バレンタインIF
今年は間に合いました!
「はぁ」
「どうしたのさ、つとむ」
「ん、いつきか……どうしたんだよ?」
「いや、君が椅子に座ってこの世の終わりみたいな溜息をついてるもんだから気になってさ」
二月の初め。冬休みも終わり、一年の終わりへと近づいてる月。
いつも通りにため息をついたところ、それにつられてなのかいつきが寄ってきた。
……そういや今年は平日か。ならまだマシなんだろうか。
そんな事実を確認して、机に突っ伏す。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
「ど、どうしたんだい? 本気で心配するぐらいには盛大な溜息なんだけど!」
彼女の心配そうな声を聴きながら、俺は現実逃避するために寝ることにした。
――二月。一年度の終わりの近くであるこの月。そして、割と世間が此れで賑わう月でもある。
そう。バレンタインデーである。
前にも言ったが、俺にとってバレンタインデーは地獄以外の何物でもない。いつきに対する橋渡しとしか見られていないのだから。
いやまぁ、俺自身別にチョコが欲しいなんて言う願望がないから別にいいんだが。毎年毎年人に渡すのを受け取るとストレスになる。何度放棄しようとしたか。
そのたびに親父やお袋にボコボコにされ、町の奴らと『喧嘩』して数の暴力に屈してチョコを渡さざるを得ない状況に陥っていた。
今年はいつきが女だとカミングアウトしたことによりそれもなくなった……となればいいのだが、こいつに関して言えば性別が男だろうが女だろうが関係なくチョコをもらうだろう。そう考えただけで気が滅入るから郵便で渡せやと啖呵切って暴れたのは記憶に新しい。最終的に親父が現れてサシでぶん殴られて俺が負けたせいで折衷案という形がとられることになったのだが。
その折衷案というのが……
「ちょっとつとむ? 大丈夫かい?」
「…………」
現実逃避もそろそろ空しくなったので意識を覚醒させて体を起こし、心配そうな彼女に体を向けて「なぁいつき。頼みがあるんだが」と切り出す。
「……え、た、頼み? ぼ、僕にかい? あ、ああ、あらたまってどうしたんだい?」
俺の発言に驚いたのか瞬きをしたと思ったら頬を赤らめて視線を外しながら訊き返してきた。
外野が集まってきたのが分かったがどうでも良かったので、覚悟を決めて頼んだ。
「バレンタインデーの時に町の奴らにチョコを配ってほしい」
「…………え?」
「いや本当にすまん。用事があるなら断ってもらっても構わん」
真顔でそう言ったところ、彼女は目頭を押さえて盛大に息を吐いてから「……とりあえず、事情を聴こうか」とがっかりした様子で説明を促したので頬を掻きながら説明する。
「分かってると思うが、毎年お前への橋渡しをしなければならない」
「うん。そうだね」
「いい加減自分で渡せ、郵便で送るなりしろ。そう言って今年は町の奴ら相手取ってケンカしてた」
「町規模でケンカするその精神がまずおかしいと思うんだけどさ、いやまぁ君の場合はそうした方が手っ取り早いんだろうけど」
「全員倒したところで親父が仕事抜け出したのか現れて、そんで俺は負けた。結果的に勝者なしになったから折衷案を考えることになった。先月」
「先月!? なんかみんな『つとむの化け物さに磨きがかかってきた』とか言ってた日!? 夜帰ってきたら雷善さんが『久し振りに雄姿を見ました』とか言ってたから何のことだろうと思ったけど、まさかその件!?」
「で、その折衷案が、お前にチョコを配ってもらうってことになった。今までお前毎年のようにみんなから貰ってただろ。それのお返しだと思えばいい……って訳なんだが、どうだ?」
説明を終えて確認を取ったところ、彼女は腕を組んで唸りながら「当日って確か平日だよね?」と訊いてきたので「週末でもいいってよ」と補足しておく。
「……う~ん。確かに貰ってばかりなのは否定できないし、お返しもしてないのも確かだ」
「あ、マジか?」
「お礼を言っただけで良いって言われてね」
「マジかよ……俺の時は遠慮なく対価渡せ言うのに」
