3-2 夕食
一方いつきは、部屋から出た後に急いで大広間に向かった。もう少しで夕食が始まるからだ。
急いだ甲斐があってか、ギリギリ間に合った。そして、空いてる席に何食わぬ顔で座って夕食を食べ始めた。
食事は、一年が最初で次が二年、最後が三年という順である。それは、喧嘩させないためと、風呂に効率よく入れるためである。あと、朝食時の場所は学年別である。
閑話休題。
食べてる最中にいつきは、見知らぬ顔が配膳などを手伝っていることに気付いた。
自慢じゃないが、いつきはこの旅館の今日の自分たちの夕食の担当までくまなく知っている。
それは、単純に自分の立場を自覚しているのもあるが、つとむを心配している方が大きい。
なので、知らない人がいないのだが………………
(あの人、誰だろ?)
と、いつきは疑問に思っていた。そこに学園長である朱雀がいれば、「精が出るのぅ、みどりちゃん」とでも言うだろうが、生憎とそれより前に夕食をすでにとっており、その上つとむとの連絡のために自分の部屋にこもっていた。
そんな事情を知るわけはないので、いつきは「臨時にアルバイトでも雇ったのかな?」と最もな理由をつけて納得していた。
ちなみに、つとむの席は空席のままで料理は出ていない。これは、学園長と女将の間での話し合いが成立しているためである。それを知っているのは、先生と学園長、女将さんに黒服の人達だけである。
そんなわけで、一つだけ空席があると必然的につとむの事を思い出すのは仕方がないと言えるだろう。
一つだけぽつんと空いた席を見て、長谷川はつとむの事を思い出していた。
(つとむさん、まだ来ないんでしょうか? 心配です)
そう思いながら、あまり進まない食事を続けていた。
仲居さんとしてここで働き始めたみどりもまた、つとむの事を考えていた。
(八神さん、あれからどうなったのだろう? 朱雀さん、っていう人が言うには、八神さんはアジトを見つけたらしいけど……無茶してないといいな。…よし! これが終わったら朱雀さんに話を聴いてみよう!)
そう決意して、彼女は仕事を続けていった。記憶を取り戻すことを忘れて。
一年の食事が終わり、それぞれの部屋に戻ってから風呂やら他の部屋に行って話しこんだりしていた。
いつきがいる部屋も例外ではない。
「でさ~、凄いよね~長谷川さんの演技。さすがはアイドルに選ばれた人だよね」
「そうね。でも、本宮さんもすごかったよ。途中で戻っていっちゃったけど」
「「「だよね~」」」
と、誰の演技(一年女子限定)が上手かったのかを話していた。本人がいるにもかかわらず。
「そ、そう言われると、嬉しいですね」
「僕はまだまだだと思うよ」
と、本人達の談。そういうと、
「謙遜しなくてもいいよ。本当にうまいんだから」
「そうだよ! 私なんて、練習中に何度も先輩に注意を受けたんだから!」
部屋にいた女子は反論してきた。それを、苦笑しながらいつきはこう言った。
「いや、本当だよ。あれぐらいなら、つとむに演技だってばれるからね。だから、いつも笑って表情を読み取らせないようにしてるんだよ」
それを聴いた時、長谷川以外の女子は『八神君って、私達と同じ高校生だよね?』と満場一致で思っていた。
しかし長谷川は、
「やっぱりつとむ君は、役者に向いてますね」
と呟いていた。それを聞き逃さなかったいつきは、
「そうだよ。つとむは人の嘘だって見抜けるし、何かを隠してることだって分かっちゃうんだよ。性別偽ってることがばれたら、どうしようかと思ったね」
と言った。その後、「まぁ、望んで身に付けたわけじゃないのは知ってるけどね」と言ったのは、誰にも聞かれなかった。ただし、
「八神君ってすごいじゃん!」
「そうだよ!」「どうすればできるの! それ!?」「それって下手に嘘つけないってことだよね?」「でもすごいじゃん! 演技だって見抜けるんだよ!」
と騒がしくなっていた。それをみて長谷川は、
「本宮さん。つとむ君は本当に出来るんですか?」
と訊いていた。
「出来るよ。人の観察はもう習慣というか癖になっているからね。あと、演技なんてつとむは素でできるからね。少しおかしいな、と感じれば演技だってすぐ思い至るんだよね。まったく、頭の回転が速いのと、習慣にも困ったものだよね」
余りにもあっさりとした口調で言うので、長谷川たちは呆気にとられた。
「そ、そこまで・・・・・?」
「うん」
ここまでいくと、尊敬より畏敬の念の方が強くなるのが一般的だが、ここでは当てはまらなかった。
「どんだけ!!?」
「もうこうなったら、八神君に演技とは何か訊こう!!」
「っていうか、私を弟子にして欲しい!!」
「私も!!」
畏敬の念よりむしろ、尊敬の念が強まっていた。……かなり過剰な方向で。
一方、恋する乙女たちはというと、
「あちゃ~、ここまで言うつもりはなかったんだけどな~」
「わ、私は、か、彼女になりたいです……」
「いや、僕の方がなりたいからね?」
聴こえない様に話をしていた。
一通りつとむの事を言ったところで、一人が思い出したように言った。
「そう言えばさ、好きな人っている?」
その言葉で、長谷川といつきはビクッ! と反応した。
当然、それを見逃すほど彼女らはお人好しではない。
「え!? なになに!! 誰かいるの二人とも!!?」
「本当!!?」
「だれだれ!!?」
もはや、この部屋には誰も二人の味方はいなかった。




