1-6 下校
よくいるんだ。助けたやつが俺のところに来て、お礼を言おうとするのは。俺はその時、周りに人がいなくても否定する。その理由は、別にお礼を言われるようなことはしていないし、俺は巻き込まれただけだ、という気持ちが大きいからだ。そのことをいつきに言うと、『君は特徴があって分かりやすいからね、いくら否定しても、君が助けてくれたと確信できるんじゃないの?』と言ってきた。まぁ、その時相手側が一回引くんだが、また日を改めてお礼を言いに来る。その時に俺は否定しないので、やっぱり、とよく言われる。え? そんなの、初めから肯定しとけばいいだろって? 今の状況みたいだと、肯定すると確実に学年全体で噂になる。それだけはなんとしても避けたいので、この場はそのまま否定させてもらおう。そう思ってそいつ――長谷川光の次の言葉を待っていると、
「嘘ですっ! 昨日確かに、私を助けてくれました!」
と言ってきた。ちょっと理詰めで攻めるか。と、俺は否定する方法を決めてこう言った。
「証拠は?」
「しょ、証拠って」
「俺だと確信できる証拠は?」
「そ、それは…」
「ないなら人違いだな。さっさと自分の教室に行け。とんだ無駄足だったな。」
「……あ!! 昨日あなたはあそこを通りませんでしたか?街灯があって狭い道のところです!」
「この町、そういうところ多くないか? どこだか分からないんだが」
「うっ! そ、そうでしたね…じゃぁ、私に絡んでいた人の人数は?」
「しらん」
「はぅっ!! これでも駄目ですか。じゃぁ、あの人たちに『皇帝』と呼ばれていませんでしたか?」
「え? そんな奴いたのか?」
そいつが訊いてくることに対して俺は、全部を否定した。罪悪感? 何ソレ?
そして、ついに訊くことがなくなったのか、
「やっぱり人違いだったのでしょうか……?」
と呟き始めた。その時に二コマ目の授業が始まるチャイムが鳴ったので、
「ま、また訊きにきますからね! 私、確かに見たんですからね!」
そんな捨て台詞を言って、去っていった。だから、俺じゃねぇって。と言おうとしたが、そいつが教室を出て言ったので、何も言わずに寝ようとしたんだが、
「本当は?」
ニコニコ顔でいつきが訊いてきた。こいつは俺がやったことを知っていて、なおかつ俺が隠す理由を知っているはずなので、これを訊いてくるということは、
「この状況で遊ぶ気か?」
「駄目かな?」
訊いてくるいつき。なんでお前、上目づかいをしてくるんだ?いくら女っぽい顔立ちだからといって、やるか、普通? なんて思っていたら先生が来たので、
「この話を引っ張るんじゃねぇぞ」
そう忠告した。それをちゃんと理解したのか(多分、理解していても、構わず引っ張る気でいるだろうが)、
「分かったよ。君に退学されたら僕もつまんないからね、ここは君の言う通りにしよう」
素直にそう言ってきた。素直なところもたまにあるんだよな、こいつ。
二コマ目、三コマ目の授業をなんだかんだ言って寝ていた俺は、終わりのチャイムが鳴ったと同時に机をきれいにし、それを素早く終えた後に教室を出た。他の奴らは教室で友達とかと話して、俺の事に気付かなかったようだ。…それでも、いつきだけが俺と一緒に帰っている。理由は、『家でやることがあるから』らしい。
俺はかなりの急ぎ足で廊下を歩いている。他の奴らから見ると、俺はかなりの速さで走っているように見えるらしい。まるで何かに追われているような感じみたいだと、いつきが言っていた。そのいつきはというと、俺を追いかけるように走っていた。
「ちょっと! いつも思うんだけどさ! 走っているんじゃないんだよね!?」
「ああ。急ぎ足だぞ、これでも」
「ちょ、ちょっと、は、速くない?」
「そうか?」そう言いながら俺は、歩く速度を少し遅めた。それでようやく、いつきが俺に追いついた。
「ふぅ。君の歩く速さが尋常じゃないくらい速いんだけど。急ぎ過ぎじゃない?」
