよ。それもつとむつながりだけどね」

「へぇ」


 一体どうしたらそんなつながりが出来るんだろうと思いながら聞き流していると、「あ、もしもし?」といつきが電話を始めた。


 それが彼女が覚えているまでの記憶だった。




 目が覚めたら家の、自分のベッドの上だった。

 確かお兄ちゃんを探そうといつきさんと家を出て……それからどうなったんだっけ?

 ? と首を傾げた彼女だったが、とりあえず部屋を出てお母さんあたりに聞いてみようと考えてリビングへ向かった。


「人参大きく切りすぎよ。その半分ぐらいにして」

「へいへい」

「そうそう。あとね、みそ汁の味が濃いわよ。もうちょっと薄く」

「量増えるんだが」

「そこは気にしなくていいわよ。それよりあんたは料理に集中」

「……うっす」


 リビングにそっと入るとキッチンの方でつとむが玲子と一緒に食事の支度をしていた。というよりも、つとむに調理を教えているようだった。

 なんとなく話しかけづらい状態だったのでそのまま椅子に座ると、気づいていたのか玲子が「ごめんね、茜」と謝った。


「え?」

「今まで隠してて。この町の事」


 言われて茜はいつきの説明を思い出す。

 そしてつい、彼女は聞いた。


「……お母さんも、そうなんですか?」


 対し玲子は照れた様子で答えた。


「うん。恥ずかしながら、この町のレディースでトップ張ってたわ。私と同年代以上はみんな知ってるし、レディースの人たちにも伝説のように崇めてるわ」

「…………」


 聞きたくなかったことに茜は思いっきり顔を伏せる。

 が、そんな様子を見ていたわけではないのにつとむは「人の素性聞いて一緒にいるのが嫌になったのか?」と言葉を発した。


「こらつとむ」

「でもよ、お袋。ある程度聞いておかないとこのままってのは駄目だろ」

「それはそうだけど……って、なんでこんな言いくるめができるのよ」

「半分はいつきのおかげ」


 そう言うと彼は調理する手を止めたのかこちらにきて向かいの椅子に座り、「……まぁこうして初めてしゃべるのがこんなまじめな話題ってのもおかしなもんだと思うけどよ……」と言ってからため息をつく。

 茜は今とても葛藤していた。

 引き取ってくれた人たちはとても優しい人たち。けれど、過去に色々と(・・・)反社会的なことをしていたことに対する恐怖心の思いで。

 私、これからどうすればいいの? と思いながら葛藤してるが故の思考の混乱。考えはまとまらず、様々な思いだけが沸いては消えていく中、ポツリと「まぁ、いいんじゃねぇの」という声が聞こえた。


 反射的に顔を上げる。するとつとむは、何やら気まずそうな顔をして頬を掻きながら「あーなんだ、()。確かにこの町のある程度年齢がいってる人たちってのはそれなりに過去を持ってる」と切り出した。


「けどよ、『この町』での過去がほとんど。うちの街は……なんていうんだっけか、『喧嘩』だけ(・・)なら問題ないんだよ」

「……?」


 つとむの言葉を聞き、茜は首を傾げる。それを見てつとむは頭でなんて説明しようか考えていたところ、救いの手が差し伸べられた。


「つまり、この町は”少々”血の気が多い人たちが住み着いてるからそこらへん気にしてたら始まらない。しかも、そのことさえ目をつむればここ以上に平和なところはない。あとね、茜ちゃんが将来のことについてとか不安に思っているだろうけど、大丈夫だよ。じゃなかったらこの町で就職できてる人が少ないってことになるだろ?」


 茜が声の主の方へ視線を向けるよりも早く、つとむは「悪いないつき」と感謝していた。


「まったく。もうちょっと勉強したらどうだい」

「人並みにやってるんだがこれでも。お前が進みすぎてるだけだろ」

「ところで夕飯は?」

「まだ作ってる途中」


 そういうとつとむは席を立つ。

 そのままキッチンへ向かうと思いきや、茜の頭に手をのせてから言った。


「未来なんてどうなるかわかんねぇよ。今はただ、『ちょっと衝撃的な事実を知っちゃった』程度で良いと思うぞ?」

「はいさっさと作りなさいつとむ」

「へいへい」


 そういうとつとむはそのままキッチンへ向かう。

 茜はというと、言われた言葉の意味は分からなかったけどこの状況をすでに受け入れている自分がいることに内心で驚く。

 今日だけで色々とびっくりするようなことを知ったけど、それが妙に嫌じゃない。

 知ったことに関して胸の中で考えていたところ――ふと思い出したことがあったので聞いてみた。


「あの、どうして部屋で寝てたんですか、わたし?」


 ピシリ、と空気が凍った。







「あの時なんて答えたんでしたっけ?」

「えぇっと確か……『立ちくらみで倒れたんじゃない?』とかだったりした気がするね」


「えぇ!? つとむさんのお母さんってレディースだったんですか!?」

「すごいびっくりしましたね」

「えっと二人とも? とりあえずそこに反応するのはやめてもらえない?」

「でもいつきさん。どうして茜ちゃん寝ていたんですか?」


「……う~ん、まぁ白状するとね、つとむに勝とうと画策した連中が茜ちゃんと僕を人質にとったんだけど、逆に切れたつとむが『俺の家族』人質に取ってんじゃねぇと連中フルボッコにして警察突き出して僕達を部屋に運んだんだ」

「そ、そうだったんですかいつきさん!?」

「うん。でもそのときほら、結構衝撃的な上に状況が状況だったじゃん? だから誤魔化す方を選んだんだよ」

「でもわたし、記憶ないんですけど」

「それはずっと眠っていたからね。まぁいいんじゃない? そこら辺気にしなくて」

「……それもそうですね! 昔のこと気にしても仕方ありませんよね」


「なんだか茜ちゃん、つとむさんに似てますね」

「ええ。血がつながっていなくても兄妹には変わりありませんね」


「……って、長話してる場合じゃありませんでした! お兄ちゃん帰ったんですよね? でしたら私も帰ります!」

「うん。じゃぁね」

「はいさようなら、光さん、いつきさん、えっと…」

「美夏さん、でいいですよ?」

「あ、判りました美夏さん……それでは」


「……さて、どうしようか?」

「そうですね……もうお開きにしません?」

「ですね。まだまだ足りませんけど」



「まぁ、もう少しだけ続くけどね」

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