エピローグ3
結局、正午前に光たちは帰り、洋司たちも場所を変えると言って後に続いた。
そこから三時半ぐらいまでの間客は………
来たよ。そりゃもう何の反動かっていうぐらいにな!!
なので昼を食う間もなく料理作ったり運んだりして、時間になったからマスターに言って家に帰った。
家に帰ったら帰ったで茜が不機嫌な状態だったが、空腹と焦りで構う気がなかった俺はお菓子を適当に食べてから自室へ戻りスーツへ着替えることにした。この時午後四時。
ネクタイまできちんと結び、ハンカチをポケットに入れて財布は……置いていこう。スーツ着用の時点で俺が払えそうにない場所だろうし。ああ、腕時計とケイタイは持ってくか。
とりあえず最終確認したいのだが、生憎全身を映す鏡がないので下に降りてお袋に確認してもらうしかないな。
さっさとやってもらって行くか。なんて思いながら俺は下に降りた。
「お袋―」
「何よつとむ」
「襟揃ってないとかないよな? これ」
「うわぁ……」
茜がなぜか声を上げたことに関してはスルーしてお袋の返答を待っていると、「茜どう?」と茜に丸投げした。
「え!? わ、私!!?」
話を振られた茜は慌てふためいていたが、じっくりと何か目に焼き付けるような執念さをもってぐるりと一周してから「だ、大丈夫じゃないかな!!」と声を上げた。
「そうか? ならいいんだが」
自分で確認するためにくるりと回り、さらにネクタイの位置とかも確認する。……多分大丈夫か。
そろそろ時間かと思い時計を見たら四時五分ぐらいだったので、げた箱から親父の革靴一足借りて「じゃ、行ってくるわ」と言って家を出た。
四時二十分。それなりに本気で走っていつきの家の玄関……というか、門の前に到着した。
服屋の店主いい仕事するなぁと思いながら腕を伸ばしていると、門の内側――本宮家の土地からサングラスをかけたスーツ姿の人が一人出てきた。
「これはつとむ君。お早いお越しで」
「約束の時間前にこれたのが奇跡だからって、皮肉みたいに言わないでくれよ」
「純粋な驚きだよ。貴方いつも遅刻するのだから」
「まぁ」
会話をしながらも約束の時間前にこれたことに対し、俺自身が一番驚いている。いつぞやの光みたいなことになるかもしれないと警戒しているし。
「お嬢様は君がこんなに早く来ることなんて予想してないはずだ。いっつも遅刻するから」
「ここ最近は遅刻してないんだよなぁ割と」
「だからって今後も遅刻しないとは限らないだろ?」
「おっしゃる通りで」
「……そろそろお嬢様に連絡を入れてくるから大人しく待ってろよ」
「ラジャー」
どうやらSPの一人が会話で時間をつぶしてくれたらしい。なんとも気が利く人だ。
あとどのくらい待つことになるかね。そんなことを思いながら塀に背中を預けて空を眺めた。
四時三十五分。
「あと二十分待ってほしいとのことだ」
「やっぱ早く来過ぎたかなぁ」
「お嬢様も随分狼狽していたようだ。『つとむが遅刻しないなんて!!』と電話越しに聞こえたぞ」
「……やっぱ早く来過ぎたみたいだな」
時間の調整って難しいなと思いながら疲れのせいか欠伸が出てくる。バイト中のラッシュのせいだろう。
このままだと立ったまま寝そうだなんて思っていると「入ったらどうだ?」と言われたので大人しく従うことにした。
「久し振りにお邪魔します、と……」
「確かに久し振りだな」
SPの人がそう言いながら右ジャブが飛んできたので少しだけ首を傾げて避ける。
すると、ギリギリ傾げたところを通って戻った。この間一秒ぐらい。
俺が首を戻したときに周囲に空気の圧が吹き荒れた。
「いきなりなにすんだよ」
「腑抜けてないようでなにより」
そう言うと今度は脇腹へ蹴りを入れてきたので片脚を入れて防御。
高速で衝突した脚のせいで再び衝撃波が繰り出され、庭にある木や花が揺れる。
これでスーツ破けないって、本当すげーな服屋。
割と本気で防御したのに亀裂が見当たらない自分のスーツを見て感心していると、「良いスーツだな」と襟が乱れたのか直しながら褒められた。
「服屋が作った」
「ああ、あそこか……あそこはうちもお世話になってる」
「へぇ」
そんな会話をしながら俺はいつのまにか歩き出したSPの後を追うことにした。
四時五十分。
家の中。応接室。
俺は一人ソファに座っていた。理由は簡単。SP以外――つまり使用人である雷善さんと幹根さんがいないからだ。
雷善さんはいつきの家の執事で、幹根さんはメイド。
