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アイドルッ!  作者: 末吉
三幕:エピローグ~テストを通して~
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エピローグ2

 先週の土曜日のように、開店してから俺がいる噂を確かめに来る客がいなかった……のだが、神の気まぐれとでもいうのか光が彼女とは違い仕事ができるだろう雰囲気をまとわせている女性と一緒に来店し、常連が朝から飲み始め、よく来る女子高生たちがテーブル席の一つを占拠してノートを広げて勉強を始めた。

 はやくも回転率が悪くなりそうな状況にため息をついた俺は、料理の注文が終わったことを確認してホールの方へ向かう。

 すると、真っ先に視界に入ったのは光だった。カウンター席に座っている。

「あ、おはようございますつとむさん」

「よぉ光。どうしたんだ今日は? 朝食でも食べに来たのか遅い」

 開店時間が十時ぐらいで閉店時間が八時。料理は材料が切れたら売り切れという、分かり易いシステムだ。

 注文がそれなりにがっつり系だったので遅い朝食なんだろうかと思い問いかけたところ、「あははは」と乾いた笑いが。

 代わりに、隣にいるサングラスをかけた女性が答えてくれた。

「この子昨日遅く帰ってきて起きたのがついさっきなのよ。そして私も今日休みだったからつい遅く起きちゃって。その上材料買い置きしてないからどこで食べようって話になってここに来たわけ」

 その女性の話を聞いて現状を理解した俺は、光に「お前の姉か?」と確認する。

 すると光は驚いた。

「どうして判ったんですか!?」

「話聞いてりゃ想像できるだろ。同じ部屋に暮らしてるんだから身内ってことぐらい」

「あ……」

「すごいわね、この子」

 言葉を失った光と感心する女性。その二人の前にある皿をちらっと覗き込んだ俺は、「何か飲み物はいるか?」と売り上げのために質問する。

「……あ、えーっと、ミルクティーください」

「私はブラックコーヒー」

「了解」

 注文を伝票に書いた俺はマスターに「ミルクティーとブラック一つずつ」と伝える。

「分かったよ」

 そう言いながらマスターが飲み物を作り始める。俺は再び暇になる。

 そこにショックから回復したらしい光が「テストどうだったんですかつとむさん?」と訊いてきたので「何とか終わった。まだまだ詰められたんだろうが、まぁ頑張った方じゃね? 採点結果がどうであれ」と正直に答える。

 ぶっちゃけ昨日の打ち上げでクラスの総評は「補習はギリギリ回避できるかも」という、スケジュール通りに撮れたのに自信のないものだったし。委員長は「ラストシーンとのギャップが大きい気がするわ」と言ってたし、他の奴らも失敗したと思った点をどんどん上げていった。「良かった部分を思い出して自信つけないと売れないんじゃね?」と思わず言ってしまうぐらいに。

 俺だって自信ねぇけどなと昨日のことを思い出していると「テストお疲れ様でした」と光が労ってくれた。

「どうしたんだよ?」

「え、な、何がですか?」

「いきなり労うなんてよ」

「私が労ったら可笑しいんですか!?」

「ほらよブラックとミルクティー」

「おう……こちらブラックコーヒーとミルクティーです」

 光の言葉を無視する形で飲み物を彼女達の目の前に置くと、光の姉がブラックコーヒーを一口飲んでから「彼がそうなのね、やっぱり」と微笑みながら光に言った。

 そしたら、彼女は飲み物を飲もうとした動きを止め顔を赤くして「え、あ、お、お姉ちゃん!」と叫ぶ。

 その声で静まる店内。

 その静寂の原因が自分であることに気付いた光は「ご、ごめんなさい!」と周りに頭を下げてから、彼女の姉を睨みながらミルクティーを口にする。

 相変わらずうるさい声だと思いながら外でうろちょろしてる気配がしたので視線を向けていると、マスターから「ほれ注文」と伝票を渡されたので、「分かったよ」と厨房へ戻った。


