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アイドルッ!  作者: 末吉
第四話~八日目から十三日の出来事(及び風井翠の回想)~
70/205

4-13 合宿側の十三日目

 いつき達はというと。

「今日もマラソンがきつかったよね」

「そうですね」

「それでも・・・・普段の表情が・・・・・・崩れないのは・・・・どういう・・・こと・・すか?」

「大丈夫か? 慎」

「あ。うん。大丈夫」

「菊地君の変わり身って早いよね」

「だから役者になりたかったのでしょうか?」

 マラソンが終わった直後。

 バテている人がいる中、いつもと変わらぬ表情を浮かべている人達が数人いた。そこへ、

「少し休んでから旅館に戻ってください」

 先頭集団を引っ張っていた生徒会二人が終わった人たちにそう言って、他の人の帰りを待つように駐車場入り口に向かった。

 それを見ながら光はポツリとつぶやいた。

「流石生徒会の人達ですね。あまり変わっていません」

 それを聴いた慎は、

「いや、貴方達も似たようなものっすよ」

 とツッコミを入れていたという。

 ちなみに。最近親衛隊が出てこないのだが、マラソン中は先頭集団におらず、昼食時はそれほど目立つことはせず、夕食時にはそれとなく配置され、何があった時にいつでも助けられるようになっていた。つとむに関しては、以前ボコボコにやられたせいか睨むぐらいしかできなくなっていた。ま、おそらく全学年の親衛隊がそうなのだろうが。

 そんなどうでもいい話はこれまでとして。

 慎のツッコミを聴いたいつきはというと、

「そうかな? これでも表情に疲れが出ていると思うんだけど?」

 傍から見れば全く変わっていない表情で答えた。

 その顔をちらっと見た甲斐は、

「・・・・いや。どこに出ているのか分からない」

 こちらもいつもと変わらぬ表情で答えた。

 と、ここで普通に会話に参加していると思わなかったいつき達が驚いた。

「新妻君。いつから話に加わっていたの?」

 それに対して甲斐は、屈伸をしながら答えた。

「最初から、だが?」

 それを聴いた三人は、そう言えば居たなぁと思った。


 ある程度休憩したので、いつき達は旅館に戻ることにしたが、慎が、

「僕、ここで待つっすから。先行ってていいっすよ」

 と言い出した。なので、三人は足を止めた。が、すぐさま理解できたので、

「優しいね、彼女を待つだなんて」「頑張ってください」「野暮なことは言わん」

 それぞれの茶化し方で慎を茶化し、顔を真っ赤にしている慎を置いて旅館に戻った。

「ところで、新妻君はどうして僕達と?」

「おかしいか?」

「人と普段話をされないそうなので・・・・・」

「学校ではそうだな。八神と似て」

「そういえば、つとむさん、来れなくなったんですよね」

「そうだね。でも・・・・・・・」

「でも?」

「意外と近くにいるんじゃないかと思うんだよね。僕達が知らないだけでさ」

「どうしてそう思うんだ?」

「なんとなく」



 旅館に戻ってそれぞれの部屋に行ってから色々した後に、昼食となった。

 いつきは、初日からずっと一人である。中性的な顔立ちの彼女だが、学年内では光と並ぶ人気者である(本人は知らない)。だから彼女と一緒の席に座りたいと思う男子や女子が多いのだが、つとむのせいか、はたまた一人の席しか使わないからか、誰も近寄ってこなかった。ただ、クラスの女子やほかのクラスの女子は、遠慮なく話しかけてくる。それがいつきにとっては、戸惑うものでもあり新鮮なものであった。

 この日も一人で食べていたのだが、ちょっと違った。

「前、いいか?」

「新妻君?」

 いつきが食べていたところに、甲斐が来たからだ。

 別に断る理由は無いし、言いたいことがあったから別にいいかといつきは思ったので、普通に頷いた。

 それを見ずに既に座っていた甲斐は、「助かる」と言って昼食を食べ始めた。

 二人は話すことなく食べ進めていたが、急にいつきが話しかけた。

「新妻君。君は今でもつとむに対して敵意を持っているのかい?」

 それを聴いた甲斐は、箸を止めざるを得なかった。だが、『あの時』の事を知っているのならこの質問も頷けると思い、食事を再開させながら答えた。

「・・・・ああ。あの時の屈辱を忘れてないからな。それに、あの時のせいで俺は…!」

 それを聴いたいつきは、食事を続けながらそんな甲斐を冷めた目で見て言った。

「それは君が悪いんだよ。あの判断は間違っていた。だから、君がつとむに敵意を向けるのは間違いだ」

「お前に何が分かる!!?」

 立ち上がりながら言った甲斐の言葉で、場が、空気が、凍った。

「あいつは、何もかも切り捨てられるやつだぞ! 感情も、友達も、つながりも、何もかもだ! 俺は気付いた。あいつは、八神つとむは、自分では何もしない! 何も求めようとしない! あの時だってそうだ! あの時、あの場にいた中で、あいつだけが! あいつだけが何の感情を見せなかったんだ! その上あいつのせいで、俺の人生は…狂ったんだ!!」

 甲斐の怒鳴り声は、昼食の会場全体に届き、廊下を通じてロビーまで聴こえた。

「それだけ?」

 甲斐の言葉を聴いて、いつきは先程とは比べ物にならないような声の低さで言った。

 甲斐は一瞬たじろいてしまった。

 その一瞬が、いつきの口撃へと移るスイッチとなった。

「君の言い分は確かに正しいよ。ただ、君はどうしてつとむがそうなったのかを知らない。君の人生がそこで狂ったのなら、つとむの人生は多分、生まれた時から狂っていたんだろうね。彼は、君の人生とは比較にならないくらい凄絶な人生を歩んでいる。この場にいる誰もが絶対に歩んだことのない、生と死が隣り合わせの人生をね。だから彼は何も求めようとしない。求めたら、自分が死んだあとの事を想像してしまうから。だから彼は切り捨てられる。自分が死んだときに、悲しむ人が少なくなるように。……これでも君は、敵意を向けるのかい?」

