エピローグ-3
エピローグという名の第五話
「私、あんなに人が多いバスに乗るの、初めてです」
「そうか。俺はたまにあったな。その時はずっと立ちっぱなしだったが」
目的地に降りた俺達はそんなことを言いながら歩いていたが、ゲートの前でふと俺は足をとめた。
「どうしました?」
そのまま歩こうとしていた美夏は、俺が足をとめたことに同じく足を止め訊いてきた。
「入場券を買っていないんだが、どうするつもりだ?」
俺は、そのまま行くんだから何かしらあるんだろうと思ったが、気になったので訊いた。
返ってきた言葉は案の定、
「ありますよ。二人分きちんと。ちょうどもらったので、使わせていただこうかなと思いここを指定したのです」
だった。
その答えを聴いた俺はそのまま美夏に追い付き、「行くか」と言って再び美夏の手を引いてゲートまで歩きだした。
さっきは焦ってわからなかったがこうして手を握ると華奢だなぁと思い、不意にこいつがつけていると思われる香水の匂いがしたので、俺は心の中ではドギマギしながら、表情に出さないようにゲートに入った。
ゲートに入って入場券の確認をするときに、美夏が見せた券を見たスタッフは、少しあわててどこかに電話した後、パスポートっぽいものを二つ美夏に渡して「ど、どうぞ! ごゆっくり!!」と言って何度も頭を下げていた。どうしたんだろうか? わからん。
で、美夏が俺にその一つを渡してきたので受け取り、地図を見ながらまず何から行こうかと話をしようとしたが、バスに乗る前にも感じた視線を感じたので、いろいろ面倒になった俺は美夏を抱えてそのまま走りだした。美夏は「あ、あの。できるならこういうのは二人きりのほうがよかったのですが……」とかなんか言っていたが、構わず走った。
周囲の人からどんな目で見られているのか知らないが、突然俺がこんな行動をとったことに驚いているのは確かだろう。ていうか写メ撮るな。うざったい。
走りながら、結構軽いな、こいつと思った。
「ここまで来れば問題ないか」
「あ、あの」
「どうした?」
と、言ったところで俺は気付いた。
先程からずっと美夏を抱えていたことに(お姫様抱っこ)。そして美夏の顔がリンゴの様に真っ赤になっていたことに。
「あ、わりぃ」
そう言いつつ、俺は美夏を優しく降ろした。美夏は降りた後、「い、いえ!大丈夫です!」と言って俺から少し距離をとった。
だよなぁ。いきなりあんなことしたら離れるのも無理ないよなぁ、と思いながら周囲を見渡していると、
「あ、あの。私、重くなかったでしょうか!?」
まだ真っ赤の美夏がそう訊いてきた。
俺は別に何とも思っていなかったので、
「いや? バイトしているときに持ったものより軽いぞ。ていうか、見た目に反して軽いよな、あんた」
と、正直に答えただけなんだが、本人はものすごくホッとしていた。体重なんて気にする必要あるのか?
