2-7 帰路
ホールから旅館までは歩いて十分くらいなので、みんな徒歩でここまで来ていた。
なので、必然的に帰り道も歩きとなる。
「だから嫌いなんだよあの人は。人の神経を逆なですることばかりしてくるんだから」
と言いながらいつきが歩いていたら、
「本宮さん、一緒に帰りませんか?」
と、後ろから白鷺が声をかけた。
いつきは、振り返ってこう言った。
「普通、連れ戻すのが生徒会の会長じゃありませんか?」
「そうですけど、私も今日疲れましたので」
正論を言ったのに、自分の体調を理由にして返ってきたのには、いつきも驚いた。
「これはオフレコにしてくださいね」
と、微笑みながら白鷺が言った。その笑顔は、大抵の男子が見惚れるくらい、魅力的だった。
いつきはため息を吐きながらこう言った。
「・・・・・ハァ。分かりました。言いませんよ」
「ありがとうございます」
そして、二人は並んで歩いていた。
しばらくは互いに無言だったが、白鷺が先に口を開いた。
「そういえば、八神君って遅れるみたいですけど、今日中に来るんでしょうか?」
いつきは、『なんでそんな心配を貴方がするのですか?』と心の中で思いながらこう言った。
「今日中は多分、無理でしょうね。昔からそうなんですよ。つとむは学校の行事には必ず遅刻するんです。それか、行事自体に出ないんです」
それを聴いた白鷺はその話に疑問を覚えた。だから、
「どうしてですか?」
と普通に訊いた。しかし、待っていたのは答えではなく、沈黙だった。これ以上は答えられない、とでもいうかのように。
白鷺は答えてくれないと分かったのか、それ以上は訊かなかった。
代わりに、いつきが質問した。
「白鷺さん」
「なんです?」
「どうしてつとむの心配するんですか? いくら生徒会長だからと言っても、一人の生徒だけというのは贔屓ですよ?」
それは、ある種の確認のような質問だった。そして、いつきはその答えを予想していた。
その予想した通りの答えじゃなければいい、といつきは願った。
しかし、その願いははかなく消えた。
「それはですね、私はあの人の事が好きになったみたいだからですね。・・・・・そういう本宮さんも、八神君の事好きなんですよね?」
自分の気持ちをあっさりと言う。それから、相手の気持ちを探る。
いつきはこの時、つとむに対する悪口より先にある言葉が浮かんだ。
それは、『僕もまだまだだなぁ』だった。
何に対して、とは、本人以外に知る由は無いだろう。
気を取り直して、いつきはこう言った。不敵な笑みを浮かべながら。
「ええ、好きですよ。じゃなきゃ、ここまで一緒に居ませんよ」
言葉の取りようによっては酷いことを言っているが、いつきは気にしなかった。
さすがにそれは無いだろうと思ったのか、苦笑しながら白鷺が言った。
「それは酷くないですか?」
それに対し、いつきは笑っただけだった。そのせいか、最終的に白鷺がまとめた。
「私達はライバル、ってことですね?」
のだが、いつきが付け足した。
「僕達だけじゃありませんよ。長谷川さんやレミさんも、ライバルですよ」
「レミって、篠宮さんの妹さんですか? どこで出会ったのでしょうね?」
それは当然の疑問だが、いつきは「それは本人にでも訊いて下さい」と言った。
その後二人は、つとむのことには触れずに、家に対しての不満などを言い合っていた。
ある意味、仲がいい二人である。
と、ここでネタが尽きたのか、白鷺が話題をつとむに戻した。
「そういえば、八神君と喧嘩でもしたのですか?」
「どうしてそう思うんですか?」
「顔に出てますよ」
いつきは、白鷺の耳に入っていないはずなのにどうして分かるのかと思って訊いたが、白鷺に、顔に出てると言われて、『自分は顔に出やすいのだろうか?』と思った。
「喧嘩、なんですかね」
と、いつきはそれについて話し始めた。
その話を聴いた白鷺は、
「それは八神君が悪いと思いますね。今すぐにでも私がお説教しましょう」
とやる気に満ちて電話をかけ始めた。それを見たいつきは、慌てて止めようとした。
「ちょっと! 僕はまだ話しただけですよ! それからの行動はまだ話してないじゃないですか!」
しかし、その思いもむなしく電話がつながってしまった。
「もしもし、八神君ですか? 電話越しで悪いんですけど、その場で正座してくれませんか?…え? 今取り込み中で電話に出ることができないんですか? ・・・ハイ。それはすみませんでした」
と言って、シュンとなりながらも電話を切った。
いつきは話せなくてホッとしたが、ふと気になることがあった。
「白鷺さん。つとむは『取り込み中』って、言ってたんですよね? 移動中ではなく」
「そうですけど……あら? 遅れるって聴いてましたけど、移動に手間取ってるのではなかったのではなかったのですか?」
と、今更ながら自分の先入観に気付かされる白鷺。しかし、対照的にいつきは、「やっぱり・・・・」と呟いていた。
「今度は一体、何に巻き込まれたのかな?」
いつきはそう呟いたが、幸いにも白鷺には聞こえていなかった。




