或る娘の昔話
約二か月ぶりの更新になります。十月はネタが思いつかず、先月は……活動報告で理由をご覧ください。
八神茜は引き取られた子供である。それは、彼女自身も知っている事実である。
元々彼女は孤児ではなかった。一家庭の子供として小さなころは生活できていた。
ただし、それは両親の離婚により終止符が打たれ、それから少しして母親が死去。親戚はおらず、父親の存在はもみ消されたのか誰も知らないということで孤児院に預けられることになった。
故に彼女にとって父親との記憶はほぼ薄れていた。
そんな小学二年生のある日。
孤児院で過ごしていた彼女を見つけたつとむの両親が孤児院に交渉して彼女の事を引き取った。
そこにどんな交渉があったのか彼女は知らない。ただ、すすむと玲子の二人が笑顔で、声を揃えてこういったのは鮮明に覚えていた。
「「これから家族になるんだ。よろしく!!」」
――こうして彼女は八神家の一員になった。
その日に家に来ることになった彼女は荷物を持ってすすむ達と歩いていた。
孤児院があった場所はくれな町。たかあき町まで歩くのは当時の彼女にとってつらかったことに分類されるのだが、すすむ達がテンション高めだったのでそんなことはあまり気にならなかった。
荷物自体は玲子が持ち、時折すすむが肩車していたのでそれほど疲れなかったことも分類されなかった一因だろう。
ともかくつられて元気になった茜が家に到着し、玄関を開けた時――――その人物はいた。
頬や腕、わき腹や足に傷を負い、血が流れているのに平然と靴ひもをほどいている少年。
あまりの衝撃的な現状に立ち尽くしていると、いつものことなのかすすむが「よぉつとむ。今度はどこと闘ってたんだ?」と軽い口調でその少年に質問した。
つとむ――と呼ばれた少年は顔を上げ――目つきが鋭いからか不機嫌そうな顔に見える――少しだけ首を傾げてから「爺たち」と短く答えた。
口の悪さが目立つ彼だったが、それ以上に常日頃から戦っているという現状に茜は驚く。
対しすすむ達は何ともない口調で「おー負けたか」と返した。
「引き分けだ。三対一で」
「頑張ったわね。まだ元気な人たちなのに」
「ガキに負けるかと言ってたからそのせい……っていうか、」
靴紐をほどき終えた彼は廊下に立ってから茜にその鋭い目を向け、「どうしたんだ?」と質問した。
まるでモノを見るかのような視線に彼女がビクッと恐怖心を感じていると、すすむと玲子が声を揃えて「今日からお前の妹だ!!」と答えた。
「どういった経緯だよ」
「え? 単純に孤児院通り過ぎた時にピンときたのよ」
「そうそう。ビビッときたんだよ」
その答えを聞いたつとむは眉を潜めたが、大して興味がないのか「そう。八神つとむだよろしく」と言ってから奥の方へ消えていった。
「悪いな、茜。ちょっとつとむは……お前の兄さんは初対面に対しての警戒心半端じゃないから」
「そうそう。口は悪いけど素直でいい子なのよ」
呆然とする彼女に対し両親は弁明する様に言ったが、当然耳に入っておらずただこう思っていた。
――怖いな、と。
養子縁組などの手続きが終わり、正式に家族となってすぐに茜が感じた事。それは、自身の兄となったつとむがいつもどこかに怪我をしているということと、そんな彼を見てもすすむや玲子はそれほどあわてないということ。
どういうことかを聞いてみたが彼らは「まぁいつものことだから」と言って詳しく答えてくれなかった。
それなら、ということで本人に聞いてみようかと思ったが、雰囲気がとても近寄れるものでもなかったために会話をすることはなかった。
そんなこんなで小学三年生に上がった彼女は、たかあき町にある小学校に転校することになった。
理由としては学区が変わってしまったからというものだが、今でも転校前の学校の友達は仲がいいので喧嘩別れをしたわけではないとだけ明記しておく。
ともかく。転校した先の学校はつとむも通っている学校で、その投稿初日の前日に聞かされた二人の反応はまちまちだった。
つとむはたいして興味のなさそうに。茜は少しおびえながら。
何せ一緒に登校することになるのだ。普段から特に会話もなく、また毎日傷だらけで帰ってくる彼と。