俺の答えに落ち着きを取り戻したのか、美夏も辺りを見渡しながら訊いてきた。
「今、どの辺にいるんですか? 後、どうして先ほどのようなことをしたのですか?」
俺はパスポートと周囲の地理情報を確認しながら答えた。
「ああ。ここはどうもお化け屋敷の近くだ。ほら、そこにあるぞ。で、どうしてあんなことをやったのかというと、尾行されてる感じがしたからだな」
その答えに美夏は納得し、「それでは、ちょうどアトラクションがありますので、行ってみますか?」とお化け屋敷を指さして言ってきた。
ま、別にいいかと思った俺は、「好きにしろ」と言って周囲を見渡した。まだ視線を感じる。でも今のはさっきのとは違う感じだ。
新たに感じる視線の主について考えていたら、「早く来てくれません!?」とお化け屋敷の前で手を振っていたので、考えるのをやめ、お化け屋敷に向かった。
「ではどうぞ」
「ん? 券売機で券を買っていないんだが、通っていいのか?」
パスポートを見せてくださいと言われたから見せたらそのまま通っていいと言われたので、俺は不思議に思い係員に訊いた。
「先ほど全アトラクションの関係者に無線で通達が来たので、問題はありません」
そう言ってから再び「では、心行くまでお楽しみください」と言ってお辞儀してきた。
仕方がないので、「行くか」「はい」という感じで、俺たちはお化け屋敷の中に入った。
「ウバァーーー!」
「怖くないですね」「ああ」
機械か人間がこうやって脅かしてくるが、俺はこういうものにはあまり驚かないし、美夏も怖がるってタイプじゃないらしい。ただ、時折わざとらしく「きゃー!」と言って俺の腕にしがみついてくることがあるが、抵抗もせずしがみつかれている(その時の俺の心情は胸を押し付けられたことに対するよりも、どうしてこんなことをするのかに傾いていた)。
「い、今の怖かったですね」
「いや、全然。ていうかよ、あんただって怖がってねぇじゃねぇか。しかもワザとらしくしがみついてくるし」
そのままの意見を言っただけなんだが、「八神君は本当に乙女心を理解していませんね。そうだったら、彼女なんてできませんよ?」と何故か注意された。しかも、口調にトゲがあった気がした。
これ以上何か言ったらややこしいことになりそうだと直感した俺は、「そうか」とだけ言ってその会話を終わらせた。
結局、お化け屋敷は俺にとって退屈で、出てくるお化けに睨みを利かせたら、そいつらが勝手に委縮してしまった。そして、六回くらい抱き着かれた(ワザとらしいのは相変わらず)。
「怖かったですね」
「あっちが勝手に怖がってたけどな」
「怖かったですよね?」
「別に?」
「こ・わ・か・っ・た、ですよね?」
「今のその顔が怖い」
「乙女にそんな事を言うのはダメですよ」
「へいへい」
お化け屋敷を出た時の俺達の会話。正直、美夏が嬉しそうな顔をしている理由に検討が全くつかないんだが、どうでもいいだろう、そんなことは。
次にどこへ行くかという話をしたら、「ジェットコースターに乗ってみたいです。あれ一度も乗ったことが無くて」という美夏の提案で、ジェットコースターに乗ることになった。
で、実際に行ってみたところ、行列が出来ていて一時間待ちだった。
「どうする?」
「そうですねぇ…………。それでは、次はここなんてどうですか?」
と言って地図のある場所を指差した。その場所とは、
「メリーゴーランド? 一回もないのか?」
「ええ。八神君はあるんですか?」
「あるわけないだろ。ま、俺は見てるだけにしとくわ。こんな恰好のやつが乗るなんて場違いにもほどがあるだろ?」
「え? 乗らないんですか?」
「真顔で返しても、乗らないぞ。とりあえず写真だけは撮ってやるから。昼にメールでも送ってやる」
「・・・・・・・・・・ふふっ。ありがとうございます♪」
という訳で、俺はメリーゴーランドに乗る美夏の撮影をしなくてはいけなくなった。
二人組の視線とは別方向からの視線の正体を考えながら、俺は美夏の後を追うように歩いていった。
そういえば、翠が『明日遊園地のレポートするからさ、用事が終わったら見に来てね!』と去り際に言っていたけど、ここじゃないことを祈りたいものだ。