「それはそれで関係性の問題だと思うんだけど……まぁ問題はないかな」
「マジで!?」
「但し! 大量に作るとなると人手が必要となる。という訳でつとむ」
「え、ちょっと待てよ。俺その日バイト先でチョコレートケーキ十ホール作って販売しないといけないんだが。しかもそのままバイトだし」
「あ、そのケーキ一ホール頂戴?」
「残念ながらもう予約でいっぱいだ」
「じゃぁバイト代出すから手伝って」
俺は思わずうなる。
「あ~それは……何とも時給が良さそうなバイトだな」
「そりゃそうさ。みんなに渡すとなる以上、ある程度の時間は必要だからね。それに、君の能力の高さならそれなりの額を出せると思うけど?」
「くっ。この金持ちが…………」
そう吐き捨ててしばらく悩んだが、金欠には勝てなかったので負けを認めるように頷くことになった。
「じゃ、ケーキ造り終わったら来てね?」
笑顔でそう言われたので頷きながら、内心ではとても疲れていた。
…………はぁ。
それから少し経過して。
いよいよ当日になった。とてつもなく気が重い。
「はぁ……」
「何ため息ついてるのよつとむ。自分で蒔いた種でしょ」
「半分は親父に責任があるんだがな……」
朝食をとりながらため息をついたらお袋に怒られたので反論する。ぶっちゃけお袋にも原因はあるんだがな。ちなみに親父はすでに行った。会議で早くいかないといけないらしく。
その非難をせずに黙って食べ続けたところ、茜が「そう言えばお兄ちゃん、うちの分のケーキはあるの?」と期待を込めたまなざしで訊いてきたので少し考えて「作る気はねぇな」ときっぱり答える。
「え~」
「だいたい、マスターが思いついたから作ったからであって、俺は本来乗り気じゃなかったんだよ。あとは周りの奴ら」
「まぁお兄ちゃんはそういうと思ってたけど……私も食べたかったなぁ」
「食べたことあるだろ、誕生日の時とか」
「え、あれお兄ちゃんが作ったの!? てっきりお父さん達が買ってきてくれたのかと思ったんだけど!」
「だってつとむったら誕生日プレゼント渡す気ないとか言ってたのよ。なら作りなさいよって」
お袋が昔の一幕をばらしたところ、茜は何やら感心したようにうなずいていた。
「そっかぁ……理由はお兄ちゃんらしいけど、私、毎年食べてたんだお兄ちゃんが作ったケーキ」
「まぁな……ごちそうさま」
確かに毎年自分以外の家族のケーキを作っている。それはもう習慣化したといっても過言でもない。
いやまぁ、相手が何欲しいとか分かんねぇし、そもそも金がない人間にプレゼントなんて言う選択肢を取れるわけがない。
材料代ぐらいはせびれば何とかもらえたんだよなぁ。と思いながら食器を片付け歯を磨くために洗面へ向かうことにした。
「行ってくる」
「いってらっしゃ~い。頑張ってねお兄ちゃん」
「ああ」
茜の見送りを受けながら自転車をこぎ始め、バイト先へ向かうことに。
午前九時。厄介事に関しては周りで発生しなかったためにすんなりバイト先である喫茶店に到着。
自転車に鍵を普段ならかけるのだが、今日に限っては即移動しないといけないのでそのまま放置する。まぁ乗れる人間ほとんどいないだろうし。
「ういーっす」
「おう来たか」
「作ったら俺抜けるからな。前にも言ったけどよ」
「うっせ、言われなくても解ってる。ぶっちゃけ止めたいんだが、恩人の娘さんの話だからな……」
そう言って息を漏らすマスター。というよりそもそも、俺はマスターの提案がそのまま現実のものにならなければ普通にバイトしていた自信があるんだがな。
……いや、バイト休みにしてたかもしれん。付き合いきれなくて逃亡しただろうきっと。
そんなことを考えながらさっさと厨房に入り冷蔵庫からスポンジケーキと苺と大量のチョコレートを取り出す。
とりあえずケーキの構想としては二層式のショートケーキのチョコレート版。チョコレートクリームを苺と一緒にスポンジケーキの中に入れればいいかなと考えて。
ひとまず十個まとめてスポンジケーキを半分に切る。横並びにしたから包丁を振り抜くだけで終わる。
切れたそれらを一旦別場所に置いてから、今度はチョコレートを湯煎してすぐに溶かせるぐらいに細かく切り刻む。
