エピローグー5
まだ続きますよ。しつこいようですが。
観覧車乗り場までの間に十年前の事を説明し終え、話を聴き終えた美夏は「私もその現場に行けば良かったです・・・・・・」と、なんだか後悔した物言いだった。そんなに俺の庶民服が見たかったのかね、なんて思っていたら、
「子供の頃の八神君が見たかったです」
らしい。なるほど。分からん。
そもそもどうして俺の子供の頃なんて気にしてるんだろうかなんて思ったが、そこは空気を読んで自重した。その代り、
「いつきにでも頼んだらどうだ? あいつ何故か俺の子供の頃の写真もってたから。一応家にもあるが、そんなに無いらしい。特に、妹が出来る前までは一枚もないらしいぜ」
と言った。どこにでもありそうな話だったはずなんだが、こいつは何故か俯いていた。
「どうした?」
俺がそう訊いても、美夏は何も言わなかった。どうしたんだ、一体?
今回はいつにもましておかしいなと思いながら、俺達は観覧車に乗った。
「「・・・・・・・・・・・・」」
観覧車に乗った俺達だが、先の沈黙がまだ続いていた。唯一の音は、風で揺れるゴンドラの音ぐらいだ。
ま、俺は外を存分に眺められるから問題はない。ないのだが・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・」
なにやら美夏が先程から考え込んでいるらしい。俺がああ言った時からなんだが、どうしてこうなったのか分からん。
しばらく沈黙の中外の景色を眺めていたところ(丁度一番上に来た時)、美夏が口を開いた。
「・・・・八神君」
「ん? どうした?」
なんだか決意を固めたような口調だったので、俺は素直に話を聴くことにした(今まではどうかと訊かれると、それはそれで真面目に聴いてきた)。
「私、初めて会った時結構楽しそうだったのを見て、あなたの事が気になったのです。だから詳しく知りたいと思っていました。でも本宮さんから話を少し聴いた時、あなたの身の上の話を訊くことに躊躇いを持ちました。だって・・・」
そこから少し言い淀む美夏。迷っているのか、それともどう言おうか悩んでいるようだったので、俺は円滑に話を進めるために窓を見ながらこう言った。
「俺がこれまで死にそうな目に遭いまくっているからだろ? そんなのは気にしてねぇよ。どうして俺の身の上話を聴きたいのかは知らないが、いちいち気にするな。それに、心配もするな。元気なんだからな」
それに、元気でやっているのに心配されるのがこっちにとっちゃいい迷惑だ、という言葉もあったが、言わなかった。分かるだろ? 多分。
本人がそう言っているのに、こいつは未だに躊躇っていた。
「ですが・・・・・・・誰だって心配しますよ。幼少時代から事件に巻き込まれているといわれたら。そういうあなたは、ご自身を心配なさらないのですか?」
「してるさ。あんたと別れてから死ぬんじゃないかとか、今からこの観覧車が停止するんじゃないかとか。万一の可能性は毎日ずっと考慮してる。言われるまでもねぇよ」
そう言って美夏の方を見たら、ワンピースの裾をギュッと掴んで下を向いていた。顔の表情を悟らせないためだと思うが、なんだか悲痛な面持ちのような気がした。
そんなに悲しいものだろうかと俺は思うのだが、気にしてどうなるものでもないので話を聴くだけにした。
「・・・・・・だとしても、不幸だと思った事は無いのですか? そんな、毎日毎日死ぬかもしれないと怯えることに!」
と、ここでこいつは顔を上げた。どうやら、泣きたいのを今も堪えている様だ。必死に裾を掴みながら、それでも泣きたそうなのを我慢していた。
・・・・・・・こいつは演技ではなく本気で心配してるんだと、俺は思えた。そして、こんな時でも疑ってしまう自分に嫌気がさした。
本気で自己嫌悪に陥ってしまいそうだったので、俺は美夏の叫びに答えることにした。