 いつきの言葉は、その場にいた全員に聞こえた。それは沈黙ゆえであった。

 光は、つとむの歩んできた人生を訊いてみたいと思っていたが、この言葉で聴かない方がいいと思った。

 美夏は、いつきが初日に言っていた意味を理解した。それと同時に、彼の事がちょっとだけしか理解できていない自分を恥じた。

 慎は、だとしたらどうしてあそこまで明るく振る舞えるのか不思議に思った。

 円花は、だからあんなことが出来たのかと理解した。

 ルカは、見舞いに行った時に似たようなことを言っていたことを思い出し、いつきが初日にどうしてあんな言い方をしたのか理解した。

 その言葉を間近で受けた甲斐は、

「だからどうした! あいつは」

 反論しようとしたが、

「あいつは?」

 いつきが訊き返したことにより、また言葉を詰まらせた。

「あの時何も言わなかったのは、反論しても誰も得もしないからだ。しかも、前の君は今と違って家を強調してたよね。今もそうだけど、つとむはそう言う人が一番嫌いなんだよ。だからなおさら、君とは何もしゃべらなかったんだ」

ぺらぺらとつとむの事情を話すいつきは、ばれたらどうしようかと思った。

 甲斐はその言葉を聴いて段々と冷静になった。そして、自分がいかに愚かなことをしていたのか理解した。なので、

「そう……か。俺の、自分の振る舞いが悪かったからか。ならあいつのことを悪く言えないか。すまなかった」

 と、いつきに謝った。しかし、いつきは首を振った。

「謝る人が違うよ。僕は、どうせあれだけ言われても何も言わないだろうつとむに代わって言っただけだから」

 その言葉に甲斐は、「それもそうだな」と笑いながら言った。その顔には、どこか吹っ切れた感じがしていた。



 午後。ホールでの練習。一日ごとに違う人と練習した方が、教える方も教えられる方も練習になるという事で、この合宿中に一回ペアを組んだ人とはそれ以降はダメという規則がある。

 いつきは、持ち前の社交性でペアを組めないという事は無かった。しかも、見ようによっては美形の男の子に見えるので、一気にファン(?)が増えた。

 こんな練習方法だったら、つとむはどうしてたんだろう?

 練習をしながら、ふといつきはそう考えた。

 つとむは、慎以外だと友達と言える男子がいない。しいて言うなら甲斐くらいだが、それも同学年。先輩たちと付き合えていたのか、正直不安だった。

 ただ、先月で三回ほど、巻き込まれる形であっても騒動を収めた事があるので、大丈夫だろうと思った。

 でも、僕や白鷺さんや長谷川さんが一緒にいるから印象はマイナスの方が大きいかなと、いつきはたまに先輩の演技について口を挟みながら思った。

 光は、同じくアイドル認定生の篠宮ルカに教えてもらっていた。

 初日のあの発言に多少怒りを覚えていたが、私情は挟まず練習していた。

 ルカは、一年生の頃の自分と今の光を照らし合わせて、光の方が上手だと素直に感心した。だから、本気で教えていた。磨けば学園の星となると考えて。


 夕食。

 いつきは、周りの女子クラスはバラバラと楽しく話しながら、光も、同じく話しながら夕食を食べていた。男子たちはというと、おかずの取り合いで騒いでいた。そこに甲斐は全く混ざらなかった。

 いつき達の所の話の話題は、合宿が終わった後のテストについてだった。

「そういえば、この学校って筆記テストないんだよね。実技テストだけなんだよね。どういうのなんだろう?」

「やっぱり、一人ずつ演技を見せるんじゃない? オーディションと同じでさ」

「本宮さんはどう思うの?」

「僕? 僕は………先輩たちから聴いた情報なんだけど」

「いつの間に訊いたの?」

「それはいいじゃない。でね、テスト内容って言うのが、一週間の撮影期間でドラマをつくるんだって。しかも、クラス全員で」

「うっそ! それって結構シビアじゃない!?」

「足とか引っ張れないじゃん!」

「しかも、撮影期間に間に合わなかった場合、クラス全員が夏休みになるはずの七月中ずっと、補習になるんだって」

「「「えぇぇ!!」」」

その女子たちの悲鳴で、何事かと発信源を見たが、すぐさま食事に戻った。

「それ、本当?」

「先輩が言っていたけど、テスト内容は張り紙が貼られるんだって。それが、合宿が終わって二日間の振り替え休日の後の翌週の授業の日なんだって」

「うわ。それで? テストはいつやるの?」

「張り紙に書いてあるらしいよ。ちなみに、クラスによって台本は違うらしいって」

「うわ~。学園もすごいテスト方法を思いつくねぇ」

「そうだね。ついでにいうと、撮影する人は、うちの学園の映像学科の三年生だから」

「そこまでわかるの? よく教えてくれたね」

「親切な人が多いんだよ」

 それから別な話題に代わったが、話すスピードが変わらず、かつ、食べるスピードが変わらなかった。




『報告:十三日目

 やる事が無くなった。なぜか、クシャミが数回出た。最終日は監視しなくていいと思うと、気が楽になる気がする。

 監視結果:ダ~ラ~』


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