メリーゴーランドに乗っている美夏の写真を撮り、柄の悪い奴ら(係員にいちゃもんをつけていた)を耳打ちで追い返し、フリーフォールで叫んだ。
なんて言ったかって? そりゃ、「ジジイの馬鹿野郎―――――!!」以外にありえないだろ。(ちなみに、彼の声は遊園地に響き渡ったことは、言うまでもない)
で、今は昼食の時間(午後十二時四十分)。だからテーブルと椅子が沢山あり、屋台もある場所にいた。どうも誘ったからという理由で奢ってもらえるらしい。明日服買う予定だったからありがたいぜ。
しかし、問題点は美夏がお嬢様という事。ジャンクフードの事など知らなかったらしく、「これってどんな食べ物なのですか?」とメニュー表の写真を見て俺に尋ねてきた。
仕方がないので、俺が適当に注文し、色々と追加注文を美夏に要るかどうか訊きながら応対し、カードで払おうとした美夏を止め、結局俺が払うことになった。計千五百八十円也。
「こんな所でキャッシュカードは使えないぞ」
「すみません。こういうところにはドラマやレポート以外に来たことが無いので。それに、一緒に行ってくれる人がいませんでしたから」
「生徒会の奴らと一緒に行けば良かっただろ。あいつらなら喜んでくるんじゃないか?」
「でも、初めて来るのでしたら、やっぱり……」
「ん?」
「な、なんでもありません。……ところで、千五百八十円でしたっけ。ちゃんとお返します」
「そうしてくれ。……さて、食べるか」
「すみませんが、食べ方、教えてくれませんか?」
やっぱりか。さっきの反応を見てもしや、と思ったが食べ方も知らないのか。ま、習うより慣れろ、ってことで。
「こうやって食べるんだよ」
と言って俺は注文したチーズバーガーをかじりついた。しかし、久し振りだな。ジャンクフード食べたの。
そうやって俺が食べているところを見ている美夏は、「結構豪快に食べるんですね」と言ってから少し口を開けて食べた。
反応に少し興味を持った俺は、よく噛んでいる美夏の事を観察することにした。
しばらく噛んでいたようだが(察するに、味の吟味とか、そんなもんだろう)、やがて呑み込んだ。そして、少し沈黙を取ってからこう言った。
「あ、美味しいですね、これ! 今度作ってもらいたいです!」
そう言っている顔は驚きと嬉しさが混じっていた。余程衝撃的だったんだろうか? とは思わずにはいられなかった。
俺はさっさと食べ終えてからコーラを飲み、それからポツリと、
「それはあんたの勝手だが、カロリー意外とあるぞ?」
と言った。どうしてこう言ったのかというと、今までのを諸々込めたからだ。
そしたら、案の定美夏の動きが止まった。
はっはっは。今までのお返しだ。なんて内心ほくそえんでいると、
「ヒドイですね。もしかして、八神君は私を怒らせたいんですか?」
と、なんだか何時ぞやのいつきのような感じの雰囲気を醸し出している美夏が目の前にいた。
あ~。こりゃしまったな。と今更後悔した俺は素直に謝ろうかと思ったが、美夏の頬にケチャップがついているのに気がついた。ていうか、あっちは気付いていない。
俺は今にも怒り出しそうな美夏に紙ナプキンを片手に近づき(その時怒気が消え、顔が赤くなったが気にしなかった)、顔と顔がくっつきそうになってから頬についていたケチャップを拭いた。そして、何事もなく席に戻りコーラの残りを飲んだ。
食い終わったら何するんだろうかと思いながら美夏に話しかけようとしたら、あいつは頬に両手をあて、俺と視線を合わせようとしなかった。もしかして、さっきの行動のせいか?
ま、それはそれでしょうがないか。と思った俺は、席を立ち紙コップと包み紙、紙ナプキンを捨てに行こうとしたが、
「あの・・・・・・先程はありがとうございます」
と小さい声で言ったので、再び座って「どういたしまして」と言って辺りを見渡した。
ふむ。先程までの視線が一旦消えている。ま、ここは広いし隠れる場所が無いから当たり前か。
これからどうするんだろうなぁと思いながら欠伸をしたら、いつの間にか復活したらしい美夏が、
「ごちそうさまでした。・・・・・・・それでは、行きましょうか」
と言って立ち上がった。それを見た俺はようやくかと思い席を立ってごみを捨ててから次の場所へと移動した。
今度は、美夏の隣にいた。
ではしばしのデートをお楽しみください。




