夏祭りの準備
あれから、なぜか着物姿の美夏と昼食をともにし、少しばかりの依頼を片付けたら二時ぐらいになったので帰ることにした。
美夏は残念そうだったが、こちらとしてはそこまで暇じゃない。来週に始まる祭りの準備に関わらないといけないのだから。
結局最後まであの爺さんの名前聞かなかったなと思いながら学園まで送ってもらった俺は、自転車に乗って家に帰りその日を終えた。
次の日。十七日(日曜日)。
あいも変わらない起床時間の俺は、家族の朝食を作らずに家を出た。向かう先は当然役所。
夏祭りの準備が本格的に始まるのが今日からなのだ。実行委員である以上、俺も参加しなければならない。
「問題点が大体解決できたのが良いな」
屋根を飛び移りながら金曜日の打ち合わせの内容を思い出しながら呟く。
そう。予てから言われていた問題――まぁゲストとかもあるが――この町に住んでいるヤクザ達の関わり方である。
反社会組織が容認されているこの町である以上、町民の中に本職は結構いる。一見すると普通に見える人ならまだシラを切れるが、バリバリに雰囲気出てる奴らも一部居るので、そいつらの扱いをどうするかというのが課題だった。
そこに白羽の矢が立ったのが警察である。
うちの町は昨今の事情と逆行し、警察とヤクザの仲が割といい。まぁあいつら犯罪行為らしきことは町でやってないし、学校の交通安全教室とかでは呼ばれて一緒に居たりする。
ということで、警察と一緒に見回りに参加してもらうことになった。ただし、末端の人間のみ。幹部とか長はその間表舞台に立ってもらわないように隔離措置をとる。
偽証罪だなんだと騒がれようがもうそこは気にしない方針だ。治外法権を笠に着てるが、そこらは俺の知ったことではない。
で、他の問題として挙がったのがゲスト。美夏がそもそもいないということなので代わりとして翠を呼ぶことになったらしい……二つ返事で了承だったと聞いたな。
あとの移動問題とかは案内板とか自転車とか諸々で解決した……ので実際に今日から作ることに。
設営なんて前日の夕方でいい。天気だって問題ないからな。
が、案内板とかはデザインとかわかりやすさとかの下地や、大きさを選定したりで時間がかかるということなので、今日から本格的に手伝うことに。
とは言っても丸一日手伝うことはしない。流石に金がないのでバイトにも精を出したいのだ。これは頭との話の流れだからバイト代は出ないし。
「あ、そういや……」
そろそろ役所に着く時にふと思い出したことがあったので思わず声が漏れたが……別に夏祭りに関係ないので横に置いておくことにして、ちゃんと抜けられるかなぁと思った。
「来たか」
「約束だから来るっての」
「そこは心配してないっての……ただ早い。何時だと思ってるんだ。まだ七時だぞ? 始業時間八時半だからな? あと日曜だから役所休みだ」
「…………案内板今日から作るんだろ?」
「集合時間忘れたのか? 九時だ、九時」
「…………帰るわ」
「また来い」
仕方ないので俺は帰宅した。
「朝早くから出掛けたけどどうしたの?」
「野暮用で出かけたら早すぎるって言われたんだよ」
「あらそう。また御呼ばれしたのかと思ったわ」
楽しそうにからかう母親に対し半目で反論したが、完全な無視。
というか、いつもなら八時過ぎに起きてくるのになんでこんな時間に起きているんだ……?(現在七時十分)
「あんたがすぐに出て行ったから洗濯ものとかやりに起きたのよ」
「ああ、なるほど」
「納得したなら洗濯物干しなさい。暇なんだから」
「へぇ~い」
手伝えと言わないあたり完全に任せる気しかないようなので、観念して洗濯物を物干し竿に干していくことにした。
「朝食も食べないで行ったの? 自分で用意しなさいよ」
「日曜なんて基本そうだろ」
どうやらそのまま起きるらしい。二度寝とかするわけじゃなく。
自分の朝食を準備しているようなので、洗濯物をパパっと干して暇な俺は椅子に座ってぼんやりする。
「自分で準備しなさい」
「わぁってるよ」
自分の朝食を準備し終えたお袋が席に着いたので俺は立ち上がる。ちなみにお袋は食パンにジャムを塗っただけ。
俺もそれにすっかなと思いながらキッチンを物色した。
「で、順調なの?」
「何が?」
「祭りの準備よ。で? 今年の下準備はどうなの?」
「大まかは終わりだよ……後は本格的な設営とか。つぅか、毎年来てないだろ。なんで訊いてきたんだよ?」
「今年は関係ないでしょ、初日は。私達だって楽しんでいいじゃない」
