夏の始まり
二話連続です
テストが終わり、夏休みに入った。俺の予定はバイトが殆どだ。テレビ出演の予定なんて一件もない。大概の生徒ならここが夢への一歩だと踏ん張るところなのだろうが、生憎俺はそこまで殊勝ではなく校則通りに最低限やっていればいいやと思っている方なので学校へ行く気もない。
テストをやった時の達成感は新しいものがあったが、それでも最終判断は揺るがない。
「すげぇよなぁ」
「なんだつとむ。今日から夏休みだっていうのにいつもより早く起きて」
「おう親父。おはよう。今日からちょいちょいお袋の代わりに弁当とか作るから」
「なんだ」
愛妻弁当じゃなくて悪かったな。露骨にがっかりしたのでそう思いながら簡単にから揚げを作る。揚げている間にレンジに入れていた冷凍食品が終わったのでそれを茜と親父の弁当にそれぞれ入れていく。
「唐揚げ作ってるのか、もしかして」
「ああ。今日から基本的な当番が俺になったからな」
「お前何時に起きたんだよ……」
なぜか引かれたが、唐揚げって国別料理分類だとどこだったかと疑問を持ちながら作り終えていた鶏がらスープをよそう。具材は乾燥わかめにネギとシンプルなもの。
さっさと四つテーブルに置いた俺は、空になった鍋を洗いつつ揚げている音を注意深く聞いてるという器用な真似をしながら、親父に訊いた。
「なぁ親父」
「ん? どうした? 母さんまだ寝てるんだな、珍しい」
「そりゃ昨日の夜に起きないって言ったからな。当然じゃね」
「で?」
「茜にどこまで教えたんだ?」
「今更?」
今度は驚かれた。言われてから結構経っているのだから当然だが。
そういえばあの時いつきは聞いたのだろうかと考えながら、「いつきいただろ」と言っておく。
その答えに納得したらしい親父は、「ああそういえば。昨日礼を言われたな」と言ってから少し考えて「あの時いつきちゃんを先に寝かしてから茜に説明したからな……」と呟いてから、黙る。
音が変わったのを見計らって鍋を片付けた後にさっさとレタスを敷いた皿の上に載せていく。
答えが返ってきたのは、その作業を終えた頃だった。
「爺さんたちのことは話した」
「じゃぁ全部?」
「いや? 流石に最奥まで教える必要ないだろ。あれは本当に最低限、俺やお前とその伴侶ぐらいで」
「……俺に伴侶なんていないんだが」
あまりにさらっと言われたので反応が遅れたが、それに対し「これからの話だろ、色男」と含みを持たせて反論された。
未来の嫁って意味なのは分かっていたが、それでも俺は言いたかった。
「じゃぁどこにいるのかも?」
「まぁ。お前が夏休みにいなくなる理由も踏まえて」
「そこも教えたのか……」
弁当に唐揚げを詰めてから残ったのをテーブルに置く。ご飯はいつの間にか親父が全員分用意したらしい。動きからしてまだ敵わない事が窺える。
ちなみに、今話題に上がったことに関してはここで説明することを避けたい。正直な話、夏休み中には説明できるのでそれまで待っていて欲しい。想像は止めないが。
で、最後にスクランブルエッグを作ってテーブルに運び、弁当のおかずに卵焼きを追加して調理を終えた。
「出来たぞ」
「おうそうか」
「弁当はそこに置いといたから」
「おう」
短い会話で報告は終わり。男同士なんてこんなものだろう。
食器の片付けも終わったので食べてからバイト行くまで何してようかなと思いながらインスタントコーヒーをお湯に溶かしていると、「おはようあなた、つとむ」とお袋が声をかけてきた。
「おう」「おはよう」
軽くあいさつをして席に座ったところ、お袋が料理を見たらしく驚いて質問してきた。
「あんた、いつ起きたのよ?」
「どうでもいいんだが、俺が起きたことぐらい気配で分かるんじゃないのか?」
「寝てる時まで気配に敏感にならないでしょ」
「というか、あろうがなかろうが、近づいてきたら無意識にそいつ締めあげるからな、俺」
そういえばと思い返し、同意を求めるのを諦めた俺は「五時半だよ」と答える。
「それで唐揚げ迄作ったの? もともとの身体能力とバイト先の技術で調理スピード可笑しなことになってるわね」
ハァ、とため息をついて弱弱しく言われたが実際その通りなので反論せずに「いただきます」と食べ始めることに。
「そういえばつとむ、洗濯物は?」
