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アイドルッ!  作者: 末吉
三幕・第八話~最後の練習と本番~
172/205

8-10 土曜日--3

你好(ニーハオ)皇帝(ホアンディー)!」

皇帝(ホアンディー)!!』

 入った瞬間にずらっと並んで頭を下げてくる連中。しかも中国語。

 連絡入れてない筈なんだがな……と思ったが、気を感知するとか言っていたのでその類で分かったのかもしれない。俺も一応似たようなことできるから。

 自転車を押しながら中に入っていくと、一人が出てきて「お運びいたします!」と流暢な日本語で話しかけてきて自転車を駐輪場の方へ運んで行った。

 残された俺はいつも通りに稽古場となっている庭の方へ行こうと人の壁を移動しようとしたところ、玄関先から片言で「ツトム~!!」と駆け寄ってきたかと思ったら飛び上がり、そのまま飛び蹴りをしてきたので片手でつかんでそのまま飛んできた方へ投げ返す。

 投げられた彼女はしりから落ちる寸前で両手を地面につけてからトン、という音もなく地面を押してから、宙を舞って数回転し綺麗に着地を決めた。そして「いきなりヒドイネ!」と自分から向かってきたくせに叫ぶ。

 なので俺は反論した。

「テメェが仕掛けてきたんだろうがよ」

「タダノお茶目ネ!」

「茶目っ気で跳んでくるな」

 そういうと彼女は駆け寄ってきて「今からお義父サンのところイクノ?」と笑顔で訊いてきたので「どうなってるのか確認しに来たんだよ。今日で最後だからな」と言いながら割れた人の波を歩き出す。

「やっと終わるアルカー。長いようで短い時間だタアル」

 しゃべりながらついてきたので、俺は彼女に「いつまでその片言使ってるんだよ? 国籍日本で生まれてからずっとここだよな?」と何度目になるか分からない質問をすると、彼女は快活に笑って「この方が親しみ持たれやすいネ!」と同じ答えを繰り返す。


 彼女はこの家――つまり町を取り仕切るチャイニーズマフィア――の一人娘で、その母親が経営している中華料理店の看板娘。名前は……()林杏(リンシン)だったか。国籍日本だというのに両親は中国人という、逃亡してきたのかはたまた侵攻先に永住することにしたのかは知らんが、そんな感じで一角を担っている家の娘だ。確か二十歳超えてたかどうだったか。

 普通に日本語を話せるはずなのに客受けがいいという理由で片言の日本語を使い続けるあざとい性格で、「自分より強い男子」じゃないと「付き合えない」と公言している理想が高い人。その上父親が娘溺愛で「欲しいなら私を倒せ!」と本気で言うのでほぼほぼ無理ゲーだと町の連中は思ってアタックする気も起きてないとか。まぁ最強の一角だからな。挑み続ければそうでもない気がするんだが……そればっかりは本人の気持ち次第だな。

 で、スタイルはというと、まぁうちの町の男子(老人含む)がファンクラブ造っていることで察してくれ。俺は入ってないが。

 身長は百八十ぐらいで足や腕はそれなりに筋肉がついてるが太すぎるわけでなく、くびれもあって胸もある。C以上じゃないのか? 判断できるほど変態じゃないから俺は。

 で、店でチャイナドレス着て接客やってるもんだから(奥さん含む)暇なファンクラブ及び役場や警察勤務の公務員たち(特に独身男性)で連日にぎわっているらしい。実にあざとい。

 俺達も家族とかで何回も行ったことがある。茜が何やら絶望的な表情を浮かべていたりいつきが何やらぼーっと見ていたりしていたのが印象的だった。

 ちなみに彼女との『喧嘩』は実のところ一回もない。彼女の父親と正面切って『喧嘩』してから話し始めたので、『稽古』や『じゃれあい』はあっても『喧嘩』になったことはなかった。

 ……と、思ってるのは俺だけなのだろうか。

「そういやまだ仕事じゃないのか?」

「今日はワタシ休みネ!」

「そうか」

「つとむはどしたノ? あの子の確認?」

「まぁだやってるんじゃねぇかと思ってきたんだが……」

「まだやてるね! パパのことだから熱はいてるヨ」

「だろうなぁ」

 そんな会話をしながら歩いていくと気配と声が大きくなる。

「まだ体幹が安定してない! それじゃつとむの攻撃を避けて反撃なんてできるわけないぞ!!」

「は、はい……!!」

「そうその速度を維持だ!」

「……一体何やってるんだ」

「水瓶を両手で持って片足立ちの練習ネ。最近はバランスの矯正してたヨ」

「体力は?」

「色々なところで扱かれてたからもう充分ついてるネ! 普通の人基準だと」

「そんなもんでよくね?」

 そんな会話していると、如月が水瓶を持って片足立ちを震えながらやっていたのが見えた。片手で一つずつで計二つ。小さいものだが、結構な重量になるんじゃないだろうか。よく持てるようになったなと感心する。