 注文された料理を作り終えて再びホールへ戻ったら、今度は洋司と彼の幼馴染が来ていた。光達同様にカウンター席に座って。

「どうしたんだよ洋司」

 彼らの伝票の状況を確認した俺が雑談として話しかけたところ、「あ、オレンジジュース二つください八神君」と注文されたのでさっさと作って持っていき、伝票を書いて再び質問した。

「お前どうしてここに来たんだよ?」

 因みにもう彼を鍛えるという義務は発生しない。自主的にいくなら彼らもやぶさかではないのだろうが、そこまでやる気があるかどうかは彼次第だろう。

 それに対し洋司は「水姫が謝りたいから来ました」と答えてくれたので隣の彼女の方を見る。

 すると彼女は俺と目を合わせずにうつむいてしまった。

 前のがトラウマになってるのかこりゃと原因を冷静に分析していると、「あ、あの時はごめんなさい」と謝ってきたので俺もすぐに返事した。

「そうだな。血が上ってか知らないが、いきなり叩いてくるなんて、普通はねぇよ」

「うっ」

「え、そんなことがあったんですか?」

 光が割り込もうとしてきたので俺は無視し、洋司に「ちゃんと言ったのかよ、お前の気持ちを」と質問しながらコップを磨く。

 自分にいきなり飛び火するとは思わなかったのか彼は飲み物を噴き出し、むせながら「ちょ、ちょっと八神君!?」と慌てていた。

 こう何度も噴き出されると困るんだがなぁと布巾を洋司の前に置き「拭け」と短く指示する。

 慌てて彼が拭き始めていると、隣の幼馴染が首を傾げていた。

「? 洋司を甘やかしていたのは自覚があったから自分で強くなることに何も言う権利がないことに気付いたけど……あんた、何か隠してるの?」

「か、隠してなんかないよ! ただ、それをこの場で言うのは気が引けるってだけで……」

 気が引ける、ねぇ……ならさっさと会計して場所移すなりしてほしいんだがなぁ。

 なんて思いながら視線を光達の方へちらっと移すが、彼女達は談笑しているので動く気配がない。

 昼間から出来上がっている常連客もなんか寝始めたし、テスト勉強やってるのは最初から期待していない。

 カランカランと扉が開く音が聞こえたので反射的に「いらっしゃいませ」と言いながら視線を向けると、スーツを着用した爽やかな男性が来た。外見からの年齢から察するに四十代ぐらいだろうか。

 誰だろうかと思いながら「一人ですか?」と訊ねると「そうです」と返ってきたので「空いてる席にどうぞ」と事務的に対応する。

 するとその男性はまだ空いてるカウンター席ではなく、対面二人用のテーブル席に座った。

 ……まぁ人が密集してるのを嫌う人間が多いから勘繰る必要もないか。

 そう思いながらコップに氷と水を入れて今座った男性の席に置く。

「ありがとう」

「注文の際は声を上げてください」

 そう言って厨房に戻ろうとしたら洋司が「あ、八神君ショートケーキ二つください」と言い、それに便乗したのか光も「あ、私はチーズケーキでお願いします!」と注文してきた。

「分かったよ」

「…………」

 男性が俺が返事をしたことで何やら興味を持ったらしいが俺は無視し、厨房へ戻って注文されたケーキを作ることにした。

「お待たせ」

「ありがとうございます!」

「って、光。そんなに食べて大丈夫?」

「だ、大丈夫だよお姉ちゃん!!」

「ほれ洋司」

「ありがとう八神君」

「……おいしそうね」

 口に合うかどうかは分からんという言葉を飲み込んで見渡すと、スーツ姿の男性はコーヒーを優雅に飲んでおり、勉強会の女子高生はジュースを飲みながら頭を悩ませ、酔い潰れた常連客はまだ寝ていた。