「やってるわけないだろ。任されたのは料理なんだから」
「気を遣いなさいよね、まったく」
ぼやきながらも洗面所へ向かっていくのが分かったので何も言わずに食べ始めたところ、「そろそろ俺も食べるか」とのんびりしながら食べ始めた。
洗濯機が回り始める音が聞こえた時――つまり六時四十分ごろに上のほうからドタドタドタ! と慌てているのが分かる足音が聞こえた。
遅刻しなけりゃいいんだがなぁと心配しながら食べ終えた俺が食器を片付けようとし席を立ったところ、お袋が食べ始めた。
「あら、唐揚げ短時間で作ったとは思えないくらい味があるわね」
「浸透圧とか取り入れた」
「片付け迄終わってる……一時間足らずでなんて普通の人が訊いたら信じないんじゃない?」
「別に信じてほしいわけじゃねぇし」
「ごちそうさん! つとむ、美味しかったぞ!! 食器も片づけてくれ!」
「はぁ!?」
さらっとおしつけて親父が消えたと入れ替わりに茜が息を切らして降りてきた。
「お、おはよう」
「おう」
「おはよう茜。遅刻しないように食べなさいよ?」
「う、うん」
挨拶もほどほどに茜も食べ始める。その間には俺も片づけを終えたので、これからの予定を考える。
これから――というのも今日の予定という訳でなく、今月任されたある町内行事についてである。今年は色々あったせいで任されることになった。
で、草案を見たのが最近だからこれから詰めていきつつ着実に準備を終えなければいけないのだが……目下問題が一つ。
コーヒーを飲みながらテレビを眺めて頭のところで見た草案の内容を思い出す。
――祭りの日程は土日の二日間。一般的に土曜日を『普通』の祭りとして、日曜日に『本番』を行うというもの。まぁ、これは納得できるが、正直一般人がこんな場所に来てくれるのか不安である。
で、多分だが、そんな不安を払拭する目的で今回「ゲスト」を招待する方針なんだが……それが俺にとって頭が痛いところなのだ。
なにせ招待する予定の人物が俺が通っているアイドルの『光』と『白井美夏』なのだから。ピンポイントでなんでこうも被せたのだろうか。ひょっとして俺が知り合いだから選んだのか? ありえそうだな。
「あれ、お兄ちゃん随分のんびりしてるね?」
「茜、つとむ今日から夏休みよ」
「あれ、そうだった? いいなぁ早くて」
「テスト駄目だったら今月補習だったからあんまりありがたみねぇな。ところで、学校へ行く準備はどうした?」
「あ」
時計が七時を超えたので大丈夫なのか聞いたところ、思い出したのか急いで食べるのが雰囲気で分かる。ちなみに親父はその間に「行ってきます!」と顔出して出ていった。相変わらず早い。
「ごちそうさまでした!」
食べ終えたらしい茜はそう言ってそのまま洗面所の方へ向かったので、しょうがなく俺は食器を運んで洗い、片付ける。お袋は洗濯物が終わったのに気付いたのか消えていた。
洗い物をしながら、問題点を挙げていく。
最大の問題は、連絡が取れるかどうかという点だ。美夏に関していうなら半分以下じゃないだろうか。いつきだって夏休み入って柊哉さんと海外に行ったし。同じならもうこの国にいないかもしれない。
光に関していうなら、ロケ地の関係だろうか。海外だったらアウト。秘境の地でもアウト。国内なら連絡取れるから、そっちの心配はしていない。
しっかし俺から連絡したところでスケジュールの空きを確認するだけしかできんのだがなぁ……果たして町役場の奴らはうまく交渉するのだろうか。
拭き終わった皿をもとの位置にささっと戻し終えた俺はそんな心配をしてから今更なことを思った。
あれ? あいつらに依頼する時って学校経由の方が? それとも事務所直通?
「確か学校から依頼を受けると手数料取られる形で出演料受け取るんだよな、こっち。でもアイドル認定生って事務所所属だっているんだから、そういう時ってどうなるんだ?」
「干すの手伝いなさいよつとむ」
「え、」
「休みなんだから手伝いなさい!」
そう言われたのでしぶしぶ手伝うことに。茜は二階の方で準備をしてるようだ。
休みが長いってことはこういうことが長く続くんだよなぁとぼんやりしながら洗濯物を干しつつ、うまく事が運ぶのだろうかと空を見ながら思った七月一日。
まだ梅雨明け宣言されてないが青空が燦然と輝くこの天気が、逆に俺に不安を与えた。




