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アイドルッ!  作者: 末吉
特別編
185/205

新年会的日常

だいぶ遅れた新年の話。お久し振りです。

 八神つとむは巻き込まれ体質である。


「うっせ」


 そんな彼の幼馴染は男装女子である。


「一時期なんだけど?」


 そんな幼馴染は社会的地位が高く、大富豪である。


「家がだよ。僕はそれほど多く所持していない」


 そんな彼女の知り合いは彼らの通う学園の生徒会長だったり、先輩だったり、同級生だったり。


「一緒くたにするなんて酷くありませんか?」

「あの一般の肩を持つような方と同列なのは遺憾ですわ」

「俺をこの三人に混ぜないでくれ」


 その他さまざまな彼らの人脈でお送りするのがこの物語である。


『まとめるなよ!!』









 一月一日。元日。

 初日の出を見るなどというイベントに微塵も興味がなかったのか、彼はいつも通りに目を覚ます。


「ふぁ~あ……相変わらずさむ」


 冬休みに入っているというのに規則正しい生活を送る少年――八神つとむ。

 彼は身を震わせてからベッドから起き、着替えながらも自然と気配を探ったところ、案の定誰も起きていなかった。


 まぁ日付が変わるまで起きるぞとか言ってたからこの時間に起きるなんて無理だろうなと分析しながら着替え終わった彼は、財布と家のカギと自転車のカギ、バックを持って部屋を出た。



 午前七時半。家を出て途中コンビニへ寄りながら自転車を飛ばして到着した場所は、たかあき町の町営()体育館。新年早々巻き込まれることがなかった彼は、それでも油断することなく体育館へ入る。


「おおつとむ! 今年も宜しくな!」

「ああ宜しく……朝から元気だな、おい」

「はっはっはっ!」


 げんなり、とまではいかないが鬱陶しそうにつとむは挨拶するが、声をかけてきた男性――袴を着たガタイのいい――は意にも介さずに笑う。

 本当に相変わらずだこの町長(・・)と内心で呆れながら通り過ぎようとしたところ、笑っていた男性が真剣な表情に切り替えて呼び止めた。


「こら駄目だぞ」

「わぁってるって」


 つとむは財布から千円札二枚を取り出して町長に渡す。受け取った彼は「釣りだぞ」と百円玉二枚を指で弾き飛ばす。

 その弾速は十分凶器となりうるものだったが、つとむは意にも介さずに二枚とも受け止めて歩き出す。

 彼の後姿を見送りながら、結構本気でやったんだがなぁと呆れていた。


 体育館のロッカールームに荷物を全部預けた彼は、裸足で体育館に足を踏み入れる。

 そこにはすでにたくさんの人がいた。男女比は8:2で、年齢は二十代以上しかいないようだ。

 見慣れているのか欠伸を漏らしてから、「今年も宜しく」と大声であいさつしたわけではないのだが、その場にいた全員が凍り付き、彼に視線を向ける。


 向けられた彼は表情を変えずに右手を上げたところ、彼らは意図せずに声を揃えた。


「終わった」と。


 あるものは床に崩れ落ちながら。あるものは天井を見上げながら。あるものは壁に額を押し付けながら。

 各々が現状の絶望を嘆いていると、その状況を作り出したつとむは「まぁとりあえず頑張るわ」と追い打ちに似た意気込みを語る。


 お前に頑張られたらこっちの立つ瀬がないんだよ!!


 一同がそう思いながら彼を睨むが、どこ吹く風。殺気を向けられようが気にしていなかった。



 午前八時。


 そこから十人程度増えたが、彼らもつとむがいると分かるや頭を抱える始末。当の本人は首を傾げているだけというのが何とも言えない。

 そんな絶望している彼らだが、誰一人として帰ろうとする者はいない。お金を払っているというのもあるのだろうが、それ以上に覚悟を決めたからだ。どちらにせよ相手をしなければならないのだから、と。