暇を出したとか言ったから幹根さんは実家に帰ったのだろう。雷善さんは修哉さんについていったか。
基本修哉さんについてくことはない人だけどどうなんだろうか今回なんてぼんやりいない人について考えていると、どたどたと走り回る音が聞こえた。
このままだったら少しは眠れる時間あるかなんて予測しながら、俺は瞼を閉じた。
気配で目を覚ますと、いつきが顔を覗き込んでいた。そして俺と視線が合うと反射的に目を逸らす。
寝てたなと思いながら時計を見ると五時五分。
俺は素直に謝った。
「悪いいつき。寝てた」
「ま、まぁいいさ。僕だってついさっきだったからね」
何やら落ち着かない口調だったのが気になったが口にせず、俺は立ち上がって背伸びをして「じゃ、案内してくれよ」といつきに言ってついでに服装を確認する。
薄い菖蒲色という珍しい色のドレスの上に、明るい鳩羽色というこれまた珍しい色で何の装飾のないジャケットにネックレス。そして生成り色のハイヒール。
今まで幾度となく彼女のその姿を見てきた。とはいっても子供の頃だけなのだが。
そのなかで紫系統の服を着ていた記憶はなく、またこれほどまでに別人だと思わせる印象を受けることはない。
「…………」
「な、なんだいつとむそんなに凝視して……も、もう行こうよ」
俺が観察する視線に恥じらいをもって話を進める彼女のその姿にえも知れぬ感覚を覚えた俺は、視線を外して「そ、そうだな」と同意することにした。
「「…………」」
現在は車の中。俺といつきは隣同士で座っている。
会話がない。普段なら会話が途切れることなんてないんだが、今この空間に限り言葉が出ない。
なぜだろうか。気持ちが高ぶっている自分がいる。無理に話そうとしない自分がいる。
とりあえず深呼吸して落ち着こうと思い息を吸って吐いてみたが、少しはマシになったという程度。
……もしかして。
なぜか直感が働く。
俺はいつきを『意識』しているのだろう、と。
……マジか。
「ね、ねぇつとむ」
「……お、おう。どうしたいつき」
「ど、どうかな?」
「……見違えたよ」
「そ、そう……? そう言ってもらえて嬉しいよ」
照れているのか俯きながら礼を言ってきた彼女の姿に再度心臓の鼓動が速くなった気がしたので、首を回してから深呼吸していつもの調子に戻し、訊ねた。
「格式高い店なんだろ?」
「……まぁ、そこそこかな? テーブルマナーさえ間違わなければいい店って認識してもらえれば」
「……それはどういう認識なんだ?」
テーブルマナーは昔さんざんな目に遭いながら覚えたから今でも大丈夫だが、それを間違わなければ大丈夫な店ってどの位なのかが正直検討できない。
いつきの説明に対し俺が首を傾げていると、「まぁ気にしなくていいと思うよ。辺に緊張されても困るし」と言われたのでもうどういう店なのか事前情報を集めるのをやめた。
到着したのは六時。いつき曰く時間ピッタリらしい。
SPがドアを開けたのを待ってから俺達は出る。
そして俺はいつきが指定した店を知った。
「なぁいつき」
「何? あ、そのスーツ似合っているよ」
「ありがと……ここよ、世界的に有名なフランス料理店、だよな」
「君が知ってたのが驚きなんだけど」
いや、ニュース聞き流してたらたまに出てくるから覚えてた。本当、君の記憶力に脱帽なんだけど。そんな会話をしてから入ろうかという流れになり、なぜか彼女が俺の腕に抱きついてきたので振り払うのも面倒だったのでそのまま店へはいった。
「そういや、未成年だけでいいのかこの店」
「ああ大丈夫。一応お得意様だから」
「……すげぇな上流階級」
すんなりと予約席(周りに誰もいない)に案内され、座ってから気になったことを質問したら問題ないとの答えが。そう聞くとやっぱり影響力というのは計り知れないな。
とはいってもあと何年こういう付き合いをできるのだろうかと柄にもなく未来について思いを馳せながら窓の景色を見ていると、「どうしたのさそんな憂いを浮かべて」と質問された。
「別に。やっとテストが終わったなと思っていただけだ」
「今回はその打ち上げを兼ねているんだからそんな顔しないでよ」
その言葉が合図になったのかグラスに炭酸水が注がれる。おそらく食前酒の代わりだろうか。
注ぎ終わったのかウェイターが下がったのを見計らい、俺達はグラスを持ち上げて打ち合わせた。
「「乾杯」」
そういってから同時に炭酸水を飲む。
それから出される前菜。まぁコース料理だから当たり前だろう。
「「いただきます」」
意図せず声が揃ったが俺達は気にせずに食べ始めた。