 俺はたまらずマスターに訊いた。

「おい良いのかよ、あれ」

「別にいいんだよ。起こすのもかわいそうだし」

 それに、暇だしな。なんて言いながら新聞を読み始めたので、まぁ先週みたいな忙しさにならないだけいいかと思い直して厨房スペースの気になるところの掃除を――

「あ、つとむさん! 明日って空いてますか!?」

 ――しようとすると必ず暇じゃなくなるのは何でだろうか。

 観念して俺は「何かあるのかよ?」と話を聞いてみる。

「あの、実はですね……勉強を、その……お、教えてもらいたいんですよ」

「は? なんで俺なんだよ」

「え!? え、えっとですね……先生方の噂で普通の勉強でも寝ているのに小テストはいつも満点だって言われてましたから……」

「……先輩方に訊くとかしたらどうだよ? 一応お前仲良くやっていけてる方だろ?」

「あの八神君……先輩方は多分、普通の高校の授業を教えないと思うけど」

「そ、そうです!」

 洋司の援護に物凄くうなずく光。それを見た俺はおバカキャラは嫌なんだろうかと適当に心情を推測しながら、自分の勉強法を思い出す。

 貰った参考書の問題を解こうとして分からず、すぐさま答えを見てそれでも分からなかったのでいつきに直接聞いたんだったな……まさか受験勉強としていたはずなのに高校の勉強をしていたなんて思わなかったが。

 それに一度覚えたらあまり忘れないので最近じゃ復習もしてないし。

 ……勉強、か……。

「あ、あの……つとむさん? そ、それで、大丈夫ですか?」

 心配した様子で声をかけてきたのでぼんやりと考えていた俺は引き戻され、首の後ろを揉みながらマスターに明日のことを聞いてみた。

「マスター。明日って休むのか?」

「ん? ああ。それがどうした?」

「そうか……まぁいいぜ。俺の説明でいいのなら」

「え、本当ですか!?」

「場所は……この町に図書館あったよな? そこでいいか?」

「え、えっと……」

 俺が図書館のことを聞いた途端、光は視線を宙へ向けたので知らないのかよとため息をつきたくなったら彼女の姉が「町立図書館が駅前にあったじゃない」と教えてくれた。

 ちなみにうちにも町立の図書館があるにはあるが、蔵書されてるジャンルの偏りが一般人向けではなく、また、開けるのに町役場から鍵を借りてこないといけないので面倒なのだ。それに、町に入れるのは何かと面倒になる。俺が。

「時間は開館時間ぐらいでいいだろ。これでいいな」

「あ、はい」

「ではごゆっくり」

 話がまとまったので今度こそ厨房に引っ込もうと思ったところ、店先に見知った気配がしたので足を止めたところ、彼女が入ってきた。

「こんにちはつとむ君」

「……いらっしゃい美夏さん。待ち合わせですか?」

「はい……あ、いました」

 そう言って視線を向けた先にいたのは、コーヒーを飲み終えたらしいスーツ姿の男性。

 ちなみに。洋司と水姫は光や美夏がここにいることについて何とも思ってないのか、食べながら雑談をしていた。あえて意識していないだけなのかもしれないが。

 そして彼は立ち上がり「会計を頼むよ」と言われたのでレジへ移動する。伝票を見たらコーヒー一杯しか頼んでなかった様子。

「二百二十円になります」

「安いね。四百円ぐらいなのかと思ったよ」

「ありがとうございます」

 値段は必ず見ているはずなのでこれはおそらくお世辞だろうと思いつつ、軽く頭を下げる。

「また会おう、八神君」

「ありがとうございました」

 美夏と二人で出ていったので定型的なあいさつで見送った俺は、あの人わざわざ俺を見にここへ足を運んだのだろうかと考察し、またもや厄介事の種が増えた気がしてげんなりして今度こそ厨房へ引っ込んで掃除を始めた。


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