「朝早くから集まったようだな諸君!」


 壇上に現れてそう叫んだのは先程入り口にいた町長。彼の背後には今回の企画者と思わしき人達が椅子に座っていた。

 自然とそちらに向く視線。それを一身に受けながら、彼は「まずはあけましておめでとう」と挨拶する。


「で、もう恒例行事になっているから前口上は置いておくとして。これからルール説明に移ろうと思う」


 マイクも使わずに体育館内に響き渡らせる声量で話す。


「今年は居合と演武の二グループに分かれる。ちなみにつとむは演武な。居合で建物自体壊しかねないしお前の腕なら。で、上位十六人をそれぞれ選んでからはいつも通り殴り合いだ。上位四人にだけ、我々からのお年玉を渡すことになる。通達した通り、一位には三十万、二位には二十万、三位には十五万、四位には五万だ」


 賞金の額を聞いて興奮する一同。ただしつとむだけは平静にしていた。その理由は


(マジかよ……演武苦手なんだが)


 強制振り分けされた分野が苦手だったためである。


 演武とは、武芸の型を人前で披露することである。人前で披露する以上、ある程度の動きは見えなければいけない。

 普通は『何を言っているんだ』と思うだろうが、つとむ自身が異常地帯であるこの町の中でも異端であるが故の悩みがある。それは、


 技や攻撃のモーション自体が早過ぎて動体視力が優れている奴らしかいないのに、彼らでも見切れる人が少ないから。単純に言うと、攻撃したという結果しか見せられないので演武にならないのだ。


 ここで棄権したら千八百円がパーになるのでとりあえず何とかゆっくりやってみるしかねぇかと覚悟を決めていたところ、「そうそう」と町長が付け足した。


「つとむの破壊力は全員体感してるだろうから、お前こっちが用意した和服着用義務だからな」

「……はぁ!?」


 追加ルールの発表に思わず声を張り上げるつとむ。ただでさえ自分の苦手分野だというのにさらに縛りを追加されたことに怒りを覚えていた。

 普通の人なら当たり前の抗議なのだが、町長は「お前をそのままやらせたらけが人しか出なくなるだろ」と真顔で反論してきたので「別にいつも通りじゃねぇか!」と抗議したところ「ふざけるな!」と周囲から声が上がった。


「こちとら明日から仕事入ってるんだ! お前にやられたら出勤どころじゃねぇ!」

「学生と違ってこっちは休み少ないのよ!!」

「…………だ、そうだぞ」

「納得いかねぇ……」


 周囲からの声を聴きながらげんなりした彼はため息をついてからそう言って黙る。この場合の沈黙はこれ以上ルール変更に拘泥しても仕方ないという諦めの了解だというのを全員が知っているので、町長がまとめた。


「ということで早速始めよう。つとむの着替えを考慮して演武組は後に回す。では各自事前に応募した組の披露のために移動してほしい」


 こうして、「お年玉強奪新年会」が始まった。




「おっも」

「そりゃ、長着で二十キロ、武道袴で二十キロの計四十キロだ。よく見るだろ? 中世の騎士が着ていたという兜、鎧、小手、レギンス一式。あれを着用したときみたいな感じだろうな体感として」

「なるほどなぁ……」


 居合組の披露した人数が半分を超えたあたりで着付けを終えたつとむが更衣室から出てきた。

 ゆっくりと歩いているところからするとまだ慣れていないだろう。同じ参加者からすればそれだけ有利になっていると考えるのが普通のはずだが、『つとむならブラフを撒いて油断させかねない』という考えが浸透しているのか警戒の色は隠せていない。

 その一方で、結果を待つだけとなった人たち(ロビー待機)は彼の姿に息を飲んでいた。


 長着は純白で武道袴は藍色。どんな素材を使っているのか分からないが、計四十キロもあるらしい。

 それはさておき、その姿は一般的に武道家と呼ばれる姿なのだが、つとむが着ていると、そんなイメージがわかないらしい。


 集まっている人が代表してつとむに感想を伝えた。


「つとむ、お前武道家じゃなくてヤクザの若頭だな完全に。どこ行っても立派に後継者としていけるぞ!」

「うるせぇ! 誰が後継者だ!!」


 叫んで彼がそう反論したが、集まっている人間はその言葉を真に受けずただ自分が抱いた感想に頷いていた。

 覆らない評価に舌打ちした彼は腹いせに踵落としをしようとして、足を上げるのがゆっくりになったことに気付く。まぁ当然だろう。なにせ衣服の総重量が四十キロを超えて動きが制限されているのだ。これで普通の動きが出来るほど、つとむはまだ人間をやめていないのだろう。