無言で切り刻むこと二分。用意されていたすべての板チョコ五十枚を終えて手首が痛くなったので、半分ほど別のボウルに入れて電子レンジに入れて、残りの半分を湯煎に回す。
「で、生クリームを用意して……苺のヘタを取ってから二つに切って……」
普通にケーキ造るより面倒な工程が多すぎる気がする。気のせいだろうか。
……それもこれもバレンタインデーに便乗する奴らのせいじゃないだろうか。想いなんてこんなイベント無くても伝えられる奴は伝えられるだろうに。
湯煎の様子を確認しながら準備を終えた俺は、電子レンジで温まったチョコを取り出して生クリームに半分ほど入れる。入れてみて多くなりそうだなと思って。
で、さっさとかき混ぜる。割と勢いよく回すと遠心分離とか起きかねないのでゆっくりと。ついでだから湯煎中の奴に残りを突っ込んでおく。
とりあえず色がチョコレート色になったので、こんなものかと味見してからケーキをデコレートし始めた。
「とりあえず冷ましてるから十二時ぐらいになったら梱包して販売してくれよ」
「おう」
「え~今日はもう終わり八神く~ん」
「別なバイトは入ったから無理だな今日はもう」
「そんな~」
「あと、ちゃんと引換券見せてもらえよ。忘れたやつに渡す必要はねぇだろ」
「…おう、そうだな」
「じゃ」
十時半ごろ。ケーキ十ホールを作り終えて梱包用の箱の準備も終えたのでマスターに注意事項を言ってから店を出る。自転車は無事だった。
とりあえず急がねぇとマズいか。そう思った俺はハンドルを強く握ってからペダルをこぎだした。
「大丈夫か」
「――――まぁ」
短縮のために割と本気でこぎ、すべての厄介事を無視して到着したのが十一時前。自転車をフェンスに立てかけ、座り込んで息を整えていたところSPの一人が声をかけてきた。
この程度で息が上がるなんて俺もまだまだだなぁと空を見て思ってから立ち上がり、「いつきに『来た』と伝えてくれ」と声をかけてきたSPに言う。
「時給千二百円だそうだ……先月のあれは面白かったぞ」
「見世物じゃねぇんだがなぁ……とりあえず開けてくれよ」
それから少しして扉があいたので、自転車を押して敷地内に入った。
「お疲れつとむ。少し休んでていいよ」
「いや、流石にこれしきの事で休憩いれたら名折れだ。ここに来るまでに息を整えといたからさっさとやろうぜ。時間ないだろ?」
「名折れって……君は一体どこを目指しているんだい。まぁ時間がないのはそうなんだけどさ」
家に入ったら呆れた様子を見せたので、まぁ理解しがたいよなぁと思いながら腕を伸ばしつつ彼女の後について行った。
「そういえば、一昨日貰ったチョコどうしたんだい?」
「あ? 茜からしかもらった記憶ないぞ?」
「え? ちょっと待ってよ。白鷺先輩とか長谷川さんから貰ってないの? 渡されたよね?」
厨房で二人きり。山積みになっている板チョコを朝より素早く切り刻んでいると唐突にそんな質問をしてきたので、確かに受け取りはしたな……と貰ったものを思い出す。
「美夏からはチケットだな。イベントの。光からは煎餅貰った。ロケ先で作ったとか言ってたな」
「……二人とも正攻法で行かないんだね。まぁいってもダメそうと思えるからかな?」
「イベント明日なんだよな。行く気が正直しねぇんだが」
「相変わらずだね、本当に……というか、こんな会話中に山築き上げないでよ! 湯煎する側を慮って!!」
「さっさとやらないからだろうが。どんどん増えるぞ~」
「気楽に言ってくれる!」
そういうといつきの方も湯煎、電子レンジと液状にする手段を手早く整え大量溶解させていく。
その様子を見てチョコの山を確認して中断する。それから湯煎を手伝う。
「で、型は?」
「無難にハート形だね。数は結構揃えたから、同時に行けるだろう」
「さっさと入れるぞ。固まる」
「分かってるよ」
そのまま二人で型にチョコを流し込む。ぶっちゃけ俺が早いせいで六割ほどやってしまった。
ひとまず切り刻んだ半分の量をハート形にしたら型が無くなったので冷蔵庫に入れ、溶かしたチョコに関しては柊哉さんに雷善さん、幹根さんに渡すために使うようだ。