その反応を見たすすむと玲子は『つとむには会話しろと言ってるんだけどなぁ』と思いながら内心でため息をついた。
「そういえばさ、つとむ」
「あん?」
ところ変わって公園の帰り道。
いつも通り友達と遊んでいたつとむといつきが帰り道一緒に歩いていると、不意にいつきが漏らした言葉につとむが反応した。
それにいつきは「妹さんとの関係は良好?」と間髪入れずに質問した。
「……」
「え、なんで黙るんだい?」
「……」
沈黙で押し通す彼に、いつきはしつこく食い下がる。
しばらくそのまま歩きながらにらみ合いが続いていたが、つとむは息を吐いて答えた。
「一言もしゃべってない。最初の出会いの時以外」
「うわっ。それって家族としてどうなの? 妹さん、茜ちゃんだっけ? とっても君の事怖がってるんじゃないの?」
「怖がってるな。喧嘩ばっかして帰ってくるから」
「それはまた……大変なことになったね」
「大変というか……あれはどちらかというと俺が巻き込まれてるだけなんだが」
そういって欠伸をするつとむ。対しいつきはため息をついていた。
「なんていうか、君って段々感性がおかしくなってない?」
「おかしくなってないというか……多分、もともとおかしいんだが」
「はっきり言うね。自分がおかしいって」
「俺が正常だとしたら世の中大体の奴狂ってるだろ」
「それはどうなんだろう……?」
素直に首をかしげるいつき。それも見ず、つとむは「最近よ……俺の中で世の中が褪せてきてるんだよ」とつぶやいた。
「え?」
「いや……なんでもない」
「まぁいいけど……ところで、君の妹さんとの仲なんだけどさ」
「んだよ」
「本当にこのままにしておくつもり?」
「…………どうだろうな」
煮え切らない答えを示すつとむ。いつきはそれを聞いて珍しいと思いつつ「で、囲まれたわけなんだけど、どうする気?」とあたりを見渡してから尋ねる。
つとむはその質問に対し息を吐いてから囲んでる大人たち――高校三年生ぐらいの男達――に冷静に言った。
「負けたっていうのになんだ? 性懲りもなく痛めつけに来たのか?」
その挑発にも似た発言に彼らは苛立つ――かと思われたが、「いや、そりゃねぇよ」とつとむの前にいる長髪の男が答えた。
「だってこの人数でやってもお前、最終的に勝つだろ。それに、ガキにコテンパンにやられたからすぐに仕返しってのもカッコ悪いしよ」
「だったら何の用だ?」
「お前に忠告しておきたいことがある」
「?」
つとむが首をかしげると、その男は「俺たちは確かに負けたし、この町の天下に近い組織二つも勢力に入れてるんだから怖いものはないだろうけどよ」と前置きしてから言った。
「そんなもの関係なくお前の周りの人間に手を出す奴だっているんだ。世の中正々堂々なんてばかりじゃねぇってことを言っておきたくてな」
「……」
「ま、たまたま出会ったというのもあるが。じゃぁな」
話を聞いていたつとむが沈黙していると、男はそのまま周りにいる人たちに「行くぞ」と声をかけて通り過ぎていった。
「だよな……俺もそこら辺に関して考えないといけないんだよな」
通り過ぎていった人たちを振り返ることなく、言われたことを反芻するようにつとむは歩きながらつぶやいたが、いつきには幸い聞かれていなかった。
「……最初の頃は本当、ただただ怖いってイメージしかありませんでしたね、お兄ちゃんの事は」
「小学生のころにはすでにそんなイメージが付きまとってたし、本人も助長するような態度だったからねー」
「そんな昔からだったのですか?」
「まぁね」
「そしたらいつあんな風に仲が良くなったんです?」
「えっとそれは……その」
「「??」」
「二人に委縮してるみたいなんだけど……まぁいいか。仲良くなったのは三年生のころだよね。小学生の。ほら、ちょうど僕と一緒につとむ探してた時」
「は、はい! そうです!!」
「どうしてつとむ君を探す必要が?」
「約束の日に野暮用が入ったからと言ってどこかへ出かけたのを追いかけるために茜ちゃんと一緒に出掛けたんだよね?」
「そうですね……今にして思えばあの日助けてくれたのがお兄ちゃんだったんですね」