「……屋台荒らししなきゃな。今日は看板作らなきゃいけねぇ」
「ふぅん。実行委員も大変ね」
おもっくそ他人事のように呟いたお袋に恨み節を吐きたいが、そも実行委員として参加していないのだからただの逆恨みでしかない。
……まぁ今更だが、どうして俺はこう行事に関してまとめ役の一員になっているのだろうか。
最初は巻き込まれただけだった気がする。が、そのうち指名され、あれよあれよと常連になった。
「ご馳走様」
「私は別にそこまで動かないから良いけど、良くパン一枚で済ますわね」
「食費を削らないとあっという間に無一文になるからな。それに、食事制限してないといざとなったらダメになるし」
「流石にストイック過ぎじゃない?」
と言われたものの、世間一般的な範囲での小食で止めておかないと後悔するのは自分なのだ。太る……なんてこととは無縁だが、それでも食事量は気にする。たまに絶食するからそれ込みで。
やっぱり慣れって生活していく上で大切なんだよなぁ。自分の全てを鑑みて改めて思いなおしていると、「お〜う」と寝惚けた声で親父が起きてきた。
「おはよう」
「よう。朝食は勝手にしてくれ」
「んじゃ、顔洗ってくるか~」
そう言いながら足音を立てずそのまま洗面所まで向かう。その姿を見ながら使った食器を片付けるために立ち上がってキッチンへ向かう。
「……足音消してるから普通じゃないわね、今更だけど」
これは慣れでも修正できないんじゃねぇかな。
片付けをすぐに終わらせて歯を磨き、茜が起きてきたところで時間が近づいてきたのでもう一回市役所へ向かう。
「行ってくる」
「いってらっしゃい」
「お前も大変だな」
珍しく両親に見送られながら、今度は自転車で。
別に走った方が良いんだが、バイト行くこと考えるとなぁ……。
本当ボランティアだからバイト代削られる日々が恐怖でしかないんだが。早く俺が関わらなくて済むまで終わらせないと。
けど祭り終わるまでは関わるよな、結局。バイト代でないから死活問題過ぎるんだよなぁ。
来月の交通費、マジでどうすっかなぁ……。
自転車の方が多分、遅く着いた。全力出して漕ぐほど急いでいないし、普通に漕いでいれば問題ないからな。
じゃぁなんでさっきは自転車で行かなかったのかって? 時間あったから一回帰れると思ってたからだよ。
「来たか、まともに」
「いやまぁそう言われるのもしょうがねぇけどよ……。俺さっさと終わらせてバイト行きたいんだよ」
「ここ最近で携帯三台目に腕時計も三台目だっけか? 一応携帯親名義なんだからそこまで金が逼迫する状況にならねぇんじゃ?」
役所に到着して早々ぼやいたら職員の一人に訊かれたので「携帯代はな。それ以外は全部自腹。それに、バイト増やしてないから稼げる時に稼がないと。先月だってそこまでバイト行ってねぇし」と答える。
「まぁ、この町の行事で稼いだ金があるからまだ大丈夫だと思うけど」
「子供の頃から金勘定させるなんて、あの二人も珍しい……っと。話し込んでちゃ仕事も終わらねぇな。こっちに来てくれ」
「ああ」
職員に案内された場所は、駐車場だった。大きな板が一枚ドンと立てて置いてある。あれが看板の材料なのだろう。
「おお、まともに来たか」
「うっせ……にしてもこんなに看板作る必要あるのか?」
「順路やら駐輪場の掲示やら本部の場所やらで今年はたくさん必要なんだ。だから頼むぞ」
「分かったよ」
渋々ながら町長の言葉に返事をし、近くにいた職員に「日本刀」と伝えると、鞘ごと投げてきたので普通にキャッチする。バシィィン!! って響くが日常だし痛くないので気にならない。
……こんな状態で加減が出来るのだろうかという思考は置いといて。
左手で鍔を弾いて刀を上に飛ばし、鞘を地面に置いてから落下してきたそれの柄を掴む。
「相変わらず器用な真似をする」
「器用か、これ? まぁいいや。やるか」
自然体の状態で俺がそう言うと、「ああそうだな」と避難するかのように離れた場所で返事をされた。
いやまぁ間違ってないけどよ。
「斬るぞ~」
気の抜けた声で始まりを告げる。どうせ今更だから気にしたってしょうがない。俺の事を体験しているからな。
柄を握る。そこまで力を入れない。握ったところで体全体に余計な力が入るだけでただただ無駄。
斬るイメージを浮かべる。板に様々なサイズの黒い線が引かれていた。それを頭の中に。
息を吐く。先に真っ二つにした方が良いと考え、
「ッ」
いつも通りの加減した速度で刀を振り抜き、真っ二つになって余波で飛び上がった上の板を受け止めた。