ということなので、いつきが作業している間、俺は暇になった。
「これって時給換算されるのか?」
「するよ。そこまでケチじゃないし」
「そうか」
「…………手伝いを頼んだ僕が言うのもなんだけど、つとむってサポート向いてない気がするね」
「……あー」
いつきの言葉が何となく理解できた。
「まぁ、確かに」
「相手に合わせることはできるよ。でもさ、相手の持ち味を生かせてないというか、君がその人を介護しているというか、そんな感じだよね」
「合わせてねぇだろ、それ」
「そうだね。どちらかというと君に合わせようと必死に相手が頑張るって感じか。如月君然り、時代劇にも参加してなかった? その時の主演で引退したあの人然り、さ」
「甲斐に誘われてエキストラ参加したんだがよ、あの時は。したら鶴の一声で即興の役だ。しかも懇願されちゃぁやるしかなかった……でもありゃ、元々向こうが持ってた自力だ。向こうが相手に合わせて出せなかったものを引き出した感じになったんだろ」
「あの回だけは視聴率とんでもなかったらしいよ? 話来てるでしょ?」
「外伝とかで話を作りたいから主演やってくれってな。生憎俺は続ける気がないから断ったけどよ」
「相変わらずだねぇ……と、こんな感じかな」
どうやら終わったらしい。キッチンにある時計を見たら昼になっていた。
「昼食どうする?」
「幹根さんにでも作らせようか?」
「……よく考えたら幹根さんとかSPに手伝ってもらえば早く済んだんじゃ」
「うっ……これは君が話を持って来たからだよ」
「それもそうか……で、昼どうする?」
肝心なことをもう一度訪ねると、彼女は少し考えてから「出前、とろっか」と笑顔で提案した。
午後四時。
配るためのチョコがすべて完成したので均等に梱包し、いつきは配る会場へ。
俺? 手伝いという名目が終わったのでいつきの家から自転車で出かけた。
場所はというと……。
「なぁんかお前から甘い匂いがするんだが……女と会ってたのか?」
「あ? チョコレート切り刻んだり湯煎したりケーキ造ってたからだろそれ。つぅかよ」
ポリポリと頬を掻きながら言いにくいなと思いつつ口にした。
「なんか……すまん」
「ん? ああ、気にするなよ。もう慣れた」
そう言って顔に殴られた跡があったりくたびれたスーツがさらにボロボロになっている状態のまま笑う菅さん。
あいつの機嫌損ねたの面倒だな……と思いながらボコボコにした覆面共をちらりと見た。
全員気絶しているのでまぁ、簡単に連行されていく。
ただ買い物しに来ただけなのに久し振りだなぁと橘巳町にあるショッピングモールでそんなことを思った。
ここに来たのはなんというか、端的に言うなら暇つぶしだ。買いたいものが一応あったにはあったがな。
で、店に入って少し物色していたら悲鳴が上がった。
何だと思ったら工作員ばりに銃を携えて散開していたらしい覆面共と遭遇したので、秒で絞めてから残りを探すために行動開始。
で、拳銃使わせずに散らばっていたやつらを次々に鎮圧してひとまとめにして菅さんを呼んで……二十分ぐらい経過したのが今の状況。
なんでこいつら襲撃してたんだろうかと思いながら菅さんと調書の話をしていたところ、ショッピングセンターの経営者――運営者? が話しかけてきた。
「あ、あのーすいません」
「どうしたんですか?」
「いえ、その……彼ら、うちの社員なんです」
「「は?」」
説明を要約すると。
今回バレンタインのイベントとして「テロリスト」に扮した社員達を使い、チョコレートを巻き上げるのを阻止してもらうものだそうで。
拳銃はリアリティを出すためのエアガンとか言っていたが、押収したものは見事に本物の型式で。
橘巳町の警察署に話を聞いたところそのイベントの話を聞いて万が一のために警官を数人配備したが連絡がなくて困っていたといわれ。
顔を見合わせた俺と菅さん、そして運営者は少しの沈黙の後に急いでショッピングモール内を探すことになり、捕まっていた本当の社員及び眠らされていた警官を何とか発見できた。
「じゃぁあれ、本当にテロリストか」