「前は思っていたさ。どうしてこんなことが毎日のように起きちまっているのか、ってな。誰だって死ぬような目に遭うのは御免だ。しかも、それが毎日のように続く。いっそ引き籠ったり自殺した方が楽なんじゃないかと思ったくらいだ」
「だったら・・・!」
「でもな。ある時こう考えたんだ。
『死ぬような思いをしたが、結果として誰かを助けた事になっている』って。
それでふと今までの事を振り返った。そしたら、間接的、あるいは直接的に俺は人を助けていたことに気付いた。そして、その度に『ありがとう』と言われていたことにもな。
さらに言うなら、普通のやつの友達はいなくなったが昔より友達、いや仲間か。そいつらが増えていた事にもな。
そして、子供の俺はこう結論づけた。
『生きている間いつ死ぬか分からないのなら、自分の気持ちを信条として生きていこう』
ってな。正直その時思ったことを今の俺が律儀に守っていることには驚きだが、それが俺の気持ちだと思えば納得も出来る。
だから怯えるのではなく、日々を楽しく生きていこうと考えられ、今の俺がある。
だから死ぬような目に遭っても大丈夫なように、体を鍛えたりした。
だから俺は割と本音しか言わない。
だから俺は――」
「もういいです!!」
淡々と答えを説明していたら、美夏がついに叫んだ。そして、泣き出してしまった。
まだ言いたいことがあったが、これくらい言えば納得はしてくれるだろうし何より泣いてしまったのに続けるとかどこの鬼畜だよと思ったので、俺は言いかけた口を閉じ、黙って美夏の隣に座った。ま、泣かしちまった責任は俺にもあるわけだしな。
それを見たのかどうか知らないが、美夏は俺の腕にしがみついてそのまま泣き続けた。
外聞も何もかも捨てた、一人の人間としての本気の涙。そう直感した俺は、目敏そうなあいつらにどうやって口止めしようか考え――――ようとしたが、横で泣いてる奴に失礼だと思い空いてるほうの手を頭に置いて、撫でた。
やっぱりさらさらしてるなぁと思いながら、乗り場に戻る少し前まで美夏は泣き続けていた。
観覧車から降りた時。
俺の片方の腕は濡れ、美夏は少しだけ元気を取り戻していた。
「お恥ずかしい所をお見せしました。すまみせん・・・・・・・・・・・・」
「いや、気にするな。あれは俺も言い過ぎたと思ってる」
泣き止んでから今までに、軽く四回くらいはやっているこのやりとり。そこまで気にする必要なんてあるのだろうかと不思議に思ったが、相手はお嬢様。きっと何かしらを警戒してるとかそんなものだろうと考え、ツッコミをしなかった。
「でもま、お前が元気になってよかったぜ」
「どうしてですか?」
「そりゃ、悲しい顔より笑顔がいいからに決まってるからだろ。それに女の泣き顔はみっともないってわけじゃないが、辛気臭い」
「それは酷い言い草ですよ、つとむ君。女性の泣き顔を辛気臭いとか言ってはダメです。いうなら、そう。『お前には笑顔が似合う』くらいは言ってもらいたいものです」
「却下。いつきもあんたもいつも笑顔だから似合うといえば似合うが、そういうのはめったに笑顔を見せない奴に言うもんだろう。・・・・・・それと、気のせいか? 俺の呼び方が変わった気がするんだが」
「気のせいですよ、つとむ君」
「気のせいじゃねぇだろ! 今まで『八神君』だったのが、『つとむ君』だぜ!? 今までそう呼んだことないのに、どうして今更!?」
「私だけ苗字だと遅れている気がしたので、この際だから呼び方を変えてみました」
「・・・・・・なんか嬉しそうだな」
「はいっ♪」
そう言って俺を見る美夏は、屈託のない満面の笑顔だった。うっ。これはヤバイ。なんつう破壊力だ。
直視できなくなった俺は顔を背けながら、
「じゃ、じゃぁ、かえっか。もうすぐ五時だし」
と言った。それを受けた美夏は俺の腕にしがみついてから、
「そうですね♪」
