1-1 新妻甲斐
いつきの衝撃的なカミングアウト(性別詐称の件)から始まった騒動が落ち着いた次の日(五月六日)。俺はいつものようにいつきと会話していた。
「最近マスターが『賄飯をメニューに乗せる』と言い出したんだけど、そんなに俺につくらせたくないのか?」
「そういう訳じゃないでしょ。むしろ、つとむと張り合いたいからじゃない?」
「そうかぁ~?」
と言いながら欠伸を漏らす俺。退院してまだ二日しかたってないんだが、昨日は喫茶店でのバイトを営業終了時間までした(午後八時まで)。これからしばらくはこのバイトだけしかできないなぁ~、と思いながらボーっとしてたら、いつきが嬉しそうに言った。
「そういえば、もうすぐ合宿だね。泊まる場所は山の近くにある旅館で、合宿を行う場所がその近くのホールなんだよね」
「ふ~ん」
「楽しそうじゃないね。行きたくないの?」
「正直に言うと行きたくない。合宿に行ったらバイトできないだろ」
「かなり現実的な意見だね。他の人達は浮かれてるのに」
「全員が全員、浮かれてるわけじゃねぇよ」
と言ったところで予鈴が鳴った。最っ初から面倒だなと思いながら俺は席を立った。
午前中の授業は、俺らの学科だけで学年単位で行う(他の学科はどうなのかは知らない)。
もちろん男女別々の場所でやる。いつきは俺と一緒にいたが、本来の性別に戻ったことで別れることとなった。
だからと言って寂しいと思う訳ではないんだが。
今日の授業は体育館で行われた(男子)。筋トレや発声練習は完全に基礎。そこから体育の授業と大体同じことをやるのだが、俺は見学していた。
理由? 退院してまだ二日しか経ってないんだぜ? 本来ならバイトもどうかと思うが、俺は金がないと昼抜きになったりするという非常事態になりかねないので、そこは無視した。
暇だなぁ~と思いながら見ていたら、俺と同じく見学していた生徒が俺に話しかけてきた。
「なぁ、八神、で合ってるよな?」
「ああ。あんたは誰だっけ?」
「ま、それが普通だよな。俺の名前は新妻甲斐。甲斐でいいぜ」
「なら俺はつとむでいい。……お前はどうして見学なんだ?」
「受けてもいいんだけどよ、乗り気じゃなくてな」
「気分で決めんなよ」
俺がそう言ったら、甲斐が笑って流した。結構いい奴みたいだな。
そうやって話していると、話題が合宿の話になった。
「合宿って、なにやるんだろうな?」
「お前、パンフ見てないのか?」
俺が内容について訊いたら、甲斐は呆れた感じで言ってきた。失礼な。準備だけの項目なら見てたぞ。
甲斐はヤレヤレと言いたそうな顔をしながら説明してくれた。
「毎回合宿は学科別でやることになってるんだ。しかも期間が二週間。その間に俺達は、三年や二年生の演技等をみたり、教えてもらったりするんだ」
「ふ~ん・・・・・・・要するにあれか? 親睦会か?」
「……お前の国語力には驚いた」
どうしてお前はそこで溜息をつくんだ? 俺はバカのつもりじゃないんだが。その時に、俺はふと疑問に思っていたことを甲斐に訊いた。
「なぁ物知り甲斐」
「変なあだ名をつけるな」
「お前の準備物にテントや寝袋ってあったか?」
「は? 何言ってるんだ? 旅館に泊まるのだからそんなもの必要ないだろ。どうしてそんなことを訊く?」
「いや。俺のパンフに載っていたから」
「そうなのか?」
「ああ」
「だとしたらどういう意味があるんだろうな?」
「それが知りたいからお前に訊いたんだが」
「悪いが俺も知らん。これつくったのは学校だからな。学園長に訊けば分かるかもしれん」
「そうか! ありがとよ! 甲斐!」
「礼には及ばんさ。…しかし、見てるだけも暇だな」
「そうだな。……しりとりでもするか?」
「どうせこちらを見ていないんだから別に構わないだろうな。いいぜ、やろう」
と言って、俺達二人はしりとりを始めた。これがなかなか白熱して、結局授業中に終わらなかった。




