8-17 本番木曜日--2
さて。最後のシーン――廃工場内での俺と洋司のサシ――の撮影準備がかかるから一時ぐらいに集合しようということだったので、時間の空いてしまった俺は(現在午前十時ごろ)昼食うのも早いなぁと思ったから洋司へ近づいて話しかけた。
「よぉ。いよいよ最後だな」
「あ、そ、そうだね……」
「? 風邪ひいたとかやめろよ?」
「え、あ、ち、違うから! 風邪じゃないから!!」
「?」
だとしたらどうして顔を赤らめているのだろうか。しかも目線が微妙に俺を見てないし。
まぁいいか。聞いても答えてくれなさそうだったので、俺はさっきのことを洋司に話してみた。
「さっきお前の幼馴染との会話で気づいたんだが」
「え?」
「お前、後でちゃんと補足した方が良いぞ? お前が強くなりたかったのは守られたくないだけじゃないだろ?」
「あ、そ、そうだけど、さ……」
「ならちゃんと言わないと伝わらないぞ、多分。撮影終わってからでもいいだろうけど」
そう言うと洋司は「どうして八神君は自分のことになると気が付かないんだろ?」と小さく呟いたのが聞こえたので「悪かったな」と言ってからトイレへ向かった。
トイレから出た俺は洋司の言葉を思い出し、考えながら教室へ戻る。
雨はいまだに降っているが、小さく聞こえる雨粒が落ちる音が心地いい。それをBGMにしながら俺の恋愛感情を確認していく。
俺の中に恋愛感情および劣情などは沸いてない。理由を挙げれば俺の一族の問題が関わってくるんだが、それ以前に生死の境を彷徨い過ぎたせいか感覚がマヒしすぎているのだろうと考えられる。一種の悟りの境地とでもいうのだろうか。興味をなくしたといってしまった方が簡潔なのだが。
似たようなことを以前両親に言った時には、外に出された後親父が全力で顔を殴り、おふくろが追撃でラリアットをかましてきた。そして目を覚ましてからクドクドと説教をされた。いいか一族の系譜なんだからうんたらかんたら。まだ若いのにそんなに達観してうんぬんかんぬん。
当時の俺にとっては馬の耳に念仏だったので両親はそのうち言うのをやめたっけなぁと内心で苦笑しながら現状気持ちの在り方について考える。
好きという気持ちが自分の中に存在するのは理解している。美夏やいつき、茜や光達のことは好きだ。そしてそれを分類していくと、茜は『家族愛』。他は『親愛』という枠で出来てしまう。
なら恋愛感情はどこから……なんて頭を悩ましていると、「おい八神。職員室まで来てどうした?」と声をかけられて我に返る。
なんてこった。考え込んでたせいで教室を通り過ぎていた。
やっちまったと思いながら「考え込んでました」と言ったところ都合良く向こうが勘違いしてくれたらしく「ま、最後の山場となるシーンだからな。お前はあまり気負わずにやった方が良いだろ」と励ましてくれた。
「うす」
「テスト頑張れよ」
最後もエールを送ってくれた先生の言葉でさっきまでの思考をやめた俺は、最後まで気を抜かずにテスト頑張りますかと気合を入れなおした。
と、いってもその前に腹ごしらえが必要なんだが。
「いや、そろそろ行かないと撮影に間に合わなくなりそうなのに、ここで食べるの? 食べる意味ないよね?」
「空腹になるからか?」
「そりゃそうだけど……だったら向かう途中でコンビニで買った方が良いんじゃない?」
「……確かに」
納得した俺はいつきの言葉に従い、合羽を着てカバンをビニール袋に入れる。
準備万端な俺の姿を見た彼女は、ため息をついてからこういった。
「ここは流石に一緒に行動するべきではないかい?」
「………傘がない」
「そういやそうだったね……」
呆れてものが言えないといった感じで息を吐いた彼女は「まったく。たまには普通に登校してみたら?」と言われたので「だったら走るぞ。この距離なら正直変わらんし」と金をかけたくないのでそう答える。正直、走ったら腹の減りが自転車より激しくなるだけで時間的には変わらない筈。建物の屋根を跳んでいくなら時間を相当短縮できるが、そんな忍者みたいな登校する気は最初からない。