と言ってクスクスと笑っていた。いつものあいつに戻っていた。切り替え早いな、おい。
こうして、短く感じられたのに内容が濃かったこいつとの遊園地は終わった。
余談だが、家に帰った俺を待っていたのは、帰りが遅いと怒っていた茜と、何故か平然と夕飯を食べているいつきだった。
「お兄ちゃん!? いつきさんから聴いたんだけど、今日デートしたって本当!?」
「おいいつき。光と一緒にストーカーまがいなことした挙句、妹にデタラメ教えやがって!しかもなんでうちで夕飯食ってるんだよ!?」
茜が俺に怒鳴ってきたので、元凶となったいつきに話を振った。そしたらさも当然の様に答えた。
「あれのどこがデートと呼べないんだい? まぁ尾行したのは僕達に非があるから素直に謝ろう。けどね、デタラメを教えたと思ってはいないからね? 僕の視点での客観的事実を述べただけだよ」
ここで一つの可能性に至った俺は、すぐさま訊いた。
「・・・・・・・・・お前。断られたこと根に持ってるだろ」
「そうじゃないよ。僕は偶然にもあの場にいて、偶然にも長谷川さんと会い、そしてこれまた偶然にも君たちの事を見かけたから、尾行してた訳さ」
「根に持ってやがるな」
確定。だからあんなプレッシャーをかけるような視線を送ってきやがったんだな。
俺が心の中で頷いていると、いつきは話題を変えた。
「さて、ここにいる理由を言っていなかったね。それは君のお母さんから連絡があってね、君のお父さんから居酒屋で飲むって電話があったから、君が帰ってくるまで茜ちゃんと一緒に居てねって言われたわけさ」
「あれ? いつきさん、泊まってもいいよって言われて結構嬉しそうでしたよね?」
茜が不思議そうにいつきそう訊いた。それは言わなくても良い事だと思うぞ。
現に、いつきは食べようとして固まってしまった。あ。やっぱり地雷だったか、これ。
さらに追い打ちをかけるように、茜はいつきに訊いた。
「それからすぐに、家の人に電話していませんでしたか? 今日うちに泊まるから今から言うもの持ってきてくれない? とか」
どうしてだろうか? 今日の茜はいつもより攻撃的だ。もしかして、何か怒らせるようなことをしていたのだろうか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・心当たりが多すぎて困った。
ま、今更どうしようもないかと切り替え、茜に訊いた。
「俺の夕飯は?」
「お兄ちゃんのなんか知らない!!」
ふむ。つまり作っていないと・・・・・・・。
お袋め。今日も自分でつくれってか。・・・・・・でもま、一人暮らしするならこれくらい甘えずにやれって意味なんだろうな。
とりあえずそう納得して、俺は冷蔵庫を開けて中身を見、適当に夕飯をつくることにしたんだが、
「冷蔵庫に入ってるのは誰のだ?」
冷蔵庫の中身を見た時に、いつきが食べているのと同じものが入っていたので、リビングにいるはずの茜に訊いてみた。返ってきた答えは、「そ、それは私の分なの!」と、言い訳めいた口調だった。
その言葉を聴いてすぐさま嘘だと分かったが、おとなしく自分で料理を作ることにした。
ダイニングキッチンなので、ここから、夕飯を食べているいつきと何故かそれに敵愾心を持って見つめている茜が見える。なんつう構図だよ、全く。
「あれ? 夕飯をつくっているのかい? 冷蔵庫にあったはずだけど」
俺が調理しているのが視界に入ったのか、いつきは冷蔵庫に俺の夕飯があると教えてくれた。
やっぱりか、と内心頷きながら、
「明日の朝にでも食べるか、茜が食うじゃねぇか?」
と言って出した食材を切っていき、調理していった。
出来た夕飯をテーブルに運び、俺は茜の隣に座って(正面がいつき。座ったら二人が途端に居心地が悪そうに顔を背けた)、夕飯を食べ始めた。
結局、いつきは泊まっていった。
三幕まではしばらくお待ちください。