「別に。いつものようにさっさと帰りたいだけだ。それに、」
「バイトがあるから?」
「そう。一時間でも多く働かないと時給の関係上、金が貯まりにくいからな」
俺のバイトについては……後で説明できるだろう。
「前から訊きたかったんだけどさ、つとむって、お金貯めて何をしようっていうの? そんなに必死に働いてさ、倒れたら元も子もないんだからね?」
「俺がこんなに必死に働いて、金貯めてる理由? そりゃぁ、旅をしたいからだよ」
「旅、って…どこに?」
「さぁな。とりあえず、目標は三十万だな。それぐらいあれば、日本のどこかには行けるだろうから」
「ツアーとかじゃ駄目なの?」
「一人旅だ。これだけは譲れない。そうじゃないと、何のためにバイトして金貯めてるのか分からねぇからな」
「どうしても?」
「お前がついてくるって言っても、絶対に置いていくからな。平穏な一人旅をしたいんだ、俺は」
……なんかいつの間にか自分の夢を語っていた。って、あれ!? いつの間に!? これだけは両親にも内緒だったのに!! などと、今更ながらとんでもなく恥ずかしいと思っていると、
「ふぅん。いい夢だね。でも僕はついていくからね。君が何と言おうと、ね」
いつきはそれでも俺と一緒に行くと言い出した。なぁ、
「それだけ聞くと、告白っぽくなるんじゃないか?」
「うえぇぇ!! な、何をい、い言っているのかな!? 僕はそんなつもりで言ってないからね! 勘違いしないでよね!?」
思いっきり、いつきがうろたえていた。珍しいな、こいつがこんな顔するなんて。
「いや、俺にはそっちの趣味はないんだが」
「僕だってないよ!!」
それを聴いて俺は、ふと前から疑問に思っていたことを、いつきに訊くことにした。
「なぁ、いつき」
「僕だってそっちの趣味はないからね! へっ!? な、なに、つとむ」
「いや、お前モテるのに、どうして告白を全部断っているのか前から訊きたくてな。どうしてだよ?」
「え!? え、えーと、そ、そのー…………あ! だって彼女をつくったら、つとむが巻き込まれたことを逐一かんさ――話が聴けないじゃないか」
「おい、今『観察』って言おうとしただろ。しかもあ! ってなんだ」
「そんな訳ないじゃない。そういう君だってモテるのに、どうして彼女をつくらないの?」
「は? 俺が? モテる?」
「うん」
それを聴いた俺はびっくりした。そんなことは知らなかったし、そもそも俺はこの外見でモテないと思っているからだ。続けていつきはこう言った。
「小学校の頃のバレンタインデーにチョコもらったでしょ? あれね、君への数が一番多かったんだよ。あと中学の時、よく文化祭などの時に『暇だったら来てくれませんか!?』とか言われてチケット貰ったでしょ? これらを聴いてもまだピンと来ないのかい?」
確かにそんなことあったな。と思い出しながら、なんでこいつはそんなに憶えているのか不思議に思った。しかし、
「あれって、全部お前宛じゃなかったか? 俺はそれらの後必ずお前に渡したはずなんだが」
「もう。君は本当に鈍くて自覚がないのか、それとも興味がないのかい?」
「興味がない方だな。だから俺は一人旅をしたいと思っているんだよ」
そう言い合いながら、俺達は校舎を出て別れた。
いつもの場所に置いてある自転車のロックを外して俺は、バイト先まで自転車をこぎだした。この学校は、くれな町の割と外れにある。なので、自転車で通うやつが多い。電車やバスを乗り継いだり、歩いてきたりする奴や車で来るやつもいる。車で来るやつは、いつきみたいな金持ちや、学校から近くにある職場の親が送ってくるぐらいである。俺はというと、雨が降ろうが、嵐が来ようが、地震がこようが、自転車で行かなきゃならない。理由は、まず親が車を持っていない。次に、俺自身が節約としてバスや電車を使わないと決めているからだ。
実際、このことをいつきに言ったら、『君はバカかい?』と本気であきれられた。やっぱりあきれられるのか? 普通は。