 これもこいつらの(情け容赦のない)特訓のおかげだな。一時はどうなることかと思ったが、死ななくて何よりだ。

 そんなことを考えながら眺めていると、如月の様子を時計を見ながら観察していた林杏の父は「一分経過。水瓶おろして休憩だな」と指示を出す。

 その指示に従い如月は足を下ろしてから水瓶を地面に置き、よほど疲れたのか座り込んで盛大に息を吐いていた。

「お疲れ」

「!? や、八神君!?」

 労いの言葉をかけたら驚かれた。俺がいたことに気付かなかったのだろう。だいぶ集中していたことだし。普通の人だったら気付かん。

 が、周りの人間は普通じゃないので。

「わざわざご苦労なことだね。アポなしで突撃に来るなんて」

「俺が言えた義理じゃねぇが、心配なんだよ。臨死体験させてるか気になってな」

「え」

「そこらのチンピラよりもやしなこいつにそこまでやる必要ないね。せいぜい基礎の繰り返しだけよ」

「あれが基礎……あれが…」

「つぅかなんでこんな時間までやってたんだよ。今日は最終日なんだから早めに切り上げとけよ」

「つとむと戦って勝つというからには最低限の基礎は叩き込まないといけないだろ? 一日に詰め込んだらこんな時間になったわけだ」

「演技上だからそんなみっちりやらんでもよくね……?」

 げんなりしながら俺が言うと、「演技でも勝たせる以上しっかり鍛えておかないと面目丸つぶれね」とあっさり言う。

 なるほどねぇ……なんて内心で納得しながら実際どうでもいいと思っていると、如月が息を整え終えて口を開いた。

「でも、そのおかげで僕、なんだか自信が沸いてきたよ。明後日からのテスト頑張ろうね!」

 とても自信がついた感じで話してくるので、「お前明後日の最初はビビりの方だろ」とあえて口に出すと「そ、それは大丈夫……だよ、たぶん……」と言いよどむ。

 と、ここまで黙っていた林杏が俺の方を見て「演技? ツトム演技する?」と訊いてきたので、テレビ見てないのかと訝しんでいると「テレビ見ただろお前も。ほら、セールのあった」なんてツッコミが入る。

 すると彼女は不機嫌な顔になり「知らないネ」と否定する。

「いや見てただろ」

「見てない」

「つとむの活躍笑顔で見てただろ。仕事中なのにテンション上がって怒られたろ」

「……憶えてない」

「相方のお嬢さんと一緒に映ってるところで露骨」

「それ以上言うなら『喧嘩』しよう父さん?」

「やるのは構わんが……加減はせんぞ?」

「いや止めろよ。せめて俺達がいないところでやってくれ」

 滅茶苦茶険悪な雰囲気になったので思わず止めに入ると、「おいつとむ」とチャイニーズマフィアのボスが待ったをかけた。

「今いいところなんだから止めるな。久し振りにこいつを説教できる」

「いやそれならなおさら俺達帰ってからやってくれ。余波で如月が骨折しかねん」

「え!?」

 驚く如月を無視し、俺は臨戦態勢になっている林杏に「お前も落ち着け」と言い聞かせる。

 が、無視。

 なんでだよなんて思っていると、彼女が「もう、ツトムったら分かってないんだから……」と呟いてからこちらに向き直り、「お姫様だっこシテ」と命令してきた。

「なんでだよ」

「してくれないとこの場で『喧嘩』するヨ?」

「……」

 ぶっちゃけ始まったらすぐさま鎮圧するからやってもらってもいいんだが、それはこの場で言うべきじゃないと雰囲気で察した俺は、首を回してから「してやるよ、ほら」と観念して彼女に近づき承諾も何もなくさっさとお姫さだっこをする。

「!!??」

 言った当人はなぜか顔を真っ赤にさせて驚いていた。声すら上げられていない。

「どうしたよ?」

 やれと言ったのに、という意味を込めて顔を覗き込むように尋ねると、彼女は急速に顔を赤くさせ、

「キュウ」

 と細い声を上げて気を失った。

「……あ?」

 突然のことに困惑していると如月が何やら言いたげな顔をし、父親の方は既に俺に掌打を打とうとしていた。

「っぶねっ!!」

 反射的に林杏を抱きかかえたままバックステップで回避する。割と全力で回避して難を逃れたが、掌打の余波が盛大な音となる。

「うわぁ!」

 たまらず如月は頭を抱えて蹲る。対して俺は林杏をお姫様抱っこしたまま父親と対峙していた。

「ちょっと待てよ」

「待たない。いくら英雄の息子だろうとここだけは譲れない……!」

「あわわ……」

 こうして実に数分の間、俺は林杏をお姫様抱っこしながら父親の猛攻を交わし続けた。


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