「魚屋に話聞くか……美崎が荒れ狂いそうだ」
「………も、申し訳ございません! あ、ありがとうございます!!」
…………なんか運営者が可哀想に思えてきた。
まぁこの件は未遂だったので(というか客もイベントのことは知っていたので)店側のイメージが悪くなるようなことにはならないだろう。むしろテロリストの奴らだけ罪をかぶる結果になるか。
変な偶然もあるものだなと思いながら時計を見たら五時ぐらいになっていたので、少し呆然としてから肩を落とした。
結局買い物出来てねぇし……。
翌日。
早朝に菅さんから連絡が来た。事件の概要が分かったらしい。
どうやらやつら、非モテの犯罪組織らしい。この国にそんなやばい組織が存在していたことに驚きを隠せないが、イベントの時の物騒な話はたいていこいつらが企てているとか。
今まではネットで書くだけだったらしいのだが、今回は武装派が外部と接触してこの計画を実行したと自供した。
これで尻尾掴んだから公安にテロ組織追い詰めさせることが出来るかもな。貸しを作れることが嬉しいのかそんなことを言っていたので、追い詰めたらこの国に男性何割残るんだろうかと思った。
それから少し世間話をして電話を切って朝食を普通に済ませてから、一人テレビを見ている。親父も仕事が休みだから寝ている。態々普通に起きているのは俺ぐらいだ。
テレビで昨日の事件のことがやっていなかったので未遂だからなかったことにしたのかそれとも……なんて考察していたところ、インターフォンが鳴った。
こんな朝早くから誰だろうかと思いながら玄関に近づいて開けると、「おはよう」と私服(セーターにジーパンみたいなの)のいつきが立っていた。
「ああ。早過ぎないか? 一体どうした?」
「どうしたも何も、バイト代受け取りに来なかったじゃないか」
「あー……そういやそうだったな」
最後のインパクトのせいで忘れていた。あれのせいで色々疲れたしな。
とりあえず計算してみる。
「六千円……か?」
「まぁ普通に渡すならそれでいいかなって思ったんだけどね」
「?」
言い回しが変だったので素直に首を傾げると、「とりあえずはいこれ。バイト代」と一万円札を二枚渡してきた。
「いや増えてねぇか?」
「いらないのかい?」
「そりゃ欲しいけどよ……どうした一体」
「考えてみたら君に対して返しきれないほどの恩があったからね。君自身は否定するだろうけど、それも含まれている。あとは……君が置いていったサプライズ分もある」
「……ああ」
言われて思い出した。いつきが準備を完了した後に少しだけ残ってケーキを作って置いていったのを。
彼女は視線を合わせずに「全く君はとんでもないロマンチストだよ」とぶっきらぼうに言ってきたので「お前が食べたいといったから用意しただけだ。勝手に材料使ってな」と言っておく。
「それでもだよ……で、受け取るのかい?」
「そういうことなら」
理解が出来たので素直に受け取ると、「ついでだ」とチョコの入った袋を渡された。
「ありがとな」
「! みんなに配った分が余っただけだから気にしないでくれ!! じゃ、じゃぁね!」
「あ、おい」
素直に礼を言ったら逃げられた。そんなに恥ずかしかったのだろうか。別にそこまで恥ずかしくない筈なんだが。
たかが渡すだけなのに緊張なんてするものかねあいつが、とチョコの入った袋をもてあそびながら考えてみたが分からなかったので家の中に戻った。
ついでだが、ショッピングモール側が何かくれるといったので買おうとしていたネックレスをもらい、それを茜にそのまま渡した。
さらに言うと、茜連れて美夏のイベント行ったら壇上にドナドナされて公開処刑ばりの視線の中チョコレートを渡された。
嫉妬の視線ばかりの針の筵の中頭を掻きながら受け取らざるを得ない状況なので、仕方なく受け取ったのだがそれでも嬉しかったのか抱き着かれ。
耳元で「ありがとうございます」と言われたことに何の感慨も湧かない中(抱き着かれた時は少しドキッとしたが)、茜の不機嫌をどうやって改善しようと考えた。
そんな、バレンタイン直近の数日。
まだ特別編ですかね、多分