どこまでも俺が頑なであることでついに折れたのか、「相変わらずだね、本当」と彼女は呟いてから「ほら行くよ」と歩き出したので、俺はそのまま後ろをついていくことにした。
『頑張れよー』
後ろからクラスメイトの声援を受けながら。
結局自転車で現場に向かうことにした俺は、途中でコンビニに寄っておにぎり三個とサンドウィッチとお茶を買い、現場に役者として一番乗りしたのでそのまま食べ始める。
そういや、今日は特に巻き込まれてないなぁなんて思いながらあっという間に食べ終えた俺はお茶を飲んで少し休憩する。その間に、昨日菅さんがしてくれた話を思い出す。
菅さんが学校終わりにバイト先の喫茶店に来て話をしてくれたのは、以前管轄外で暴れたアメリカマフィアのボスの尻拭いをした際の被害者についてだった。
蹴り飛ばされ意識不明だった彼が一昨日に目を覚まし、大事をとって昨日事情聴取を病室で行ったらしい。簡易的に。
とはいったものの、証拠となる喧嘩売ってきた新興ヤクザ側からそいつへのメールなどを見せて罪状を読み上げ絶望に突き落としてから、とのこと。
そうなるともう向こうに反論の余地はないので素直に応じたとのこと。そりゃ逃れられんわ。
はーこれでようやく肩の荷が下りたわ、なんて考えたいがそうは問屋が卸さない。それに関連してまだ野良猫を見つけていないのだから。
やばい。さっさと見つけねぇとやばい。なにが、とはいわないが。
……まぁ、いつきが知らないだけましか。こりゃもう彼女以外公然の(町の中の戦闘狂達という意味)秘密みたいなもんだし。多分。
こうして人間は言えない秘密を抱えるんだよなぁと思いを馳せていると、彼女達が集合時間の十分前に到着した。
慌てている彼らに撮影班の方は落ち着いた様子で「撮影を少し遅くするんでメイクなどの準備を済ませてください」と指示を出してきた。俺は既に終わっている。
指示に従う彼らの姿を舞台となる廃工場内で眺めながら、菅さんからの報告を思い返す。
うちの町にちょっかいをかけてきた理由は魚屋のおっちゃんの情報通りいつきの家の評判を落とすことが目的だったらしい。そもそも彼が成り上がれたのは繋がりのあったヤクザのおかげもあるのだろう。それを頼って大物を追い落とそうとしたら逆に叩き落とされた、と。
正直な話、うちにちょっかいをかけてくる時点で頭の中がお花畑だと言いたい。あの町では以前取材に来た新聞記者が行方不明になったことがあって以来(何を取材してたのか知らないが)、何かしらの敵対行為をしてきたやつらを町総出で迎撃するようになったという話は裏社会じゃなくても有名な話なのだ。偉い奴らの間では。
その話自体は成り上がったとしても伝わってるはずなんだがなぁ……ひょっとして都市伝説の類だと思っていたのだろうか? だとしたらどうしようもない気がするな。
立っているだけなのもアレだったので一人で組手のまねごとを始めたところ、ようやく準備が終わったのか奥の方から移動する気配を感じた。
やがて来たのはラストを飾る共演者たち。素人目にも見えるようにゆっくりと体を動かしながら「遅かったな」と呟く。
すると、いつきが皮肉にもとれる言い方をした。
「君みたいに単独行動じゃなかったから時間の調整で手間取ったんだよ。君みたいに先に行けなかったからね」
「大変だったな」
「全く他人事のように言って。君も集団行動を意識したらどうだい?」
「そうだな……難しい」
実際遅刻だ何だと間に合う確率の方が少ない俺にとって、集団行動というのは厳しいものだ。何せ一緒にいられること自体が珍しいのだから。
まぁだからと言って一緒に行動しないって選択肢はダメなんだろうけど。
いい加減自分の体質と上手に向き合っていかないとなんて思うが過去何度も挑戦したのに一向に成果が上がらんのだよなぁ。
どうしたものかと思いながら首を回し、「さて、やるか」と息を吐いた。