 と思うのだが、彼は只この事実に気付いて内心喜んでいた。


(おっしゃ。この動きが生身で出来れば手加減の一歩は見えるってことか。自分の中のリミッターを解除したくなるが、それやったら金を無駄に払っただけになりそうだし)


 ――どうやら彼には重量を増やすのはハンデにならないようだ。



 午後十二時。

 二組の予選が滞りなく終わり、決戦へ挑む者たちが発表され昼食。敗れた者たちは帰ることもせず健闘を称え合いながら反省会をしていた。


 そんな中つとむはというと。


「はぁ……なんとか決戦に残れた」


 独り壁に背を預けて座り込み、安堵していた。その姿がどこか人を引き付けるのか、周囲の人は見守っていた。


 と、そこに声をかけて人物がいた。


「お前にとって重量はハンデにならなかったか……」


 彼が顔を上げたところ、町長が苦い顔をしていた。

 落とす気満々だったのかよと内心で思いながら服の重さなどを感じさせないほど簡単に立ち上がった彼は「ハンデというか、レベルを落としてくれたな、これ」と報告する。


「ぶっちゃけちょうどいい速度に落ちたと思うぜ」

「……ハンデを逆手に取るのか……こりゃ、次から出場停止か?」

「酷くね? 俺まだ親父みたいに十連覇とかしてないんだが」

「その年で二連覇してる時点で十分案件だ。まったく」


いや、それだけじゃ弱いんじゃねぇかとすぐさま思ったが、うちの親父も強すぎるしお袋も強いからこれ以上参加するのも野暮ってものかなぁと思えてしまう。


「なぁんか、寂しいなぁ。混ざれなくなるってのは。昔からだが」


 思わずそう漏らしたところ、周囲の人は驚いていた。町長は意外そうな表情を浮かべている。


「んだよ」

「いやなに。お前も人並みな感想を持つんだなと思って」

「うるせぇよ」


 それぐらい俺だって抱くってのに。内心でそう反論した俺は、集中するために瞼を閉じた。





「で、どうだったんだっけ?」

「あ? 二位だよ二位。三十一対一で三十人倒したところで、最後までいやがった肉屋に場外。マジ悔しかったんだが……なんでいつきは知ってる感じなんだ? 教えた覚えがないんだが」


 正月休みで色々行く予定があると聞いていたのに、なぜか家にいてしかも正月早々の話をしてきたので思わず追及する。しかも茜もいる時に。態となんだろうが。


 案の定茜は驚いて俺の方を見てきた。


「元日は姿が見えないって思ったらそんなことしてたの!?」

「……まぁ、小遣い欲しかったし」


 金払って小遣いを得るって言うのもおかしな話だが、な。

 茜の話をそれで終わらせた俺は、ついで平然と雑煮を食べているいつきに視線を向けたところ、「町長が教えてくれたんだよ。これと一緒にね」と写真を机に置いた。


「うわぁ」

「……何であるんだよ、この写真」


 その日俺がハンデとして着ることになった和服の写真。茜はどこか嬉しそうに声を上げたが、俺は誰がいつ撮ったのか分からなくて頭を抱える。


 そのボヤキに対し、いつきが「町長が送ってくれたみたいだね。帰ってきたら入ってたから」と正直に答えてくれた。反射的に顔を伏せる。余計な真似しやがってという気持ちが勝って。


「え、お兄ちゃんの袴姿ですか!? み、見せてくださいいつきさん!」

「あら、うちのポストに入ってたわよ、その写真」

「ハァ!?」

「え、そうなのお母さん!?」


 慌しく話題を振る相手を変える茜。それに気を悪くしてはいないようで、「にしても、君って本当何着ても裏側のイメージあるよね。初対面じゃないからかな?」と話しかけてきた。写真を見ながら。


 絶対データ貰ってるだろうなと思いながら「知らねぇよ。俺の在り方で過ごしているだけなんだから」と答えておく。


「あ、ところでこれからの大会は?」

「見事に審査側だよ。金貰えるから良いけど」



 そんな高校入学前の冬休みの話。

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